特集 2018年8月1日

クサフグのダイナミック産卵めぐり

そのまま両生類になるんじゃないかという勢いで浜へ繰り出す。
そのまま両生類になるんじゃないかという勢いで浜へ繰り出す。
小柄な身体に猛毒を持つ魚として高名なクサフグの、浜に身を投げ出すような産卵がダイナミックですごい。すごすぎて天然記念物に指定されてしまったところもあるのだ。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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小さな毒アイドル クサフグ

フグといえばトラフグやヒガンフグなど、たまらなく美味い高級食材でありながらテトロドトキシンという必殺の猛毒を持つ魚として知られている。
トラフグの写真がなかったので変わり果てた姿のやつを。
トラフグの写真がなかったので変わり果てた姿のやつを。
ヒガンフグ。美味はいいのだが縁起でも無さ過ぎ
ヒガンフグ。美味はいいのだが縁起でも無さ過ぎ
縄文時代の貝塚からも骨が発見されているように、古来から人は「フグは食いたし命は惜しし」というアンビバレントな感情を抱きながらフグと対峙してきた。

江戸俳諧の巨匠、与謝蕪村は詠う。
「ふく(河豚)汁の  我生きている  寝覚めかな」

寝覚めかな、じゃねえよと言いたくもなるがそんなフグの中に、めずらしい産卵行動が愛でられている種がいる。

クサフグという小型のフグで、うつろな目と半開きの口がかわいいが、釣りをたしなむ人の間では餌取りとして割と嫌がられている。
なかなかに不敵な面がまえ。
なかなかに不敵な面がまえ。
小さくても毒力は抜の群。肝臓、卵巣、腸に猛毒を持つだけでなく、皮やフグの食べどころである筋肉にも毒を持つ。
うおォン 俺はまるで泳ぐ科学兵器だ!
うおォン 俺はまるで泳ぐ科学兵器だ!
この泳ぐ化学兵器が5月の中頃から7月にかけて、みんなして岸に押し寄せ、浜辺でびったんびったん跳ねながら産卵するのだ。

天然記念物「クサフグ産卵地」

山口県の光市ではクサフグが大挙してやってくる海岸が昭和44年より天然記念物に指定されており、産卵が盛んになる6月には海岸で観察会が行われる。

その初日に合わせて産卵に立ち会うべく、新幹線で徳山方面を目指した。
徳山駅、人がネコになれる町らしい。俺はフグを見に来たのだ。
徳山駅、人がネコになれる町らしい。俺はフグを見に来たのだ。
改札を抜けると巨大ふく(トラフグ)がお出迎え。
改札を抜けると巨大ふく(トラフグ)がお出迎え。
上下に四つの鋭い歯を持つ。駅の造作物を見ながら言う事じゃないがフグ科の学名Tetraodontidaeは「四つの歯」という意味でフグ毒テトロドトキシンの名の由来にもなっている。
上下に四つの鋭い歯を持つ。駅の造作物を見ながら言う事じゃないがフグ科の学名Tetraodontidaeは「四つの歯」という意味でフグ毒テトロドトキシンの名の由来にもなっている。
徳山から車で南下し光市へ。
光市役所、かっこいい。
光市役所、かっこいい。
瀬戸内海にむけて象の鼻のように飛び出した室積半島の先端あたりの海岸にクサフグはやってくる。
しかしクサフグより先にやって来たのは大型の台風だった。直撃はまぬがれたものの朝から激しい雨が降り注ぐ。
ほぼ無人の動物園、背後で金属音が鳴り響く。振り返ると雨が鉄琴を叩いていた。
ほぼ無人の動物園、背後で金属音が鳴り響く。振り返ると雨が鉄琴を叩いていた。
昼間立ち寄った柳井市の路地でずぶぬれ。
昼間立ち寄った柳井市の路地でずぶぬれ。
さすがにこんなの中止じゃないの、だって雨で鉄琴が鳴ってんだよ。

疑念を持ちながらも現地に向かうと産卵観察会の案内が雨にも負けず来訪者を案内しようとしていた。
足元が悪そうだなと思っていたら悪いよと警告が。
足元が悪そうだなと思っていたら悪いよと警告が。
悪いわ足元。
悪いわ足元。
光市が産卵開始時刻予想として発表していた夕方16時頃、会場に到着。

ここではクサフグは新月または満月の1日ないし4日前の満潮2~3時間前に盛んに産卵を行うという。
その習性を見越して観察会の日時が設定されているわけだ。
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クサフグVS人類

浜に下りると光市の教育委員会のスタッフが見張りに立ち、ギャラリーは波打ち際から離れた場所に集まって待機している。
写真左側の岩場のすき間にクサフグが来る。
写真左側の岩場のすき間にクサフグが来る。
魚の産卵を見るのになんだろうこのゴルフのLPGAツアーのようなものものしさは。
お静かに!
お静かに!
教育委員会の方に話を聞いた。

「クサフグは非常に警戒心の強い魚です。岸辺に人影が見えると産卵をやめてしまうので、産卵を始めるまでは遠巻きに様子を見ます」

クサフグたちは波打ち際近くに集合すると、まず先行してオスが斥候隊として様子を見にやってくる。そこで敵の気配を感じると産卵を中止してしまうのだ。

「いったん産卵を始めてしまえば夢中になるので観察ができるようになります。お、フグが来たみたいですよ」
始まったぞ!行けー!スタッフ(青いカッパ)の先導で波打ち際にギャラリーが近寄っていく。
始まったぞ!行けー!スタッフ(青いカッパ)の先導で波打ち際にギャラリーが近寄っていく。
産卵を見たい一心で息を殺していた我々の存在に気付かなかったのか、この強雨の中わざわざ小さな魚の情事をのぞきにやって来た人類に同情でもしたのか、クサフグが産卵を開始したようだ。
集まった人達が岩場を見つめる、その先には……。
集まった人達が岩場を見つめる、その先には……。
おお! ぬらんとした魚体が打ち上っている!
おお! ぬらんとした魚体が打ち上っている!
岩と岩の間の砂地に波が流れこむのに合わせてクサフグが次々と陸に上がり、体をくねらせている。
やばい、ヌーディストビーチだ。
やばい、ヌーディストビーチだ。
生きるのは楽しくはないけれど苦痛というほどでもないといった表情がいい。
生きるのは楽しくはないけれど苦痛というほどでもないといった表情がいい。
体に刻まれた水玉模様がZOZOスーツのようだ。ZOZOスーツはなかなか来なかったがクサフグはさっと来た。それだけで充分だ。ありがとう。

メスが卵を産みつけると、そこにオスが大挙して押し寄せ、精子をかける。
動画を見るべきです。精子で海の水が白く濁っている。
盛り上がってまいりました。
盛り上がってまいりました。
「見に来た方の感想で多いのが『フグ、死なないんですね』というものです。みなさんサケの産卵をイメージしているんですね」
サケは死にます。
サケは死にます。
そう、フグは死なない。産卵を終えたクサフグは、人が勝手にサケの健気な生涯を投影して抱いた感傷などどこ吹く風と、満潮の波に乗り海へ還って行くのだ。
生死かけずに精子かけろ!
生死かけずに精子かけろ!
「よし、ここでいったん引き上げましょう」

スタッフの指示でまた皆が待機状態に。

「最初の群れの産卵が終わると入れ替わって第2陣の群れがやってくる可能性が高いです。やはり警戒心が強いのでいったんこちらも消える必要があります」

すごい、長篠の戦いか。武田の騎馬隊は鉄砲の三段撃ちにこっぱ微塵にやられてしまったが我々は違う。いったん引き返してやつらを欺くのだ。クサフグと人類の謀略戦である。
結局2陣目は来なかった。クサフグに愚弄される人類。
結局2陣目は来なかった。クサフグに愚弄される人類。
悪天候の影響もあって観察初日は100匹程度だったが多い時には1日で4,000匹近くも確認された事があるという。
翌日は数が増えて約600匹がやってきた。
翌日は数が増えて約600匹がやってきた。
小石のすき間に産みつけられた卵は磯波に洗われ下層の砂利の中に入り込み3日~4日後に孵化、大潮に乗って稚魚は沖へ出ていく。

東京から5時間かけて見に来たおっさんの愛に包まれて殺傷能力のきわめて高い立派な毒魚に育ってほしいものだ。
なんか散らかってるところが好き。
なんか散らかってるところが好き。
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関東でも見られるぞ

いきなり山口県まで行っておいて何だがクサフグの産卵自体は各地で行われており、私の住む関東では神奈川県の江ノ島や三浦半島などが知られている。三浦半島の油壺では海水浴場の砂浜にがんがん上がって産卵するというではないか。
みんな大好き京急の三崎口駅。
みんな大好き京急の三崎口駅。
さっそく来てみたが、そこは家族やカップルが波とたわむれイベントサークルが網で肉を焼き、飽きたやつらが奇声を上げボートを漕ぐまさに休日のビーチ。
この浜のどこかで……。
この浜のどこかで……。
光市ではあんなに駆け引きされていたのにこんな騒がしいところで産卵なんか行われるのだろうか。

クサフグマイスター登場

光市でクサフグがあらわれた満潮3時間前の16時を過ぎても一向にふぐが表れる気配がない。というか人が消える気配がない。
しばらくカニとたわむれる。
しばらくカニとたわむれる。
いよいよ時刻は17時30分を回った。海水浴客達はぼちぼち帰りはじめたが、満潮までは2時間を切ろうとしている。
こりゃダメだ、小さなヤドカリ撮ってインスタ映えでも狙うかと思っていたら背後から呼び止められた。

「今日は昨日ほど多くないと思うけど来ますよ」

振り返ると白髪頭に白い帽子をかぶった初老の男性が立っていて、海を見つめながら「そこまで来てるよ、ほら、もうこのへんはフグだらけだ」と波打ち際を指差す。
え、特になにも…
え、特になにも…
あ、見える!いつの間に!
あ、見える!いつの間に!
寄せる波の中に無数のクサフグが漂っている。

「もうすぐ始まるでしょう、あのあたりから始めるよ」

彼の予告通り、ほどなく波打ち際でバシャバシャと水しぶきがあがった。
はじまった!
はじまった!
産卵フェス。
産卵フェス。
「光市まで行って来たの?向こうは新月とか満月のちょっと前だけど、ここでは新月、満月の翌日、翌々日くらいが産卵のピークだよ」
光市のクサフグよりやや小ぶりな印象を受ける。
光市のクサフグよりやや小ぶりな印象を受ける。
「まずね、メスが波打ち際を横に移動して産卵場所を探して、それにオスがついていく」
「そして大きな波が来る前にメスが上がって卵を産む」
先頭の大きいのがメスで、乗り上げて卵を産む。
先頭の大きいのがメスで、乗り上げて卵を産む。
「そうするとオスがぶわーっと集まって放精して、で、波と一緒に下がっていくわけ」
周りに集まったオス達がばしゃばしゃと精子を供給。
周りに集まったオス達がばしゃばしゃと精子を供給。
で、波がザザーッと。
で、波がザザーッと。
わーほんとっすねー、とか感心している場合ではない。放牧でもしているかのようにクサフグの動きを把握し、指導的助言を繰り出してくるこのクサフグマイスターはいったい何者なのか。

「私は1983年ぐらいからからここでクサフグを調査しているんですよ」

1983年!スターウォーズ・エピソード4が地上波で初放送された年ではないか。当時小学校2年生だった私は松崎しげる吹き替えの粗野なムービースター、ハン・ソロに憧れたものだ。
今じゃこうしてフグのヌーディスト・ビーチをパパラッチしているが。
今じゃこうしてフグのヌーディスト・ビーチをパパラッチしているが。
彼の名は大澤 進さん。高校教師をつとめる傍ら、ひょんな事から教え子と一緒にここのクサフグ産卵の調査を開始、教え子がやめてしまった後も彼は毎年訪れてかれこれ30年以上も産卵行動を調査している。
調査用に捕獲した1匹から卵が。大きい個体で3万~4万個の卵を産む。ちなみに大澤さんはキウイの種も数えた事があって、少ないもの700個~800個、大きいものは1200個以上あったという。
調査用に捕獲した1匹から卵が。大きい個体で3万~4万個の卵を産む。ちなみに大澤さんはキウイの種も数えた事があって、少ないもの700個~800個、大きいものは1200個以上あったという。
定年で教論を辞し、今後、長きにわたる調査の内容をまとめにかかるとの事、ここでは到底書ききれない面白い論考をうかがったので楽しみでしかない。
また来年会いましょう。
また来年会いましょう。

前述した通り、クサフグは日本各地の海に広く分布し、新月や満月近くに陸に上がり産卵をしている。ひょっとしたらあなたの寝ているすぐそばまで、上がって来ているかもしれない。
徳山でうどん屋に入ったらおかみさんと常連のお客さん達に紀州のドン・ファン事件を懇切丁寧に解説された。うどんはすごくおいしかった。
徳山でうどん屋に入ったらおかみさんと常連のお客さん達に紀州のドン・ファン事件を懇切丁寧に解説された。うどんはすごくおいしかった。
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