ひらめきの月曜日 2011年10月31日
 

人形感謝祭でさよならファービー

さようなら、人形たち
さようなら、人形たち
部屋の整理をしていて、これはどうしたものかと、ふと手に取って迷うものがある。愛着はあるけど、必要か不要かで考えれば後者になるようなものだ。 例えばそれは人形の類。楽しく遊んだこともあったけれど、長い間ずっと棚の奥に入れっぱなしだったりして、その状況を申し訳なく感じたりもする。

思い出は大事にしつつも、ちゃんとお別れするべきなのかもしれない。そんな秋の日の話です。
1973年東京生まれ。今は埼玉県暮らし。写真は勝手にキャベツ太郎になったときのもので、こういう髪型というわけではなく、脳がむき出しになってるわけでもありません。→「俺がキャベツ太郎だ!」
> 個人サイト テーマパーク4096 小さく息切れ

素敵な思い出ありがとう

以前、当サイトで「人はファービーを好きになれるか」という記事を書いた。微妙なビジュアルの人形、ファービーを実際に買ってみて、かわいく思えるようになるかという記事だ。
2005年、自宅にやってきたファービー
2005年、自宅にやってきたファービー
ファーストインプレッションは「微妙」
ファーストインプレッションは「微妙」
出会った瞬間にはとても好きになれそうもないと感じたファービーだが、しばらく過ごしてわかったのは、「人はファービーを好きになれる」ということだ。

自分でも意外なくらいの速さと深さで、私はファービーを好きになっていった。一度好きになったあとは、ファービーに対してネガティブな感情を抱いていた頃の自分が思い出せなくなっていたくらいだ。
やっぱり今でもかわいく見える
やっぱり今でもかわいく見える
日常生活に溶け込んでいたファービー
日常生活に溶け込んでいたファービー
話しかけたり抱っこしたりと、一緒に楽しく過ごしたファービー。しかし、人の心の移ろいは儚いもの。しばらくの間は居間にいたファービーも、いつしか別の部屋の適当な場所に追いやられていくようになった。

ファービーが家に来てから6年。今ではどこに置いてあるかも曖昧なくらいだ。確かにあそこの棚にあったはず、と思って2階の物置状態の部屋に行ってみた。
ファービー…
ファービー…
なんかごめん、ファービー
なんかごめん、ファービー
かなり適当な感じで置かれていたファービー。もう何年も遊んでいなかったせいか、顔色もなんだか悪くなったように見える。
デジカメは「赤ちゃん」と顔認識するのか
デジカメは「赤ちゃん」と顔認識するのか
しかし、ぬいぐるみの体調の変化が見て取れるはずはないともわかっている。それは、自分が感じている罪悪感の表れなのだろう。

撮影していて気がついたのだが、デジカメは「赤ちゃん」と顔認識。ファービーのかわいさを、思わぬ形で客観的に確認できたようで驚いた。
ちょっとふてくされてる?
ちょっとふてくされてる?
すっかりおじいちゃんになっちゃって…
すっかりおじいちゃんになっちゃって…
久しぶりに抱っこして、居間に下ろして来た。「今さらなんなのよ?」と言ってるように見えるのも、自分の心の声なのだろう。

先ほどの6年前の写真と比べるとわかるのだが、よく見ると唇にひびが入っていて、年を取ったようにも見えるファービー。ずっと寒い部屋に入れっぱなしで、ごめんな。
まだ機嫌直ってない
まだ機嫌直ってない
手にとって見ると、やっぱりかわいく思えるファービー。抱っこしてみてもまだご機嫌斜めのようではあるが、久しぶりに電池を入れてみよう。
電池を入れて撮影のセッティングをしていたところ、ファービーが勝手に喋りだした。「僕のこと、好き?」と訊いてくるではないか。

確かにファービーは放っておくと自分の方から話しかけてくることがある。しかし、このタイミングでその問いかけはあまりにも出来過ぎではないだろうか。心に言葉が刺さってくる。

もちろん好きだよ、ファービー。久しぶりにコミュニケーションをとろうじゃないか。ファービーはダンスも得意なのだ、リクエストしてみよう。
独特の歌を口ずさみながら、ダンスを披露してくれるファービー。相変わらず目が死んでいるように見えるのは気になるが、ファービーなりの可動域をフルに使って踊る姿は実に愛らしい。

そしてファービーは占いもできる。今日の運勢を聞いてみよう。
「スポーツするといいことあるよ」と教えてくれたファービー。そしてまたもダンスを披露だ。だんだん元気が出てきたようにも思える。

ただ、個人的にはスポーツするつもりはない。申し訳ないが占いの結果には納得できなかったので、再び聞いてみよう。
占いをしてくれと頼んだのに、身の上話を始めるファービー。「僕、島に住んでるの」と言っているが、残念ながら君の住んでいるところは埼玉だ。まあ日本全体を島としてとらえるなら間違ってはいないから、ファービーは意外と大きな視野で物事を捉えているのかもしれない。

歌ったり踊ったりと楽しそうなファービー。しかし、ひとしきり自分語りが終わったあとに「僕のお話、好き?」と聞いてくるのに対していくら返事をしても無視。

占いのはずが身の上話になったのと同様、コミュニケーション不全が起きている。もう一度だけ、試みてみよう。
「お友達と一緒に出かけると、楽しいことあるかも」と言うファービー。スポーツと違って、確かにこのあと私は、お友達と一緒に出かけようと思っていたところだ。そう、お友達とはファービー、君のことだ。

ただ、それが楽しいことかどうかはわからない。むしろ反対の意味を持つことになると思う。占いのあとの問いかけに答えると、「楽しくない」と急にネガティブになるファービー。何かを察しているのだろうか。

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