特集 2012年6月3日

シャチのキス争奪戦・野生フラミンゴの捕獲

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シャチが好きだ。凶暴なイメージのシャチ。海洋生物最強と呼ばれるシャチ。アザラシをボール代わりに投げて遊ぶシャチ。「海のハンター」の異名を持つシャチ。
でもそんな恐ろしいシャチとキスができるらしい。なんてツンデレなんだろう。普段あんなにクールなシャチと、甘いキスができる。僕は早速シャチのキスを受けるべく、千葉県は鴨川市にある鴨川シーワールドへと急いだ。
81年横浜生まれ。WEBディレクターを経て編集、ライター、構成作家をしています。モノヅクリユニット「mochrom」、コンテンツメーカー「ノオト」所属。Twitterではいろんなbotの中の人。かわいいハリネズミを飼っています。

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東京から車で2時間半。僕はシャチのキスの為に深夜の高速道路を走った

シャチのキスは、毎日行われる人数限定の人気イベントで、事前の「シャチキスチケット」を手に入れないとキスがしてもらえない。そんな情報を手に入れた僕は、なんとしてでもシャチのキスを受けるべく、前日の深夜に鴨川へ移動し、午前3時に鴨川シーワールドに着いた。
鴨川シーワールドに近いホテルにて、明日の作戦を練ることに。
インターネットにはシャチのキスに関する情報がたんまり載っていた
インターネットにはシャチのキスに関する情報がたんまり載っていた
ネットで知ったシャチのキス情報は以下の通りだ。
・キスを受けられるのは1日15人×3公演、45人である
・キスを受けるには園内のチケット売り場でチケットを買うこと
・シーワールド開園は朝9時だが、朝6時から並ぶ猛者もいる
・事前予約はできない
・シャチはキスはできるが触ってはいけない
・キスというよりは舌で押されるかんじ(経験者談)
ふふふ…前日入りしている僕に敵なし、か…
ふふふ…前日入りしている僕に敵なし、か…
「シャチのキスを受けるために朝6時から並ぶ人もいる」なんて情報に驚きはしたものの、なんせ僕は午前4時の時点ですでに鴨川シーワールド半径500m圏内にいるのだ。敵なしである。
AM4:30運転による疲れと明日の決戦を前に、仮眠をすることに
AM4:30
運転による疲れと明日の決戦を前に、仮眠をすることに
AM10:00
AM10:00

寝坊した。

信じられなかった。朝9時開園の鴨川シーワールド。目が覚めたら朝10時だった。起こしてくれなかった同行のカメラマンに「どうして起こしてくれなかったの!」と責めたら「取材にトラブルはつきもの」と笑っていた。冗談じゃない!
急いで鴨川シーワールドに電話
急いで鴨川シーワールドに電話
鴨川シーワールドに、チケットの残りはあるのか電話で聞いたところ「まだあるにはありますが、お客様が到着された時にあるかどうかは保証できません」とのこと。
こんなにもシャチ愛を試す言葉があるだろうか。「宝くじは買わなきゃ絶対に当たらない」に似ている。シーワールドに行かない限り、キスはないのだ。

急いで鴨川シーワールドへ

走る親子もキスを狙っているんだろうか、負けられない
走る親子もキスを狙っているんだろうか、負けられない
キス…! シャチのキス…!
キス…! シャチのキス…!
シャチの…
シャチの…
キス…
キス…
…
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シャチとキスができない、という現実

なんということだろう。東京から2時間半かけてやってきた僕は「寝坊」という至極シンプルでなんのひねりもないミスにより、シャチキスの権利を失ったのだ。
まず頭に浮かんだのがDPZのWebマスター林さんの顔だ。僕が企画会議の際にシャチキスの話をしたところ、林さんは笑顔で「いいね!」と言ってくれたのだ。それがどうだろう。キスの感想はおろか、キスさえできない。
女の子とのはじめてのデートを前に「緊張するなよ、楽しんで来いよ」と優しく諭してくれた先輩に「えへへ、寝坊してデートできませんでした」なんて誰が言える?
園内で一番楽しんでいない客
園内で一番楽しんでいない客
絶望、絶望だった。
園内にはそんな僕をよそに、浮かれ気味のシャチたちが溢れかえる。
自販機にもシャチのキス
自販機にもシャチのキス
シャチ(幸)多かれ茶。笑えない
シャチ(幸)多かれ茶。笑えない
まったく楽しくない
まったく楽しくない
まったく楽しくないのだ
まったく楽しくないのだ

とりあえずシャチショーを観る

いつまでも嘆いていても始まらないので、とりあえずシャチショーを観ることにした。キスをする権利は逃したものの、生のシャチを見ることはこんな社会不適合者の僕でも許されているのだ。ならば見させて頂く。ありがたく、その権利を使わせて頂こう。
やっぱシャチすごい。でかい。かっこいい
やっぱシャチすごい。でかい。かっこいい
キスしたかったな…
キスしたかったな…
興奮しっぱなしの素晴らしいシャチショーのあと、ついにシャチキスタイムである。寝坊をせず、その権利を手に入れた15名が呼ばれる。
キスの権利を獲得した社会適合者のみなさん
キスの権利を獲得した社会適合者のみなさん
それを見届ける社会不適合者の僕
それを見届ける社会不適合者の僕
正直、見たくなかった。憧れのシャチが、僕以外の人にキスをするなんて、そんなの見たくなかった。でも見なくてはならなかった。明日の自分のために、僕は見届けなければいけなかった。
かわいらしい女の子にキスをするシャチ
かわいらしい女の子にキスをするシャチ
見守る30歳
見守る30歳
坊やにキスするシャチ
坊やにキスするシャチ
シャチ…
シャチ…

シャチはもういい

もういい、シャチはもういい
もういい、シャチはもういい
こんなこともあろうかと、僕はこの千葉を題材にした企画をもう一本持ってきていたのだ。ふははは、シャチのキスがなんだ。シャチのキスなんていつだって寝坊さえしなければ受けられるじゃないか。もっとこう、用意されたものではない「野生」のネタを追うべきじゃないか。そうだ、僕はいつだってワイルドであるべきなんだ。

行川アイランド跡地へ向かう

鴨川シーワールドから車で15分、行川という地域がある。ここ行川にはかつて「行川アイランド」というテーマパークがあった。「行川アイランド」は熱帯の動物を見ることが出来るテーマパークで、中でもフラミンゴショーが目玉であった。

しかし経営不振により2001年に閉園。今ではテーマパークまるごと廃墟と化しており、手付かずのまま10年以上の時が過ぎた。
ひっそり佇む無人駅、行川アイランド駅
ひっそり佇む無人駅、行川アイランド駅

野生のフラミンゴがいるらしい

その行川アイランド跡地に、なんと野生化したフラミンゴがいるという情報をネットで見かけた。80年代に鹿の「キョン」が野生化し、山の生態系を狂わせ問題となったことがあったようだが、まさかフラミンゴも同じ状況にあるのか。廃墟と化した山の中で、ピンク色のフラミンゴが闊歩している。なんて素敵な光景だろう。見たい。野生のフラミンゴ捕まえたい。
かつては人がにぎわっていたであろう行川アイランド入口
かつては人がにぎわっていたであろう行川アイランド入口
南国っぽい雰囲気は10年経っても健在
南国っぽい雰囲気は10年経っても健在
ところどころ崩れている
ところどころ崩れている
廃墟はいつだって悲しい
廃墟はいつだって悲しい
放置されたアイランドの残骸が時間の経過を知らせてくれる
放置されたアイランドの残骸が時間の経過を知らせてくれる
行川アイランドは山をお椀型にくりぬいたような形状になっており、テーマパーク中心に向かうには山を抜けるトンネルをくぐらなければいけない。
このトンネルを抜けるとそこは楽園
このトンネルを抜けるとそこは楽園
しかし現在ではこのトンネルは立ち入り禁止となっており、残念ながら先には進めない。不法侵入となるため、アイランドに立ち入るのは諦めるしかない。
トンネルの向こうに緑が見える。フラミンゴはいるのか
トンネルの向こうに緑が見える。フラミンゴはいるのか
このトンネルの前にいると、しんと静まり返った空間の中で、時折「キキキキ」といった南国風の鳴き声が聞こえる。果たしてそれがフラミンゴなのかはわからない。しかし南国風ではある。南国風の定義はわからない。僕の直感がそう言っている。この先に南国がある、と。

近辺を捜索、聞き込み調査

行川アイランドへの侵入は諦め、付近の捜索をすることに。なんせフラミンゴは鳥だ。その気になればこの山なんて飛び越え、すでに行川全域を活動域にしている可能性はある。行川の町とフラミンゴが共存しているとしたら、それもまた大スクープだ。
商店街のアーチにもフラミンゴ
商店街のアーチにもフラミンゴ
こういう時は地元の人に聞いたほうが早い。僕は早速タクシーの運転手に、野生のフラミンゴはいるのか聞いてみた。すると運転手は「そんな話聞いたことがない」と笑った。

次に小さな商店の店主に聞いてみる。店主より先に、店にいた客のおばあさんが僕に言う。「フラミンゴなんていないよ、そんなもの、いるわけないでしょう」僕は叱られてしまった。「あの山はね、もうただの山よ。今でこそ漁に出る漁師がたまに使うくらいで、ずっと閉じたままよ。フラミンゴもいないし、なにもないの」おばあさんはとても怒っていて、僕は何やらデリケートな部分に触れてしまった気がした。

「なにもない」その言葉がハンドルを握る僕を戸惑わせた。これじゃ記事にならない。
たまに、いる
たまに、いる
その後も、漁師など数人に質問をしたが、皆同じ答えだった。「フラミンゴなんていない、そんな話聞いたことがない」彼らは皆笑いながらそう答えた。

野生のフラミンゴは、いない

インターネットでは確かに「野生のフラミンゴがいる」と書いてあった。しかし実際には野生のフラミンゴなどいなかった。フラミンゴはおろか「なにもない」とまで言われてしまったのだ。なんてことだろう。
もう、いない
もう、いない

この旅はなんだったのか

シャチのキスを寝坊により失い、野生のフラミンゴすら見つけることができなかった。道中、この取材に意味を持たせることに必死になる僕がいた。すべての事象に美しがり、肯定しなければ、バラバラと崩れてしまいそうだった。
旅の途中で出会った老人の「なにもない」という言葉が頭を巡る。千葉には「なにもない」のか「なにもない、というもの」があるのか。もし後者だとするならば、僕は「なにもない」を知りに来たことになる。
なんだか禅問答のような話だ。そして無様な悪あがきであることは、僕が一番わかっているのでそっとしておいてください。
(撮影:ヒキマサヨコ)
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