特集 2017年2月15日

密着レポ 新潟のオールド送水口を救出せよ!

街角プロジェクトX
街角プロジェクトX
古き良き建物が終わりを迎える。哀しいが仕方ない。しかし、仕方なくない人達もいる。ビルに設置されたオールド送水口のレスキューに密着した。しすぎた。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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目指すは新潟大和の壁

2017年1月、新潟駅の万代口を出てうっすらと雪の積もった通りを北西に歩く。
いきなりマルタケビルがかっこいい。
いきなりマルタケビルがかっこいい。
萬代橋を通って信濃川を渡るとデパートやアーケードが立ち並ぶ新潟随一の繁華街、古町。
三越のライオンが見つめる先には真っ白な棟屋で寒々しく佇むビルディングが。2010年に惜しまれながら66年の歴史に幕を下ろした百貨店、大和新潟店である。
閉店から5年、再開発計画も一応の方向性が打ち出され、解体を待つばかり。
閉店から5年、再開発計画も一応の方向性が打ち出され、解体を待つばかり。
通りに面した壁からうつむきかげんで顔を出している一基の古い送水口がある。
通勤者が行き交うバス停を見つめる。
通勤者が行き交うバス停を見つめる。
送水口の老舗メーカー「村上製作所」製、壁埋設露出Y型。
送水口の老舗メーカー「村上製作所」製、壁埋設露出Y型。
村上ブランドの証。Mに水流のロゴ。
村上ブランドの証。Mに水流のロゴ。
正確な設置年は不明だが、この建物とほぼ同じ歴史を共有するヴィンテージ送水口である。
プレートの表記に英語「SIAMESE CONNECTION(サイアミーズ コネクション)」が用いられていたのが昭和20年代。20年代後半から30年代にかけてカタカナ~日本語表記に移行が進み、現在では「送水口」と表記されている。つまり、英語表記のものは昭和30年以前に作られた可能性が高い。
プレートの表記に英語「SIAMESE CONNECTION(サイアミーズ コネクション)」が用いられていたのが昭和20年代。20年代後半から30年代にかけてカタカナ~日本語表記に移行が進み、現在では「送水口」と表記されている。つまり、英語表記のものは昭和30年以前に作られた可能性が高い。
村上製作所製の送水口だけについている「ビス穴」も健在。
村上製作所製の送水口だけについている「ビス穴」も健在。
ほおっておけば産業廃棄物になる運命、悲しいではないか。いかんではないか。しかし、そんな灰色の空気を切り裂いて、東京の新橋からホワイトナイトが駆けつけた。
道路使用許可証とツーショット。
道路使用許可証とツーショット。
「送水口博物館」館長にして、この送水口を製造した「村上製作所」3代目社長(逆かな、まあいいや)村上善一氏である。

いや「送水口博物館」とかいって何なのよ、っていうのはこの記事に詳細が記されているが、ヴォーカル&おさらい担当の私からさらっとおさらいしておこう。送水口は高層ビルなどの防災設備で、火災の時には消防車のホースをつなぎ、高層階に迅速に消火用水を送ることができる。
何度も引用してすみませんが館内パネルより。
何度も引用してすみませんが館内パネルより。
古き良きビルが解体される際に廃棄されてしまう送水口を収蔵し、展示する博物館が2015年、村上氏と送水口を鑑賞するファン達の尽力によってオープンした。
第一光和ビルやブリジストン旧本社ビルなど、救出された送水口が展示されている。
第一光和ビルやブリジストン旧本社ビルなど、救出された送水口が展示されている。
今回はその救出活動の一環である。もちろん、ビルを解体するからといってそれじゃあどうもと勝手に持って行っていいものではない。財産管理者や解体業者など利権者、責任者との交渉、そして現場作業にあたっての各種申請等、様々な調整の上で可能となるのだ。
現場事務所のあるビルの送水口もよかった。
現場事務所のあるビルの送水口もよかった。
今回の新潟大和の件は生粋の送水口ファンであるAyaさんが、この送水口を好きすぎるあまり、いても立ってもいられず解体前の回顧イベントに出向き保存を懇願した事が引き金となった。その模様はAyaさんの運営する送水口サイト「送水口倶楽部」に記されている。

世にも珍しい送水口の取り外し作業。ぜひ見せてくださいと館長にお願いしたところ、「ぜひ来たまえ」と快諾されたのである。
「手伝ってね」という条件つきで。
「手伝ってね」という条件つきで。
館長と前述のAyaさん、私の3名で現場へ向かう。
「どうだい、潜入取材って感じでいいだろう」
--潜入というか混入ですけどね。
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送水口救出のメソッド

さあ救出だ!待て、落ち着け。そもそも送水口を外すというのはどういう事なのか。
撤去を告知するポスターも製作。
撤去を告知するポスターも製作。
「要はね、でかいネジを回して外すみたいなもんだよ」
送水口の後ろには水を建物の中に送る連結送水管が長々と伸びている。管と送水口はネジ山で接続されており、取り外すにはむかって左方向に回してやればよい。
こんな感じ。イラストは送水口ファンのki-mu-chiさんに締め切り間際に描いてもらいました。
こんな感じ。イラストは送水口ファンのki-mu-chiさんに締め切り間際に描いてもらいました。
--ほー、なんか簡単そうですね。
「いやいやいや、がっちりと締まったまま60年以上、すっかり固着してるはず。ドライバーでくいっと回すのとはわけが違うよ」
試しに手で回してみたが同化してしまったかのように固くて動く気がしない。いったいどうするのか。
「すごく頑張って回すしかないね。まあ順を追ってやっていこう」

救出のメソッド(1):中の水を抜こう

「まずは水がたまってるかどうかチェックしないと」
「まずは水がたまってるかどうかチェックしないと」
検査済証。次回検査(平成29年2月)を待たずして撤去となった。
検査済証。次回検査(平成29年2月)を待たずして撤去となった。
--試験のために入れた水が残っていると。
「送水口の中には逆止弁というのがあって、送り込んだ水が逆流して出てこないようになっている。だからその向こうに水が残っている事が多い。作業中に水が溢れだしたりしないようにあらかじめ水を抜きます」
出る時は大量に出ます。「送水口取り外し手順書」(村上製作所)より。
出る時は大量に出ます。「送水口取り外し手順書」(村上製作所)より。
今回は水がたまってなかったのでこのまま取り外し作業へ。
今回は水がたまってなかったのでこのまま取り外し作業へ。
表示板をはずす。これも貴重な資料。
表示板をはずす。これも貴重な資料。

救出のメソッド(2):鉄パイプで囲おう

--さあ、ここからどうしましょう。
「ポイントはふたつ、ひとつはこの固い送水口に強い力を加えて回す」
「もうひとつは力を加えつつも傷付けたりしない事」

--あ、そうか。ただ撤去すればいいわけじゃないですからね。
「そう、傷つけずに大事に取り出すのが送水口博物館独自のノウハウなわけだ」
現場には撤去工事というよりはさながら発掘作業のような緊張感がただよいはじめる。
養生テープでカバーして……。
養生テープでカバーして……。
鉄パイプを井の字に組み送水口に噛ませる。
鉄パイプを井の字に組み送水口に噛ませる。
傷が付かないように隙間を木材で埋め、しっかりと固定する。
傷が付かないように隙間を木材で埋め、しっかりと固定する。
送水口を回しやすくするために潤滑油を染み込ませる。
送水口を回しやすくするために潤滑油を染み込ませる。
「この潤滑油はね、プロが選んだ601です。送水口はずしのプロが選んだ601」
--メーカーに言って用途に「送水口はずし」って書いてもらいましょう。
「このあたりの工夫はね、館長のアイディアなんだよ」
--館長ってつまり……
「私だよ」
自画自賛MCと共に作業はすすむ君。イエー。
順調!
順調!
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救出のメソッド(3):「てこ」を作ろう

前半の山場「きっちり固定」を乗り切り、いよいよ送水口を回しにかかる。
鉄パイプをつなぎ、ここに体重をかけて力を加える。
鉄パイプをつなぎ、ここに体重をかけて力を加える。
--なるほど、てこの原理で固い送水口を回すハンドルを作ったんですね。
「そう、でもそんなにあっさりいかないよ」

救出のメソッド(4):通じ合おう

長く伸びたパイプに、全体重をかけてねじを緩める。のだが……。
固い!
固い!
これがとにかく動かない。
「いいね。ものすごくしっかり、きちんと締まってるね」
館長が相手を讃える。送水口マンシップである。
あまりにも動かなかったので動かないGIFを作りました。
あまりにも動かなかったので動かないGIFを作りました。
逆側からもせめる。
逆側からもせめる。
逆に送水口を中心に世界が回ってしまうのではないかと案ずる程、渾身の力で押し込んでもびくともしない。長い年月を共にしてきた壁にフジツボの親分のように強固に貼り付いている。
私の役に立ってなさにも注目。
私の役に立ってなさにも注目。
送水口からしてみれば無理もない。ある日突然、見ず知らずの館長とかいう男に鉄パイプで頭をつかまれ、首のところを強引に回されてラグジュアリーな大理石の壁からはがされようとしているのだ。
心無しか不機嫌そう。
心無しか不機嫌そう。
「いや、ちょっと何すんですか、許可もらってんですか」と反抗したくなるのは至極当然。(許可もらってんだけどね)。

そんな頑な心とネジを少しづつ解きほぐすように右に、左に、時には強く、時には緩く、力を伝えていく。鉄パイプを通じた館長と送水口の、歌会のような格闘技のようなコミュニケーションである。

救出のメソッド(5):エックスプロポーションで取り出そう

「お、動くぞ!」
工事開始から約50分、不動と思われた送水口が小首をかしげるように傾いた。
その時、送水口が動いた!
テンションあがる報道陣!(地元の新聞社も取材に訪れていた)
テンションあがる報道陣!(地元の新聞社も取材に訪れていた)
--おお、もうスルスルと回るんですかね。
わずかに残っていた水が涙のごとく滴り落ちる
わずかに残っていた水が涙のごとく滴り落ちる
「いや、そんな事ない。ネジ部分は長さが35mmで1インチ(25.4mm)にネジ山が11ある。つまり11回ぐるぐるまわして25mm外れるわけ。だから35mmのネジを外すには15,6回はまわさなきゃなんない。半分くらい回したら緩んでくるんじゃないかな」
--という事はこんな感じであと7~8回頑張って回さなきゃならないんですね。
「そうだけどさ、そういう事考えるのは野暮だろう、僕は夢中になりたい、ただ夢中でやりたいね」
館長があっち側に行ってしまった。
行ってらっしゃい。
行ってらっしゃい。
送水口をただ回すために試行錯誤はつづく。パイプを組み替え、少し動くとまた組み替えてを繰り返す。
パイプが地面にあたってこれ以上回せなくなったり……。
パイプが地面にあたってこれ以上回せなくなったり……。
「よし、あれやってみるか」
館長が根本的にパイプの配置を変えだした。
口金にパイプを突っ込み、送水口自体をハンドルのように回す。
口金にパイプを突っ込み、送水口自体をハンドルのように回す。
この思想はさらに進化し、最終形態へ。
ジャキーン!かっこいい。サイバーパンク!
ジャキーン!かっこいい。サイバーパンク!
--あーこれはすごい。一目でどう使うかがわかる、テプラ貼らなくても。
「このやり方はね、夢で思いついたの。最初はてこで外側から力をかけたほうがいいけど、緩んで来たら中心に力をかけてハンドルみたいに回したほうが早いんじゃないかと思ったんだよ、夢で」
--具体的に力学がらみのお告げをしてくる神様ありがたいですね。
これでぐるぐる回る!取り舵いっぱい!
これでぐるぐる回る!取り舵いっぱい!
「そうだな、この形態はエックス・プロポーションと名付けようかな」
エックス革命で飛躍的に効率が向上し、ついに運命の瞬間が!約2時間30分の格闘に終止符がうたれたのだ。
感動の瞬間をムダに演出した動画でどうぞ。
約60年前の配管。これも貴重な絵ではないか。
約60年前の配管。これも貴重な絵ではないか。
「この型は、中の弁が蝶番になっているタイプで、うち(村上製作所)が昭和28年から昭和32年くらいまで製造していたやつです。この配管の様子を見るにおそらく昭和30年の火事より前からついてたんじゃないかな」
60年以上のおつとめ終了。ずしりと重い。
60年以上のおつとめ終了。ずしりと重い。
送水口ファンにとっては貴重なオールド送水口、村上館長にとっては先人の仕事の足跡、そして地元新潟の人にとっては長い間、地域の賑わいを形成してきた百貨店の名残として、様々な思いと共に新潟大和の送水口は救出された。
いざ新橋へ
いざ新橋へ
「今後メンテナンスをして、送水口博物館で展示予定です。博物館では今後もこうした価値ある送水口の保存を、本来そこにあるべき現地での展示保存も含め提案していきたい」
館長とエックス・プロポーションの旅は、まだまだ終わらない。

現在、送水口博物館では今回救出した大和新潟店の送水口を含め複数の送水口の展示を準備中。また、送水口を磨けるミニイベントなども開催予定。情報は送水口博物館のWEBサイト
や送水口ナイト実行委員会フェイスブックページでチェックしてほしい。
博物館で送水口を磨く館長。
博物館で送水口を磨く館長。
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