特集 2017年3月12日

書き出し小説大賞 第118回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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ここ十数年来愛用している折りたたみ式の孫の手がある。開くと倍の長さになり、先端の突起のついた金属はひんやり冷たく至福の掻き心地である。本体に柔らかな筆文字で書かれた商品名は『かく恋棒』。私にとってそれは『激落ちくん』『味覇』と共に数えられる人類の三大発明である。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しょう!

書き出し自由部門

村長が登壇する。開花宣言をするのだ。
紀野珍
正午を遠ざけて、春の箱の中にいた。
早計層
繋げなかった左手に、手すりの冷たさが心地よい。
七世
2月は逃げた、消えない過去を置いて。
トミ子
君の言う中旬がはっきりしないままに三月は過ぎていった。
xissa
視線を感じ、振り返ると、大福があったので、食べた。
もずく酢
何かを見ているときだけは寂しさを忘れられる。だから僕は永久脱毛のポスターをじっと見るのだ。
もんぜん
いつもの怪人が四月から異動する。
morin
女は死に、砂鉄のドレスが一瞬で落ちる。
大伴
ビルに残された無数の傷、この街を愛した巨人の成長記録だ。
義ん母
飛行船が降下を始めた。君は2秒だけ笑って、それきり目を閉じてしまった。
Mch
組曲は山場を迎え、指揮者は最早靴下だけになり棒を降っている。
けー
路上ライブから次々と客が離れていき、ペンギンだけが数匹残った。
terayo
空になった水筒を弟のように扱う。
井沢
年老いた父の後ろ姿が、サンバ隊とともに小さくなっていく。
アイアイ
香典ドロボーは、もう一人のあたし。
ボーフラ
私どもはバスを貸し切ったことはありません。
ヘリコプター
ホヤの一生について考えてみたまえ。
園芸係長
確かにあの嵐は凄かったが牛が飛ばされたなんてことはなく、父が少し嘘を付け加えて女性に話す姿が恥ずかしくてその場から逃げ出して10年が経ってしまった。
AIR田
「村長が登壇する~」紀野珍氏、村長のキャラと同時に村全体のノリも伝わってくる。けどこの開花宣言、たぶん全国的に注目されてるわけじゃない。早計層氏、七世氏、トミ子氏、春先のリリカルな気分が伝わってくる、たぶんこの少し後から変態出没の時期に移るのだろう。「視線を感じ~」もずく酢氏、単に大福を食べる行為も書きようによっては小説になる。もんぜん氏の「何かを見てるとき~」にも似た手法を感じる。大伴氏「女は死に~」鮮烈なイメージ。いまの技術ならCGでも表現できそうだが、実際にそうしたとしてもこの一文から生まれるイメージには及ばないだろう。ボーフラ氏「香典ドロボー~」もしアンサー書き出しを書くなら、香典ドロボーだから好きになったんじゃない。好きになった人がたまたま香典ドロボーだっただけさ。AIR田氏「確かにあの嵐は~」なんとなくサリンジャー系の海外文学のような気がしたが、気のせいでした。

続いては規定部門。今回のモチーフは『アルバイト』だった。小説の書き出しを考えるだけの簡単なお仕事(しかも無報酬)です。

書き出し規定部門・モチーフ「アルバイト」

恩師が後輩になった。
小夜子
先輩は片言の日本語で僕にレジの扱い方を教えてくれた。
かこまさつぐ
猫カフェをクビになり、野良に戻った。
昼行灯
「いつまでもアルバイトって訳にはいかないだろう」派遣社員の父の声が二階にまで響く。
菅原 aka $UZY
棟梁の奥さんは、エロくて、日雇いの僕らにも優しかった。
紀野珍
遅番のバイトがシフトを組み、万引き犯を取り囲む。
紀野珍
毎日結婚式に出席するアルバイトで、僕はあの子に出会った。
不眠
千日働けば1キロバイトだと店長に言われた。
g-udon
時給が上がった音がした。
g-udon
その事件現場に居合わせた誰もが声をそろえた。「バイトだ!」
ろっさん
夢のバイトに就くために、ぼくはニートの道を選んだ。
木乃机
嫌いな先輩と同じ電車で帰る。
ヘリコプター
求人情報誌で叩きつぶしたのは妖精だったらしい。
ふじーよしたか
小バエの行方を見失った頃合い、唐揚げ弁当が出来上がった。
TOKUNAGA
「正社員キック」の件でお話があります。
義ん母
業務用サイズに驚かなくなった。
あや幹部
残業手当がついたので魔王を倒すことにした。
あや幹部
「アンタ、社員になれるわよ」笑い屋のおばちゃんは、飴を口の中でカラッと鳴らした。
ぴすとる
「お逃げなさい」雇い主の熊が、せかすように言った。
仁尾智
荒れ果てた厨房でアンドロイドが湯切りを繰り返している。
terayo
庭の薔薇園が全焼したので遅れます。
尿意LONDON
どれだけみんなとなかよくしても僕は正社員にはなれない。
xissa
小夜子氏「恩師が~」それがあり得るのがバイト界。かこまさつぐ氏の作品もそうだが、国籍も含めた社会的立場がもう一度シャッフルされるのがバイトの醍醐味かもしれない。昼行灯氏「猫カフェ~」猫視点からの技ありな秀作。かわいい。g-udon氏「千日働けば~」今後店長の定番ギャグとして使って頂きたい。同じく「時給が上がった~」ゼルダのレベルアップの音が響いた。木乃机氏「夢のバイトに~」一瞬応援してしまいたくなった。危ない。あや幹部氏「業務用サイズ~」実感がこもっている。たまに業務用の胡椒をそのまま置いてるラーメン屋があるけど、意外と好き。仁尾智氏「お逃げなさい~」リアルな童謡の裏側。xissa氏「どれだけみんなと~」切な過ぎる。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「犬」
次回のテーマは動物もの『犬』。『猫』は規定部門最初のお題だったがペット界の二大メジャー、犬の方はまだでした。犬は猫にくらべイメージも対照的。忠実、従順なイメージがあり、そのぶん切ない生き物のような気がする。またペットの他にも警察犬、介助犬、猟犬などいろんな役割も与えられてる。犬公方こと綱吉も有名だ。作りやすいお題だと思う。 去年刊行した単行本は『挫折を経て、猫は丸くなった』という猫モチーフの作品がタイトルになった。もしまた単行本が出せるとしたら、次回の秀作がタイトルになる可能性も充分ある。常連作家のみなさんはとくに奮起してもらいたい。 締め切りは3月24日、発表は26日を予定している。下記の投稿フォームより部門を選択して送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者

ただぼ/ビールおかわり/松っこ/茂具田/セッドあとむ/夏猫/雨の日は寝る/ハラセン/正夢の3人目/にら将軍ハルナ/ねもっ血風クン/東ことり/たけしゅん/
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