特集 2012年5月23日

いますぐ岩手にダムを観に行くべき5つの理由

ダム好きが選ぶ「このダムがすごい2012」第1位(勝手に決めた)
ダム好きが選ぶ「このダムがすごい2012」第1位(勝手に決めた)
あれだけ待ちに待っていたゴールデンウィークはあっけなく過ぎてしまったけれど、もし、このあと少しの休みがあったら、ぜひ岩手にダムを観に行ってもらいたい。

いろいろな意味で、今年いちばんアツいダム地帯なのだ。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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理由1・役目を終えるダムがある

何を差し置いてもまず向かってほしい場所は、岩手県の南部、奥州市の中心地から内陸に20kmほど入った場所にある石淵ダムである。

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青いポイントが目的地の石淵ダム
長年にわたって胆沢平野を潤し下流を守ってきた
長年にわたって胆沢平野を潤し下流を守ってきた
春になると大量の雪解け水が流れ込み、写真のような美しい放流と桜がセットで見られた石淵ダム。しかしこの光景、実はもう見納めなのだ。

なぜなら、今年の9月末で役目を終えるからである。
来年の雪解け放流はもう見られない
来年の雪解け放流はもう見られない
とは言っても、このところの公共事業の見直しや環境保護運動の高まりの影響で廃止になるワケではない。

戦後すぐの食糧難の時代に建設工事がはじまり、昭和28年に完成した石淵ダム。完成以来、下流の胆沢平野に広がる田んぼに水を送り、大雨のときは洪水から下流を守ってきたけれど、復興するにつれて田んぼはどんどん増え、つまり必要な水も増え、完成からおよそ10年後には貯水量が不足気味になってきた。また当時の予測を越える大雨も頻発。そこで下流の住民たちから、もっと大きなダムが必要という声が上がり、新しいダムに生まれ変わることになったのだ。

会社だったら業績好調で新社屋に移転、という喜ばしい事態なのだけど。
創業以来の歴史ある現社屋
創業以来の歴史ある現社屋
この石淵ダム、なんと日本で最初に建設されたロックフィルダムなのだ。重力式やアーチ式とともに、いまでは日本のダムの主要3形式のひとつを占めるロックフィルダム。たとえば東洋のピラミッドと言われたベテラン御母衣ダムや、関東のアイドル奈良俣ダムなど、すべてこの石淵ダムが始祖と言える。
日本ロックフィルダム界のご意見番、御母衣ダム
日本ロックフィルダム界のご意見番、御母衣ダム
そろそろ
そろそろ"元"アイドルと言える年齢の奈良俣ダム
さらに、ロックフィルダムの中でも極めてレアな「コンクリート表面遮水壁型」というタイプでもある。これは日本で5基しかない珍しさ。日本に5人しかいないスマップのメンバーと同じくらい貴重な存在、と言ったら分かってもらえるだろうか。

ちなみにスマップをSMAPと表記するのと同じように、コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダムはCFRDと略される。
上流側のコンクリートの板で遮水する (立入禁止場所から許可を得て撮影)
上流側のコンクリートの板で遮水する
(立入禁止場所から許可を得て撮影)
長々とワケの分からない説明をしてきたけど、つまり、石淵ダムは世が世なら国の重要文化財に指定して永久に保存していかなければならないほどの名堤体なのだ。けれど、岩を積み上げたダムだけに移設ができるわけもなく、下流に造られる大きなダムが水を貯め始めると、石淵ダムはあっけなく新しいダム湖に水没してしまう。その予定が今年の秋。だからいますぐ観に行ってほしいのだ。

ふー、ようやく言いたかったことにたどり着いた。

ちなみに古いダムが新しいダムの貯水池に沈むことは決して珍しくなく、各地で役目を終えた多くのダムが湖底で余生を送っている。そんな状況で僕が石淵ダムをこれほどプッシュするのにはもうひとつ理由がある。

ダム人生最後の数年で2度の超巨大地震に見舞われ、ダメージを受けてもなお水を貯め続けた、その逞しい姿を見届けてほしいのだ。
平らだったダムの上の通路は地震でこんなに波打った
平らだったダムの上の通路は地震でこんなに波打った
2008年6月に発生した岩手・宮城内陸地震は震源地が石淵ダムからおよそ10kmと近く、ダム地点で震度7の揺れを記録した。そして2011年の東日本大震災でも大きく揺れた。この2つの地震で石淵ダムはダム上の通路にうねりや亀裂が走り、ダムの表面にも凹凸ができてしまった。けれどダム本体の貯水機能には問題がなかった。
一見すると無事だったように見えるけど (立入禁止場所から許可を得て撮影)
一見すると無事だったように見えるけど
(立入禁止場所から許可を得て撮影)
滑らかだった表面はかなりデコボコに (立入禁止場所から許可を得て撮影)
滑らかだった表面はかなりデコボコに
(立入禁止場所から許可を得て撮影)
ダムの周りの斜面はかなり崩れている
ダムの周りの斜面はかなり崩れている
特に2008年の方が被害が大きかったとのこと
特に2008年の方が被害が大きかったとのこと
これが刑事ドラマだと、明日で定年というベテラン刑事が担当事件の犯人を見つけてしまって殉職したりするけど、石淵ダムは無事で本当によかった。
唯一、使っていなかった排水塔が(2006年撮影)
唯一、使っていなかった排水塔が(2006年撮影)
2008年の地震で無惨な姿に
2008年の地震で無惨な姿に
というわけで、9月末に運用を終える貴重なダムの最後の勇姿を、ぜひ多くの皆さんに見てもらいたいと思っている。

ただし、観に行く前にひとつだけご注意を。石淵ダムは既に下流に造られているダムの工事区域に入っているので、道路が関係者以外通行止めになっているのだ。そこで、石淵ダムに行くには通行許可証が必要になる。
ダムへ行くカギ
ダムへ行くカギ
通行許可証は、石淵ダム下流に造られている胆沢ダムのさらに下流にある「胆沢ダム学習館」というPR施設で受付のキレイなお姉さんから受け取ることができる。
胆沢ダムの展示PR施設
胆沢ダムの展示PR施設
こんな位置関係
こんな位置関係
さらに、胆沢ダムの工事がお休みの日は道も完全通行止めなので注意が必要。出かける前に、胆沢ダム学習館に電話で確認した方がいいかも知れない。

でも、ここまで読んでも、たとえば関東や関西からわざわざ行って満足できるかと言われたらどうか。うん、確かにダムとしてはだいぶ地味である。

そこで、ほかにも岩手に行くべき理由を追加したい。
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理由2・完成直前のダムがある

さっきから散々書いているように、石淵ダムはもうすぐ役目を終えて水没する。その石淵ダムの役割を引き継ぐのが、すぐ下流に造られている胆沢ダムである。
石淵ダムの上から見た胆沢ダム
石淵ダムの上から見た胆沢ダム
同じところから2006年に撮った写真を見るとまだ胆沢ダムの姿はなく斜面も崩れていない
同じところから2006年に撮った写真を見るとまだ胆沢ダムの姿はなく斜面も崩れていない
同じロックフィル形式ながら、高さがおよそ2.5倍、長さおよそ2倍、貯水量にいたっては10倍近い巨大ダム。以前この工事現場で90tダンプトラックを見せてもらったことがあるけど、あれから3年経って、ダム本体はほぼ完成し、あのときの90tダンプは既に姿を消していた。
まー立派になって...
まー立派になって...
今も細かい工事は続いていて一般解放されていないし、単にでかいだけなら皆さんの家の近所にあるロックフィルダムに行けばいいと思うけど、石淵ダムがまだ水没していないということは、つまりまだ水を貯めていない状態。これだけの巨大ダムの「水を溜める前」なんてなかなか見られない光景だろう。
水を貯めたらもう見られない上流側
水を貯めたらもう見られない上流側
石淵ダムの運用が終了する10月以降、この胆沢ダムでは水を貯めはじめて、来年以降の本格運用に備える。ぜひその前に観に行ってもらいたい(水を貯めてからも行ってもらいたい)。

3.ダム御膳がおいしい

目的地がダムとは言え、せっかく旅行に来たらグルメも充実させたい。そんな向きにお勧めなのが、胆沢ダムから5kmほど下った場所にある食事処「おふくろ」の「ダム御膳」である。

事情を知らない人がダムと反対の方からやってきて、メニューを見たとき場違いに飛び込んでくる「ダム」という文字にどう反応するのか見てみたいものだ。

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石淵ダム、胆沢ダムに来たら必ず寄ってしまう
国道沿いの定食屋といった風情
国道沿いの定食屋といった風情
田舎町にあるふつうの定食屋さんだけど、ここの名物はすいとん。胆沢ダムの工事がはじまって、ダム工事事務所の人々が食べに来るようになったとき、それまで別に出していたいろいろな味のすいとんを一度に食べたい、というリクエストがあって生まれたのが「ダム御膳」だ。
5種類のすいとん+焼きおにぎりという重量感 (蓋を取り忘れた碗はすいとんのお汁粉)
5種類のすいとん+焼きおにぎりという重量感
(蓋を取り忘れた碗はすいとんのお汁粉)
素朴な見た目だけど、東北らしく全体に濃いめの味つけでとてもおいしい。ダムを見て歩き疲れた身体にちょうどいいメニューである。

4.巨大な円筒分水もある

「おふくろ」を出てさらに下流の方に走って行くとこんなものがある。
ものすごい勢いで水があふれ出る
ものすごい勢いで水があふれ出る

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地図では表示されないので航空写真にして拡大してみよう
なんとここには巨大な円筒分水もある。しかも、この水は石淵ダムで農業用にキープされたものが下流の田んぼに送られる前に分配されているのだ。
そのさらに下流にもうひとつ円筒分水を見つけた
そのさらに下流にもうひとつ円筒分水を見つけた

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よく見ると農業用水路のネットワークがすごい
ダムがあって、水路に円筒分水があって、その先に広大な穀倉地帯が広がっている...という、農業とインフラの噛み合わせを実感できる場所だ。逆に、こういう関係性が見えてこないと、それぞれが何の役に立っているのか分からないんだと思う。

5.湯田ダムがかっこいい

最後にご紹介するのは、これまで見てきた胆沢川沿いではないけれど、そこから車で北に1時間ちょっと走った場所にある湯田ダム。せっかくここまで来たのだからぜひ足を伸ばしてほしい。

およそ350カ所のダムを見た僕がイチオシの、文句なくかっこいいダムである。
日本一かっこいいダムに(勝手に)決定
日本一かっこいいダムに(勝手に)決定

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ひとつだけ場所が違うけど行く価値は十分
かなり昔に誰かの撮った写真で見て一目惚れして以来、もう何度となく訪れているダムである。どこがいいのかと聞かれるとうまく答えられないけど、大きくアーチした雄大さと、ほかのどのダムにも似ていない個性的なゲート配置がうまくバランスされているんだと思う。
日本中見回しても似ているダムが思い当たらない(立入禁止場所から許可を得て撮影)
日本中見回しても似ているダムが思い当たらない(立入禁止場所から許可を得て撮影)
同じく一目惚れして青春18切符とヒッチハイクで観に行った知り合いがいる(立入禁止場所から許可を得て撮影)
同じく一目惚れして青春18切符とヒッチハイクで観に行った知り合いがいる(立入禁止場所から許可を得て撮影)
というわけで、ここまで読んでくれた方はもう岩手に行きたくてどうしようもなくなっていると思うので、ぜひ気をつけて行って来てください。

ありがとうと叫んでしまいそう

石渕ダムは業務終了したあと、水門を撤去したり管理事務所を解体するらしい。なんだか寂しいけど、役目を終える最後の日、そして胆沢ダムの水が貯まって水没してしまう直前まで、あと何回か行って見届けたいと思っている。

先日テレビで、古い電車が引退するのをホームで見送っていた鉄道ファンの人たちが、口々に「ありがとう!」と叫んでいるのを見てびっくりしたのだけど、改めて考えてみたら、僕も水没するダムを目の当たりにしたら叫ばずにいられる自信がない、と思った。
撤去した水門の1つくらい胆沢ダムで保存してくれないかな
撤去した水門の1つくらい胆沢ダムで保存してくれないかな

京都にもダムのイベントを観に行くべき

きたる6月3日、京都でダムイベントを行なうことになりました。場所はなんと京都駅!

しかもお昼から夜までのロングランイベントで、出演者は日本のダム好きや専門家だけでなく、なんと海外のダム専門家も登場します!

場所も出演者もすごいイベントですが、入場無料、出入り自由なので、関西圏のダム好きの方はぜひ遊びに来てください!詳しくは下の画像をクリックしてください(リンク先pdf)。
世界のダム技術者との共演にものすごく緊張しています
世界のダム技術者との共演にものすごく緊張しています
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