特集 2017年11月13日

寿司は不完全な料理なのではないだろうか

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寿司は不完全な料理なのではないだろうか。ふと、そう思った。

職人は細部までこだわって寿司を握る。しかし最終的な味付け(醤油をつける)は客にゆだねられるのである。塩加減って料理で一番重要なことだろう。

この件に関して寿司職人はどう考えているのか。聞きにいってみた。
1982年、栃木県生まれの指圧師です。自分で企画した「下北沢ふしぎ指圧」で施術しています。何をしているときでも「みんなが自分の治療院に来てくれるといいな~」って思っているのですが、ノイローゼでしょうか。

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> 個人サイト 下北沢ふしぎ指圧
ふだん来ないタイプのお寿司屋さんです
ふだん来ないタイプのお寿司屋さんです
やってきたのは「すし屋の野八」。浅草で2代続く江戸前寿司のお店だ。来るのは初めてだが、わりといいお値段の寿司屋さんである(食べログで調べた)。
池野さん。顔が職人さんだ
池野さん。顔が職人さんだ
疑問に答えてくれるのは職人の池野弘礼さん。池野さんは以前に当サイトの企画にも協力してくれた(一貫一万円の寿司)優しい方なのだが、目の当たりにすると職人としての静かな迫力がある。ちゃんとした人だが、変な質問をしてしまっていいのだろうか。するけど。
お店のお座敷でインタビューさせてもらう
お店のお座敷でインタビューさせてもらう
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斎藤「お寿司屋さんって、すごくこだわってお寿司を作るわけじゃないですか。でも最後の醤油をつけるところ、あれをお客がすることになりますよね? 味噌汁だったら味噌の量を素人が決めるようなものだと思うんですよ。そのことについて寿司屋さんはどう考えていますか?」

池野「なるほど……。まずですね、うちではカウンターで食べるお客さんにはハケで醤油を塗るようにしています」
ハケで醤油を塗られた寿司(記事の後半に詳しく出てきます)
ハケで醤油を塗られた寿司(記事の後半に詳しく出てきます)
斎藤「あ、そうか。そういうやり方もありますね」

池野「その方がおいしいですよね。ですが、お座敷で食べる方には塗りません。どの寿司から食べるかわからないし、時間が経つと醤油がシャリにしみて、おいしくなくなっちゃう。なのでお客さんに醤油をつけてもらいます」

斎藤「そこはしょうがないってことか……」

池野「日本人ならそうそうつけすぎるってことはないですね。ただ、外国人のお客さんには醤油の付け方を注意することがありますね。焼き肉のタレみたいな感覚で、べったり醤油をつけちゃうんです。ただ、それはその時に言えばいいことですよね」

つまりこういうことだ。
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なんというか、当たり前といえばごくごく当たり前の回答……。

そもそも、だ。僕は醤油をハケで塗ってくれるような寿司屋さんに今まで行ったことがない。体験が欠如したために出てきた愚問であった。

メインで聞きたいことは聞いてしまったのだが、せっかくなのでお寿司屋さんに聞きたいことをなんでも聞いてみよう。なにしろ取材時に「失礼な質問をさせていただきます」と予告してあるのだ。
紙に書いて読み上げると失礼な質問でも臆せずできる
紙に書いて読み上げると失礼な質問でも臆せずできる
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斎藤「職人さんってお寿司を常時食べられる環境にいますよね。我慢しているのが信じられないのですが、こっそり食べたりしますか?」

池野「味見はしますね。同じ魚でも個体差があるので。脂のノリや、身の固さなど、違うんですよ。だから、味見は絶対に必要なことです。ただ……。その時に“つまみ食い欲”も同時に満たしているかもしれません」

“つまみ食い欲“なんて言葉が出てきた。寿司職人にもやっぱりあるのだ。最高の職場じゃないか……。
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斎藤「食べるんですね。ということは、逆に“もうお魚食べたくないな”“お魚飽きたな”なんて思うことってないんですかね?」

池野「ああ、そういのってあんまりないですね。逆にフレンチ料理に行きたくなくなります。お刺身食べたいなって思っちゃうんです」

斎藤「おお、それはどうしてですか? 寿司職人になると嗜好が変わるんですか?」

池野「フレンチ料理がわからないからなんですよ。これは職業上のクセだと思うんですが僕は食事を漠然と食べるということがあまりないんです。常に考えながら食べています」
「食事を漠然と食べることがない」に驚く。僕は漠然以外の食べ方を知らない……
「食事を漠然と食べることがない」に驚く。僕は漠然以外の食べ方を知らない……
池野「その上で、フレンチの新しい調理方法を使った料理が出てくるとわからなくなっちゃう。真空調理法とかCAS冷凍とか、今すごいのがたくさん出てきているんですね。もう全然わからない」

斎藤「考えて食べているから、わかんないのが出てくると疲れちゃうんですね……。そういうこと考えたことなかった……」

だいぶレベルが高い悩みである。ちなみに僕は本業が指圧師だ。僕が施術されるとして、自分がわからない手技を使われたら、いやだろうか。そんなこともない気がする。池野さんが相当勉強熱心ということなのかもしれない。
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斎藤「この際だから聞いておきたいんですが、寿司ってどう注文すればよいのでしょうか? なんか恐くて……」

池野「寿司は好きに食べるのが一番おいしいですよ」
恐い対象に面と向かって「恐い」と言えるのはインタビューならではないか
恐い対象に面と向かって「恐い」と言えるのはインタビューならではないか
斎藤「そうはいいますが、それが難しいんですよ。例えば寿司屋に入りますよね? 最初はお酒を飲んで、お刺身を食べますよね? でもせっかく寿司屋に来たんだから、寿司を食べたいという気持ちがあります。おつまみをいっぱい食べたら、後半のお寿司がお腹いっぱいになって入らなくなることがありました」

池野「最初にお寿司を食べて、その後にお刺身を食べる方もいらっしゃいますよ」

斎藤「えっ! 寿司から刺身に戻っていいんですか!」

池野「もちろん、いいんです。最近だと巻物を最初に食べる方も多いですね

斎藤「なんとなくそういうの、ダサいと思ってました……」
自由でいいと何度も言ってくれる池野さん
自由でいいと何度も言ってくれる池野さん
池野「自由でいいと思うんですよね。たとえば寿司を『大きく握ってほしい』とか『小さく握ってほしい』とか思いませんか? 実際にそういうことは言われますし、応じますよ」

斎藤「『大きく握ってくれ』はダサいし『小さく握ってくれ』はカッコつけてるみたいな感じがしちゃうなあ」

池野「全然そんなことないです。言ってもらった方が僕らもやりやすいですよ。もっと自由でいいですよ」

斎藤「いや。そうはいってもなあ。言いたいこと寿司屋で言えないですよ」

池野「自由に振る舞うにはある程度の慣れが必要で、そのためには行きつけのお店を作るのが一番良いんですよ」

斎藤「行きつけの寿司屋か……。恐いんですよね、寿司屋って」
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斎藤「たとえば、値段が書いてないお店があるじゃないですか。あれが恐い。値段を聞くと教えてくれるものなのですか?」

池野「ああ……。うちも書いてないお店ですね。たまに聞かれることはあります。ただ、なるべくなら値のことは言わないでくれとはお願いしますね」
すし屋の野八も値段は書いていない
すし屋の野八も値段は書いていない
斎藤「それって、値段を気にするのは野暮ってことですよね?」

池野『値段の書いてない寿司屋』を求めている方もお客さんもいるんです。そこで大きな声で値段を言っちゃうと、雰囲気が壊れてしまう」

斎藤「なるほど……。そういうニーズがあるの、想像してなかった……。でも食べたいネタがあって、でも値段が心配なときってあるじゃないですか。あれどうしたらいいのか」

池野「それはですね、その状況を楽しむんですよ」
「楽しむ」というアドバイスにとまどいを隠せない
「楽しむ」というアドバイスにとまどいを隠せない
斎藤「えっ! 楽しむの!?」

池野『中トロ、いくらだろうね、高いかもね、でもたのんじゃう?』なんて友達同士で言っている瞬間って楽しくないですか?」

斎藤「それは、確かに!」

池野中トロの値段を考えるのも寿司屋の楽しみですよ。予想と外れても、きっと大変なことにはならないです。大丈夫」

斎藤「値段を考えるの、みっともないと思っていました!」

池野「そんなことないですよ。それに、迷って食べるのをやめるのも、いいものだと思いますよ。心残りができて、また寿司屋に行きたくなりますしね」

値段が書いてないのはシステムとして不便。でもそこから生まれる楽しみというものがある。く~~~粋だ! もう神々の遊びじゃなかろうか。もう少し人間的にレベルアップしないと僕にはムリだな。
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斎藤「また失礼なことを聞くんですが、掃除とかの雑用の修行一切省いて、寿司を握る練習だけに集中すれば、1~2か月で覚えられませんか?」

池野「握るだけだったら、そのくらいでできちゃうかもしれません」

なんと、できるのか!
何を聞いてもチャキチャキ答えてくれる。まるで寿司を握るような会話テンポ
何を聞いてもチャキチャキ答えてくれる。まるで寿司を握るような会話テンポ
池野「ただ、それができても、お寿司屋さんにはなれないですね。仕事をどれだけ大切にできるか。そこを理解しないと付加価値がつきませんから」

斎藤「プロとしてやっていけるかは別問題なんですね……」

池野「そうです。技術だけだと、せいぜいホームパーティーで握り寿司を披露する、くらいのところで終わってしまうと思います」

斎藤「いや。逆に考えると、寿司をがんばって短期間で覚えて、ホームパーティーで披露するのも良いな……。人気者になれる……」

池野「(笑)それはオススメですよ。絶対に盛り上がりますね」

寿司職人に寿司パーティーをオススメされるとはおもわなかった。一回やってみたい。
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斎藤「サーモンって池野さん的には邪道ですか?」

池野サーモンに関しては、養殖臭がすごくて使いたくないんです。産地によってはオイル臭もあって。どうしても僕たちには合わないですね」
サーモンは置いていない
サーモンは置いていない
斎藤「へー! 様式の問題じゃなくて、食材のよしあしの問題なんですね」

というか養殖臭って何? あれがサーモン素材本来の匂いなんじゃないのか。

池野「津軽海峡でいいニジマスがとれるんですよね。もちろん養殖臭はない。うまいですよ。あれだったらお客さんに出したいって思います。ただ、実際にうちで常備するってなると話が別で、難しくなっちゃいそうですが……」

斎藤「津軽海峡のニジマスならOKって……。全然予想してなかったです……」

なんでもこれは「海峡サーモン」というブランドになっているそうだ。

それにしても、津軽海峡のニジマスがうまいと言われても全然ピンとこない。これが「物を知らない」ということであろう。一度は食べてみたいもんである。。
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斎藤「唐突ですが、寿司を握る夢を見ますか?」

なぜこんな質問をしたのか。マニアは対象を夢に見るらしいのだ。当サイトライターの大山顕さんは理想の団地に出会う夢を見るらしい。同じく井上マサキさんも路線図が夢に出てくるらしいのだが……。

池野夢の3分2は仕事の夢です。握る夢はそんなに見ませんが、仕込みをしている夢をよく見ますね。その次はお客さんと会話する夢」

見るんだ! 寿司の夢!
この光景が夢に出るの……
この光景が夢に出るの……
斎藤「すごい……。そんなに、仕事の夢を? 疲れませんか?」

池野「いいこともありますよ。夢の中で失敗することがあるんです。そうすると、起きたときも覚えているんで、同じ失敗はしない

思わず絶句。夢の中で修行しているってことじゃないか。いやホント、寿司職人ハンパない……。
仲良しみたいな写真撮ってもらいました。ぎこちないけど
仲良しみたいな写真撮ってもらいました。ぎこちないけど

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