はっけんの水曜日 2012年3月7日
 

旧町名を探す旅、についていく

芝区豊岡町、現在の港区三田五丁目付近
芝区豊岡町、現在の港区三田五丁目付近
東京は、その昔「大江戸八百八町」とよばれたほど、とても沢山の町名があった。
しかし、昭和37年に「住居表示に関する法律」が制定されて以降、様々な町名が住居表示によって消されてしまい、◯◯何丁目。という味気ない住所に変わってしまったところが多い。
だが、町を歩いていると、今でも当時の町名がそのまま残った看板などに出会うことが時々ある。
今回、そんな旧町名の痕跡を探している「旧町名マニア」の旧町名探しについていってみた。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。
> 個人サイト 新ニホンケミカル TwitterID:tokyo26

三田、高輪周辺の旧町名を探します。

そういうわけで、旧町名マニアの人にお願いして「旧町名探しについて行きたい」と連絡したところ、OKが貰えたので、集合場所の田町駅に向かった。
旧町名マニアの102soさん
旧町名マニアの102soさん
こちらが旧町名マニアで「旧町名を探す会」を主宰している102soこと十二社さんだ。みちくさ学会の「旧町名」カテゴリに寄稿されているペンネーム「102so」はもちろん新宿区の旧町名、十二社(じゅうにそう)からだ。
必要不可欠な折りたたみ自転車
必要不可欠な折りたたみ自転車
折りたたみ自転車を担いで待ち合わせ場所に現れた十二社さん。この折りたたみ自転車は旧町名探しのために購入したのだという。以前は歩いて旧町名を探していたものの、自転車だと効率が格段に違うらしい。

やる気から違う。旧町名探しに「のんびりと街歩きしながら……」といったのどかさはない。本気で旧町名を求める姿がそこにはあった。まさに「旧町名orダイ」とでもいうような本気さが伝わってきた。

ところで、住居表示って?

ところで、旧町名って一体なんなのか? 本題に入る前にざっくりとした定義を説明しておきたい。(と思うけれど、興味ない方は読み飛ばして下さっても大丈夫です)
住居表示と地番は違うんです
住居表示と地番は違うんです
みなさんは住所が、例えば「東京都新宿区北新宿二丁目21番1号」とか「大阪府中央区難波五丁目1番60号」というように◯◯何丁目の後に◯番◯号という数字が入る住所と、「青森県青森市荒川藤戸88」や「和歌山県和歌山市加納383」のように地名の後ろに直接数字が入る住所の2種類あることにお気づきでしょうか?

実はこれ、前者が「住居表示」で後者が「地番」と呼ばれるものだ。

もともと土地登記に使うための地番を、住所を表すために使っていたのだけど、いろいろと不都合があるため、昭和37年の「住居表示に関する法律」が施行されて以来、住所の表記が次々と住居表示に切り替わっていった。

原宿という町はない

住居表示に切り替わったため、存在しない町の名前がついた駅があったりする。例えば「原宿」という駅もそうだ。実は原宿駅のまわりに原宿という町は存在していないのだ。
住居表示前の原宿周辺。原宿のほかに竹下町、穏田なんていうシブい地名が見える
住居表示前の原宿周辺。原宿のほかに竹下町、穏田なんていうシブい地名が見える
住居表示前の原宿周辺。原宿のほかに竹下町、穏田なんていうシブい地名が見える
住居表示後の原宿周辺。すべて神宮前になってしまった
住居表示後の原宿周辺。すべて神宮前になってしまった
ところが、昭和44年の地図をみると、それらの地名はトロリーバスや川と一緒に消えてしまっている。

しかし、原宿周辺を探してみると、いまだに「原宿」の住所が入った表札を見かけることもあるのだ。
住所が原宿の表札
住所が原宿の表札
このように「当時のまま残っている町名を示すもの」を探すのが「旧町名を探す会」なのだ。

さっそく旧町名を探しに

この日、十二社さんが狙っているのは三田から高輪周辺の旧町名だという。釣りに出かけるような言い方だけど、獲物は旧町名だ。
三田、高輪周辺には旧町名が多い
三田、高輪周辺には旧町名が多い
獲物を狙う(旧町名)
獲物を狙う(旧町名)
田町駅から慶応大学の方面に向かって、自転車で向かう。

−−この「ここがあやしいなあ」というようなポイントとかありますか?
「まあ、基本的には古そうな建物を見つけるととりあえずチェックするんですけど、こればっかりは運の要素が多いですね」

−−運?
「そうですね、古くても看板は新しくなってたり、逆に新しいように見える建物でも残ってたりしますからね……」
そういいながら、以前発見したという三田四國町の旧町名を案内してくれた。
たしかに三田四國町と読める
たしかに三田四國町と読める
−−これは、字がかなりかすかですね。
「でも、字が消えやすい木のタイプの表札で、これぐらい読めるのはけっこう残ってる方ですね」
かすかだけど、この場所がかつて「三田四國町」だったという痕跡がここにはあった。

−−しかしなんで四國町なんですかね
「阿波を含む四ヶ国の大名の屋敷がここにあったのが由来らしいです」

−−古地図を見るとこの辺は三田四國町と同朋町がありますけど、同朋町はありましたか?
「同朋町は町域が狭いせいかまだ見つかってないですね」
まだら状にあった旧町名は……
まだら状にあった旧町名は……
昭和40年代にはすべて「三田」と「芝」に統一されてしまった
昭和40年代にはすべて「三田」と「芝」に統一されてしまった
−−町域が狭いと古い建物が残ってる可能性が低くなる?
「そうなんですけど、ただ、町域が狭いからといって見つからないわけでもないのがまた難しいところなんです……」

神社の奉納旧町名はハードモードなので無し

よく、神社の柵や壁に奉納した人や、町内会の名前が掘ってあることがよくある。途中に見つけたお稲荷さんにもあった。

−−十二社さん、こういう神社の柵に書いてある旧町名とかはダメなんですか?
「これは、当時から残っているのはいいんですけど、この場所がその町名だったってことを示すわけじゃないので……一応ナシの方向で、すみません」
神社の壁に刻印されている旧町名はハードモードなので無し
神社の壁に刻印されている旧町名はハードモードなので無し
同朋町、四國町の刻印があるけれど、残念ながらノーカウント
同朋町、四國町の刻印があるけれど、残念ながらノーカウント
このような神社の奉納者名は「旧町名さがしイージーモード」ではアリらしいのだけど、十二社さんの旧町名さがしはハードモードなのでナシらしい。 十二社さんの中ではかなり厳格な線引きがあるらしい。

当時から残っているものでかつ、その場所がその町名であったことを示すものでなければならないのだ。

そうなると、街区表示板か表札ぐらいになってしまう。これはかなりハードルが上がる。表札はともかく、街区表示板は古くなるとけっこう簡単に打ち棄てられてしまう事が多いのでなかなか残ってないらしい。

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