今日の主役、うしろまえの人、です
きょうのテーマ
唐突に大写しで掲載した上の写真。どうご覧になっただろう。これは私が後ろ前に服を着て、手を反らせてショッピングカートを押している様子である。
後ろ側はこうゆうかんじになってる訳ですね
ただ、それだけの写真だ。が、見方を変えると何か奇妙な、顔が真っ黒い人がカートを押しているうに見えないだろうか。
見えてこないという方も、ちょっとがまんしてジッと見つめてほし。だまし絵が浮かび上がってくるように、ある瞬間、とつぜん顔が真っ黒の「うしろまえのひと」が見えてくる。
今回、何も考えずにただただ「服を後ろ前に着てみよう」と思いついてやってみた。ふざけてやっているうちに、後ろ前に着た背中になんだか「人」っぽさが宿ることに気づいたのである。
もう一度最初の大きな写真、見てみてください。ほら、誰か知らない人がそこにいるんですよ。
まだ見えてこない方も、とりあえず今回の試みを順を追ってご紹介していくのでどうかおつきあいください。徐々に、今日の担当ライターであり被写体の古賀とは別のひと、「うしろまえのひと」が写真から浮かび上がってくる、はずです。
うしろまえに着る
そんなわけで後ろ前に着る生活の開始だ。
後ろ前に間違えて着てしまうときというのは、たいてい朝の忙しい時間。間違いに気づいたときのイライラ感は相当である。
今日はそこをわざと間違える。やっちゃいけないことをやるのだ。大人の自由である。張り切って後ろ前が明らかに違うのが分かる服を着てきた。
ビフォア
ゴソゴソ逆に着る。当たり前かもしれないが、かなり着にくい。ズボンは最初おしりが入りきらないかと思って焦った。なんとか押し込んだものの、パツンパツンである。対して前側はダブダブ。
背中に襟ぐりがきてます
社会の窓部分がおしりでパツパツに
歩き出すと、ヒザの部分がうまく曲がらず、ああ、ちゃんと体のことを考えて作られているんだなあと実感した。ジーパンはヒザの部分に中古加工で穴が開けてあるのだが、逆に着ると穴が丁度ヒザの裏にあたって、異様にスースーした。
全体像、どう?
着終わって、着心地の悪さにモゾモゾしながら撮影してくれたデイリーポータルZ編集部の橋田さんにどんな風に見えるか聞く。背中がどうなってるか見たいのだが私には全く見えない。
どんな面白いことになってるだろうとワクワクしていたが、橋田さんは申し訳なさそうに「うーーーん。別にただ単に、変な人が後ろ前に服着ちゃってる、ってだけの感じですかねえ……」とのことだった。うーむ。
ただの変わった人?
確かに撮ってもらった写真を確認すると、何ら面白い感じはない。違和感もない。
これでは酔っぱらいがネクタイをハチマキにする程度のお戯れで終わってしまう。あわわ。
じゃあ、お面でもつけてみっか
もっとこの後ろ前で面白く遊べないか、思いついたのはお面の導入だった。
後ろ頭にお面をかぶるのだ。後ろ前に着た服に合わせて、頭の部分にお面の顔がくるようにする。
幸いにも、以前自分の
等身大パネルを作るという企画をやったとき作ったままの等倍サイズのパネルがある。ずっと捨てられずに自宅へ配送してまでとってあったのだが、顔の部分だけ切り抜いてお面にした。
微妙な表情はそのままに、お面化
後ろ前の古賀、出現
先ほどの状況にお面を加えて再度撮影を試みる。
--橋田さん、どうですか?
「あ! あはははは。古賀さんだ。古賀さんがいますよ」
顔がつくことで、グッと背中っぽさがなくなったようだ。
古賀ですけど、なにか?
ときおりお面のプリントが蛍光灯に反射してしまうのだが、騙されようと思いながら見ると第二の古賀がそこに出現する。
おなかいっぱーい、のポーズ
さらにいろんなポーズを逆向きてやってみる。体を反らせれば、寝転んでいるように見える。
なお、逆側はこのようにかなりキツい体勢
写真を撮っては「あ、見える見える! 人みたいに見える!」と大喜びだ。
よしよし、そしたらこのまま外に行って、もう少し遊んでみよう。街へ出て撮影を続けることにした。着替えるのは面倒なので、お面だけ外して移動しよう。
と、そのときである。
誰かいます!
「わ! ちょっとまって! なんか今、見えた! 誰か、誰か黒い人が見えました!」
ずっと落ち着いてで撮影を続けてくれていた橋田さんのテンションが急に上がったので驚いた。私の背中を見て盛んに「黒い人がいる、黒い人がいる」といっている。
黒い人?
私も、もう一度お面を取った状態の私の背中の写真をジッと見てみた。ジッと、ジッと見る。
「うわーーー! いた!」
瞬間、写真にうつる私の背中が、誰か知らない黒い顔の人のお腹になったのが分かった。真っ黒な顔の人がこっちを見ていた。怖い。これは怖い。
お面を着けることで背中をお腹としてとらえることに慣れてきたのだろうか。
「うしろまえのひと」が見えた瞬間だった。
マウスオンでお面を取ります
どうだろう。皆さんも後ろ前の人に出会うことができただろうか。
味をしめた私たち撮影班は、さらにこの状況をおもしろがるべく、街へと繰り出します。
まだ後ろ前の人が見えてこない方も大丈夫。慣れてくると突然現れるのが彼(彼女)なのです。さあ、後ろ前の人と出かけようぜ!
公園で後ろ前の人と遊ぶ
コートも後ろ前に着用して公園へ繰り出してきた。後ろ前に服を着ているため、今日の私の体の正面は背中。つまり、歩くときは基本的に後ろ歩きだ。
お面をつけ、後ろ歩きで
歩く場合は、少し体を反らせて後ろ歩きをするとだんだん背中がお腹のように見えてくることが分かった。
ちなみに靴と靴下はどうしても後ろ前にはけず、そのままである。そのあたりの違和感もなんだか不思議に思えてくる。
へんなポーズとかしてみる
さらにいろいろポーズをとって写真撮影してみた。
このときの古賀はマウスオンで確認できます
相当バカなポーズをとっているように見えるが、私はただ背中を反らす運動をしているだけなのだ。
正面の人間が常識の範囲の動きが、後ろ前の人にとっては間抜けな格好になってしまう。
後ろ前の人、つらい宿命である。
例えば木登りもそうだ。私が普通に木に登ってみると、後ろ前の人は相当無茶なポーズをして木に張り付いているように見える。
木に登ってみる
なにやってんだこの人。いや、私か。
続いてはお面をはずした写真もどうぞ。
後ろ前の人、バレエのポーズ
どうでしょう。かなり後ろ前の人が写真から見取りやすくなってきてませんか。
後ろ前の人、温かい飲み物を飲む
まだ、後ろ前の人が見えてこない方は、ぜひ上の写真を「銀河鉄道999」の車掌さんだと思って見てみてほしい。ほら! 見えてきたのではないでしょうか。
後ろ前の人、晴れているのに傘
なお、この「後ろ前の人、晴れているのに傘」といったキャプションのは当サイトの「今日のZくん」を意識したもの。そういえば、マスクマンであるZくんとこの後ろ前の人はちょっと似ている気もする。
後ろ前の人、実は主婦
最初のページにも載せたが、スーパーへも繰り出してみた。後ろ前の人にも日常を体験させてあげたい。
後ろ前の人、お買い物
後ろ前の人、新製品発見
後ろ前の人、即購入
それにしても、誰なんだろう、この人。
撮影中も、撮った写真を見るたびに私と撮影係の橋田さんで「怖い、怖い」を連発していた。橋田さんに至っては撮影が進むにつれて熟視しなくても後ろ前の人を確認できるようになってきて、写真を撮りながら震えていた。
後ろ前の人はけっして悪い人ではないと思うのだが、不自然なたたずまいが妙なんだ。勝手に生み出しておいてごめんな、後ろ前の人。
後ろ前の人、衣装替え
怖がりながらもしばらく遊んでいるうちに、もっと別の後ろ前の人を見てみたくなってきた。服をかえても、うしろまえの人は出現するんだろうか。
あ、着物はどうだろう! 着物は絶対といっていいほど後ろ前に間違えて着ることがない。これはもう、うしろまえの人に着物姿でご登場いただくしかないだろう。
お恥ずかしくも私は自力で着物の着付けができないため、母に着せてもらうことにした。
後ろ前の人、事務所で母にメール打つ
後ろ前に着付けてもらう
翌日いそいそと後ろ前に着物を着付けてもらうべく埼玉の実家へ。母は着物一式をそろえて待っていてくれた。
襦袢から何から全部後ろ前にきます!
この日後ろ前に着物を着せてもらう前に、偶然にも着物を着たのだが、それが6年ぶりの着物着用だった。1年に1度以下の着用率だというのに、今日はわざわざ後ろ前逆に着ようというのだ。大丈夫か、着物の神様に怒られやしないか。
ビビって衣紋掛けに掛けてあった着物を軽く拝んだ。今日はよろしくお願いします。なんだこれ、何かの儀式でも始めるみたいになってる。
後ろ前の着付けは美容院感覚
母にはただただ「後ろ前に着せてくれ」と頼んだ。もちろん母にとっても初めてのことだ。というか、今まで着物の歴史の中で着物を後ろ前に着たことがある人っているんだろうか。……。そうやって歴史ぐるみで考えると、案外結構いそうな気もしてくるから不思議なのだが。
「はい、袖とおして」
前掛けをかけるように着付け
言われるがままに前から袖を通す。この感じ何かに似ているなと思って考えてみたが、あ、分かった、美容院だ。髪の毛よけの前掛けをかけてもらうときの感じに似てます。
ここまではまだ普通か
意外にも母は戸惑うことなくサクサク着せていった。襦袢を着終わると、着物も前掛けみたいに袖を通す。
胸がない分、着付けも楽らしい
まったく着付けができない私は、着物を着せてもらうときは完全にマグロである。されるがままだ。着付けにはだいたい30分ぐらいかかったのだが、その間中、全貌がどうなっているのか私には見えない。
きものの中心線が目の下にきてる
母もテキパキきつけるばかりで何も言わなかった。どうなのよ、どうなのよ今の私の後ろ前っぷりは。
聞くと、母は「そーねー、後ろ前っていってもこうゆう服、あるっちゃあるみたいな感じするわねえ」などと言ってる。
いや、ないだろう、そんな服。
母的にはこうゆうデザインの服はアリらしい
徐々に後ろ前の人の片鱗が
意外に難しいぞ、後ろ前で帯
さあ、ここまできたら後は帯である。着物スタイルの肝、帯。今回は基本のお太鼓にしめてもらうことにした。
これまで何の問題もなく作業を続けてきた母だったが、ここで動きが止まった。何やら混乱している。
「え? こっちが顔だから、どっちが前?」
これまでは問題なく作業してきたのに、帯となってわからなくなってしまった模様。
「こっちこっち! こっちが背中!」
今日はお腹が背中です
ナビゲートしながらお腹の上で太鼓にしめてもらった。これが本当の腹つづみですな。いやはや。
そんなわけで、着終わりましたよ!
真横、こんな感じ
完了、そして母が叫んだ
どう、どうどう? できあがったところで母に引きで見てもらう「うーん、後ろ前でも着せようと思えば着せれるもんなのねえ」。着た姿に面白味は感じていないような母だ。意外と普通に見えるのだろうか。
が、自分で自分の姿を確認すべく、部屋を出て洗面台へ向かったときである。
「わあーーーーー!!」
母が叫んだ。結構大きな声で叫んだ。
「ちょっと! 変だよ! のっぺらぼうがすごい早さで後ろ歩きしてるみたい」
この「しばらくしてから突然怖がる」という反応、洋服のときの橋田さんとほとんど同じだ。母は、あとはもう、「怖い怖い」というばかりだった。
合わせ鏡で後ろ前の人の存在を確認
母はとにかく、私が前向きに普通に歩くのが怖いという。着物の正面がグングン後ずさって行くのが気持ち悪いらしい。
お待たせしております、それでは次ページで着物をきた後ろ前の人にご登場いただきましょう。
どうも、こんにちわー
ようこそ、いらっしゃいました
洋服よりも如実に、人
うなじが見えるなど、多少の背中感は残っているものの、私には完全に私でない別の人格が見えております。どうでしょうか。
思うに、洋服のときよりもグッと分かりやすく人っぽい。着物を着ると体の凹凸があまり目立たなくなるからか、妙にリアルなのだ。
私も、合わせ鏡で後ろを見たとき誰が別の人がいるのかと思ったぐらいである。
背中度、ほぼゼロ
こっちは首を180度回して振り返っているよう
出かけるのは無理です
着物というと晴れ着といったり、おめでたいイメージだが、こうして着てしまうと洋服のときよりもずっと怖い。ストレートに妖怪といった感じだ。
本当は街に繰り出して写真撮影をする予定だったのだが、恐ろしい勢いで母に止められた。確かに、この様子がご近所に知れたらことだ。まだ中学生の弟がいじめられかねない。
一人、だけど二人
そういったわけで、渋々、それでも通行の方を重々意識しながら自宅前で遊んでみた。いろいろやっているうちに、お辞儀の動作が面白いことに気づいた。
後ろ前の人にお辞儀をさせるためには、私は体を反らせればいいわけだが、ググっと反らすとだんだん私の顔が向こうに見えてくるのだ。
後ろ前の人、おじぎ
普段は前の人も出てきて、こんにちわ
一人の人に、二人の人。なんかお座敷芸にありそうなかんじです。
さらに、ご挨拶つながりでコートを着てお歳暮を抱えてみるなど着物ならではの動きもやってみた。
後ろ前の人、お歳暮をかかえて
着物だと動作も限られてくる。少ない動作の中で撮影してくれた母が一番おもしろがったのは、わざわざ何かをやるより私が普通に歩く動作だった。
私が前に歩く、ということは後ろ前の人にとっては「後ずさり」をしているということになる。
スタスタと普通に後ずさって行くのがたまらなく気持ち悪いと母は言っていた。
堪能しました
結局、賞味洋服で5時間、着物で2時間ほど後ろ前に着て生活してみた。お腹いっぱいである。のだが、ついぞこの服の着方に慣れるということがなかった。
いつまでたっても違和感がある。私じゃないだれかがすぐ後ろにいるというのも不安だ。
着物のほうは着付けに時間がかかった分脱ぐのがちょっともったいなかった。でも、もし着たまま寝ちゃって、後ろ前の人が私の代わりに起きて生活していたらと思うと……。ぎゃー! 怖いので、もう脱ぐことにします!
後ろ前の人 は、どんな人の背中にも必ず一人いる。
デイリーポータルのライター、小野法師丸さんは、かなりの高頻度で服を後ろ前に間違えて着ているらしい。個人でやってられる日記サイト(「
テーマパーク4096」内の「コラム息切れ」)によく書いている。
最近だと12月2日の日記がそうだ。拝読すると、後ろ前に着て気づくのは着てから何時間かたったあとだという。その数時間、小野さんの背中には後ろ前の人がじっと息をひそめているのだ。
小野さん、大丈夫だろうか。いや、もしかすると、「ゲゲゲの鬼太郎」やなんかで、妖怪が子供と仲良くするように小野さんはすでに後ろ前の人と既に仲良くしているのかもしれない。
後ろ前に着ることが間違いであるという根本を忘れ、なにやらオカルトな気分にさせられた今回です。