特集 2016年10月2日

書き出し小説大賞 第108回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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長引く秋雨のせいでせっかくのいい季節、なかなか気持ちいい空が拝めない。けれど長雨は人を思慮深くする、作文にとってはうってつけの機会かもしれない。今回はとくに自由部門が豊作でした。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご招待しよう!

書き出し自由部門

美猿、街へ。
正夢の3人目
誰にでも優しい彼女がわたしの葬儀で笑っている。
小夜子
なんとハリウッド然とした子供だ。
terayo
そこに河童はいません。ただ皿が積まれているだけでした。
よしおう
夜市で買った松茸が中国産で、父母の喧嘩は週を跨いだ。
ボーフラ
この中に偽物の大工が混ざっている。
ちゃありぃ
「類似品にご注意ください。」双子のセールスマンはそれだけ告げると帰って行った。
サタヤラ
祖母からココナッツの香りがするようになった。
伊勢崎おかめ
蛙が鳴き、月はまん丸で、僕はパンクした自転車を押している。
ウリムク
天から垂れる糸は、手繰れるばかりでのぼれる気配がない。
ウリムク
禿げたい気持ちというものもある。
なおい
先ず帰宅部が亡命した。
TOKUNAGA
逆マトリョーシカ人形の事を考えていたら、いつの間にか土星にいた。
松っこ
ディスクジョッキーは二十年前の私の質問を毎週読み上げてくれる。
吉田髑髏
いろんなメロン味があり、私はその全てを肯定したい。
たこフェリー
旧講堂から神獣の気配が絶えて久しい。
Mch
アメは「ちゃん」だが、クッキーは「さん」だろ。
君と僕と雨
口に含んだ親指の指紋は、柔らかな舌にくっきりと浮かんで視えた。
merumo
投げてもあまり飛ばないものをうまく飛ばすのが仕事だと言ったら、君は興味があるだろうか。
ウウタルレロ
制服を脱いで客になった私は、上司に注文をした。客として注文したのだ。
いがそ君
正夢の3人目氏「美猿~」書き出しというよりタイトルのよう。昔から猿が住宅地に逃げたというニュースがなんか好き。terayo氏「ハリウッド然」という言葉にノックアウト、子役とはつまり子供のプロのことだと思う。よしおう氏「そこに河童は~」これから回転寿司で積まれた皿を『河童塚』と呼ぼう。ちゃありぃ氏「この中に~」出来た家の一部が明らかに素人。宮大工編も面白いと思う。サタヤラ氏「類似品に~」そのまま『世にも奇妙な~』の一編が出来そうな良質シュート。ウリムク氏、2作品とも高水準。頼もしい新人さん。松っこ氏「逆マトリョーシカ」メビウスの輪やクラインの壺みたいな不思議幾何学としてあってもいいと思う逆マトリョーシカ。たこフェリー氏「いろんなメロン味~」こういう名句がいっぱい載ってる自己啓発本なら欲しい。君と僕と雨氏「アメは~」そう言われるとそうとしか考えられない。オレオさん。いがそ君氏「制服を脱いで~」二文目のだめ押しが作品にスリリングな緊張感を生んでいる。

つづいては規定部門。今回のモチーフは『危機的状況』であった。いきなり追い詰められた主人公たちをお楽しみ下さい。

書き出し規定部門・モチーフ「危機的状況」

指輪を飲み込んだ豚はすでに出荷されていた。
正夢の3人目
本当に屏風から虎が出た時のことも考えておくべきだった。
ウウタルレロ
賑わうビーチと沖に流された海パン。ちょうど同じ距離だ。
ぴすとる
彼女に覗き込まれたスマートフォンは、昨夜の漢字変換をしっかりと覚えていた。
しんすけ
「今、パンツ脱ぎました」「この後、どうすれば?」童貞から次々とLINEが送られて来る。
菅原 aka $UZY
ヤバイ、次死んだら終わりだ。
Mch
今年もマークシートがひとつ余った。
Mch
前から中学生の団体が、後ろからおじいちゃんの自転車が、来る。
xissa
彼に残された選択肢は、トイレットペーパーの芯を可能な限り柔らかく揉みほぐすことだけだった。
g-udon
物理的にありえない量のどんぐりが彼のポケットからこぼれ落ちている。今も。
きょうこ
社員全員のマイナンバーをメモした馬券を落としてしまった。
もんぜん
雨宿りできそうな場所が高級ブランド店しかない。
桃アパートおばけ
10個以上あった言い訳が残り1つになった。
それでも嬉しかった
コスプレでライブ配信していると、母親がお菓子を持ってきた。
東ことり
二日酔いの頭で、なぜオレはサファリパークの園内にいるのか必死で考えた。
シモカワヨウヘイ
部屋の水嵩も増していき、手に持つ餃子のタネにまで及びかけていた。
あつし
珍しく上機嫌な父の口笛が、獰猛な野犬の群れを呼び寄せた。
八重樫
宇宙服の足元でカサカサカサ。
ウチボリ
充電5%以下で、メキシコから知床までの航空券を予約しなければならない。
松っ
くにがまえに閉じ込められて漢字にされそうになっている。
もずく酢
今回両部門でトップバッターの正夢の3人目氏、とんかつに指輪が入ってた方、ご一報を。ぴすとる氏「賑わうビーチ~」海パンにたどり着けないまま海上自衛隊に救助される。Mch氏、両作良作。とくに二作目の絶望感。g-udon氏「彼に残された~」数あるトイレットペーパーネタの中で、さらに先の展開に進んだ作品。もんぜん氏「社員全員~」社員全員のマイナンバーをメモした馬券という、強引すぎる設定に笑ってしまいました。桃アパートおばけ氏「雨宿りできそうな~」しかもいま全身ユニクロ。それでも嬉しかった氏「10個以上あった~」この状況、バトル漫画のすげえ強い敵に追い込まれる主人公っぽい絵で浮かびました。あつし氏「部屋の水嵩~」危機的状況より「なぜ餃子のタネ?」という疑問が離れない。松っこ氏「充電5%以下で~」電池切れ寸前の携帯という設定に「5%以下」というディテール「メキシコから知床までの航空券」というアイデア、丁寧な積み重ねが作品に厚みを出す。もずく酢氏「くにがまえ~」キンタマが国に!?

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「切ない」
次回のテーマはいまあらゆる表現でもっとも重要視されている感情『切ない』にした。もちろん『切ない』人気はいまにはじまったことではないが、ここ十年くらいはとくに、言ってみればかなりあざとく「売り」にされている要素だと思う。ならば書き出し小説もこの流行のテイストをしっかり乗らねばなるまい。一般に『切ない』と言えば片思い、青春、季節の移ろい、などが浮かぶが、なにに切なさを感じるかは人それぞれなので、是非あなたの考える『切なさ』を表現して欲しい。また文体にもそれなりの工夫がいるだろう。切ない小説はその冒頭からなんとなく、これは切なくなりそうだとぞという、切ないフラグが立っている。それを逆手にとったネタもつくれるだろう。締め切りは10月14日、発表は10月16日を予定している。下記の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募いただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者

JING,/けー/白玉あずき/カミハリコ//井沢/プレミアムバザー高田改め高田/suzukishika/prefab/雨の日は寝る/うにねこ/ヘリコプター/東ことり/ノポル/お皿が乾くの3時間/
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