特集 2017年4月6日

路線バスを貸切って廃止路線をたどるエモすぎるバスツアー

ダムの前で佇む路線バス
ダムの前で佇む路線バス
目に見えているものは、いつかは消え去る。

ひとのつくり出したものにかぎらず、山や川といった自然の風景でさえその形を変え、いつかはなくなってしまう。

すでに消えたバス路線をたどり、もうすぐダムの湖底に消えてしまう風景を見るというエモーショナルなバスツアーが開催された。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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廃止バス路線を復活させるツアー

福岡県の西鉄バスのバス路線網の発達ぶりはすごい。

福岡市内だけでなく、九州の各都市へバスが四通八達しており、大変便利である。

が、むかしはもっとすごかった。福岡市内だけでなく、福岡県内の各都市の中をくまなくバスが走り、さらに、郊外へ放射状に路線が広がり、谷筋にひとつひとつにバスが走っていた。

今、これらのバス路線はほぼすべて廃止されてしまい、乗ることもかなわない。
昭和時代の行橋市周辺のバス路線網、谷筋ひとつづつにバス路線がある、いまはもうほとんど存在しない/「西鉄バス京築・二豊エリア路線図昭和57年頃−平成15年頃統合」より
昭和時代の行橋市周辺のバス路線網、谷筋ひとつづつにバス路線がある、いまはもうほとんど存在しない/「西鉄バス京築・二豊エリア路線図昭和57年頃−平成15年頃統合」より
そんな廃止されたバス路線を、路線バスを貸し切りにしてたどるツアーを行っているひとたちがいるという話をきき、ツアーに同行させてもらうことにした。

本気すぎる熱気にアテられる

集合場所は、福岡県糸田町の道の駅いとだ。
集合場所は、福岡県糸田町の道の駅いとだ
集合場所は、福岡県糸田町の道の駅いとだ。
駐車場の奥の方をみると……。
すでにバスとそれらしいひとたちの一団が……
すでにバスとそれらしいひとたちの一団が……
バスを貸切ると言っても、観光バスのような四列シートのハイデッカーみたいなバスではなく、一般のバス路線を走っているような普通の路線バスである。

気合のはいり方が尋常じゃないというところを実感していただきたい。バス停が手作りなのだ。
貸し切りの路線バスだ
貸し切りの路線バスだ
手作りのバス停だ!
手作りのバス停だ!
好きすぎると、手作りしたくなるその気持ち。ものすごくよく分かる。だってバス停欲しいもの。
行き先案内図の路線図
行き先案内図の路線図
ストライキの告知まで……
ストライキの告知まで……
ストライキ告知のパロディである。唸らざるをえない。たしかに、ストライキのチラシ、バス停によく貼ってあったのは覚えてる。これ、主催者が面白がってやってんな。という雰囲気はビンビン感じる。

このツアー「西鉄バス廃止路線完全復活祭」を企画しているのは、福岡を中心に活動している、西鉄バスのファンサークル「砂津本陣會總本部」である。

路線バスを貸切って廃バス路線をめぐるツアーは、すでに2回開催されており、3回めとなる今回は、福岡県東部、京築地区(行橋市・京都郡など)を走った路線バスの廃止路線をたどるツアーだ。
ただ、参加者にどのようなルートでどんなイベントがあるかは告知されておらず、乗ってみないと何が起こるのかまったくわからない。

バスの中も凝っている

バスの中も凝っている
バスの中も凝っている
よく、ステップの横に備え付けてある案内のチラシ。
こういうやつ
こういうやつ
じつはこれ、「にしてつバスやろうが!」の方は、パロディのチラシだ。
左がオフィシャルのもの、右がパロディ
左がオフィシャルのもの、右がパロディ
パロディのチラシ、中身をみるとこれだ。
字だらけ!
字だらけ!
字だらけだ。

ちょっと詳しい人に軽い気持ちで話をきいたら想定の10倍ぐらいの詳しい返事が返ってくることよくあるけど、あれだ。

車内放送まで再現

バスが出発して、まずニヤけたのが、廃止バス路線の車内放送まで再現とパロディを行っているところだ。

はっきり言って元ネタを知らないので、なにがなにやらわからないけれど、再現度が高そうだ、という雰囲気は伝わってくる。
そして、新仲哀トンネルに差し掛かると、急にミステリー風の案内が始まる。
トンネルに入ると、案内画面が突然ミステリー風に、トンネル内で使われた動画は上記の動画1分7秒ぐらいから
トンネルに入ると、案内画面が突然ミステリー風に、トンネル内で使われた動画は上記の動画1分7秒ぐらいから
どうやら、このトンネルは心霊スポットととして地元では有名らしい。

なお、停留所案内の車内放送は、できるだけ当時のものを使用したそうだ。
当時使われていた4トラテープ(8トラテープに似たようなものらしい)から音源をとり、使っているという。
西鉄バスの車内放送は、昔は経費節約のためアナウンサーに頼んだりせず、社内の声のきれいなおばちゃんが録音していた。だから、よく聞くと「おまたせしました」が「おまたにしました」に聞こえたりするところもあるという。
「おまたにしました」ききたかった。

好き勝手に写真とりたい→貸切すればいい

さきほどの「にしてつバスやろうが」で詳しく紹介されているバス路線は、今回貸切りバスでトレースする廃止路線の解説である。
参加者20人以上いるぞ
参加者20人以上いるぞ
いちど廃止されると、線路が撤去されてしまい、物理的に復活させること難しい鉄道にくらべて、バスの場合は、道路が残っていれば、路線バスを貸切って走らすこともできる。

主催者の田中さんによると、路線バスは5~7万円、10万円しないぐらいで借りることができるという。「いつか、バスを買い取って、自分で好きな場所に置いて好きなように写真を撮るのが夢だったんですけど、よく考えたら、みんなでお金出し合って貸切りにすれば、好きなように写真撮れるじゃないか」と、気づいてから、定期的にこういったイベントを行うようになったという。
なぜかバス停を持参してきた人も。コスワエはすでに名称変更されたバス停らしい。コスワエは字名だそうだが、漢字で書くと「小楚」だろうか?
なぜかバス停を持参してきた人も。コスワエはすでに名称変更されたバス停らしい。コスワエは字名だそうだが、漢字で書くと「小楚」だろうか?
好きなものを、自分の思い通りにしたいという気持ち。ひとの根源的な欲求だろう。国家権力から、路線バスまで、思い通りに動かしたい。
国家権力を思い通りに動かし損ねると、捕まって裁判にかけられる可能性があるけれど、貸切り路線バスならまず問題ない。

撮影会が始まる

このバスツアーの大きな目的として、廃止された路線を路線バスで走るというものがあるけれど、もうひとつ、バスをすきな場所に置いて写真を撮る。というのも主要な目的である。というか、そっち目的のひとのほうが多い印象である。

主催者がセレクトした撮影ポイントの手前で、写真を取りたい人たちはバスを降りる。そして、バスよりも前に走っていって待ち構え、写真を撮る。
手前でバスを待ち構える
手前でバスを待ち構える
しばらくすると、バスが動き出し、やってくるところを撮影。
うぉー
うぉー
バスきた!
バスきた!
これがやりたかったわけだ。

参加者曰く「鉄道と違って、バスの写真は、何時間もかけて待って、やっとバスが来た! と思ってシャッターを切ると、そのタイミングで、手前に軽トラが写り込んだりするから、苦労が多い」という。

一日に2、3本、まして一年に一回なんてバス路線もあることを考えると、そのタイミングで写り込んでくる軽トラの強さたるやである。このタイミングでくるかーという。

風光明媚な風景の中に、路線バス

バスは行橋市の蓑島というところまでやってきた。

蓑島は、その名の通り、元々は周防灘に浮かぶ島だったところだが、大正時代には築堤ができ陸地と地続きになった場所だ。地図でみると、埋立地の農地と、島だった場所の地形が対象的でおもしろい。
このあたりは、祓川などの堆積土砂が遠浅の浜を作っており、江戸時代から干拓されてきた。そのため、文久なんて地名がついている。(チラシに書いてあった)
手作りの車内案内板
手作りの車内案内板
西鉄バスは、行橋市内からこの蓑島までの路線を運行していたわけだが、現在は運行していない。
西鉄バスが蓑島線を運行するよりさらに前、昭和の初め頃は、バスが小型だったため島内の狭隘路まで入り込むバスもあったが、西鉄バスは島の手前で転回していた。
漁港に停車するバス
漁港に停車するバス
それを撮影するひとびと
それを撮影するひとびと
今回はこの西鉄バスの車両で、蓑島の狭隘路の方にも入ってもらえるという。こういった、無茶ぶりがきくのも貸切のなせるわざである。
本来なら来ない場所までやってきたバス
本来なら来ない場所までやってきたバス
それを撮る
それを撮る
お台場とかでよくコスプレイヤーを呼んで、撮影会をしているカメラマンの集団をよく見かけるけれど、こっちは路線バスである。

路線バスは、フォトジェニックであるだけでなく、30人ぐらいひとを乗せて時速数十キロで走ることもできるのが、たのもしい。

湖底に消える集落跡をバスが走る

さて、今回のこのツアーのメインイベントは、20系統の伊良原線の復活である。

チラシによると、20系統伊良原線は、行橋駅前から終点の帆柱小学校まで1時間以上かけて山道をさかのぼっていく路線だ。
大正時代は、トラックの荷台に乗客を乗せて運行していたというワイルドな路線であった。戦後は乗客の多いドル箱路線だったという。
しかし、過疎化やマイカーの普及、行橋市内の渋滞などにより徐々に利用客が減っていき、平成14年には残存区間も廃止され完全に消え去った。
さらに、伊良原線の通った伊良原村の中心部は、まもなく伊良原ダムの湖底に沈むことになっている。
あ、ダムだ
あ、ダムだ
重力式コンクリートダムだー!
重力式コンクリートダムだー!
伊良原ダムは、すでにほぼ完成しており、あとは水を貯めるだけぐらいのところまできている。

ちなみに、伊良原線のバスが通った道がこちら。
橋手前の道をバスは毎日運行していたらしい
橋手前の道をバスは毎日運行していたらしい
現在、工事用の事務所が並んでいるあたりに、家がいくつかあったそうだが、すべて移転済みで、橋は撤去せずに、そのまま残すらしい。
福岡県の職員の方がわざわざ休日出勤して説明してくださった
福岡県の職員の方がわざわざ休日出勤して説明してくださった
赤い線まで水が貯まるらしい
赤い線まで水が貯まるらしい
まもなく水を貯めはじめ、2018年には水が満水になるらしい。

そんな湖底になる予定の場所に……。
バスを走らす
バスを走らす
レインボーが眩しい
レインボーが眩しい
橋や川をみるとかろうじて人が暮らしていたころの雰囲気がするものの、湖底に沈む予定の場所はもうすでに人の住んでいたような気配はしない。
魚とりには遊漁券が必要という看板がそのまま残っていた
魚とりには遊漁券が必要という看板がそのまま残っていた
今回は特別に許可をとって、ダム工事現場に路線バスを走らせている。
この橋を路線バスが走るのは最後だろうな
この橋を路線バスが走るのは最後だろうな
むかしは、川に沿って、集落がつづいていたという
むかしは、川に沿って、集落がつづいていたという
伊良原村にお住まいの山下さんにお話を伺う
伊良原村にお住まいの山下さんにお話を伺う
途中から、伊良原村にお住まいの山下さんにも同乗していただき、説明を受ける。

上の写真は、昔は、こんな風にしないと乗れないぐらい人がいっぱい乗ってたんです。と説明する山下さん。

インドみたいだ。

終点、帆柱小学校

ダムの湖底に沈む村の中を抜け、さらに山奥へ入って行く。
20系統 伊良原線の終点、帆柱小学校まできた。

さすがに、ひとが住んでいる場所は、工事現場の殺伐としたかっこよさはないが、景色は落ち着いている。
終点、帆柱小学校
終点、帆柱小学校
水が超きれい
水が超きれい
昭和初期に建てられた木造の校舎
昭和初期に建てられた木造の校舎
帆柱小学校はすでに廃校になっており、校庭にはビニールハウスが建てられていた。

この伊良原線は、過去に「パジェロバス」と言われるパジェロを改造した、定員11名の小型バスが平成時代の初期には運行していた。
パン屋の車っぽい
パン屋の車っぽい
今、日本各地で運行されているコミュニティバスとかが流行るもっと前だ。しかし、残念ながら根付くことはなく、消えてしまった。

西鉄バスは、自社でバス車体を製造していたこともあり、ノンステップバスの導入や、エンジンカット(アイドリングストップの西鉄バス的な言い方)などの先進的な施策の導入がいずれも早かったがそれは、いずれもが経費節約、コストカットのためで、ありていにいうと、ケチだからだ。と、参加者の方は申しておりました。(真偽はよくわかりません)

輝くおにぎりに感動

さて、バスですこし引き返すと、「おこぼう庵」という農産物や日用雑貨の直売所で、山下さんが、伊良原村でとれたお米でつくったおにぎりをご馳走してくださった。
地元の方がもてなしてくれる、まじか
地元の方がもてなしてくれる、まじか
このあたりのお米は、人家があるところよりさらに上流から取水した水で育てているからうまい。らしい
このあたりのお米は、人家があるところよりさらに上流から取水した水で育てているからうまい。らしい
いままで見たこと無いというぐらいキラキラしているおにぎり。バスに乗りに来たのになんでうまいおにぎり食ってんだろ、おれ。

バス路線も、集落も、なにもかも、すでにないか、まもなくなくなるかどっちかだ。

ただ、おいしいおにぎりだけはここに存在していた。

エモすぎる

エモすぎるバスツアー

すっかり参加者の熱気に当てられてしまったのだが、たしかに、消えたバス路線は復活していた。

エモい。の定義がよくわからないのだけど、エモいが、寂れたり、消え去ったものを情緒的に感じるさまであるのなら、このバスツアーほどエモいバスツアーはないのではないか。

取材協力
※砂津本陣会や、廃止路線復活祭についてもっと知りたい方はこちらをどうぞ。
ほぼ西鉄バスの旅
http://nishitetsu.yoka-yoka.jp/c55621.html
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