特集 2018年6月14日

なんでもない景色を語る会

急に与えられた「なんでもない景色」について語る人々
急に与えられた「なんでもない景色」について語る人々
なんでもない景色が写った写真でも、大勢で見ればなにか発見があるんじゃないか。そんな考えから、「なんでもない景色を語る会」というものを発足した。

都市や郊外などの、とりたてて特徴の見当たらない景色が映った写真を見て、めいめい自分が気になった点を語る、というものだ。

実際にやってみたところ、これがおおいに盛り上がった。顛末をお伝えしたい。
1976年茨城県生まれ。地図好き。好きな川跡は藍染川です。(動画インタビュー)

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なんでもない景色ってたとえばこういうの

なんでもない景色とは、たとえばこういうのだ。
ザ・なんでもない景色
あー、なんでもないねー、と思ってもらえるんじゃないだろうか。もしここが自分の実家だったら、「うちのまわりなんにもないよ」というと思う。

でも、本当になんでもない景色なんていうものはあるんだろうか。見る人が見れば、きっとどこかに面白い部分があるんじゃないだろうか。

各方面の識者に集まってもらう

今回の試みのために、いろんな分野の詳しい人に集まってもらった。以下に紹介したい(敬称略)。
今和泉隆行。空想地図を描く「地理人」として知られる。都市の観察に長ける。
今和泉隆行。空想地図を描く「地理人」として知られる。都市の観察に長ける。
上野タケシ。建築家。「いいビルの世界 東京ハンサムイースト」共著者。
上野タケシ。建築家。「いいビルの世界 東京ハンサムイースト」共著者。
内海慶一。文筆家。都市鑑賞者。「ピクトさんの本」著者。リモート参加。
内海慶一。文筆家。都市鑑賞者。「ピクトさんの本」著者。リモート参加。
大貫剛。元東京都職員。土木、行政、交通等に詳しい。
大貫剛。元東京都職員。土木、行政、交通等に詳しい。
加藤まさゆき。デイリーポータルZライター。中学理科教員。リモート参加。
加藤まさゆき。デイリーポータルZライター。中学理科教員。リモート参加。
小金井美和子。マンホール蓋、境界標などに詳しい。
小金井美和子。マンホール蓋、境界標などに詳しい。
重永瞬。参道研究会会長。京都大学地理学研究会の第8代会長。リモート参加。
重永瞬。参道研究会会長。京都大学地理学研究会の第8代会長。リモート参加。
西村まさゆき。デイリーポータルZライター。「ふしぎな県境」著者。
西村まさゆき。デイリーポータルZライター。「ふしぎな県境」著者。
村田あやこ。路上園芸学会を名乗り、路上園芸を鑑賞している。
村田あやこ。路上園芸学会を名乗り、路上園芸を鑑賞している。
吉村生。「暗渠マニアック!」著者。
吉村生。「暗渠マニアック!」著者。
すごいメンバーでしょう。それぞれが単独でイベントを開いたりする人たちだ。よくぞ集まってもらうことができたと思う。

さっそく景色を見てみよう

なんでもない景色は、グーグルのストリートビューを使って引っ張ってくることにした。ランダムに緯度、経度を決めて、その付近のストリートビューを得るしくみを作ったのだ。

最初に選ばれたのはこの景色だ。
グーグルストリートビューによる、なんでもない景色
ここがランダムに選ばれた場所だ。上のストリートビューには「埼玉県」と出ているが、メンバーには住所が分からないような仕組みをつくった。赤い鳥居と、民家が見えている。ぐりぐりと動かして周りを見てみてほしい。

社(やしろ)が気になる

まずみんなが気になったのは、赤い鳥居と、そのむこうの社(やしろ)だ。
鳥居と、社がならんでいる(後日訪れて撮影しました。以下同様)。
鳥居と、社がならんでいる(後日訪れて撮影しました。以下同様)。
これどうしてちっちゃい社が三つあるんだろ。
なんでしょうね。鳥居の向こうの社でしょ。
空き地に鳥居と杜が寄せ集められた感じが不思議です。どこかから持ってきたんでしょうか。
でも作りがいっしょですね、三つとも。
手水鉢が2つあるのも気になります。どこかから持ってきたんでしょうか。二度洗い?
手水鉢(ちょうずばち)がなぜか2つ
手水鉢(ちょうずばち)がなぜか2つ
なぜこの場所に、社と手水鉢が集まっているのか。それがみんな不思議でしょうがない。ばらばらだったものを、誰かがここに集めたのか? なんの目的で?
狛犬もちっちゃくてかわいいね。
狛犬を拡大
狛犬を拡大
狐だ。お稲荷さんですね。
いっぽう加藤さんは生け垣に注目していた。
稲荷なのに生垣がレッドロビン(ベニカナメモチ)なのはつり合いが悪いですね。新興住宅地の洋風建築に合わせる植栽です。
左の生け垣がレッドロビン
左の生け垣がレッドロビン
この稲荷はけっこう最近に移設されたものではないのかな。
稲荷は最近移設された説がでてきた。
基本的に稲荷神社って儲けるためにお祈りしている人たちの方が多いんですよね。おそらくね。
商売の神様ですよね
なので三つ並べるとそれだけ業が深いってことかな。
ここまでをまとめると、こうなるだろうか。
鳥居と社のまとめ
鳥居と社のまとめ

道の両側のようすが違う

社の周囲を見ていた大貫さんが、なにかに気づいた。
これ、道挟んで鳥居の側が開発されてなくて自然に家がたった街で、反対側はたぶん宅地分譲した街ですね。
そう、そんな感じ!
大貫さんが何かに気づいて、今和泉さんが激しく同意している。二人が見ているのは鳥居の左側の光景だ。
社の左側の景色
社の左側の景色
このなんでもない景色を見て、あなたなら何を思うだろうか。

「道の右側は自然に家が立った土地で、道の左側は宅地分譲したのでは?」というのが大貫さんの意見だ。
街並みもそうなんだけど、道挟んで片側にだけコンクリートのブロックがあるんです。
コンクリートのブロックは道路整備したとききっちり雨水を流すためにつくってるんだけど、反対側が昔のまんまなんです。
左はブロックできっちり境界を画定、右は境界が曖昧
左はブロックできっちり境界を画定、右は境界が曖昧
道の左側だけ排水がきっちりしている。だからそっちだけ開発されたのではないかということだ。なんかすごい。

すると、開発されたのはどういう土地だったのか?ということが気になってくる。
お社の左手にある駐車場の道端の余分なスペースが気になります。ここ水路跡だったらいいなあと思いました。
水路跡?
水路跡?

小物に注目する

いっぽう、そういった議論とは無関係に小物が気になる人々もいた。主にぼくのことだ。
よく見ると高岳製作所のマーク
よく見ると高岳製作所のマーク
電柱の上の変圧器は高岳製作所製っぽいですね
なにか穴がある
なにか穴がある
この穴、境界標が入ってるのかな? バリカー(車止め)の穴かも。気になります
ぼくは小物ばかり気になるたちなので、みながひたすら物の名前やメーカー名を指摘する会になったらどうしようと思っていたが、ぜんぜんそんなふうにはならなかった。ちなみに奥の車止めはサンバリカー(商品名)です。

奥の森はなんだ

やがてみんな、奥に見える森が気になりだした。
奥の森が気になる
奥の森が気になる
この森なんでしょうね?
緑が残っているのは神社の率が高いと思うんですよね、あとは斜面。
なんの森か・・。ちょっと見に行って来ますね。
少しならストリートビューの中を移動してもいいというルールにしたのだ。
屋敷森ですよこれ! この家でかい!
大きな家
大きな家
地元の豪農とかですかね。
塀がお金持ちですね。大谷石ですよ。
すると、分譲された土地はもともとこの大きなお家の方の土地だったのでは?ということが推測される。
高度成長前後の都市圏の拡大で、都市部へ向かうサラリーマンの宅地需要が増え、この豪農は宅地分譲を経て富を得て、より豪農になった・・・的な?
それ以前から農業はうまくいっていたのかもしれませんが、自治会の看板には新座市とあったので、新田開発の頃からいらっしゃったのではないかと勝手に思っております。
さっきの社についても、この大きなお家の農家さんが五穀豊穣もしくは商売繁盛の意味で3つも置いたんじゃないだろうか?

といったあたりでこの場所についてはいったんおしまい。

じつをいうと、ランダムに選んだ景色で語るのはさすがに難しいのかもと思っていた。ところが蓋をあけてみると、目に見えるものからたくみに推理し、その土地の来歴までをもなんとなく明らかにしてしまう、そんな会になった。
これ、 みんなで散歩しているようなもんですよね
バーチャルブラタモリだ。
面白いですよこれ。
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吉村さんが撮ったなんでもない景色を見る

こんどは、メンバーの一人が撮った写真をみんなで見るという趣向でやってみることにした。まずは、暗渠の吉村さんが撮った写真のなかからなるべくなんでもない景色の写真を探してもらい、それをみんなで見る。

吉村さんが選んだ景色は、これだ。
吉村さんの選んだ、なんでもない景色
吉村さんの選んだ、なんでもない景色
ぱっと見、植物と道路しか写ってない。
なんでもなさ度は確かに高いですね・・・地域特定の鍵がない・・・!汗
さぐる楽しみを残すため、吉村さんには五分後から発言してもらうことにした。

まずは植物が気になる

(路上園芸の)村田さんがすごい得意そう。
これは植物がわからない
植物の部分を拡大
植物の部分を拡大
びわ?
上はびわですね。なってる。
下の植物はたぶん葛(くず)とかで、あまり手入れされてない感じです。
生え放題の葛
生え放題の葛

看板からいろいろ推理する

地名が書いてあるぞ
はしっこに看板が写ってた
はしっこに看板が写ってた
ゴミを捨てないでください、の看板に「神奈川土木事務所」「…奈川警察署」という文字が見える。
土木事務所って書いてあるってことは、これはただの宅地じゃないんですね。奥の抜けてる道があるけどこれ実は暗渠じゃないですか?
暗渠?
暗渠?
そんな気がします。土木事務所で不自然な柵があるってことは何かだな。
だとするとこの左側の斜面自体が川の土手っていう可能性があるし、この柵の向こうには開渠(水面の見える川)がある気がします。
  緑の柵の向こうは開渠?
緑の柵の向こうは開渠?
おもしろーい。むっちゃおもしろいね。
自分の写真についてみんながあれこれ推測するのがとても面白いようだ。
擁壁の色が変わっているのは何ででしょうね?
ここだけ白い
ここだけ白い
普通逆なんですよね。下の方が黒くなっていて上のが白くなるのがふつう。
路肩を変えた時にここも一緒に変えたとか?
でっかい蓋!90cmとかありますね。下水の幹線って感じでもないですが。
マンホールの蓋の大きさが分かる小金井さん
マンホールの蓋の大きさが分かる小金井さん
ここまでの発言をまとめてみた。
コメントまとめ
コメントまとめ

吉村さんが発言できる時間になった

といったところで5分が経過した。ここからは吉村さんが発言できる。みんながあれこれ推測したので、自然と答え合わせのような時間になった。
神奈川県、横浜市の暗渠です。おっしゃる通り奥の車止めの奥が暗渠で、ビワの色と、車止めの色と、擁壁の地衣類の色が同じなのですごく良いと思って撮りました。滝の川という川。最寄駅は白楽です。
白楽!思ってたより街中ですね。
小金井さんの言っているこの大きなマンホールすごくよくて「幹線」て書いてあるの。
書いてあるんだ!
雨水幹線か
ということはじゃあ奥も暗渠っていうのはそのとおりなんだ。
奥は暗渠。手前もその続きで、道路右の幹線マンホールの下に下水道幹線があって、川の名残といえます。
幹線て結構市道とか国道とかでっかい所に沿って入ることが多いんですけど、暗渠だとそれに限らないんですね。
マンホールに幹線と書いてある、というところから、打てば響くように話が進んでいくのがあまりにもすごい。

奥は暗渠、という推測はあっていた。まあそれは、吉村さんが撮った写真だというところからも推測はできるんだけど。
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瞬殺、ここはどこでしょう

会はこの後、各自が選んだ写真を順番に見ながら進んでいった。その中には、写真を見たとたんにそこがどこなのか当ててしまうというパターンも多かった。

これはべつに、写真が撮られた場所をあてる遊びじゃない。でも、撮影された場所は気になるし、だれかが即答する場面を見るとみごとだと思ってしまう。そんな場面を紹介したい。
加藤さんの選んだ写真
加藤さんの選んだ写真
どこだか分かるだろうか。ちょっとだけ考えてみてほしい。
東京ですね。23区の桜蓋。
23区内で使われる、通称桜蓋。
23区内で使われる、通称桜蓋。
まず一瞬で東京、というところまで絞り込まれた。
奥は凸版印刷ですね。
ラグビーボール型の凸版印刷
ラグビーボール型の凸版印刷
ここまでわかればあとはすぐだ。茗荷谷のあたり?と絞り込まれたが、実際は文京区春日二丁目あたりだった。

次はこれ。
大貫さんの選んだ写真
大貫さんの選んだ写真
写真を見たとたんに叫んだのは今和泉さんだった。
おーーー多摩ニュータウン!!!
なんですぐ分かるのか。
地理人さんすごいっ
なんで分かるの?
なんとなく。
なんとなくってことはないと思うんだけどなあ。
奥に建物が見える
奥に建物が見える
奥の建物は帝京大ソラティオスクエア。住所的には八王子市鹿島か松が谷。
すごすぎる
すごい・・
すごい
ところで、植栽を見ていた内海さんがぽつりとこういった。
こういう道路脇の整えられた植栽、ふだんは当たり前に見てますが、こうして俯瞰でじっと見ていると、成型された人工物感がとても奇妙に思えてきます。
人工物感
人工物感
たしかに、植物には違いないのに人工物感がある。後日、内海さんはこんなふうに言っていた。
道路脇の植栽の列を見てて、チキンナゲットみたいだな、と思った。なんとなく。存在が。
たしかにチキンナゲットのようだ。内海さんはこういうふうに、ふだん当たり前に見ている景色を捉え直すというところがすごくて、はっとする。

そして、西村さんの写真を見た小金井さんもすごかった。
西村さんの選んだ「なんでもない景色」
西村さんの選んだ「なんでもない景色」
小金井さんはここからマンホールの蓋を見つけ、拡大。
こんなんなりました
こんなんなりました
そして、このほとんどつぶれた画像を見るや、こう言ったのだ。
相模原市の蓋っぽく見えるんですが、どうでしょ。
そう言いながらみんなに見せた相模原市のマンホールの蓋がこれ。
ほんとだ・・!
ほんとだ・・!
ちょっと比較してみますよ。
これと同じ?
これと同じ?
確かに同じだ…! よく気づくな。
すごい・・・!
すごい、みわさん!!!
すごい!よく見えるな。これで相模原とわかるのはすごい。
この発見によりここが相模原だとわかったのだ。地理と園芸と土木の専門家から賞賛される蓋の専門家。おもしろい会だなーとおもった。
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まったくどこだか分からない

最後に、全員が最後までまったくどこだか分からず、かつ、詳しいことがあまり言えなかった写真を紹介したい。

この写真だ。
建築家の上野さんが選んだ写真
建築家の上野さんが選んだ写真
夜だ。

画面が暗くなると、看板の文字も、地面のマンホールの蓋も見えづらくなる。
夜になると一気に見られるところが減るクラスタです。
飯田橋?
右に映る青いビルがワテラスタワー?(いやそんなビルたくさんあるか)
日大病院のあたりかなあ。
おそらく東京のどこかだろう。でもどこかがさっぱり分からない。
みんなビルで探りを入れたくなるけど、ビルは没個性。
上野さんによると、これが撮られた場所は、東京の神田明神の裏の駐車場だった。そうだったのか…。
これ、秋葉原のUDXでした
これ、秋葉原のUDXでした
秋葉原の駅前にUDXっていう建物があるんだけど、ふだん通りから見上げる角度でしかしらなくて、横から見たことがなかった、と思った。こんな建物だったんだ。

夜の景色は、すくなくともその場所についてなにかをいうのはむずかしいことがあるようだ。

みんなで同じ景色を見るのはたのしい

どんな景色でも、みんなで見ればなにか発見があるんじゃないか?という仮説はおおむねそのとおりだったと思う。

みんなで見ることの楽しさとしては、同じ写真でも人によって見る場所がぜんぜん違うということもあるだろう。それに、撮られた場所がどこなのか?をさぐる楽しさもある。西村さんの「ここはどこでしょう」を、みんなでリアルタイムでやったら楽しいに違いないと思ってたけど、じっさいそうだということも分かった。

みんなでストリートビューを見ると、バーチャルブラタモリみたいになるということも分かった。とても楽しいので、ぜひやってみください。
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