特集 2015年9月29日

幸せの青い糞虫

※糞虫と書いて「フンチュウ」と読みます。「クソムシ」じゃないよ。
※糞虫と書いて「フンチュウ」と読みます。「クソムシ」じゃないよ。
動物の糞を食べる虫、糞虫と書いてフンチュウと呼ばれる昆虫の一群がある。いわゆるフンコロガシの仲間である(日本の糞虫に糞の球を転がす種はほとんどいないが)。

「うんこ食ってる虫」なんて聞くとすごくばっちい感じがして、ほとんどの人は顔をしかめることだろう。

だが、意外なことに糞虫には綺麗な種類が多い。今回はその中でもかなりの異彩を放つメタリックブルーの糞虫を探してみようと思う。

※奈良公園内には動植物の採取が禁止されている区域があります。綺麗な糞虫を見かけても持ち帰らないようにしましょう。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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奈良公園に多いらしい

その青い糞虫は紀伊半島を中心に生息しており、中でも奈良県に多く産するらしい。
青い糞虫の名産地、奈良へ
青い糞虫の名産地、奈良へ
しかも、決して山奥ではない。一級ポイントとして昆虫愛好家の間で知られているのは、なんとあの観光名所・奈良公園である。
8月の奈良公園。暑すぎる。熱中症になりそう。
8月の奈良公園。暑すぎる。熱中症になりそう。
自然が豊かな奈良県において、なぜよりにもよってあの奈良公園なのか。

それはひとえに糞虫たちの餌、つまるところはうんこが豊富だからであろう。
奈良といえば鹿。
奈良といえば鹿。
奈良といえばまず奈良公園。そして奈良公園といえば大仏の次に鹿が思い浮かぶ。

そう、目当ての糞虫たちは園内を多数闊歩する鹿たちの糞に集まっているのだ。
観光客にもらった餌をモリモリ食う。糞もモリモリ出す。
観光客にもらった餌をモリモリ食う。糞もモリモリ出す。
というわけで、鹿の糞が特にたくさん落ちている芝生エリアへ向かう。

そこは地元に住んでいる知人がよく糞虫を見かける地点で、彼曰く「鹿と糞虫と芝生だけのパーフェクトな生態系」だという。よくわからんが、期待は高まる。

実際に現場へ向かってみると、なるほど鹿もその糞もゴロゴロしている。
園内には開けた芝生地帯が多く、そのところどころに鹿糞が落ちている。確実に糞虫がいる環境だ。
園内には開けた芝生地帯が多く、そのところどころに鹿糞が落ちている。確実に糞虫がいる環境だ。
糞虫の類は糞山の真下に穴を掘って潜む性質がある。そのため、地表で見つからなくても鹿糞の下を掘り返せば、埋蔵金のようにザクザク湧いて出るかもしれない。

だが、ここは公園にして名勝。無許可で地面を掘り返すわけにはいかないし、申請したところで許されることも無いだろう。
何者かによって粉砕された糞。この下を掘れば絶対に何らかの糞虫が出てくるはずだが、そういうわけにはいかない。ここは世界的に有名な観光地なのだ。
何者かによって粉砕された糞。この下を掘れば絶対に何らかの糞虫が出てくるはずだが、そういうわけにはいかない。ここは世界的に有名な観光地なのだ。
仮に許可が出たにしても、世界各国からやってきている外国人観光客の前で一心不乱にうんこを掘り返すわけにはいくまい。そんな現場を見せたら、彼らの楽しいサイトシーイングが台無しである。

「日本人は炎天下でうんこをほじくり、そこから何かをつまみ上げてニヤニヤする民族」そんな日本人へのねじ曲がったイメージを植え付けたまま帰国させてはならない。それはもはや国辱的行為である。
この日の気温は30℃を上回った。鹿たちも日陰から出ようとしない。
この日の気温は30℃を上回った。鹿たちも日陰から出ようとしない。
だが、早々にそんな禁じ手を使ってしまいたくなる事態に陥った。

この日は気温30℃を超える猛暑日。

どうやら暑すぎて糞虫がいないようなのだ。落ちているうんこもカッピカピ。反面、僕は吹き出る汗でビッショビショ。ともにコンディションは最悪と言える。
徹底的に日向を避ける鹿たち。活動したくないのは人も鹿も虫も同じだ。
徹底的に日向を避ける鹿たち。活動したくないのは人も鹿も虫も同じだ。

見つけた! でも死骸…

ターゲットの虫は春~秋にかけて地上に出現すると聞いた。ならばとシーズンど真ん中である8月に出向いたのだが、これが思い切り裏目に出たようだ。

だが、あきらめずに徘徊すること90分。視界の隅に青い光がきらめいた。
おぉん!?
おぉん!?
これは!
これは!
狙いの青い虫!でも頭が無いぞ!
狙いの青い虫!でも頭が無いぞ!
貴金属かと思うような青い輝き。だが、よく見ると節や脚がはっきりと確認できる。

間違いなくこれは探し求めていた青い糞虫である。…が!頭が無い!残念ながらこれは死骸だ。

せっかくなら、元気に動き回る姿が見たいものである。
これも死骸。でも綺麗!でも死骸!
これも死骸。でも綺麗!でも死骸!
だが、日没直前まで探しても生きている個体には巡り会えず。ここは負けを認めて素直に撤退。

涼しくなったらもう一度トライしよう。
この日はあまりに暑すぎると判断。アカウキクサの大発生を観察して撤収。
この日はあまりに暑すぎると判断。アカウキクサの大発生を観察して撤収。

一月越しのリベンジ!

待つこと一ヶ月。9月中旬のある日、僕は再び奈良公園へ足を運んだ。
やや涼しくなった9月、曇り空の過ごしやすい日に再挑戦。前回の反省を生かそう。
やや涼しくなった9月、曇り空の過ごしやすい日に再挑戦。前回の反省を生かそう。
空が曇っていることもあり、気温は前回に比べるとかなり低く快適である。長袖を羽織っている人も見受けられるほどだ。
地面も程よく湿っており、前回は見当たらなかったキノコが多数。
地面も程よく湿っており、前回は見当たらなかったキノコが多数。
大量に供給される鹿糞から生えているのだろうか。あちこちでニョキニョキ顔を出している。
大量に供給される鹿糞から生えているのだろうか。あちこちでニョキニョキ顔を出している。
食べられるものもあるのだろうか。
食べられるものもあるのだろうか。
前回とは確実に状況が違う。これは期待できるかも。
前回とは確実に状況が違う。これは期待できるかも。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。前月に死骸を見かけた地点へと直行する。

すると、鹿糞の傍を小さな青い物体がよちよち動き回っている。来たよ…。
鹿糞の傍にうごめく青い輝きが。
鹿糞の傍にうごめく青い輝きが。
出た…!こいつだ。
出た…!こいつだ。
やっと、生きて活動する姿を見ることができた。

追い求めていた青い糞虫、オオセンチコガネだ。
ついに見つけた青型のオオセンチコガネ。手の上を力強く、元気に歩き回る。かわいい。
ついに見つけた青型のオオセンチコガネ。手の上を力強く、元気に歩き回る。かわいい。
オオセンチコガネは近畿地方に限らず、各地に広く分布する昆虫である。しかし、産地によって緑、赤、銅色などといった具合に色彩の変異が大きく、こうした美しい青色をしたものは奈良をはじめ一部の地域でしか見ることができないのだ。

ちなみに、オオセンチコガネの青い個体群は糞虫愛好家からは俗に「ルリセンチコガネ」とも称されている。
この日は2時間ほどの探索で数匹を見つけることができた。やはり気温や時間帯などのタイミングが観察するうえでのキーになっているようだ。
この日は2時間ほどの探索で数匹を見つけることができた。やはり気温や時間帯などのタイミングが観察するうえでのキーになっているようだ。
この金属光沢!同一ポイントでも藍色のものから緑がかった個体まで、意外とカラーバリエーションが豊富。
この金属光沢!同一ポイントでも藍色のものから緑がかった個体まで、意外とカラーバリエーションが豊富。
これまで写真でしか見たことのない虫だったが、実際に野外で観察してみるとあまりの美しさにうっとりしてしまった。
この手の金属光沢を持ったというのは、なかなか写真からその魅力を汲み取ることができないのだ。
事実、今回の記事中で使用している写真でも、実際の半分程度もその魅力を伝えることができていない。この糞虫の美しさ、かわいらしさはこんなものではないのに。

ルリセンチコガネとの出会いは写真の勉強をちゃんと始めようと考えるきっかけになった。
オオセンチコガネは全国的に広く分布する昆虫だが、他の地域では緑~赤色の個体群がほとんど。こっちはこっちでとても綺麗。
オオセンチコガネは全国的に広く分布する昆虫だが、他の地域では緑~赤色の個体群がほとんど。こっちはこっちでとても綺麗。
また次回、奈良を訪れるときこそは満足のいく写真を撮ろう。そう決意して鹿糞の山へオオセンチコガネを放してやった。

奈良公園に行ったら大仏、鹿、そして糞虫!

奈良公園といえばなんといっても東大寺をはじめとする社寺や、観光客からせんべいを強奪する鹿たちが有名である。

しかし、足元に目を向けてみればこんなに綺麗な虫たちが転がっているのだ。大仏様を見上げて首が疲れたら、しばらくは下を向いて歩いてみるのもいいかもしれない。
奈良公園内には鹿への注意を促す看板が。突進は英語だとノックダウンになるのか。
奈良公園内には鹿への注意を促す看板が。突進は英語だとノックダウンになるのか。
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