特集 2017年1月20日

人はまっすぐ歩くことができるのか実験する

目印なき場所でまっすぐ歩けるか試します!
目印なき場所でまっすぐ歩けるか試します!
人は歩く生き物である。目的地に向かう時、人は歩くのだ。走る人もいるかもしれない。ただ疲れれば歩く。電車に乗るかもしれない、車に乗るかもしれない。しかし、人は結果、どこかで必ず歩くのだ。

では、人はまっすぐ歩くことができるのだろうか。都会では道に沿って歩くだけ。自分の意思で歩いているようでいて、実は歩かされているのだ。自分の強い意思でまっすぐ歩くことが求められているのだ。
1985年福岡生まれ。思い立ったが吉日で行動しています。地味なファッションと言われることが多いので、派手なメガネを買おうと思っています。(動画インタビュー)

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> 個人サイト Web独り者 彼女がいる風の地主恵亮

人は歩く

幼き頃、母から「まっすぐな人間になりなさい」と言われた。まっすぐであることを世間は求めている。曲がらないのだ、回転しないのだ。まっすぐに己の足で歩いていくのだ。
でも、まっすぐ歩けない!
でも、まっすぐ歩けない!
都会ではひたすらまっすぐ歩くのが難しい。道というものがあり、それは突然カーブすることもあれば、建物があり、迂回する時もある。まっすぐ歩くぞ、と思っていても、意志とは関係なく曲がらねばならないのだ。
道が分かれている時もあり、まっすぐ歩けない!
道が分かれている時もあり、まっすぐ歩けない!
目印がたくさんあるので、自分がまっすぐ歩いているかも分からない。目的地に着けばまっすぐ歩いたことになっている。母の言っていた「まっすぐな人」とはそういうことではないはずだ。定規で線を引いた時のようなまっすぐを求めているのだ。
都会だと目的地までなんども曲がる
都会だと目的地までなんども曲がる
上記は歩いた軌跡を示したものだ。A地点からB地点に行くのになんども曲がっていることがわかる。10分ほどの道のりだけれど、都会では何度も曲がらなければならないのだ。まっすぐ歩きたくても歩けない。というか、そもそも人はひたすらまっすぐ歩けるのだろうか。
ということで、だだっ広いところに来ました!
ということで、だだっ広いところに来ました!

まっすぐ歩く

人はまっすぐ歩くことができるのか、それを知りたくて、目印とるなるものがなく、道もない、だだっ広いところにやってきた。砂漠だ。目印がなく遭難したりする場所だ。ここなら人がまっすぐ歩けるか否か分かるはずだ。
似たような景色ばかり!
似たような景色ばかり!
砂漠で10分ほどまっすぐ歩いてみる。GPSを使いその軌跡を残すことで、まっすぐ歩けているか分かる。とにかく10分間まっすぐ歩くのは人生で初めての体験だ。野に放たれた獣のようにひたすらまっすぐ歩くのだ。
とにかくまっすぐ、
とにかくまっすぐ、
歩きます!
歩きます!
舗装されていないので多少は足を取られるけれど、ひたすらまっすぐ歩くように努めた。この広い場所ではどこへでも歩くことができる。まっすぐ歩き放題ということは、曲がり放題でもあるのだ。でも、まっすぐ歩くのだ。
10分間歩きました!
10分間歩きました!
軌跡を見ると、そこそこまっすぐ歩けていました!
軌跡を見ると、そこそこまっすぐ歩けていました!

ここからが本番です

軌跡を見ると、意外にもまっすぐ歩けていることが分かる。緩やかな弧を描いているけれど、まっすぐと言ってもいい気がする。そのような柔軟な姿勢がまっすぐな男の証なのだ。次はこのB地点から先ほど出発したA地点に戻ってみようと思う。
A地点に戻ります
A地点に戻ります
B地点で10分ほど休憩してからA地点を目指して歩く。まっすぐ歩ければ、B地点からA地点に戻れるはずなのだ。駅から自宅まで行ったり来たりしているので、日本ならば可能だろう。ただ目印も何もないこの砂漠でそれは可能なのだろうか。
歩きます!
歩きます!
まっすぐ歩きます!
まっすぐ歩きます!
10分後、ここどこ?
10分後、ここどこ?
まっすぐ歩いてA地点に戻っているつもりだった。しかし、10分後にたどり着いた場所は、知らない場所だった。もともとA地点のこともよく知らないけれど、荷物が置いてあるはずなのだ。でも、それがない。本気のここはどこ? なのだ。
軌跡はこうでした!
軌跡はこうでした!
最初のと重ねます
最初のと重ねます
自分ではまっすぐにA地点に向かっているつもりだった。ただ軌道を見ると最初の一歩からなんか違う。10分休むことでA地点の場所があやふやになり、全然別の場所にたどり着いたのだ。砂漠で遭難する理由がわかった気がした。
次は目隠しです!
次は目隠しです!

目隠しでまっすぐ歩けるのか

人はまっすぐ歩けるけれど、元の場所に戻れないことがわかった。むしろまっすぐ歩けなければ、元の場所に戻れたかもしれない。目印がないので、まっすぐは歩けても、その道が正しいかどうかは別問題なのだ。実に難しい。
目隠しで歩きます!
目隠しで歩きます!
人はまっすぐ歩ける、ということは分かったので、目隠しをして歩くとどうなのかをやってみようと思う。先と同じようにA地点から10分間、まっすぐ歩くのだ。もちろん私はまっすぐ歩いているつもりだけれど、目隠しをしているので歩けているかは謎だ。
怖いよね!
怖いよね!
何かにぶつかるという心配はない。砂漠なので。しかし、それが逆に怖い。どこを歩いているのか分からないのだ。人はこうして遭難していくのだろう。ただなんだか自信があった。まっすぐ歩けているぞ、という心の底から湧き出る自信だ。
10分間歩きました!
10分間歩きました!
歩けてないよね!
歩けてないよね!
A地点から弧を描き、最後の方でとんでもないカーブを描いている。わざとこうしたわけではない。真面目にまっすぐ歩いたつもりなのだ。それなのに上記のようになっている。母に言われてまっすぐな人間になったつもりだったけれど、ひねくれすぎている軌跡だ。
目隠しをしてA地点に帰ります!
目隠しをしてA地点に帰ります!
次は先ほどのゴールB地点からスタートしたA地点を目指して歩く。目隠しなしでも戻れなかったのに、目隠しがある状態でA地点に帰れるのだろうか。ただ世の中には奇跡というものがあるのだ。私は奇跡を呼び起こせる人間だと信じている。麗しきA地点が私を待っているのだ。
目隠しをしながら、
目隠しをしながら、
A地点を目指して
A地点を目指して
まっすぐ歩きます!
まっすぐ歩きます!
ここどこ?
ここどこ?
目隠しを外すと太陽が眩しくて目を開けることができなかった。ゆっくりと目が慣れて周りを確認する。2度目の「ここどこ?」である。知らない風景だ。知らなすぎる風景だ。A地点でないことは間違いない。まっすぐ歩いていたつもりだったのに。
すっごい軌跡だわ!
すっごい軌跡だわ!
なんと言っていいのか分からない軌跡になっている。B地点を出発してすぐに回転していることにも驚く。全然そんなつもりはないのだ。むしろA地点方向へ戻れたことに感激する。人は目隠しをするとまっすぐ歩けないのだ。
行きと帰りで全然違う!
行きと帰りで全然違う!
全然違う。海と膿くらい違う場所を目指しているみたいだ。回転した時点でダメなのだ。目隠しをして歩くことの危険性を感じた。もっともこのあと、A地点に戻るのに苦労したけれど。ここがどこか分からないのだ。
めちゃくちゃ苦労しながらA地点に戻った
めちゃくちゃ苦労しながらA地点に戻った

まっすぐ歩けるけど

上記のように人は目隠しをしなければ、まっすぐ歩けることが分かった。ただまっすぐ歩いてもそのゴール地点が正しいかは別問題だ。人生でもそのようなことが言えるのではないだろうか。いい例は浮かばないけれど、そう言うと重みが生まれることを願っている。
A地点に戻れた時の達成感がすごかった!
A地点に戻れた時の達成感がすごかった!
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