ちしきの金曜日 2016年11月18日

チェルノブイリは「ふつう」だった

これがチェルノブイリ原発の中央制御室のコントロールパネルです!
これがチェルノブイリ原発の中央制御室のコントロールパネルです!
30年前の1986年に事故を起こした、あのチェルノブイリ原発に行った。外見だけじゃなくて、なんと内部にも入った。ずっと行きたかった場所だ。

いや、ずっと行きたかった、っていうのは違うかな。まあそりゃ見てみたいけど、ほんとうに行けるとは思ってなかった、って感じだ。

いざ目の前にしたら、すごかった。いまでも「あれは夢だったんじゃなかろうか」と思ったりする。

と、同時に「ふつうだなー!」とも思った。その話をしよう。
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。

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「あわてた造形」4号炉石棺

まずは爆発した4号炉の今の姿をご覧頂きたい。すごいよ。
これがかのチェルノブイリ原発! すごい! やばい!
これがかのチェルノブイリ原発! すごい! やばい!
これほど「やばい」が似合う物体もないのではないだろうか。どこもかしこもすごい造形。何かに喩えたいが、何にも似ていない。
これほど「やばい」が似合う物体もないのではないだろうか。どこもかしこもすごい造形。何かに喩えたいが、何にも似ていない。
バカみたいな感想でもうしわけないが「すごい!」「やばい!」としか言いようがない。この光景にどういう意味があるかどうか以前に、大きさと形だけですでにどうかしている。

これまでたくさんの巨大土木構造物を見てきたが、そのどれにも似ていない。こんなもの見たことがない。

と思ったら「アキラを封じこめた地下のコンクリートの半球を思い出す」という指摘があって、それだ! と思った。
これ。大友克洋『AKIRA』 1巻の216~217ページ。中学生の時、夢中になって読んだ。映画も見た。
これ。大友克洋『AKIRA』 1巻の216~217ページ。中学生の時、夢中になって読んだ。映画も見た。
これを言ったのは東浩紀さん。「チェルノブイリの石棺を見るとぼくはいつもあの台詞を思い出します」と。慧眼。さすがだ。

(後述しますが、今回のこの旅は東さんプロデュースで行われたものです)

このアキラを冷凍して封じ込めた装置を目の前にしてつぶやかれるセリフが

「見てみろ……この慌てぶりを……怖いのだ……怖くてたまらずに覆い隠したのだ……自ら開けた恐怖の穴を慌てて塞いだのだ……」

というもの。
同215ページ。ところでこのコミックスの紙ってすごく黄ばむよね。
同215ページ。ところでこのコミックスの紙ってすごく黄ばむよね。
現在の4号炉は「石棺」と呼ばれるシェルターに覆われている。あの形は原発のシルエットではなく、事故直後から大急ぎで放射性物質を封じ込めた結果のフォルムだ。

つまり、4号炉の独特の姿は「あわてた造形」なのだ。そりゃ何にも似ていないよな、と思った。
現場敷地にある資料館内に置かれた4号炉の模型。
現場敷地にある資料館内に置かれた4号炉の模型。
ぱかっと開いて中の様子を見ることができる。あわてっぷりがすさまじい。大慌ての見本市。
ぱかっと開いて中の様子を見ることができる。あわてっぷりがすさまじい。大慌ての見本市。

あえて言おう、物見遊山気分であったと

「チェルノブイリに行った」というと、「福島との関連で?」とか「大山がそんなに原発問題に熱心とは」と思うようだ。

大人としてすごく言い方に気をつけないといけない、とは思うものの、端的に言おう。そういうのとぜんぜん関係ないっす、と。

ぼくはただすごい構造物が見たかったのだ。

チェルノブイリ原発こそ20世紀を代表する「すごい構造物」だ。ドボク趣味のぼくが行かなくてどうする、と思っていた。それだけ。
4号炉遠景。右に見えるびっくり構造物はその名も「新石棺」。
4号炉遠景。右に見えるびっくり構造物はその名も「新石棺」。
「それだけ」というと語弊があるけど、第一の目的はまぎれもなくそういう「物見遊山」的興味だった。
この新石棺がもうひとつのお目当て構造物だったのだ。すげー! これはもう「シン・石棺」と呼んでもいい。
この新石棺がもうひとつのお目当て構造物だったのだ。すげー! これはもう「シン・石棺」と呼んでもいい。
とはいえ、いざ現場見たらシリアスな気分になるんだろうな、と思っていた。

そうしたらその逆で、ウクライナに到着し次第に深刻な気分になって、それなりのシリアスさで現場に臨んだけど、実物見たらちょうエキサイトしてしまった。
スケール感がまったく伝わらないのがもどかしい。ものすごくでかいんです。
スケール感がまったく伝わらないのがもどかしい。ものすごくでかいんです。
現実の圧倒的な光景がもたらすのは矛盾する心持ちだ。大事故起こした原発に対して「かっこいい!」っていうのは、不謹慎なんですが、かっこいいです。言っちゃった。

むしろこれ見て興奮しないのはなにか間違っている。それ、ちゃんと見てないんじゃないか、って。
どれぐらいでかいかというと、その高さ109m、アーチの幅257m! 先ほどの模型があった同じ資料館にあったパネルより。それにしても比較として自由の女神ってちょっとなんというかどうなの。
どれぐらいでかいかというと、その高さ109m、アーチの幅257m! 先ほどの模型があった同じ資料館にあったパネルより。それにしても比較として自由の女神ってちょっとなんというかどうなの。
今も写真を見つつ、5分おきぐらいにシリアスと「すげー!」を往き来している。いや、同時進行かも。深刻と物見遊山マインドは両立する。
下の部分がピカピカ。内部も同じようにピカピカ。ステンレス貼りだそう。
下の部分がピカピカ。内部も同じようにピカピカ。ステンレス貼りだそう。
これほどのものを目の当たりにしたら「うおおお!」ってなっちゃう。これはしょうがないです。

「現場の圧倒的な光景に思わず惹かれてしまう生身の自分」をどう取り扱うか、という問題に直面するのが旅ってもんなんだろうな、と思った次第だ。この問題はいまだ解決されないまま、こうして記事を書いております。
この新石棺が移動して4号炉をすっぽり覆うのだ! 新石棺の穴の形が4号炉の投影だと思うと、なんか興奮する。
この新石棺が移動して4号炉をすっぽり覆うのだ! 新石棺の穴の形が4号炉の投影だと思うと、なんか興奮する。
と、なんか言わなくていいことを言ってしまった気もするが、この記事はそういう感じで書かれたものなのです、と言っておかないと。福島との関連とか期待していた方がいたら申し訳ない。

で、さきほどから写真ご覧頂いている「新石棺」ですが、これを見たい! っていうのも旅の目的のひとつだった。

老朽化が進む石棺。この新石棺の中で遠隔操作よって4号炉が解体されるという。内側のステンレスはその際のチリなどが流れ落ちやすいように貼られているとか。すごい。

つい先日リリースされたこちらに新石棺の全容が動画で分かりやすく説明されている。

4号炉の「あわてた造形」と対照的なそのぬるっとした姿。そのコントラストに震えた。
4号炉は1983年に完成、86年に事故を起こし石棺で覆われる。2012年から新石棺の建設がはじまり、来年には4号炉が覆われ見えなくなる(同資料館のパネルより)。
4号炉は1983年に完成、86年に事故を起こし石棺で覆われる。2012年から新石棺の建設がはじまり、来年には4号炉が覆われ見えなくなる(同資料館のパネルより)。
期待通り、いや期待以上のダイナミックさにこれまた大興奮。多国籍で組織された企業体による工事だ。

この新石棺、まさにこの原稿執筆現在ついに完成した。このあとレールの上を移動して年末から年明けには4号炉を覆う予定だという。先日動き始めたというニュースがあった
つまりこの姿は見納めってことなのだ。だから見に行った。
つまりこの姿は見納めってことなのだ。だから見に行った。
ちなみにこの新石棺の耐用年数は100年。そのあとの構造物がどんなものか、次の世代に見に行ってレポートしてほしい。ぼくは見られないけど。というか、ネーミングはどうするのか。新・新石棺とかか。
工事中の新石棺。2014年の姿(さきほどと同じ資料館のパネルより)。
工事中の新石棺。2014年の姿(さきほどと同じ資料館のパネルより)。

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