特集 2012年6月22日

老人とパスワード

パスワードを相手に雄々しく闘う老人の姿を通してインターネットの厳粛さと人間の勇気を謳う。
パスワードを相手に雄々しく闘う老人の姿を通してインターネットの厳粛さと人間の勇気を謳う。
実家に住む親父(80)から、
「パスワードを入れる画面で、ぐにゃぐにゃの字が出てきて、どうすればいいかわからない。」
と電話がかかってきた。

いわゆる「画像認証」というやつだ。
画像を見て書いてある文字を入力すればいいのだが、酷く読みづらいことで有名で、時々
「いくらなんでもこれは読めないだろ!」
と話題になっているほど。なので、親父が読めないのも無理はないが、だからといってスルーさせてはくれないのがインターネットの厳しいところ。

考えてみるとコンピュータの世界は年寄りにやさしいところがほとんどない。昭和一桁生まれ、80歳の親父がいかにしてその荒波に立ち向かっていったかを見ながら、問題点がどこにがあるのか見直してみたい。
長崎より九州のローカルネタを中心にリポートしてます。1971年生まれ。茨城県つくば市出身。2001年より長崎在住。ベルマークを捨てると罵声を浴びせられるという大変厳しい家庭環境で暮らしています。

前の記事:佐世保の要塞遺構めぐり

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電話でどうやってサポートするんだ?

うちの親父は昭和7年生まれの80歳。
パソコンはそれなりに使いこなしており、デジカメで撮った写真を取り込んだり、年賀状を印刷したりといろいろやっている。同じ年代層の中ではけっこう進んでいる方ではないかと思う。
ステテコ文化の伝承者でもある。(参考記事</a>)
ステテコ文化の伝承者でもある。(参考記事
が、それはもちろん少しずつ慣れていったからで、最初の頃はいろいろ大変だった。
「CDを取り出すのはこれか?」
と言って電源ボタンを押そうとした時には戦慄が走った。

メールはしばらくOutlookExpressを使っていたが、ノートPCに買い換えたのを機にGmailに移行した。移行した直後こそ操作性の違い(特にアドレス帳まわり)に戸惑いちょこちょこ質問の電話がかかってきたものの、しばらくすると慣れたようで何も言ってこなくなった。たまにメールも来た。

そこに突然、冒頭の電話がかかってきた。
「パスワードを入れる画面で、ぐにゃぐにゃの字が出てきて、どうすればいいかわからない。」
と言う。
こういうやつ。
こういうやつ。
それは「画像認証」と言って、画面に表示されてる文字を入力すればいい、という旨説明すると、
「やったけどダメなんだよ。入力しても次から次に出てくるから3時間くらいやってみたけど結局ダメだった。」

いやいや違うから!そうじゃないから!謎解きゲームじゃないから!そんな何百回も繰り返さないと次に進めなかったらシステムとして変でしょ?

要するに親父は画像認証のぐにゃぐにゃの文字が読めず、ひたすら間違った文字を繰り返し入力し続けていたのだ。それも、薪割りの如く根気強く延々3時間…!(もしくはスライムをちまちま斬る伝説の勇者のように)
2つ単語が表示される場合もある。最初このパターンに引っかかってるかと思って何度も「右と左に分かれて2個表示してない?」と確認した。何しろ電話だと親父がどんな画面を見てるかがわからない。
2つ単語が表示される場合もある。最初このパターンに引っかかってるかと思って何度も「右と左に分かれて2個表示してない?」と確認した。何しろ電話だと親父がどんな画面を見てるかがわからない。
これなんか私が見たってわからない。CgV?2gy?右下の音声マークを押すと画像の代わりに音声が流れるが、さらに不可解な気が狂いそうな音が流れ混迷を極める。
これなんか私が見たってわからない。CgV?2gy?右下の音声マークを押すと画像の代わりに音声が流れるが、さらに不可解な気が狂いそうな音が流れ混迷を極める。

FAX作戦

そこでまず最初に試みたのは、画面をプリントアウトしてFAXで送ってもらい、それを私が読んで電話で伝える作戦。

本当は画面をスクリーンキャプチャしてメールで送れたらいいのだが、今回はそのメールを使うためのログインができない状態なのでFAXだ。

が…
5度目くらいのトライの後、こんなFAXが届いた。
5度目くらいのトライの後、こんなFAXが届いた。
何度もFAXではない普通の電話がかかってきて、5度目くらいにようやく届いたのは上記のような失敗FAX。

聞けばなんと、買ってから一度もFAXを使ったことがなかったと言うのだ!買ったのいつだ?(何年前まで遡るかわからない話が平然と飛び出した)
ついに届いた!
ついに届いた!
その後、粘り強くリトライしてもらい(一般的な80歳ならこの時点でもうブチ切れてるかもしれないが、うちの親父はこのへん妙に根気強い)、ようやく届いたのが上記の画像だ。FAXなので画像が粗いのはしかたがない。

sumauccele
だろうか…?
cなのかoなのかやや確信を持てない箇所があるが、とりあえずそれで試してもらおうと電話すると…

「どれどれ、じゃパソコン立ち上げるから。」
え?!FAXしてる間にパソコン閉じちゃったの??

そう。画像認証は毎回違う画像が表示されるので、閉じてしまったらダメなのだ。

というわけで、もう1回送ってもらって再挑戦。
もう一度送ってもらった。
もう一度送ってもらった。
今度はパソコンを閉じずに入力までこぎ着けたが、結果はNG。上の画像、rayscebc ではないかと思うのだが、違うだろうか?(rとcがやや自信ない)

むろん親父が間違えずに入力したという確証もない。
インターネットの世界は年寄りにも容赦ない。
インターネットの世界は年寄りにも容赦ない。
親父はまた、「新しくアカウントを作る」というやらなくていい作業もなぜかしていた。画面の指示にしたがっているうちに気づいたらそうなっていたと言う。(おそらく「ログインできな場合はこちら」などの説明を読んで話をこじらせてしまったんだろう)

「これまでのメールが出てこないんだよ。」
とか言うので、
「新しくアカウント作っちゃったら、それは別人としてログインするということだから!」
という説明を3回くらいしたが、過去2度ほどそういうことがあったので、本当に理解してもらえてるかどうかはわからない。

独自入力フォーム作戦

FAX作戦はどうも手間がかかりすぎるので諦めた。そもそもメールが使えないのでFAXにしたわけだが、ネットで画像を送る方法はメールだけではないことを思い出した。

そこで次に試みたのは、画面をスクリーンキャプチャしたものをWordか何かに貼り付けて保存し、それを私の個人ホームページに設けた投稿フォームからアップロードしてもらうという方法。(要するに、ブログや掲示板に画像をアップするのと似たような感じ)

一応私はエンジニアの端くれなので、このためにそういった投稿フォームを用意するのは朝飯前だ。親切にファイルをドラッグ&ドロップでアップロードできるようにも作った。

のだが…

結果: FAXを送るよりもっと難しかった。

画像をスクリーンキャプチャしてWordに貼り付けるまではできた。保存もできた。しかし、保存したファイルがどこにあるか探しきれなかった。(!!)
こんな感じだろうか?(想像図:マイドキュメントの中身)
こんな感じだろうか?(想像図:マイドキュメントの中身)
どうやら保存先であるマイドキュメントに無数のファイルがあるようで、はっきりと「探せない」と言われた。

他にもドラッグ&ドロップについての説明や、ウィンドウサイズを変える方法についての説明など、多くの労力を要し、予想以上にこの方法は困難を極めた。(後から思えばクリップボードをそのまま貼れる仕組みを用意すればよかったのか…。)

携帯メール作戦

さて、次なる作戦は、
カメラ付き携帯で写真を撮る作戦だ。

なぜそれをもっと早くやらなかったかって?
親父は携帯を持ってないからだ。
おふくろが帰ってくるのを待って撮ってもらった。

「こんなのしか撮れません。」
というコメントと共に送られてきたのが以下の画像。
ぼけぼけ
ぼけぼけ
どうやらマクロモードへの切り替え方法がわからなかったようだ。ピントが合ってなくボケボケだが、まぁ読めないことはない。

semploper だろうか…?
loなのかbなのかがハッキリしないが、
それで入力してもらう。⇒ 結果は×

もう一度チャレンジ。。
画像以外にも気になる箇所が…
画像以外にも気になる箇所が…
これは nothesses だろう。
電話して入力してもらう。⇒ 結果はまたもや×…

どうも引っかかっているのが画像認証の部分ではないような気がしてきた。というのも、写真の上の方に●がいっぱい並んでいるが、その数が多すぎるのだ。●はパスワードの文字を隠したものである。

親父のパスワードは8文字。
なので、●も8個でなければならないはずだが、あきらかに●の数が多い…。

「全部消してから入れてる?」
「全角文字になってない?」
など確認してから入れ直してもらったが、それでもダメ…。でも絶対この部分は怪しいよなぁ。。

結局この日は解決せず、「また今度」ということになった。

遠隔サポートについて

(この部分は少々ややこしいので気になる方以外は飛ばして読んでください)

コンピュータに詳しい方なら、

リモートデスクトップなどは使えないのか?」

と思われるかたもいるかと思う。

それに対する回答は、「使えません」だ。

リモートデスクトップ等、相手のPCの画面を遠隔地から見て操作できる系のツールは、まさに今回のようなトラブルにうってつけだが、一方、重大なセキュリティホールがみつかった場合に大事になる恐れもある(ほら、過去にそういう事例が幾つかあったでしょう)。ので、実家PCのようなしばらく触ることができないマシンに入れっぱなしにしておくのはどうかと思い、あえてサービスを落としていた。(電話で指示して使えるようにするのも難しいだろう)

また、何人かのかたから「TeamViewer」というソフトをおすすめされた。これは同じような遠隔サポート用のソフトだが、ダウンロードして実行するだけで利用可能とのこと。インターフェースも使いやすそうだ。が、自分で名前をつけて保存したファイルさえ行方不明になってしまう親父のことなので、果たして実行まで辿り着けるかどうかは疑問。。

ネット業界は大量の老人をテスターとして雇うべき

見渡してみればウェブのトレンドは老人的見地からどんどんかけ離れていってる気がする。「ログアウト」と大きくハッキリ書かず、何かのマークをクリックしないと出てこないとか、読みやすさよりもおしゃれさを優先して虫眼鏡が無いと見えないくらい字が小さいとか(フェイスブックの字の小さいこと!)。インターネットが電気・ガス・水道のような社会のインフラになるためには、まだまだ課題は多いと改めて気づかされる次第だった。

* * *

で、結局どうやって解決したかというと、
翌日、唐突に親父からメールが届いた。無事ログオンできたようだ。電話してみると、やはり前日と同様パスワードとぐにゃぐにゃの文字が出てきたそうだが、入れたら普通にログインできたそうだ。

メールには
「どうしたんだろうね」
と書いてある。

わからない。
わからないが、まぁできたんだからそれでいいや。
寝て起きたら直ってた、というのはコンピュータの世界ではよくあることだし。
寝て起きたら直ってた、というのはコンピュータの世界ではよくあることだし。
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