特集 2015年6月21日

書き出し小説大賞・第75回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第75回目である。

ついにゴリラ女子なる言葉が現れた。ニュースによると動物園のイケメンゴリラに群がる女子たちということだが、イケメン欲もここまで来たかと感慨深い。こうなれば天井のシミでも毛布のシワでも岩の凹凸でもイケメンに見えるならなんでもいいんじゃないか。みなさんも身近なイケメンを見つけてみてね!

それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しよう!

書き出し自由部門

追ってきた店員と二人、この山で遭難して今日で一週間になる。
TOKUNAGA
父の返事だけ谷底から聞こえた。
g-udon
先輩の目を長く押すとマナーモードになった。
もんぜん
脱げたハイヒールを満員電車から見送った。
小夜子
かわいいものを見ると泣きたくなる。
大伴
琥珀の中に祖母がいる。
大伴
砂漠に埋まったショッピングカートを回収しに、パートタイマーがやってきた。
松っこ
魂の抜ける感じは、ホチキスの空振りに良く似ている。
えむ毛
僕の些細な一言に、卑怯な伸び代がある事を妻は知らない。
merumo
仏間の障子はいつもネコの頭幅分開いている。
xissa
布団上のクロール、タオルケットで感じるさざ波、私はどこまでも泳げた。
茂具田
技術の進歩で事故に遭い、医療の進歩で助かった。
ウチボリ
大仏を覆っていた布は、偏西風に乗って国境を越えた。
ヘリコプター
濡れた女河童は熟した溜息を一つ吐くと、頭の皿の黒ずんだ石灰を楊枝で剥がし始めた。
prefab
「今月ピンチなんだよ」というメールが戦地から届いた。
紀野珍
一見なんの接点もない8人のストーリーがラスト見事に繋がる。横断歩道の向かい側、青を待つ人達を眺めながら、勝手に思った。
哲ロマ
うっかりそびえ忘れて、校歌に入り損ねた。
義ん母
海ノ幸博士の手術により、人格を得たホンビノス貝は、海鮮戦士ホンビノスGUYとして夜の街を駆けた。
乾燥肌
柔らかな草原、鄙びた馬小屋、青い空と山脈。吊り橋を潜れば、君の入る刑務所だ。
ボーフラ
驚いては食べ、驚いては食べ、まあ何とも愛らしい。
kjm
尻が浮きスピードが増した。
TOKUNAGA

書き出しの掴みとして代表的なものを挙げるとまず設定、この物語がどんなシチュエーションから始まるかを記したもの。冒頭のTOKUNAGA氏の作品はそのお手本を言えるだろう。また人物の心情から始まるケースもある。大伴氏の「かわいい~」merumo氏の「僕の些細な~」などがそれにあたる。この場合は共感と意外性の両方が必要になるだろう。印象的なビジュアルを提示してそこから世界観をじわじわ想像させる手もある。xissa氏のネコの頭分の隙間はそれだけでミステリーの雰囲気もある。
ネタ系は書き出しだけで完結しているものも多い。ヘリコプター氏の「大仏を~」や紀野珍氏の「今月~」などはそれだけも楽しめる。ネタ系はネタに収まらない余韻を感じさせることが大切。
今回の変わり種は哲ロマ氏の「一見なんの~」はじめから物語の構成自体に言及したメタ的な作品。義ん母氏「うっかり~」校歌の歌詞に入れなかった山視点というトリッキー作品。ボーフラ氏、牧歌的な風景から刑務所に誘う流れが見事。kjm氏「驚いては食べ~」文末の「何とも愛らしい」で驚きながらなにかを食べしているリス的な生き物(女の子?)が浮かんだ。理詰めではなかなか出てこない傑作だと思う。

続いては規定部門。今回は名字シリーズ第二弾「渡辺」であった。今回も渡辺の概念を超えた渡辺像が集まった。全国の渡辺さんごめんなさい。

書き出し規定部門・モチーフ「渡辺」

また渡辺が人質にとられた。
もんぜん
渡辺だけでダブルプレイが成立した。
紀野珍
渡辺には長所が二つ、短所が三つある。
まじいい
渡辺の家は代々、無人駅の駅長を村長から仰せつかっている。
いがそ君
渡辺さんは酔うと振りつきで時報のモノマネを始める。
ウチボリ
渡辺と呼んだ時だけ、カンガルーは振り向いた。
えむ毛
彼の言う「渡辺冥利に尽きる」とはいったい何だったのか。
ウウタルレロ
渡辺の奥さんを僕はビデオで見たことがあった。
大伴
エレクトーン教室の鏡には、渡辺先生と僕しか映っていない。
大伴
ラテアートで描かれた渡辺の顔は曖昧に歪んで、笑いながら消えていった。
おかめちゃん
渡辺君の書いたいびつな「&」が黒板にうっすら残っている。
xissa
渡辺から旧姓の田辺に戻った彼女は、なんとなく髪の毛も短く切ってみた。
菅原 aka $UZY
水たまりに映る街に渡辺が吸い込まれてから今日で四日目。
ぴよみ
視界の両端がうるさくなってきた。渡辺兄弟が来る。
homazirou
右腕と胴体は渡辺のものだった。間違いない。
紀野珍
髪をばっさり切った渡辺の体育座りした背中に水色のブラジャーが透けて見える。
g-udon
食べている最中に天井で物音がして、高橋は醤油を、佐藤は茶碗を、渡辺は槍を手に取った。
もんぜん
「ボーナス?全部泡に消えたぞ」清々しい表情で渡辺は言った。
九官鳥級艦長
もう何十分間も前から、我々は渡辺を待っている。本日2本目のホームランらしい歓声を場外の木の下で、渡辺を待ちながら聞いている。
ぴか
渡辺だけが「まだいけます」という顔をしていた。
suzukishika
背中のサロンパスを勢いよくはがし、渡辺を起こした。
おかめちゃん
花のように可憐な渡辺や金儲けのうまい渡辺、それに火を吹くワタナベなどがいた。
空想庭園
死ぬ直前に、渡辺は自分の意識をこの志村けんのキーホルダーに移したのだ。
正夢の3人目
世の中に結婚に向いた男はごく僅かしかいない、薬指の指輪をくるくる回しながら渡辺くんはそう言った。
どちらもすごく好き
バランスボールの上に立つ、渡辺と天井の距離二十七センチ。
九官鳥級艦長
「どっちのわたなべ?難しい方?」「いや、死んだ方」
義ん母
こんな偽物のトーテムポールを彫らされている渡辺が、私は不憫でならなかった。
マークパン助
渡辺がドッグランに勝手に干していたバスタオルが、ボルゾイに見えた。
人が生きてる
渡辺があらわれる時には、ロウソクの火が普通の燃え方でなく、炎が丸く膨らんだ感じで燃えるんだ。
ケロック
毎回僕だけが自習できない。
五捨六入
前回の「吉田」もそうだったたが名字シリーズはレベルが高い。ゆえに今回も大量採用となった。
冒頭のもんぜん氏の作品、これだけで渡辺=人質キャラが確定してしまった。えむ毛氏のカンガルー、前世が関係しているのだろうか。大伴氏の二作品は簡潔ながら両作品ににじみ出るエロスがある。おかめちゃん氏のラテアート、マーブル状に消える渡辺、なぜか憎たらしい読後感(笑)菅原 aka $UZY氏、名前ネタをきれいにまとめた。ぴか氏、秀逸な状況描写に渡辺を添えた料理のような作品。suzukishika氏、台詞のチョイスが抜群!正夢の3人目氏、思わず「……と言われても」と困惑させる笑作。九官鳥級艦長氏、この距離に笑いを見出すセンスに脱帽。義ん母氏はここでも切れのいい変化球を投げる。マークパン助氏、人が生きてる氏、ケロック氏は文章に渡辺の必然性を超えた強度がある。ラスト、五捨六入氏。設定は予防注射だろうか。今回多かった「渡辺=出席番号が後ろ」ネタの中でもっともスマートだった。
どの作品にもそのシチュエーションでしか成立しないさまざまな渡辺が浮かんで面白かった。名字シリーズまたやります!

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「ゾンビ」
映画、小説、漫画……いまやあらゆるエンタメで定番となったゾンビが今回のモチーフ。絶えることなく作り続けられるゾンビもの、最近ではゆっくり動く死体キャラの他にもいろんなパターンがあるようだ。王道のゾンビはもちろんのこと、オリジナルのゾンビ像をつくってもよい。実は書き出し作品の中にもゾンビネタはちょくちょく見掛ける。今回モチーフに使用するので残念ながら没にした大伴氏の作品を例をして挙げておこう。
食券を買ったゾンビから順に俺を噛んでいく。
大伴
締め切りは7月2日正午(いつもより一日早い木曜日です!注意!)発表は7月5日を予定(いま上演中の舞台の関係で発表が延びてしまいました。すいません!)しています。みなさんからのゾンビお待ちしております。
最終選考通過者

Hal/卯村/すり身/タクタクさん/Mch/東ことり/しましまのぶた/うにねこ/ら+/ぷにくさん/13時の母/ヌートリア/すずを/
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