特集 2011年10月15日

レールのない駅を巡る旅~6年後ののと鉄道

この写真のどこかに駅が隠れています
この写真のどこかに駅が隠れています
2005年、のと鉄道能登線、という第三セクター鉄道が廃線となった。
地域で唯一の鉄道路線であり、何を隠そう高校時代の私が通学に使っていた路線である。それが、この世からなくなってしまったのだ。

廃線になって丸6年が経った。
私の高校生活を支えてくれたのと鉄道。誰も訪れなくなったであろうあの駅たちは、今どうなっているのだろう。人々に忘れ去られてぼろぼろの廃墟と化しているのか、それとも……。
行ってこの目で確かめてみたい。
石川県出身。以前は普通の会社員。現在は透明樹脂を用いたアクセサリーを作る人。好きな色は青。好きな石はサファイア。好きな犬はウェルシュ・コーギー。

前の記事:チョコレートでクレヨンを作りたい

> 個人サイト capria

スタート地点:九十九湾小木駅

高校時代の通学ルートを辿ってみよう。まず、乗車は九十九湾小木(つくもわんおぎ)という駅から。
九十九湾小木から珠洲駅まで。中央線なら新宿~国分寺くらいの距離。
九十九湾小木から珠洲駅まで。中央線なら新宿~国分寺くらいの距離。
最後に訪れてから随分経っているが、パッと見はあの頃と変わらぬ姿の九十九湾小木駅。
最後に訪れてから随分経っているが、パッと見はあの頃と変わらぬ姿の九十九湾小木駅。
一応この九十九湾小木が自宅の最寄り駅ではあったが、家から歩いて30分ほどかかっていた。
最寄り駅から徒歩30分。
これだけでも大都会の賃貸広告なら誤植を疑われるレベルであるが、念のため言っておくと2011年現在では最寄り駅徒歩10時間超である。
駅舎は灯台をモチーフに建てられたそうだ
駅舎は灯台をモチーフに建てられたそうだ
扉は開かなかったのでガラス越しに覗き込む。何やら物置っぽい空気。
扉は開かなかったのでガラス越しに覗き込む。何やら物置っぽい空気。
人の気配はまるでないものの、思ったよりも「廃墟」という雰囲気ではない。ガラスは割れて柱は朽ちて…みたいな大惨事になってやしないかとドキドキしていたがそれほどでもなかった。床や壁など、まだ十分綺麗であの頃のままだ。

では肝心のホーム周辺はどうなっているのかというと。
線路が、無い!
線路が、無い!
ホーム自体は存在しているものの、敷かれていたはずのレールは全て撤去され、延々と続く草むらと化していた。物悲しい。
レールの敷かれた人生なんてまっぴらだ! というチャレンジングな若者が描いている未来図は多分もう少しキラキラしていると思われるが、実際の「レールがない風景」はこんなである。現実は厳しい。
反対側に目をやる。ずっと向こうまで線路が伸びていたのに。
反対側に目をやる。ずっと向こうまで線路が伸びていたのに。
足元に線路の名残を見つけた。草に埋もれた茶色の石。
足元に線路の名残を見つけた。草に埋もれた茶色の石。
ちなみに、のと鉄道は正確には「電車」ではなかった。動力はディーゼルエンジンだったので、元々電線も何も張られていなかったのだ。
そのため私達も「電車」ではなく「レールバス」とか、更に略して「レール」とか呼んでいた。 走っていた車体の「レール」も地面に敷かれていた「レール」も撤去され、二重の意味で、あの頃ここにあったはずのレールは完全に無くなってしまった。
ただそこに在り続けるホーム
ただそこに在り続けるホーム
毎朝ここで、レールが来るのを待っていた
毎朝ここで、レールが来るのを待っていた
ホームの先端から振り返る。もうここが駅として機能する日は来ないのか。
ホームの先端から振り返る。もうここが駅として機能する日は来ないのか。
悲しくなってきたのでちょっとでも明るい写真を、とホームに残っていた花壇を撮ったが花の大半が枯れていた。悲しさ倍増。
悲しくなってきたのでちょっとでも明るい写真を、とホームに残っていた花壇を撮ったが花の大半が枯れていた。悲しさ倍増。
案の定というべきか、一駅目にして寂しい雰囲気しか感じられない、のと鉄道廃線跡。打ち捨てられている感が切ない。
まさか全部が全部こうなのだろうかと考えると不安感で目の前がどんよりするが、とにかくあの頃の通学路に沿って順に辿ってみよう。
駅前の案内看板はボロボロでほとんど字が読めなかった。がんばれ能登町。
駅前の案内看板はボロボロでほとんど字が読めなかった。がんばれ能登町。
いったん広告です

ほぼ秘境。白丸駅。

九十九湾小木駅のお隣は、白丸(しろまる)という駅。

目的地である珠洲駅との間には9個の駅があったが、そのうち実に7駅が無人駅だった。白丸駅もその一つ。しかし数ある無人駅の中でもこの駅は特にロケーションが悪く、乗り降りする利用者は極僅かだったと思う。
私自身この駅で降りてみたことは一度もない。今日が廃線後にして初の白丸駅デビュー。

唯一白丸がらみの思い出は、駅を発車してすぐのレールバスの前をすいーっと大きなキジが横切ってあやうくぶつかりそうになった決定的瞬間を目撃したことくらいだ。山手線なら全線ストップに繋がりかねない大事件である。
九十九湾小木からしばらく車を走らせると、看板発見
九十九湾小木からしばらく車を走らせると、看板発見
廃線と同時に撤去されていてもおかしくない看板だが、普通に残っていた。こういう田舎ののんびりさは助かる。
実はこの前日、両親に「白丸駅ってどこの道から行くの?」と聞いたが「さあ…。近くまで行ってその辺の人に聞いたら」と返された経緯がある。地元民ですら、存在は知っていても正確な場所を把握していない白丸駅。チュパカブラみたいなやつだ。
しかし看板通りに進むとこんな道で、一気に不安になる
しかし看板通りに進むとこんな道で、一気に不安になる
畑の中を突っ切る一本の細い車道。対向車が来たらどうしよう。
畑の中を突っ切る一本の細い車道。対向車が来たらどうしよう。
大丈夫か。本当にこの先に駅がある(あった)のだろうか。

行けども行けども両サイドは緑一色。ひょっとして道を間違えたか? という頃になって、車は小さな陸橋の上に出た。陸橋がある=線路があったということだろう。それならこの下が?
あった! 白丸駅!!
どこだよ、と思った方。写真にマウスオーバーで場所を表示するが、まずは一旦落ち着いて探していただきたい。ウォーリーならぬ、白丸駅を探せクイズである。
……見つかりましたか?
陸橋から反対側を見下ろしてみる。微かに残る線路の名残。
陸橋から反対側を見下ろしてみる。微かに残る線路の名残。
ようやく見つけた白丸駅。その近景
ようやく見つけた白丸駅。その近景
少し近づいてやっとこじんまりした駅舎が視界に入ってきたものの、木々の力がすごすぎてこれ以上近づけない。どこかに駅まで通じる道があるはずだから探そう。
ああ、これだな。うん。
ああ、これだな。うん。
草に埋もれかけてはいるが、確かに駅に続く小路だ。ちょっと戸惑いながらも思い切って突き進んでみることにする。
尚、まさかこんな秘境探検みたいな真似をすることになるとは思わず、普通にカジュアルな服装に素足+サンダルで来てしまっている。登山を舐めてかかって痛い目に会うタイプだ。
※駅に向かっています
※駅に向かっています
わさわさとした草をかき分けて進むと、さっき見えた駅舎の裏手に出た。
わさわさとした草をかき分けて進むと、さっき見えた駅舎の裏手に出た。
ここからホームに出られます
ここからホームに出られます
これでもかというくらい緑がばばーん!
これでもかというくらい緑がばばーん!
脳内で「これはホームですか?」「いいえこれは荒地です」という中1英語みたいな会話が交わされるが、れっきとした白丸駅ホームだ。草木の生命力に侵食され放題である。草木、力強い。
ここを毎日通ってたんだなあ
ここを毎日通ってたんだなあ
今の今まで、全く初めての場所を訪れているような気持ちだった。が、ここに立ってみて分かった。ああ、確かにここからの光景には見覚えがある。車窓越しに毎日見ていたあの場所だ。興奮と郷愁が入り混じったような不思議な感覚に襲われる。
駅舎の扉は開かなかった。鍵がかかっているのか、それともサビとかそういう類か。
駅舎の扉は開かなかった。鍵がかかっているのか、それともサビとかそういう類か。
中にはノートがポツリと。すごく見てみたい(が、扉が開かない)
中にはノートがポツリと。すごく見てみたい(が、扉が開かない)
当時から秘境っぽい駅ではあったが、廃線後更に拍車がかかった感がある。

さて帰ろうとしたところ、どこからともなく「ホーホケキョ!」とウグイスの鳴き声が聞こえてきて思わず頭上をきょろきょろ探してしまった。季節は真夏である。
真夏の日差し、響くウグイスの声、緑に埋もれた無人駅。
列挙するともう訳がわからない。シュールリアリズムってこういうことだろうか。(多分違う。)

異次元っぽさにくらくらしながら、次に向かうことにする。
いったん広告です

九里川尻~松波~恋路~鵜飼~南黒丸

お次は九里川尻(くりかわしり)という駅。

しかし先に言ってしまうと、白丸駅並に(良くも悪くも)インパクトのある駅は今後出てこない。最大の山場がわずか二駅目で終わってしまった。
というわけで以降はダイジェストで駆け足気味にご覧頂きたい。
九里川尻駅、あっさり発見。とても見つけやすい場所に建っている。白丸と違って素直なやつだ。
九里川尻駅、あっさり発見。とても見つけやすい場所に建っている。白丸と違って素直なやつだ。
しかし、ここでも草木に阻まれる。結局近くに行くことは諦めてしまった。
しかし、ここでも草木に阻まれる。結局近くに行くことは諦めてしまった。
駅のすぐ近くでは、線路が走っていたはずの陸橋が取り壊されていた。(マウスオーバーで陸橋跡を表示)
後に両親から聞いた話では、鉄道に関する法律か何かで廃線後の陸橋は必ず取り壊さねばならぬと決められているらしく、こういった撤去はかなり早い段階で行われたそうだ。逆に考えると、駅舎やホームは残しておいても問題ないということなんだろうか。
更にそのお隣、松波(まつなみ)駅
更にそのお隣、松波(まつなみ)駅
駅舎は地域の情報館として再利用されているようで、綺麗に改修もされている
駅舎は地域の情報館として再利用されているようで、綺麗に改修もされている
しかしホームは手付かず。待合室は窓も無くなってボロボロになっていた。
しかしホームは手付かず。待合室は窓も無くなってボロボロになっていた。
ここは無人駅ではなく、場所も街中に位置していたため利用者もそれなりに多かった。

現在も駅前は駐車場やバスロータリーとして活用されていて、正統派な「廃線後の駅活用」を見せてもらった気分だ。そうだよね、普通はこうだよね。ちょっと安心した。(白丸の衝撃をまだ引きずっている)
お次は恋路(こいじ)駅。名前から漂う甘い雰囲気。
お次は恋路(こいじ)駅。名前から漂う甘い雰囲気。
駅へ続く道。恋路への階段、というとちょっとカッコイイ気がする。
駅へ続く道。恋路への階段、というとちょっとカッコイイ気がする。
到着。見ての通り、ここも無人駅である。
到着。見ての通り、ここも無人駅である。
ホーム上の待合室は近代的といってもいいデザインで、比較的新しい。
ホーム上の待合室は近代的といってもいいデザインで、比較的新しい。
駅からは田んぼ、その向こうに海が一望できる。
駅からは田んぼ、その向こうに海が一望できる。
恋路駅はのと鉄道が現役の頃から、観光スポットとして有名だったのだ。「恋路号」という急行電車も走っていたし、恋路の駅名が入った切符を恋愛のお守りとして売り出したりもしていた。そのため現在でもこの駅を訪れる人は多くいるらしく、他の駅では見られなかった観光地っぽいオーラを感じる。
訪れた人が自由に書き込めるノート。テーブル下には過去のバックナンバーが何冊か入っていて、盛況な様子。
訪れた人が自由に書き込めるノート。テーブル下には過去のバックナンバーが何冊か入っていて、盛況な様子。
壁には落書きがたくさん。やっぱり恋愛系が多いね、と思ったら写真のうち3つは同一カップルのコメントだ。
壁には落書きがたくさん。やっぱり恋愛系が多いね、と思ったら写真のうち3つは同一カップルのコメントだ。
こんな別の意味で熱いメッセージも
こんな別の意味で熱いメッセージも
例の恋路切符はまだ販売中らしい。近くの酒造で買えるとのことだが、酒造で切符というのもややおかしな話だ。
例の恋路切符はまだ販売中らしい。近くの酒造で買えるとのことだが、酒造で切符というのもややおかしな話だ。
なんだかんだでうろちょろしているうちに、この辺りからやや空模様が怪しくなってきた。ペースアップしてさくさく見て回ろう。
鵜飼(うかい)駅。こちらもバスの待ち合わせ場として再利用されていた。
鵜飼(うかい)駅。こちらもバスの待ち合わせ場として再利用されていた。
ホーム近辺はやはり荒れ気味。まあ確かに、使いようがないものな。
ホーム近辺はやはり荒れ気味。まあ確かに、使いようがないものな。
南黒丸(みなみくろまる)駅。白丸と同規模の無人駅だが、こちらは大きな道路沿いなので訪れやすい。
南黒丸(みなみくろまる)駅。白丸と同規模の無人駅だが、こちらは大きな道路沿いなので訪れやすい。
ホームの待合室にはなぜかテレビ。これが映ったら逆に怖い。
ホームの待合室にはなぜかテレビ。これが映ったら逆に怖い。
さてここまで7駅を見て回ったわけだが、そろそろお気づきだろう。びっくりするくらい人に会わないのだ。

巡っている場所が廃駅ばかりとはいえ、恋路のような観光スポットや松波のようなバス停留所もあったわけで、ここまで人の姿を見かけないと能登が心配になる。大丈夫か我が故郷。

そして次の珠洲駅が高校時代の降車駅、つまりこの旅の終点。
さてどうなっているかしらとあまり期待せずに向かったのだが、最後の最後にびっくりさせられてしまった。
いったん広告です

別人のように生まれかわった珠洲(すず)駅

珠洲駅があったはずの場所に到着して、目を疑った。本当にここだった? と自分の記憶を再確認したくなるくらい、あの頃の珠洲駅と様子が違うのだ。
立派な駐車場を備えた建物がばーん
立派な駐車場を備えた建物がばーん
看板も立派だ。み、道の駅?
看板も立派だ。み、道の駅?
なんと、鉄道駅だったはずの珠洲駅はいつの間にやら道の駅「すずなり館」に生まれ変わっていた。小奇麗な建物と整備された駐車場。昔の珠洲駅はもっとこじんまりしていて全体的に灰色で、マッチ箱みたいな平たい形の駅だったのに。これまで見てきた廃駅とのギャップに戸惑ってしまう。
中はおみやげ屋さんと、
中はおみやげ屋さんと、
観光案内所、兼バスの待合室になっていた。ひ、人がいる…!
観光案内所、兼バスの待合室になっていた。ひ、人がいる…!
ここに来て第一村人(村ではないが)発見。ごく普通のことなのに、これまで散々無人駅(しかも廃駅)を巡ってきた身には新鮮な光景だ。都会だ! と思ったがその感想は明らかに間違っている。

そして更に、これまでの駅では完全に打ち捨てられていたホームもここでは意外な活躍を見せていた。
ホームはそのまま残されているが、ここまでのように草に埋もれている気配はなし
ホームはそのまま残されているが、ここまでのように草に埋もれている気配はなし
なんと、毎週日曜に市場として活用されているらしい。(おらっちゃの、とは能登弁で私たちの、という意味)
なんと、毎週日曜に市場として活用されているらしい。(おらっちゃの、とは能登弁で私たちの、という意味)
ついさっき「ホームは使い道ない」と思ったばかりの私だが、見事に再活用されている例が目の前に。ないとか言ってごめんなさい。

なるほどね、古いホームにはこういう利用法があったのか。きっと日曜には近くで採れた野菜などが並ぶのだろう。さぞ賑わっている……といいなあ。
駅だった頃の名残もあちこちに
駅だった頃の名残もあちこちに
柱や屋根は当時のままのようだ
柱や屋根は当時のままのようだ
裏手には線路が、ある! 一部だけだが残されてたんだね。
裏手には線路が、ある! 一部だけだが残されてたんだね。
使われなくなった信号機も、モニュメント的に残っていた
使われなくなった信号機も、モニュメント的に残っていた
数々のアイテムで駅の気配と懐かしさを残しつつ、全く新しい機能を持った場所へと大変身。なんという劇的ビフォーアフター。耳の奥からあの音楽が聞こえてきそうだ。

馴染みの駅だった場所が立派にリニューアルされ、なんだか誇らしい。いつの間にか芸能人になっていた同級生をテレビで見かけることがあったら、きっとこんな気持ちになるのかもしれない。 廃駅利用のお手本と言ってもいいくらいの華麗な活用法に、古くからの珠洲駅ファン(がいるのか分からないが)も納得だろう。

珠洲駅の活躍っぷりに心からの拍手を贈りたい。
気持ちが明るくなってきたので、売店でソフトクリームを買って食べた。能登の塩が使われているそうだ。
気持ちが明るくなってきたので、売店でソフトクリームを買って食べた。能登の塩が使われているそうだ。

正直に言うと、実際に現地にいる時は物珍しさ:侘しさ=8:2くらいで割と気楽に見て回っていたのだ。それが帰ってきてから記事に書こうと写真を眺めていると、どうしようもなく寂しくなってきた。撮影はまだ夏の暑い時期だったが、近頃濃くなってきた秋の空気のせいだろうか。

もうあの鉄道には二度と会えないということが、とても寂しくて悲しい。
ありがとう、さようなら
ありがとう、さようなら
▽デイリーポータルZトップへ

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←
ひと段落(広告)

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ