特集 2015年7月14日

大都会・大阪の川でフグを釣って食べた

自分で釣って、プロに捌いてもらいます。
自分で釣って、プロに捌いてもらいます。
大阪のど真ん中を流れる川で、食べ頃サイズの立派なフグがたくさん釣れると聞いた。海ではなく川でフグとは面白い。

でも、フグなんてせっかく釣っても素人じゃ解体もできないし…。
いや、待てよ。じゃあプロの元へ持ち込めばいいんじゃないか。

「大都市を流れる川でフグを釣る」そして「自分で釣ったフグを食べる」という非日常的な行為を体験してきた。

舞台は大阪、都市河川

フグがたくさんいると噂の川は大阪市街地を流れる旧淀川の下流域にあたる安治川だという。大阪中央卸売市場などで賑わう、まさに「天下の台所の台所」。梅田からほど近いエリアである。
街中を流れる安治川。ポイントまでは梅田から車で10分足らずの距離。
街中を流れる安治川。ポイントまでは梅田から車で10分足らずの距離。
そんな街中に食べられるサイズのフグが!というのも驚きだが、多くの人にとってはまず「フグって海の魚でしょ?なんで川に?」という点の方が疑問に思えるはずだ。

フグは漢字では「河豚」と書く。名前に河ってついちゃってるんだから、河川にいたって何ら不思議でない(豚というのは丸っこい容姿と、水から揚げるとクウクウ鳴き声を上げるところから来ているのだろう)。

実際、クサフグやオキナワフグなど、汽水域であれば平気で河川に侵入する種類もある。海外では完全な真水に暮らす種類もそう珍しくない。

つまり、川にフグがいること自体は別に変な現象ではないのだ。
典型的な都市河川といった雰囲気。多少潮の影響があるエリアで、足元にはコイやボラやスズキが泳いでいるのが見える。
典型的な都市河川といった雰囲気。多少潮の影響があるエリアで、足元にはコイやボラやスズキが泳いでいるのが見える。
地元の釣り人が言うには、安治川でフグがまとまって釣れ始めたのは5年ほど前からであるという。

時季は毎年梅雨入り前後から夏と短く、しかも年々釣れる数が減っているという噂もある。それはマズい。急いで釣りに行かねば。

さらには尻を叩くように、大阪在住の知人から釣れたフグの写真が送られてきたため、僕は慌てて大阪へと飛んだ。
地元の釣り人もちらほら。スズキ釣りではよく知られたポイントなのだとか。
地元の釣り人もちらほら。スズキ釣りではよく知られたポイントなのだとか。
とはいえ、釣り人らのほとんどはフグを釣りたくて釣っているわけではないらしい。スズキを狙ってルアーを投げていると、意図せずして掛かってしまうそうだ。

多い時には半日で数十匹釣れてしまうこともあるとか。
そんなに釣れるのか! じゃあ試食する分2~3匹くらいなら楽勝だな。一時間もかからないかもしれないぞ。

そう思っていた。
こういうギラギラ、ピカピカしたルアーを投げているとよく釣れるらしい。
こういうギラギラ、ピカピカしたルアーを投げているとよく釣れるらしい。
だが、現実はそんなに甘くない。
例年ならそろそろフグフィーバーが始まってもいい頃なのだが、まったく気配が無い。一日釣りをしてみたが、一匹も姿を見せない。

どうやら時期を外したらしい。今年の関西地方は海も川も例年より季節の進行がいくらか遅れているようなのだ。写真を送ってくれた友人も結局、後にも先にもその一匹しか釣っていないと言うではないか。

…非常にマズい事態だが現に一匹釣れている以上、可能性はある。もうちょっと頑張ってみよう。

正体は「シマフグ」

本当に釣れた! 意外と苦戦したけど!
本当に釣れた! 意外と苦戦したけど!
もうちょっと、と言いつつ頑張ること三日目。ついに目当てのフグが釣れてくれた。一匹釣れて狂喜していたが、なんとその後も立て続けに二匹をゲット。昨日までの苦労がウソのようにあっけない。

どうやらこの魚は群れを作って川の中を移動しているため、一度釣れ出すとバタバタと後が続くらしい。
これがシマフグ。綺麗な魚だ。大きさは口から尾ビレの先まででだいたい40センチくらい。
これがシマフグ。綺麗な魚だ。大きさは口から尾ビレの先まででだいたい40センチくらい。
それにしても、派手なフグである。
鮮やかに黄色く染まったヒレもさることながら、背中に乗った縞模様がなんともトロピカルな印象を与える。
背側から。
背側から。
シマウマ…ともちょっと違う独特の縞模様。黄色いヒレと相まって、南方系の魚っぽい印象。多少毒々しくもある。
シマウマ…ともちょっと違う独特の縞模様。黄色いヒレと相まって、南方系の魚っぽい印象。多少毒々しくもある。

空き缶もスッパリ!

お店に持ち込むには締めておく必要があるが、せっかくだからもう少し生きている姿を観察しておきたい。そう考えて、海水を汲んだバケツにシマフグを放り込む。もちろん、エアポンプも取り付ける。

ところが中を泳ぐ姿を見ているうち、不意にのブクブク音が止まった。故障か?とポンプを取り上げてみると…。
あれ、エアーポンプのチューブが切れてる…?
あれ、エアーポンプのチューブが切れてる…?
空気を送るチューブが切れていた。シマフグが咬み切ったのだ。
歯が恐ろしい。釣り針を噛み切られることあるらしい。ニッパーだな。
歯が恐ろしい。釣り針を噛み切られることあるらしい。ニッパーだな。
ご存知の方も多いだろうが、フグは硬い貝やカニを食べるため、歯がとても鋭い上に咬合力も非常に強い。
非常にデンジャラスなので、取り扱いには十分な注意が必要である。
全国20万の魚の歯フェチのために。ほら、上の歯も。フグの歯は大部分が歯茎に隠れているから、そのデンジャラスさが見て取りにくいのだ。
全国20万の魚の歯フェチのために。ほら、上の歯も。フグの歯は大部分が歯茎に隠れているから、そのデンジャラスさが見て取りにくいのだ。
試しにアルミ缶を咬ませてみるとこの通り、ポンチでくりぬいたように切り落とされてしまう。
アルミ缶もスッパリ…。フグが釣れても不用意に素手で掴まないようにしよう。
アルミ缶もスッパリ…。フグが釣れても不用意に素手で掴まないようにしよう。
ちなみにこんな具合なので、フグを養殖する際は定期的に歯を切ってやらなければ生簀内でお互いの体を噛み合ってボロボロになってしまうそうだ。
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フグ専門店には金属探知機がある

新天地に本店を構えるフグ料理の超有名店「づぼらや」。※通常、今回のようなフグの持ち込みは受け付けていないそうなので気をつけよう。
新天地に本店を構えるフグ料理の超有名店「づぼらや」。※通常、今回のようなフグの持ち込みは受け付けていないそうなので気をつけよう。
さあ、存分に観察を楽しんだらいよいよフグ料理のお店へとシマフグを持ち込み、捌いてもらう。

こんなお願いを聞き入れてくれるお店を探すのはなかなか難しいだろうと覚悟していたのだが、なんやかんやあって地元のテレビ番組が一枚噛むことになったおかげですぐに協力者が見つかった。

大阪は新世界日本店を構える有名店「づぼらや」である。今回はテレビの取材ということで特別に対応してもらえることになったのだ。
あー、これテレビとか雑誌で見たことある!
あー、これテレビとか雑誌で見たことある!
安請け合いできないことについては解体場を訪ねて即座に納得がいった。

フグの処理は非常に厳重かつシステマチックに行われているのだ。
目にもとまらぬ速さでシマフグを解体してくださる調理師さん。凄まじい勢いと精密な動作に気圧され、近づくのがためらわれるほど。
目にもとまらぬ速さでシマフグを解体してくださる調理師さん。凄まじい勢いと精密な動作に気圧され、近づくのがためらわれるほど。
そもそも、フグの解体や下処理が行われるフロアと、そこで切り分けられた各部位を料理に仕立てる調理場は完全に隔離されているのだ。

フロアは整然としており、大量のトラフグが処理段階ごとに細かく区分して管理されている。ある種、劇物を扱う化学工場のような雰囲気も感じられる。解体時に出た内蔵等危険部位は鍵付きの箱に密閉して管理されるというし、フグ毒が恐ろしい物質であるということを改めて実感させられる。
解体場にはなぜか金属探知機が。
解体場にはなぜか金属探知機が。
気を配るのは毒に対してだけではない。

フロアの片隅にはベルトコンベアのついたものものしい機械が設置されている。
金属探知機だ。
フグは延縄で漁獲するため、たまに釣り針を飲み込んでいることがあるのだとか。頭部も鍋に使用されるのでこの工程は必須だという。
フグは延縄で漁獲するため、たまに釣り針を飲み込んでいることがあるのだとか。頭部も鍋に使用されるのでこの工程は必須だという。
これはフグが釣り針を飲み込んでいた場合、事前に発見して除去するためのもので、すべての個体を通して検査するのだとか。
瞬く間に解体されたシマフグ。さらに剥いだ皮を処理して食べられるようしてもらう。
瞬く間に解体されたシマフグ。さらに剥いだ皮を処理して食べられるようしてもらう。
シマフグたちは目にもとまらぬ速さで包丁を入れられ、あのサイケデリックな姿から単純に美味しそうなフグ肉へといつの間にか変身していた。

シマフグはトラフグとカラスフグの次に美味いらしい

さあ、この肉で作るメニューはやはり王道の「てっちり」と「てっさ」、いわゆるフグ刺しだろう。しかし、てっちりはまだしもあの薄造りは僕のような素人には到底できない芸当である。ここは素直にプロに頼んでしまおう。

なお、板前さんの話だとフグは死後の経過時間による身の締まり方が非常に重要で、少しでもタイミングがずれると柔らかすぎて刺身を引くことができないらしい。
この写真だと伝わりにくいが、本当に薄く綺麗に造られている。
この写真だと伝わりにくいが、本当に薄く綺麗に造られている。
また、食材としてのシマフグについても職員さんに話を聞くことができた。

一般人にはあまり馴染みのないこの魚だが、数多くの種類があるフグの中でも最高級とされるトラフグ、二番手のカラスフグに次いで味が良いらしい。実は唐揚げなどの惣菜用としては意外とたくさんのシマフグが流通しているのだとか。

ちなみに、現在「づぼらや」さんではすべての料理にトラフグしか使用しておらず、シマフグをお店で出すことは無いそうだ。
てっちりの用意もできた。
てっちりの用意もできた。
刺身も、鍋に入れる身も、見た目は他のフグに引けを取らない、というか何ら変わりのない見た目に仕上がっている。マズいはずがないと食べる前から確信させてくれる。
皮は湯通しの処理をするとぎゅっと縮む。こうなると毒々しさも消えてなんだかおいしそうだ。
皮は湯通しの処理をするとぎゅっと縮む。こうなると毒々しさも消えてなんだかおいしそうだ。
ただ一点、湯引きされた皮(てっぴ)だけが異彩を放っている。文字通り、フグにあるまじき異様な彩りである。

だが、火が通って縮んだためか生の状態と比べると毒々しさが抜けておとなしい見た目になった。これはこれでおいしそう。
シマフグの「てっちり」
シマフグの「てっちり」
さっそく食べてみると、味はまさにフグ。期待通り。

てっちりはダシがよく出ていて、シメのおじやまでおいしく夢中で食べられる。ぷるぷるの皮も良いアクセントだ(食感も見た目も)。

刺身も薬味やポン酢に負けることのない強い旨味が感じられる。文句なしに美味い!
やっぱフグって美味いね…。大阪の川で釣ったやつでも。
やっぱフグって美味いね…。大阪の川で釣ったやつでも。
僕の舌が肥えていないというだけのことかもしれないが、トラフグと比較しても味わいには遜色がないように感じられた。

「自分で釣った」という思い入れがあるから余計美味しく感じてしまっているのか?とも考えたが、試食に同席した知人らも同じような意見だったので、そう大袈裟な感想でもないはずだ。
シメのおじやももちろん美味い。
シメのおじやももちろん美味い。

絶対素人が調理しちゃダメ!

シマフグも持っているフグ毒の正体は「テトロドトキシン」という神経毒で、麻痺や呼吸困難を引き起こす恐ろしい物質である。誤食すれば命の危険もある。免許を持たない素人は決して自分で調理して食べようなどとは思わないことだ。他人に提供するなどもってのほかだ。

どうしても自分で釣ったフグが食べたいという人は、ふぐの調理免許を持った料理人が解体を担当してくれるフグ釣り船があるのでそういうサービスを利用しよう。今回のようなケースは実現に手間がかかるので。

また余談だが今回、三日間晴天の下で釣りをするうちに腕や首周りを火傷同然に日焼けし、それが原因で熱を出して寝込んでしまった。夏に釣りをするときは、フグ毒だけでなく熱中症や日焼け対策にも気をつけよう。
づぼらやが持たせてくれたプラスチック製の盛り皿がパッと見ガラス製にしか見えなくて感動した。技術の進歩はこんなところにも。
づぼらやが持たせてくれたプラスチック製の盛り皿がパッと見ガラス製にしか見えなくて感動した。技術の進歩はこんなところにも。
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