フェティッシュの火曜日 2011年9月27日
 

33歳から本気で始める二重とび特訓

僕は二重とびができない。
けれど特に悩んでもいない。
大人は二重とびができなくても困らないからだ。
でも、それでいいのか。
子供の頃に感じた、あの二重とびに対する苦悩にふたをしたままでいいのか。
思い出せ俺、あの二重とびへの憧れを。
今こそ始めよう、33歳からの二重とび特訓だ。
1978年、東京都出身。漂泊の理科教員。名前の漢字は、正しい行いと書いて『正行』なのだが、「不正行為」という語にも名前が含まれてるのに気付いたので、次からそれで説明しようと思う。
> 個人サイト まさゆき研究所 新棟

僕は運動ができない

折にふれ当サイトでも告白しているが、僕は全ての運動が全くできない子供だった。
自転車乗れない、水泳できない、さかあがりできない、跳び箱跳べない、立ち漕ぎできない……。
そんな小学生の僕を特に苦しめたのが、なわとびである。
なわとび。当時、これは地獄のアイテムにしか見えなかった。
なわとび。当時、これは地獄のアイテムにしか見えなかった。
普通にできる人は気付かないかもしれないが、なわとびは運動苦手人には極めて難易度の高い種目である。
手と足を同時にリズミカルに動かすのが非常に困難で、ふつうの「なみとび」を初めて3回連続で跳べたのが、小学校3年生の時だった。
そのころの僕。まあ、運動できなさそうな顔してる。
そのころの僕。まあ、運動できなさそうな顔してる。
それまでの2年間はと言えば、なわとびの時間には参加できず、死んだ魚のようにぼやっとその場に立っていた。担任の先生も、さぞかし困ったことだろう。
まあそんな僕だったので、当然最後まで二重とびなどできるわけがなかった。
そして時は流れ、なわとびに触れることもなくなり、当時の苦労も思い出さなくなって今に至るわけである。
二重とびができなくても、人生は楽しめる。
二重とびができなくても、人生は楽しめる。

今再び思い出す、二重とびへの憧憬

そして僕は就職し、普通に毎日働いているわけだが、とある昼休みにコーヒーを飲みながら、共済組合から配布される冊子を読んでいたら、このページが目に入ってきたのだ。
誰でも!? 誰でも二重跳びが跳べる!?
誰でも!? 誰でも二重跳びが跳べる!?
ずん。
心が小さく震える。
ずん。
もしかして、僕でも跳べる?

おーい。おーい。
遠い昔に封印したはずの、自分から心の声が聞こえる。
「おーい、加藤よ。お前はこのままでいいのかい。子供の頃の自分を乗り越えたくはないのかい」
母校の校庭。僕はここで6年間、二重とびを跳べない苦悩を抱えて過ごした。
母校の校庭。僕はここで6年間、二重とびを跳べない苦悩を抱えて過ごした。
僕はなわとびと共済組合の冊子を手に持ち、近所の公園に出かけることにした。
人目に付かない公園を選びました。
人目に付かない公園を選びました。

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