特集 2017年10月13日

スーパーでよく聞く「♪ポポポポポ~」を流す機械を作った会社

これが「呼び込み君」です。
これが「呼び込み君」です。
スーパーに行くと「♪ポポポポポ~ポポポポポ~」とやけに耳に残る音楽が流れていることがある。特に覚える気も無いのに、うっかり1コーラス口ずさんでいる自分にハッとする。

あの曲は「呼び込み君」というマシーンが流していると聞いた。そういえば白いボディをちらっと見たことがある。いったいどういう目的で作られた製品なのか。直接メーカーに話を聞いてきた。
1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

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「スーパーだ」「ドンキだ」「焼き芋だ」

いやそもそも「♪ポポポポポ~ポポポポポ~」って? という方もいるだろう。これを聞いたら「あぁ~!」と膝を打つはずだ。そして今日の夜ふと思い出して、延々と頭の中をループするはずだ。
デイリーポータルZの編集会議で「まずはこちらをお聞きください」とイントロクイズみたいな前振りで曲を流したところ、出席者全員が「あ-!」と声を挙げ、「スーパーで流れてる」「ドンキにあるよね」「焼き芋の売り場で聞いた」と目撃証言(耳だけど)が割れた。そんなにあちこち置いてあるの?

いったいこの「呼び込み君」は、誰がなにをきっかに作ったのか。真相を確かめるべく、我々取材班は群馬県に飛んだ。
東武鉄道 特急りょうもうに揺られること1時間半(赤のストライプがかわいい)
東武鉄道 特急りょうもうに揺られること1時間半(赤のストライプがかわいい)
赤城駅から徒歩5分。群馬電機さんに到着
赤城駅から徒歩5分。群馬電機さんに到着
お話をうかがったのは「呼び込み君」の開発に携わった藤巻さん。商品開発部の取締役本部長である。
お話をうかがったのは「呼び込み君」の開発に携わった藤巻さん。商品開発部の取締役本部長である。
「呼び込み君」を製造販売している群馬電機株式会社の本社にお邪魔した。取材の場には既に呼び込み君がスタンバイされている。本物だ!
左:LED付き29,800円、右:LED無し 21,800円。手が「寿司ざんまい」なのは偶然です。
左:LED付き29,800円、右:LED無し 21,800円。手が「寿司ざんまい」なのは偶然です。
あっさりご対面である。藤巻さんも「これですね」といきなり「♪ポポポポポ~」を流してくれた。これですこれです……!

取材前「今日はかっちりした格好をしてきた」と、かしこまっていた編集部の古賀さんが、「こうしちゃいられない」とジャケットを脱ぐ。服単位の腕まくりを初めて見た。

思いのほか高機能

まず驚くのが、呼び込み君の意外な高機能さ。ボディの裏面がこう。
裏はスイッチやツマミだらけ
裏はスイッチやツマミだらけ
正直、延々と曲を流し続けるだけの機械だと思っていた。それにしてはやたらツマミがある。右上の「人感知センサー 入/切」ってなんだろう?

「人が近づいたことを感知するセンサーがついているんです。センサーが人を感知したら、あらかじめ録音しておいた音声を流すことができます。お客さんが近くに来たときに呼び込むことができるわけです」
この黒い丸の部分がセンサー。感知距離は最大3m。
この黒い丸の部分がセンサー。感知距離は最大3m。
スーパーで「らっしゃいませ~らっしゃいませ~本日さんま1匹98円~」などと録音された声が流れていることがある。あれだ。あれも流せるのだ。

本体には「録音」のボタンがあり、アナウンスを直接吹き込むことができる。音質にこだわるなら外部マイク端子もある。音声は2パターン録音できてスイッチで切り替えられる。録音した音声が流れるときはBGMの音量が少し下がる……至れり尽くせりじゃないですか。

で、こうなったらやらせていただくしかない。
録音ボタンを押しながら吹き込みます。最大約90秒までいける。
録音ボタンを押しながら吹き込みます。最大約90秒までいける。
はしゃぎすぎて、「豚肉100グラム98円」「ニュージーランド産キウイフルーツ1袋398円」など、ありもしない目玉商品を量産してしまった。なんだ「とんがりコーンつかみ取り」って。指一本一本に指すのか。
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実は2曲入っている

裏面のパネルでもう1つ気になるのが「カード」という記述。なにやらカードを挿入する部分がある。
藤巻さん曰く、ここには「BGMカード」が入るという。ファミコンのカセットのように、BGMカードを入れ替えると曲を変えることができる仕組みだそう。
これがBGMカード。曲数は容量の都合で2曲まで。
これがBGMカード。曲数は容量の都合で2曲まで。
例えばドンキホーテは自社のテーマ曲が入ったBGMカードをオプションで用意して、店舗で鳴らしているとのこと。1フロア3~4台置いている店舗もあるという。あの♪ドンドンドン~ドンキ~が、実は呼び込み君から鳴っていたとは……。

本体に付属しているBGMカードには、呼び込み君オリジナル曲が2曲入っており、どちらを流すかはスイッチで切り替えられる。
お馴染みの「♪ポポポポポ~」以外にも、デフォルトでもう1曲入っているのだ。その曲がこちら。
「♪ポポポポポ~」のポップさと打って変わって、大人の雰囲気ただようボサノバ調。これらの曲は誰が作ったんだろう。社員の方ですか?

「いやいや、ローカルCMの作曲などを手がける、群馬に縁のある作曲家さんに作ってもらいました。ポップなもの、落ち着いたものなど雰囲気の違う曲をオーダーして、6曲作ってもらった中から2曲に絞ったんです。カードの容量が2曲しかないので」

ちなみに、曲のタイトルや歌詞は無い。ただ、区別を付けるため「♪ポポポポポ~」は「NO.4」、ボサノバ調は「NO.2」という名前がついている。ベートーベンの「第9」みたいなものだ。
これからはスーパーであの曲を聞いたら「お、No.4」って言うと通っぽくなる。

本来はLED押しだった

藤巻さんによると、「呼び込み君」を売り出したのは2000年のこと。これまで3万5千台が出荷され、現在も月300台ペースで売れているという。
これから秋に冬にかけては、焼き芋販売の機械に組み込まれるために売れるそう。ドンキや焼き芋売り場で聞く、というのは全部本当だったのだ。

とはいえ、そもそも群馬電機さんは呼び込み君オンリーで会社を興したわけではない。会社設立は1968年(来年で50周年!)、産業機器の下請け企業として生まれ、カセットテープレコーダーの基板製造から始まった。
群馬電機設立当時の製品。いわゆる「テレコ」である。
群馬電機設立当時の製品。いわゆる「テレコ」である。
下請けとはいえ、初代オーナーの夢はやっぱり「自社製品を作ること」。
日々の業務で技術を蓄積し、今から20年前に「LEDで光る製品を自社ブランドにしよう」ということになった。LED表示でなにかを目立たせよう! と考えたが、ひとつ問題がある。

「LEDの光は、目に対するアピールになります。ということは、当たり前ですがお客様が商品のほうを向いてないと気づいてもらえません。それなら、音を鳴らせば振り返って気がついてくれるはず。目と耳にアピールすればいいんだ、というのが、音を鳴らすことになったきっかけです」

製品の用途は「店番」に決まった。小さな商店では店員が奥で作業をしていることがある。お客さんが来たときに音が鳴れば、店員が来客に気がつくことができる。
だから人感知センサーがついているのか。スタート地点は「ファミリーマートの入店音」と同じだったのだ。
左のLED付きタイプが先に生まれた。右はLEDを無くして値段を下げたタイプ。顔のイラストは社内の企画担当が描いたそう。
左のLED付きタイプが先に生まれた。右はLEDを無くして値段を下げたタイプ。顔のイラストは社内の企画担当が描いたそう。
さて、このとき1990年代後半。音声を録音・再生するとなれば、カセットテープはまだ現役だ。だが、カセットテープは何回も再生しているうちに音が劣化してしまう。
そこで、当時はまだ珍しいICレコーダーを採用することにした。デジタル音声なら劣化はしない。簡単にコピーできないから著作権保護にもなる。
カセットテープレコーダーを作っていた会社が、カセットテープに真っ向から立ち向かった。

「開発当初は、アナログの音声をデジタル化する方法がわからなくて頭を抱えましたね……。アナログの波形を細かく分断してデジタルに置き換えて……と、これまでの技術を総動員してクリアな音声に近づけていきました。最終的に開発には1年半かかっています」
LED部分の文字パーツは入れ替え可能。「今、売れてます」「ヒット商品」「店長おすすめ」など60種類用意されている(一部別売り)
LED部分の文字パーツは入れ替え可能。「今、売れてます」「ヒット商品」「店長おすすめ」など60種類用意されている(一部別売り)
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手足を付けるか付けないかで大揉め

光と音でアピールしよう、という経緯はわかった。わかったのだけど、まだ疑問がある。「人っぽさ
」だ。なんでわざわざ顔や手をつけて、人っぽくしたのだろう?
ボディと足もオバケのQ太郎っぽい(ちなみに手は着脱可能)
ボディと足もオバケのQ太郎っぽい(ちなみに手は着脱可能)
「これはですね……社内でも揉めました。人型にしようと提案したのは営業部なんです。せっかく店頭に置くなら人懐っこいものに、と。反対意見も多かったんですが、最終的に営業部の主張が通りました」

しぶしぶ人型にした形ではあるが、まずは100台作ってみて、東京・神奈川の生協に置いてもらった。
従業員とお客さんの反応は良好。「音質がいいね」と狙いどおりの反応ももらった。6曲あった音楽からあの2曲を選んだのも、この時の意見を反映したものだ。

と、ここで藤巻さんが「あれあったかな……ちょっと待ってください」と席を外す。再び戻ってきた藤巻さん、手に持っていたのは開発当初の試作品!
ピンク! 「量産前に作ったモックアップ(模型)です。いろんな色を試したんですけど、結局白になりました」。 右下のWindows VISTAのシールは「ふざけて貼った(笑)」とのこと。
ピンク! 「量産前に作ったモックアップ(模型)です。いろんな色を試したんですけど、結局白になりました」。 右下のWindows VISTAのシールは「ふざけて貼った(笑)」とのこと。
さらに我々の心をわしづかみにしたのが、展示会の販促用に作ったという「ぬいぐるみバージョン」である。
ぬいぐるみバージョン。人感知センサーはダミーだが、中に音声再生ボックスを入れることができる。
ぬいぐるみバージョン。人感知センサーはダミーだが、中に音声再生ボックスを入れることができる。
めちゃめちゃ可愛い……抱いて寝たい……。古賀さんも「ひー!」「泣いてしまう……!」「これは売れますよ……!」と前のめりである。ふわふわになるだけで、人ってこんなに興奮してしまうんですね……。
「いいよ~! 笑顔で笑顔で! もう1枚行こうか!」
「いいよ~! 笑顔で笑顔で! もう1枚行こうか!」

誕生日プレゼントに買ったお客さんもいる

こうなったら「呼び込み君」が生産される現場も見てみたい……! と、スケベ心が湧き上がるものの、生産は中国の工場で行われているとのこと。

「工場では検査の際に録音のテストをしているんですが、音声を消し忘れることがあるみたいで。こちらで出荷前の検査をするとたまに中国語の女性の声が流れてビックリするんですよ(笑)」
新旧「呼び込み君」揃い踏み。壮観。
新旧「呼び込み君」揃い踏み。壮観。
そういえば、店舗以外にも「呼び込み君」を買っている人はいるのだろうか?

「お子さんの誕生日プレゼントに、と買っていった人が3名ほどいますね……。子供がお店で気に入ってしまって、その場を離れなくなるみたいなんです」

プレゼントといっても、言ってはなんだがなかなかのお値段である。あの「♪ポポポポポ~」が家でずっと鳴っているってすごい。よっぽど耳に残ったんだろうと思う。あれ、群馬電機さんでも耳に残りませんか?

「残りますね~。社内で鳴らしていると、やめて!と言われることもあります(笑)」

今回の取材、我々興奮のあまり「♪ポポポポポ~」を散々鳴らしているうえに、ノリノリになって音声まで吹き込む始末である。大変お騒がせいたしました……!
ご協力ありがとうございました!
ご協力ありがとうございました!

「呼び込み君」から始まったオリジナルの道

群馬電機さんは「呼び込み君」の成功を足がかりに、LED表示器(文字がスクロールして流れてくるタイプ)にも本格的に参入。駅や学校、自治体など幅広く導入されている。

例えば、高速道路のSA/PAに置いてある自販機に、LEDで文字が流れているやつがあるじゃないですか。あれのシェア50%が群馬電機さんだそう。モバイル通信に対応していて、遠隔地から文字を流せたり、災害時に無料で飲み物を開放したりできるのだとか。

どれもこれも、20年前に「オリジナル製品を!」と、呼び込み君を開発したことがスタート地点。

あの陽気な「♪ポポポポポ~」は、ひとつの会社の方向性を決める「産声」だったのだなぁ、と取材して初めてわかったのでした。
自動販売機の「つめた~い」「あったか~い」を切り替える液晶表示も群馬電機さんが作ってる。飲み物を買うと、値段の部分が顔文字になってウインクするのが可愛い。
自動販売機の「つめた~い」「あったか~い」を切り替える液晶表示も群馬電機さんが作ってる。飲み物を買うと、値段の部分が顔文字になってウインクするのが可愛い。
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