特集 2012年7月2日

高松・なぞの古本屋さん

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香川県・高松に行く、と行ったら、友人が「面白いお店を紹介してあげるよ」と言った。
「変わった古本屋さんなんだけど…。説明しにくいから、あとは直に行って、話をきくといいよ」と。
変わった古本屋さんて、いったいなんなんだ。全然頭にイメージがわかないまま、お店に行ったのだが…。
まず、お店の入り口が、シソで覆われていた。シソをかきわけ、シソの匂いをかいで、店の中に入る。
埼玉生まれ。電子書籍『初恋と座間のヒマワリ』(リイド社刊)発売中。最近、ほぼ毎日ブログを更新していますので、良かったら読んでください。

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入り口にシソがはえていた
入り口にシソがはえていた
きゅうな階段をのぼると…。
きゅうな階段をのぼると…。
二階には、古本がいっぱい。
二階には、古本がいっぱい。
――……入り口のシソ、なぜ抜かないんですか?
店主・藤井さん「あ、あんな生えると思ってなかったんですよ。あれね、日々ね、日々、すごい勢いで成長してるんですよ。あんなに成長すると思ってなかったんで、こうなったら、あのまま入り口を覆い尽くして、入りにくくなったほうが面白いかなーって…。」
――まず、ええと、あのう、ここって……どういった古本屋さんなんでしょうか。
「完全予約制の古本屋ですよ。」
――完全予約制……予約した時だけ開けるんですね、なるほど。お店の名前も変わってますよね。『なタ書』というのは、何が由来なんですか?
「はい、いま結婚してるんですけどね、前の彼女がナタリーといいまして…。」
――外国の方…ですか?
「日本人ですね。いまはアメリカにいるはずなんですけど。最初は『ナタリー』って店名にしようと思ってたんですけど、今の嫁から、若干修正入れろと言われて…。」
――……はい。
「妥協して…。『書』っていう文字を入れたら、本屋さんっぽいじゃないですか」
――このお店って、どうやって宣伝してるんですか。お店のサイトもないですし。
「本当はサイトとか立ち上げたいんですけどね…なかなか…出来ないんですよね。」
――…なかなか、ですか。
「秋くらいには作りたいんですけどね。僕、夏はかき氷屋さんをやろうと思っているんで…。直島で。」
――直島(世界的美術館があって、観光地として有名な島)で、かき氷屋さん、ですか…? えええ?
「はい、直島のカフェで。今年の夏はかき氷メインで過ごそうと…思っています。」
――え、そうすると、この夏休みに、このお店に来ようとしても、いらっしゃらないんですね。
「当然それは…予定合わせたりはしますけど。でも僕の携帯、ウィルコムなんですね…。直島とか、完全に圏外なんですよ。」
――つながらないんですね。この今頂いたチラシのメアドも、ウィルコムですね。…メアドだけでも、PCのメアドとかに変えられたらいいのではないでしょうか。
「そうですね、そうしようかな…。」
――…あのう、完全予約制の古書店って、何故始めようと思ったんですか?
「ま、現実問題、ここが常時空いてても、そんなお客さん来ないですから…。
ネットで地道にウェブ店舗作ったほうが、儲かるんですが、そんな、ネットで誰か知らない人に、本を送るのも嫌ですし…。そういうことをするのもめんどくさいので、予約制にしてますね。」
――このお店のチラシって、どこに置いてあるんですか?
「これね…カバンには入れてますんで、会った人に渡すことはありますよ。」
――東京のどこどこのお店に置いてある、っていうのは無いんですか?
「お店に来たお客さんに、どっかに置いてください、って渡すことはありますよ。10部くらいとか。
あ、最初ね、お客さんに広めるために、やったことがあるんですよ。
この紙見本、5枚ひいてもらって、それを『なタ書 ご招待券』にして、例えば大塚さんの知り合いが『ご招待券』で3人来てくれたら、大塚さんに連絡して、『文庫本無料で差し上げます』とか…そういうネズミ講的な方法を考えたりはしたんですけど。」
――ネズミ講的な方法、ですか。
「そういうのをやってたんですけど、誰も『ご招待券』で来なかったので…やめちゃいましたねえ。」
ネズミ講的な招待券(だったもの)
ネズミ講的な招待券(だったもの)
――記事にする時に、連絡先載せちゃって大丈夫ですか?
「大丈夫ですよ」

ということで載せます。
『なタ書』
070-5013-7020
[email protected]

「実際はドコモのスマートフォンも持ってるんですけどね。…そんなしょっちゅうかかってくるの、嫌じゃないですか。
瀬戸内の島に行く機会が多いので、つながらないと困るから、ドコモは必要なんですよね。でもドコモはツイッターに使うだけなんで、電話としては使ってないんですけどね。」
――じゃあ、つながるご縁のある方とは会える、ということでしょうか…。
「たまにね、『なタ書に来たいんですが』って留守電に入れてくる人がいるんですけど、ウィルコムが圏外だと、着信の履歴が残らないんですよ。コールバック出来ないんです。不便で…。『あの人、留守電に入れたのに連絡もしてこなかった』と思うじゃないですか。」」
――そ、そうですね…。でも、ウィルコムくらいの繋がり方が、このお店のノリに合ってる、ということなのでしょうか
「いや、たんに学生時代にPHSで使ってただけですね。電話番号変えちゃうと、昔の知り合いとか、ひょっとしたらかかってくるかもしれないじゃないですか…。別にウィルコム好きなわけじゃないです。」
――……あのう、ここは何年前に開店したんですか。
「僕は6年前に高松に住みはじめたんですけど、その1年後だから、5年前かな。」
――最近、東京では、作家さんなどが運営する、プライベートな、セレクト古書店が同時多発的に立ち上がってるんですが、そういう店の先がけっぽいですね、『なタ書』は。
「それとは別に、COW BOOKSさんやUtrechtさんなど、お洒落な古書店ブームが東京にあるじゃないですか。そういうブームは地方にも来てたんですが、四国にはなかったんですよ。それで始めたんです。
別に古本屋がやりたかったわけじゃないんです。古着でもCDでも良かったんです。6年前、高松には古着屋もレコード屋もそれなりにあったので、古書が空いてるなと思ったんですよね…。消去法で決めた感じですね。」
――消去法、ですか…。
お客様って、月に何人くらいいらっしゃるんですか。
「これがねえ…こっちにも全然読めなくて。(顧客名簿をめくりながら)今月は11人ですね(取材時、6月16日)。」
――それは多いほうですか、少ないほうですか?
「ま、こんなもんじゃないんですか。」
――みなさん、どのくらいの時間、滞在していかれるんですか。
「結構長いですよ。たまに半日くらいいる人がいて、そういう時は電気の消し方だけ教えて帰りますね…。」
――えー!
「だって退屈じゃないですか、人が本読むの、じっと待ってるのなんて…。」
――そういう時は、いつ買えばいいんですか。
「また電話してもらって、ここに戻って来て、買ってもらいます。
ここ、結構、四国以外の人が来ることが多いんですよ。そういう時はたいてい、晩ご飯までつきあいますね。夜に予定がない人が多いから。」
――今晩は予定があるので飲みに行けませんが…すごい楽しそうですね、地元の人とゴハンっていうのは。
香川はうどんとか、美味しいですしね。
「僕、うどんとか全然興味ないんですよ。」
――え、そ、そうなんですか? 「うどんに対するパッションがないですね。生まれが大阪で、高松、横浜、東京と住んでたんで…。むしろ今、僕は、東京のラ―メンが食べたいですね。」
――ラーメンですか…。
「高円寺のラーメン屋さんとか恋しいですね。高円寺、友だちが住んでたのでよく行ってたんですけどね…。高円寺の欠点は、ドトールがないところだけですよ。」
――ド、ドトール…?
「僕はドトールにはうるさいですよ。いまのところ東京で最高のドトールは相模大野のドトール。あそこは秀逸です。全席にコンセントがあって、席のバランスとか、接客とか…。
僕、横浜の山下公園の近くのカフェで、雇われ店長をしてたことがあるんですけど、そのすぐ先が大桟橋なんですね。もともとドトールの創業者って、そこから船に乗って、単身で南米に行って、ドトールをはじめたらしいんです。なんとなくそれが頭にあって…。
スタバは僕、タバコ吸うんで駄目なんです。強いて言うならベローチェかな。」
――ベローチェ…ですか。
「どうでもいい話ですね。」
――いえいえ。
なんだかとっても、不思議な空間。
なんだかとっても、不思議な空間。
面白そうな本が、そこらじゅうに。
面白そうな本が、そこらじゅうに。
――あのう、ご本はお好きなんですよね? お好きじゃないと古本屋さんをやれないですよね…?
「出版物って世の中に山ほどあるわけじゃないですか。そんなの全部勉強するなんて無理ですよね。大雑把に、最低限の流れさえ分かっていれば、なんとか把握出来るかな、という感じですよ。」
――音楽とかもそうですね。世界中の音楽を聴けるわけじゃないですし。では、諦めてからの出発ですね
「いや、そんな諦めてはいないですけど。諦めたらそこで試合終了ですよ!」
――どういうセレクションで置いてるんですか。
「売れる本というのは……現実問題で言うと、絵が多い本とか、写真が多い本とか、そういうのが売れるんですよね。例えば『東ヨーロッパの絵本』とか。
買い付けに行く時はね、6割はそういう本を買います。2割は古書としていいもの、どこの古本屋さんでも値段が下がらないもの、良書、と呼ばれているものですよね。良書を2割買うのは何でかというと、こういう古本屋って、それなりに詳しい人がたまに来るんですよ。そういう時にガッカリされないように、『この本探してたんだよ』『この本、どこに行って探しても無いんだよ』っていうのを…2割、あとの2割は完全に僕の趣味です。
……古本って骨董にもなるんですよね。僕は古本屋の息子でもないから、高価な本ばかり集められないですよ。たんに資金が足りない、っていうのもあります。」
良書の一例、稲垣足穂の書簡。装丁超凝ってる!「この本はどこの古本屋でも5万円くらいするんですかねえ? 知ってます?…うちではもうちょっと安く売っていますけど」(藤井さん談)
良書の一例、稲垣足穂の書簡。装丁超凝ってる!「この本はどこの古本屋でも5万円くらいするんですかねえ? 知ってます?…うちではもうちょっと安く売っていますけど」(藤井さん談)
――本のディスプレイ方法が面白いですね、部屋中にあって。
「もともとはここ、連れ込み旅館なんですよ。昔はボロボロで…。」
――え、全然そうは見えないですね。
「友達に頼んで床を二重にしたり、最低限のリフォームはしましたけど、『こんな店がいい』とか考えず、自然に集まった什器で作ったら、こうなった、っていう感じですね。
あと家賃1万円なんですよここ、それがここを借りた理由として大きいですねー…。」
――そんな理由ですか!?
「なぜか最初からあった」という什器。これは保冷ケースで、最初の頃はこれにドリンクを入れて出していたんだとか。でも「お客さんが読めないので、在庫管理が面倒になって」やめたそう。
「なぜか最初からあった」という什器。これは保冷ケースで、最初の頃はこれにドリンクを入れて出していたんだとか。でも「お客さんが読めないので、在庫管理が面倒になって」やめたそう。

「とにかく、『なんか来てみようかな』っていうのが一番多いですよ。いまはネットで何でも買えるでしょ。でも来るっていうのは、なんとなくなんじゃないですか。」と、藤井さんは言った。
とにかく印象的な店だった……。貴方も高松に行く時は、シソをかきわけて、不思議な古本の部屋を訪れてみては……如何? クラクラしちゃいますよ……?
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