特集 2017年2月8日

『六万語国語辞典』の最高すぎる挿し絵を鑑賞する

セヴン・ゴッヅ・オヴ・フォーチューン
セヴン・ゴッヅ・オヴ・フォーチューン
『六万語国語辞典』(金園社)という国語辞典がある。

この辞典、図版や挿絵や語釈がとっても最高なので紹介したい。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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「実用辞典」とは?

ひとくちに国語辞典といっても、実はいくつか種類がある。

一般的によく出回っているのが「小型辞典」で、「新明解国語辞典」だとか「三省堂国語辞典」「岩波国語辞典」といったものがそれだ。そのほかにも、「中型辞典」だとか「学習辞典」みたいなものがあるけれど、今回注目したいのは「実用辞典」というタイプのものだ。

この実用辞典、語釈(言葉の解説)は簡潔で、あまり詳しく書いてない。そのかわり、ペン字の書き方が載っていたり、図版がふんだんに入っていたり、簡単な和英がついていたりするタイプの国語辞典である。

このタイプは、20年ぐらい前までは、さまざまな出版社が独自の実用辞典を出していたが、最近はめっきり見かけなくなった。

家にあった「実用辞典」を集めてみた
家にあった「実用辞典」を集めてみた
「六万語国語辞典」もそんな実用辞典のひとつだ。
収録語数を堂々とそのタイトルに冠しているが、いまや小型辞書でも6万語ぐらいはあたりまえである。しかし、当時これだけの図版が載っていて6万語というのはなかなかのものだったのだ。
スライド009/あまりにも好きなので、古本屋で見かけるたびに買ってしまう。「六万語国語辞典」
スライド009/あまりにも好きなので、古本屋で見かけるたびに買ってしまう。「六万語国語辞典」
この国語辞典は、昭和40年代に作られたまま内容を大きく変えずに平成10年頃まで売っていた。
図版が豊富
図版が豊富

味わい深い図版

まずは、テレビジョンの項目をみてほしい。
なつかしい四足のテレビ
なつかしい四足のテレビ
懐かしい、四本足のテレビである。

語釈の「電波によって遠隔地の実景を再現させる装置」と、放送などの仕組みには言及してない説明も、なんだかぎこちなく、時代を感じさせる。当時はまだテレビがニューメディアだったのだ。

このように、六万語国語辞典は、すべての図版が昭和30年代のテイストで止まっているのだ。

これだけではない。
漫才のでしか見ない
漫才のでしか見ない
いまや漫才でしかみないマイク。
「音波を音声電流に変える装置。送話器。マイクロフォンそのものは音声を拡大しない。」マイクの説明に音の拡大機能が無いことを入れるなど、妙に詳しい。
レンジ。でかすぎない?
レンジ。でかすぎない?
レンジ。というか、コンロのようにもみえるけれど、レンジである。上のコンロ部分ではなく、下の部分がレンジなのだろう。

そして語釈。
西洋かまど
西洋かまど
西洋かまど。

なかなかグッとくるいいまわしである。和製ジェームス・ディーンっていう言い方あったけど、それにちかい。

海外から入ってきたものでも、日本に昔からあるものに洋をつけて説明しちゃう言い方、例えば、洋服、洋画、洋楽、洋菓子みたいなものは定着したけれど、西洋かまどは定着しなかった。
思いっきりメーカー名出てるな
思いっきりメーカー名出てるな
おもいっきり「ナショナル」と書いてある。

別にこっちが心配するような義理もないのだけど、こういう商標関係の掲載に関して、いいんだろうかとか思ってしまうのは、本当にいやな癖がついてしまったと思う。

それはともかく、注目したいのは、英訳の部分。
直訳?
直訳?
「dry electric battery ドライ・エレクトリック・バッテリー」である。本当だろうか?

英語はまったくわからないのだけれど、直訳っぽいな。というのはわかる。
和英辞典でしらべてみたところ、乾電池は「dry cell、dry battery」となっていたので、あながち間違いでもないのだろうか?

英訳があやしい

この「六万語国語辞典」英訳の部分がなかなかあやしい。

例えばこれ。
かっぱ
かっぱ
今にも死にそうなツラの河童も味わい深いのだが、英訳。
イマジナリ、リヴァ、アニマル。
イマジナリ、リヴァ、アニマル。
イマジナリ・リヴァ・アニマル。

はたして河童はアニマルなのか? という疑問はある。

ちなみに、河童を和英辞典で調べてみたところ「Japanese Water imp」であった。Impはあまり聞き慣れない言葉だが、子鬼、小悪魔、口語では腕白坊主やいたずら小僧という意味らしい。
七福神
七福神
七福神。挿絵が、ほんとうにいい。
勢揃い
勢揃い
フェイスブックだと「同期飲み、このメンツめっちゃキャラ濃いわー。」みたいなコメントともに投稿される写真である。

そんな七福神だが、英訳もすごい。
seven gods of fortune
seven gods of fortune
セヴン・ゴッヅ・オヴ・フォーチューン。

Godsをゴッヅと表記する肝のすわりぐあいには頭が上がらない。ただただ平伏するのみである。

刑罰マニア

六万語国語辞典には「その言葉、わざわざ立項(項目を立てること)して解説するの?」というものがやたら多い。

そのひとつに、刑罰関係の言葉というものがある。

六万語国語辞典は、なぜか刑罰関係の言葉にイラストや挿絵を入れて妙に充実させているのだ。

たとえば、これ。
首枷
首枷
首枷。

たしかに、イラストが入ってるとわかりやすい。語釈も「(一)鉄又は木でつくった首にかける刑具。(二)自由をさまたげるもの。係累。「子は三界の―」」と、簡潔になりがちな実用辞典にしてはしっかりとふたつの意味が書いてある。

もちろん、刑罰オタクなので、首枷だけでなく、手枷、手錠といった一般的な拘束具ももれなくイラストつきで解説してある。
手枷、手錠なんかはもちろん画像つきで詳しく解説
手枷、手錠なんかはもちろん画像つきで詳しく解説
六万語国語辞典の刑罰オタクっぷりはこれにとどまらない。
とうまる
とうまる
唐丸。

まあ、たしかにこれもイラストあるとイメージしやすいけれども。
顔出してる
顔出してる
ひょっこり顔を出している罪人はなんなのか。こういう遊具に入って、ふざけた記念写真を撮っている人みたいな雰囲気もなくはない。罪人だけど。

これ、英訳もみてほしい。
え?
え?
ラージ・バスケット?
大きなバスケット
大きなバスケット
罪人を運ぶためのカゴを、ラージバスケットといったとたん、無印良品みたいな雰囲気になってくるから不思議だ。これぜったい「罪人を運びやすくするため、しなやかで丈夫な竹で編みました。軽くて長持ちします。」みたいな解説が書いてあるはずである。

刑罰マニアの六万語国語辞典は、もちろん「ひきまわし」もイラスト入りで入念に解説している。
ひきまわし
ひきまわし
市中引き回しの様子である。もちろんイラストで解説してもらうと理解度が違う。市中引き回しへの造詣が深くなることうけあいである。で、英訳をみてみると……。
えぇ!
えぇ!
マーチって、あの日産的なマーチなのか? ということはこれ。
ツッタカター、ツッタカター、ツッタカタッタッター
ツッタカター、ツッタカター、ツッタカタッタッター
マーチング?

市中引回しも、マーチングだと思えば、一日一歩、三日で三歩、三歩すすんで二歩さがるみたいな、前向きでポジティブなセレモニーにみえてくる。これもひとつのオルタナティブファクトというべきか。

医療オタク

六万語国語辞典、実は医療オタクという点もみのがせない。
イモ?
イモ?
甲状腺。

甲状腺は喉の下のこの位置にあるよみたいな、位置情報とかじゃなく、はっきりいってモノクロでみせられても何が何だかわからない甲状腺そのままのイラストをデーンと載せてしまう六万語国語辞典。医療オタクの面目躍如たるや、である。
化粧品?
化粧品?
吸入という言葉の解説で、吸入器のイラストいるかなー。というきもしないでもないが、六万語国語辞典は医療オタクだから仕方ない。

で、しばらく見ていくと、なんと「酸素」の項目にもわざわざ「酸素吸入」の解説が載っているのだ。しかも、こんどは使い方をイラスト付きで。
これいるかなー
これいるかなー
六万語国語辞典、酸素吸入器をどれほどフィーチャーしたいんだ?

しかも、ペン字が病魔ってなってるのもいい。そんなこと、どこにも書いてないのにいきなり病魔。
病魔て
病魔て
膀胱。
球根か
球根か
申し訳ないけど、球根にしか見えない。

軍事オタク

六万語国語辞典は、刑罰、医療ときて、さらに軍事オタクでもある。

例えば、ロケットをみてみると。
ロケットの項目
ロケットの項目
ロケットを説明する項目で、わざわざイラストに「ロケット弾」のイラストを採用。
しかも、ロケット弾の内部構造、せっかく透けてるのに説明が一切なく、だから一体なんなんだこれ。という戸惑いしか残らない。
タンク
タンク
タンクの挿絵は、もちろん「戦車」の写真。もちろん、軍事オタクですから。

でも、戦車の項目では挿絵なし。
イラストなし!
イラストなし!
こっちには載せへんのかーい。という肩透かし。これが、ツンデレというものか。いや、デレツンか。つうか、デレツンって、ただの倦怠期じゃないか。
ナイキってなんだよ
ナイキってなんだよ
ナイキとは、どうやら対空誘導弾のひとつらしい。数ある兵器のなかから、わざわざ単独で立項して、絵付きで解説するほどのものなのだろうか。
戦艦というか、艦橋だよなあこれ
戦艦というか、艦橋だよなあこれ
戦艦の項目にはもちろん、戦艦のイラストも載っている。しかし、兵器に対する熱い思いが先走ったのか、ドアップすぎて、いみがわからない。

いやしかし、あつ苦しいほどの思いがあるからこその六万語国語辞典といえるのではないか。

昭和時代のタイムカプセルやー

六万語国語辞典の、挿絵の自由奔放さは、出版から50年以上経過するとはいえ、まったく衰えること無く、われわれの胸につきささってくる。

挿絵だけではない、言葉のチョイスもなかなか今ではお目にかかれない文物をピックアップしていることも多く、眺めているだけでもたのしい。

紙の辞書、デジタルの辞書とさまざまな議論がなされているが、こんなに古い情報を手軽に読むことができるのは、紙の辞書の唯一の良さではないだろうか?

ちなみに、六万語国語辞典は、現在すでに絶版となっており、古本屋で買うか、Amazonのマーケットプレイスで中古本を買うしか入手方法はない。

Amazonではなぜかかなり高額な値段設定になっているが、古本屋で見つけるとおそらく500円ぐらいで売っているはずだ。

古本屋で見かけたら、ぜひ手にとって読んでみてほしい。ほんとにおもしろいから。

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