特集 2015年5月8日

香港は滑りがち ~「小心地滑」観察

「小心地滑」の「滑りやさん」たち
「小心地滑」の「滑りやさん」たち
香港に行ったことのある方なら、現地で必ず思うはずだ「小心地滑だらけだな」と。

「小心地滑」とは、日本語で言えば「滑るので注意」英語で言えば "Caution Wet Floor" だ。

香港では、滑っている人の描写とともにこの「小心地滑」の文字が書いてある看板や貼り紙をいたるところで見かけるのだ。あまりに多いので、じっくり観察してみた。
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。(動画インタビュー

前の記事:陸前高田のベルトコンベアがかっこいい

> 個人サイト 住宅都市整理公団

いたるところで「小心地滑」

当デイリーポータルZでは2004年に小野さんがこの香港の「小心地滑」について触れている(「香港・世界最長のエスカレーターに乗る」の4ページ目)。文中「しつこいくらいに掲げてある」とあるが、ほんとうに多いのだ。
このようにビルの入り口にはほぼ必ずある。
このようにビルの入り口にはほぼ必ずある。
上の写真と同じ場所のすぐ右には別の「小心地滑」が。
上の写真と同じ場所のすぐ右には別の「小心地滑」が。
上の「小心地滑」で滑っている人の詳細。ぼくの見る限り、香港でもっともよく見かけるのはこの方なので覚えておいてほしい。さしずめ滑り界の香港スターだ。トニー・レオンあたりか。地下鉄でもよく見かける。
上の「小心地滑」で滑っている人の詳細。ぼくの見る限り、香港でもっともよく見かけるのはこの方なので覚えておいてほしい。さしずめ滑り界の香港スターだ。トニー・レオンあたりか。地下鉄でもよく見かける。
一方、下の看板の方はこんな滑りっぷり。浮遊感がある。スタイリッシュでそつのないプレイにやや食い足りなさも感じるが、求められる滑りをこなしてはいる。
一方、下の看板の方はこんな滑りっぷり。浮遊感がある。スタイリッシュでそつのないプレイにやや食い足りなさも感じるが、求められる滑りをこなしてはいる。
そういえば英語では同じ注意喚起に "Slippery When Wet"という言い方もある。同名の Bon Jovi の3枚目のアルバムを思い出す向きもおられよう。

ちなみにこのアルバムの邦題は「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」であった。香港のあちこちで滑りまくる彼らを見ていると、まさにワイルド・イン・ザ・ストリーツだなあ、と思う。

ほんとうにそんなに滑りやすいのか

階段手前には必ずいらっしゃる。
階段手前には必ずいらっしゃる。
近寄って観察すると、こんな。ちょっと腰が引けた滑りではないだろうか。踊っているようにも見える。
近寄って観察すると、こんな。ちょっと腰が引けた滑りではないだろうか。踊っているようにも見える。
興味深いのは、たくさんの「小心地滑」さんがいらっしゃるのだが、香港の床が滑りやすいというわけでもない、という事実だ。とくに濡れがちでもなかった。

需要の実体がないところへの大量の人員配置に「地方の第3セクター施設か」という言葉が脳裏に浮かぶが、滑りやさんの身体を張った注意喚起の様を見ていると頭が下がりもする。滑っているだけに。
水しぶきを跳ね上げるという高度な技を見せつつ注意喚起の滑りを見せるこちらの方は、
水しぶきを跳ね上げるという高度な技を見せつつ注意喚起の滑りを見せるこちらの方は、
山の斜面にある墓地施設にいらっしゃった。
山の斜面にある墓地施設にいらっしゃった。
ただ、どうやら香港では床を掃除する際に水をジャバジャバ使うようなので、そういうタイミングではかなり"Slippery When Wet" なのだろう(そういう場面には出会わなかったが)。あと季節にもよるかもしれない。

いずれにせよ「実際に滑りやすいかどうか」より、滑ることに関しては注意喚起をとにかくする文化だというのが第一の理由なのだと思う。過去になにかあったのだろうか。「マクドナルド・コーヒー事件」のような滑りが。

あるいは地形が表れている説

一方、ぼくが「こうだったらいいな」と思っている説は、香港という都市は地形が豊かゆえ(というか人口に比して平らな面が少なすぎる)、坂や階段が多くて転びやすいから、というものである。上の2例はいずれもほぼ崖のような場所で見たものだ。
街中には地形由来の微妙な段差がたくさんある。そしてそこには滑りやさんがいる。
街中には地形由来の微妙な段差がたくさんある。そしてそこには滑りやさんがいる。
この滑りやさんは滑りプロセスの最終局面にいる。完全に足は浮き、尾てい骨をしたたかに打つ寸前の様子を見せている。プロだ。
この滑りやさんは滑りプロセスの最終局面にいる。完全に足は浮き、尾てい骨をしたたかに打つ寸前の様子を見せている。プロだ。
ぼくはこの説が気に入っている。なぜなら、これがほんとうなら注意喚起の表示という小さなサイズに地形という大きなスケールが表れていることになるからだ。こういう小理屈がぼくは好きなのだ。小心地滑の分布は地形図に一致するかもしれない。

そんな香港の厳しい都市地形を象徴するのが、中環(セントラル)にあるエスカレーター「行人電動樓梯(ヒルサイド・エスカレーター)」だ。そして当然ここにも滑りやさんがいる。
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このヒルサイド・エスカレーターはウォン・カーウァイ監督の 「恋する惑星」に登場し有名になったものだ。

前述の「香港・世界最長のエスカレーターに乗る」および、エスカレーターといえばこの人・田村さんの記事「香港のエスカレーターには各停と急行がある」に登場している。

そして当然ここにも滑りやさんがいる。
くだんのエスカレーターの乗り口そばの柵で注意喚起。
くだんのエスカレーターの乗り口そばの柵で注意喚起。
滑るというより踊りだ。前出の階段にいたのと同じ流派。ほぼサタデー・ナイト・フィーバー。
滑るというより踊りだ。前出の階段にいたのと同じ流派。ほぼサタデー・ナイト・フィーバー。
そしてまさにエスカレーターに乗らんとするここにも。
そしてまさにエスカレーターに乗らんとするここにも。
しかしよく見ると滑っているというより泥酔。足元のものも水というより吐瀉物に見えてくる。
しかしよく見ると滑っているというより泥酔。足元のものも水というより吐瀉物に見えてくる。

滑りやさんの流派

上の泥酔タイプに如実だが、滑りやさんの滑りプレイにはさまざまな形態がある。

ところで「滑りやさん」という呼び方には「注意喚起のために仕事として滑っている」という意味を込めている。これは「日本ピクトさん学会」というこの分野における開祖の研究スタイルにのっとったものだ。

学会の会長である内海さんにはデイリーポータルZにご登場いただいたこともある(→「あの可哀想な人」)。

ちなみに内海さんに今回集めた滑りやさんたちを見せたところ、ピクトさん学会のアイコンである転倒しているピクトさんがいかに優れているかの自慢をはじめた。

いわく「こうして(香港の滑りやさんを)一覧で見ると、いかに転倒系にバンザイ(両手挙げ)が少ないかがお分かりいただけるだろう」「そしてこの中の誰より私のピクトさんの開脚が大きいこともお分かりいただけるだろう」評価ポイントはそこなのか。
たしかに改めてじっくり見ると素晴らしい四肢の投げだしっぷり(「日本ピクトさん学会」より)
たしかに改めてじっくり見ると素晴らしい四肢の投げだしっぷり(「日本ピクトさん学会」より)
日本ピクトさん学会に敬意を表し、滑りやさんの分類をしてみよう。

ダンシング

前出のような、ほぼ踊っている滑りやさんは多い。仕事で滑り続けていると楽しくなってきちゃう、というのはありそうだ。
サタデー・ナイト・フィーバーズ。微妙にダンシングフロアのコンディションが異なるのが興味深い。
サタデー・ナイト・フィーバーズ。微妙にダンシングフロアのコンディションが異なるのが興味深い。
ちょっとおしゃれな施設によくいるのがこのダンシング系滑りやさん。
ちょっとおしゃれな施設によくいるのがこのダンシング系滑りやさん。
上の小粋なステップを踏んでいる滑りやさんを見てふと思ったのだが、向かって右向き滑るかそれとも左か、という流派もあるのではないか。右派と左派。

今回45名の滑りやさんを収集したのだが、そのうち右派(向かって右向き)は33人、左派は12人であった。サンプル数が小さいので信頼性は低いが、右派が多いというのはなんとなく納得できる。スーパーマリオなど横スクロールのゲームはみんな右派だし(ただし、伝統的に物語映像で主人公が「行く」方向は右から左、つまり左派であるとのこと。「帰り」「エンディング」は左から右だそうだ。詳しくはこれこれなどを参照)。
これはポーズの使い回しだが、左右の向きを変えて別の注意喚起であることを示している。
これはポーズの使い回しだが、左右の向きを変えて別の注意喚起であることを示している。
そしてこれは完全に踊っている。いえーい! って感じだ。
そしてこれは完全に踊っている。いえーい! って感じだ。
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腕づかい

内海さんが指摘したように「バンザイ系」(両手上げているもの)は少ない。

今までご覧いただいたものはすべて片手上げか、両腕とも降ろしているものかだ。

前出の泥酔にしか見えないものは、腕を降ろしているからかもしれない。滑りやさんにとって腕づかいは非常に重要なのだ。
腕を上げてない。そうなるとやはり酔っ払っているように見える。
腕を上げてない。そうなるとやはり酔っ払っているように見える。
これなどは「話は全部聞かせてもらったぜ」とか言ってそうなポーズ。
これなどは「話は全部聞かせてもらったぜ」とか言ってそうなポーズ。
この「話は全部聞かせてもらったぜ」さんも非常に出現率が高い。あちこちで人の話を聞いている。
この「話は全部聞かせてもらったぜ」さんも非常に出現率が高い。あちこちで人の話を聞いている。
上下2段構えで「話は聞かせてもらったぜ」「もらったぜ」
上下2段構えで「話は聞かせてもらったぜ」「もらったぜ」
持ち去られる貴重なシーンを目撃。「話は聞かせてもらっ……」
持ち去られる貴重なシーンを目撃。「話は聞かせてもらっ……」
「話は聞かせてもらったぜ」タイプはこのようにいろいろなところで話を聞かせてもらっている。

ちょっと話が脱線するが、上の写真は「永安広場」というショッピングモールで目撃したシーン。

ぼくと同世代40歳前後の人の多くは、この永安広場の吹き抜けを見たことがあると思う。
これがそのモール「永安広場」の吹き抜け。見覚えありませんか?(大きな画像はこちら)
これがそのモール「永安広場」の吹き抜け。見覚えありませんか?(大きな画像はこちら
先日「香港のモールの吹き抜けがすごい」という記事を書き、たくさんのすばらしい吹き抜けをご紹介したが、実は最も重要なモールが抜けていた。香港の吹き抜けっていったらあそこだろう!? っていうやつを。

それがこの永安広場だ。
これまでたくさん吹き抜けをめぐりましたが、ここがいちばん感動しました。
これまでたくさん吹き抜けをめぐりましたが、ここがいちばん感動しました。
これは1985年の映画「ポリス・ストーリー」でジャッキー・チェンがラストシーンで電飾をバチバチ引きちぎりながら吹き抜けを落ちていったあの吹き抜けである!
そして吹き抜けに面した手すりには事実上「ジャッキーの真似をするな」という警告が。ここでもピクトさんが活躍。
そして吹き抜けに面した手すりには事実上「ジャッキーの真似をするな」という警告が。ここでもピクトさんが活躍。
警告されなくてもおっかなくて真似なんかできないので同じ場所に立つにとどめ記念撮影した。(と思ったら、動画よく見たらもう1階上の最上階だった。無念)
警告されなくてもおっかなくて真似なんかできないので同じ場所に立つにとどめ記念撮影した。(と思ったら、動画よく見たらもう1階上の最上階だった。無念)
感無量。モール界の世界遺産に登録したい。

世代を選ぶ話題で申し訳ない。

閑話休題。
一方こちらは両腕を上げたダイナミックなポーズ。しかしこれはこれで阿波踊りのように見えなくもない。もはや滑りやさんのゲシュタルト崩壊が起こり始めている。
一方こちらは両腕を上げたダイナミックなポーズ。しかしこれはこれで阿波踊りのように見えなくもない。もはや滑りやさんのゲシュタルト崩壊が起こり始めている。
こちらのお三方もバンザイ系。滑ってる感ある。まったく同じかと思いきや微妙に違う。水しぶきの形とか。
こちらのお三方もバンザイ系。滑ってる感ある。まったく同じかと思いきや微妙に違う。水しぶきの形とか。
このように腕は一つの注目ポイントなのだということが分かってきた。分かってどうする。

滑っているかはまっているか

一方で、滑ってる感が出るかどうかは滑りやさんのポーズだけではなく、濡れ床の表現にもよる。上のものはそういう意味で直線のスピード感が滑ってる感を増していると思うが、中には「それ滑ってるか?」というものもある。
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水たまりの表現いろいろ。こうなると滑るというより「はまってる」感がある。
水たまりの表現いろいろ。こうなると滑るというより「はまってる」感がある。
ちなみに上のいちばん右のものは、このような状況にあった。転倒する人が描かれた看板が転倒しないようにワイヤーで固定。そして奥の踊り場には別の滑りやさんが。ほんと多いんですよ「小心地滑」。
ちなみに上のいちばん右のものは、このような状況にあった。転倒する人が描かれた看板が転倒しないようにワイヤーで固定。そして奥の踊り場には別の滑りやさんが。ほんと多いんですよ「小心地滑」。
もはや水に見えないものも。右のものなどはキント雲に載るのに失敗、みたいだ。
もはや水に見えないものも。右のものなどはキント雲に載るのに失敗、みたいだ。
これは氷ではないか。亜熱帯気候に属する香港は年間最低気温は10℃を下回るかまわらないかぐらいだと聞いたが。
これは氷ではないか。亜熱帯気候に属する香港は年間最低気温は10℃を下回るかまわらないかぐらいだと聞いたが。
昔のマンガにおける猛ダッシュの表現のようになっている。鳥山明あたりか。
昔のマンガにおける猛ダッシュの表現のようになっている。鳥山明あたりか。
なぜ波模様なのか。
なぜ波模様なのか。
こちらなどは中途半端なポーズと相まって、この姿勢のまま平行移動しているように見える。マイケル・ジャクソン的な。
こちらなどは中途半端なポーズと相まって、この姿勢のまま平行移動しているように見える。マイケル・ジャクソン的な。
「水=波打たせる」という表現形式があるのではないかとも思ったが、これは足元が怪しくなってふらふらしている様子を表したものかもしれない。なぜなら次のような滑りやさん表現があるからだ。
やはりこれも酔っ払いに見える。千鳥足。
やはりこれも酔っ払いに見える。千鳥足。
これ、どこかで見たことあると思ったら
これ、どこかで見たことあると思ったら
これだ。どうやら香港でもスリップ注意の標識は同様の表現らしいので、波打ちはこれに由来しているのかもしれない。
これだ。どうやら香港でもスリップ注意の標識は同様の表現らしいので、波打ちはこれに由来しているのかもしれない。

滑った後

さて、最後はいうなれば滑りやさんの究極の姿をご紹介しよう。滑りかけではなく、すっかり滑ってしまった方々だ。
およそ30度。もうあとはしたたかに腰を打つばかり。まっすぐに伸びた脚と両手を上げた姿に、滑り完成度の高さを感じる。
およそ30度。もうあとはしたたかに腰を打つばかり。まっすぐに伸びた脚と両手を上げた姿に、滑り完成度の高さを感じる。
こちらもかなりの傾きっぷりだ。なんとなく頭から行きそうな気配があり、ハラハラする。
こちらもかなりの傾きっぷりだ。なんとなく頭から行きそうな気配があり、ハラハラする。
これはもはや倒れた後の姿だろう。首の据わりが悪い点が不穏だ。やりすぎたか。
これはもはや倒れた後の姿だろう。首の据わりが悪い点が不穏だ。やりすぎたか。
完全に伸びている。殺人事件の死体の輪郭のようだ。
完全に伸びている。殺人事件の死体の輪郭のようだ。
これは倒れた後、起き上がった様子か。
これは倒れた後、起き上がった様子か。

他の国も見てみたい

香港はほんとに異様なほど「小心地滑」が多かった。他に同じような国や地域はあるのだろうか。たとえばドバイにはあるだろうか。滑りやさんだけを見て回る世界一周旅行がしたい。
i SQUARE というショッピングモールのトイレにあった小心地滑。人の形が「i」になっている。わかりづらいと思ったのか、よく見ると壁には通常の滑りやさんが貼られている。
i SQUARE というショッピングモールのトイレにあった小心地滑。人の形が「i」になっている。わかりづらいと思ったのか、よく見ると壁には通常の滑りやさんが貼られている。

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