ひらめきの月曜日 2012年9月10日
 

初めて一人暮らしした家に行ってみる

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実は、別の記事を作るために、まる一日、取材に出向いていた。
ものすごく安いという噂のスーパーに行ったのだけれど、ごく普通に「ああ、このパスタ、うちの近所の激安店より10円安いわー」という程度で、とくに面白くなかった。
埼玉生まれ。電子書籍『初恋と座間のヒマワリ』(リイド社刊)発売中。最近、ほぼ毎日ブログを更新していますので、良かったら読んでください。
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確かにすごく安いんだけど。
確かにすごく安いんだけど。
ものすごく華美で笑えるという噂の中華料理店にも行ったのだけれど、ただ、だだっぴろい本格中華店で、エビチリとピータン豆腐と豆苗炒めが、ごく普通に美味しかった。
マイルドで食べやすいお味。値段も安め。
マイルドで食べやすいお味。値段も安め。
……というわけで企画変更。以前から行ってみたかったところに、行くことにした。

それは、私が初めて東京暮らしをしたアパート。

皆、意外と行かないんじゃないだろうか、前住んでいたところって。
私も一度も行ったことがなかった。

1996年。私は埼玉のはずれに住んでいて、東京の出版社に就職して、若者向けカルチャー雑誌の編集者をしていた。通勤時間は片道2時間、往復4時間。父が病気で実家が大変だったので、雰囲気的に出ていけなかった。仕事は忙しく、毎日終電まで作業をする、徹夜もしばしば。帰るのが面倒で、サウナに泊まることも多かった。サウナに入ると、身体の疲労のせいか、心臓が信じられないほどバクバクした。サウナに行くのも面倒で、会社で、ダンボールをひいて、梱包のプチプチにくるまりながら、寝たこともあった。意外と快適だった。
そのうち父が亡くなり、実家にいる必要がなくなった。数ヶ月後、仕事の用事で来た高円寺で、たまたま時間が空いた。何も考えずに不動産屋に入る。間取りを幾つか見て、「見た中で、いちばん安い」という理由だけで、とある物件を内覧した。夕刻の薄暗い時間で、部屋も暗かった。とにかく狭い。でも、トイレもバスもちゃんとあって、一応清潔だった。とりあえずぐるっと見渡して、
「ここ借ります」
と言ったら、不動産屋さんも、ちょっとビックリしていた。
人生初の、一件目の内覧で、即決。そのまま仮契約して、逃げるように実家を出た。家族はパニックになって、母は一週間寝込んだ。
環七ぞいの道を、横にはいっていくんです。
環七ぞいの道を、横にはいっていくんです。
確か、この道だったような…。
確か、この道だったような…。
うわ、この酒屋は見覚えがある。お酒のオマケのコップを、100円で売っている酒屋だ。中に入ってみたら、今もオマケのコップを売っていた。
うわ、この酒屋は見覚えがある。お酒のオマケのコップを、100円で売っている酒屋だ。中に入ってみたら、今もオマケのコップを売っていた。
このお風呂屋さんにも、時々来てた。ゆっくりお湯につかっていたら、急にキュルルルーと目眩がして、立ち上がれなくなったことがあった。「あっ、これがいわゆる、湯当たりってやつなのか!」と知った。初体験だった。30分くらい、のびてたらなおった。
このお風呂屋さんにも、時々来てた。ゆっくりお湯につかっていたら、急にキュルルルーと目眩がして、立ち上がれなくなったことがあった。「あっ、これがいわゆる、湯当たりってやつなのか!」と知った。初体験だった。30分くらい、のびてたらなおった。
借りた家は、中野区野方の、わかりにくい場所にあり、JRからも西武新宿線からも遠く、徒歩15分以上で、日当りはほぼゼロで、昼間でも薄暗かった。でも会社から寝に帰るだけだったので、不便だとは思わなかった。
仕事場は近くなったけれど、仕事は増える一方で、若くてバカだったので、器用にこなすことが出来なかった。過労とストレスで、神経症になった。両手は手湿疹でむくれあがった。仕事するのにも眠るのにも薬が必要になった。2001年には、心身ともに本格的に壊れてしまい、目の前に「終・了」という文字が浮かんだので、社長の席の前まで行って、突然「辞めます」と直訴した。それはすぐに受理された。

30歳前後で壊れる、社会人の、よくあるエピソードだ。珍しくもない話。
この公園にもよく来た。ぼーっと本を読んだりしていたんだけど…、いつも、誰もいない公園だった。なんで誰もいなかったんだろう。
この公園にもよく来た。ぼーっと本を読んだりしていたんだけど…、いつも、誰もいない公園だった。なんで誰もいなかったんだろう。
このお弁当屋さんも愛用した。いつも、いちばん安いノリ弁。ノリ弁以外を選ぶのが面倒くさかったとも言える、同じものばかり食べたほうが安心した。やすくても、アツアツだと美味しかった。
このお弁当屋さんも愛用した。いつも、いちばん安いノリ弁。ノリ弁以外を選ぶのが面倒くさかったとも言える、同じものばかり食べたほうが安心した。やすくても、アツアツだと美味しかった。
しかし、私のアパート、まったく見つからない。野方は迷路のようで、一度角を曲がるど、どこが東だか西だか分からなくなる。1時間半さまよった。こんなにも覚えてないとは、バカバカバカ、私のバカ。

引き継ぎもせず、人に迷惑をかけまくって辞めたのに、寝込んでしまい、謝罪もしなかった。
働いてる間は、お金をつかうヒマもなかったので、貯金は少しあった。何もせずに1年暮らした。というか、正確に言えば、ただひたすらに「起き上がれなかった」。目が覚めても、気持ちが落ち込んで動けない。一大決心して起き上がっても、作るものは「500グラム100円のパスタの、マヨネーズと醤油あえ」。節約と、料理する気力の無さで、3食、全部同じメニュー。あと軽くパニックになった時は、近所のモンマートまでウォッカを買いに行って、そのままゴクゴク飲んだ。酔えれば味なんか何でも良かったから、いちばん強くて安い酒。1日、半瓶くらい飲んで、自分をウヤムヤにして、横になっていた。
その頃、パソコンで、ネットを見続けることを覚えた。そして、友だちの友だちの紹介で、現デイリーポータルのスタッフと出会い、サイトに参加することになる。出版社の時は「人間の内面の真実に迫る、人が読んでヒリヒリするような記事を書け」と言われていたのだけれど、デイリーの方向性は逆に思えた。バカなことがやりたかった。
それから恐ろしいことに10年経った。何とかなるだろうと思っていたけど、何者にもなれていない。
あれから2度引っ越ししたけど、相変わらず安アパート住まいだ。日当りと駅からの距離はましになったけれど。
身体も、すこしだけ健康になった。
お前、方向音痴すぎニャ。
お前、方向音痴すぎニャ。
あまりにもたどりつかないので、実家に電話してしまった。
「あのさー、私が最初に住んだアパートの住所、わかるー?」
実家の電話帳には、ちゃんと住所が残っていた。母がなんの疑問符もなく、教えてくれた。
30分歩いて、家をなんとか見つけ出した。
ああ、ここだ。こんなに道の奥だっけ。こんな角度の家だっけ。こんな小さなアパートだっけ。
ここの2階の一番奥に住んでいた。
ここの2階の一番奥に住んでいた。
そういえば、働いていた雑誌の連載企画で、このアパートに、故・馬場育三(Dragon Ash)さんが来てくださったこともあった。「人んちのCD棚を見る」というネタだった。6畳もない、狭い狭い部屋に、私、ライターさん、漫画家さん、フォトグラファーさん、馬場さん、マネージャーさんと6人集合。もてなしようもなかったので、缶ビールだけ山のように買っておいた。全員で円座で缶ビールを飲んだ。それは変てこな状況だった。
私は当時から韓国ポップスが好きだったので、CDラジカセにかけて、音源を紹介した。馬場さんは「何これ!」と興味を持ってくださった。H.O.T.というアイドルの音源だった(後日、CDを入手して、ご自分のラジオ番組でかけてくださったとか)。
……よくもまあこんな場所へ、来てくれたものだ。ロックスターを含めた、大勢で。
当時、馬場さんは、私なんかにも、丁寧に接してくださった。だから、なんとなく、いつかどこかでお会い出来るんじゃないか、ご挨拶出来るんじゃないかと、漠然と思っていた。
テレビのニュースで訃報を聞いた時は、頭が真っ白になった。
でもあの日の風景は忘れられない。いつものように薄暗い私の部屋で、体育座りでビールを飲む大人たち、荒らされたCD棚、飲み干した缶の山、新大久保で買った当時の韓国アイドルビデオを見て、その過剰な舞台演出に、ビックリして爆笑する馬場さん。
あのアパートで起こったことのなかで、いちばんゴージャスな出来事。
アパートを出て、この坂を下ったら…。
アパートを出て、この坂を下ったら…。
アパートから一番近いお店、モンマート。近所にはほかに店舗がないので、オアシス的存在。
アパートから一番近いお店、モンマート。近所にはほかに店舗がないので、オアシス的存在。
当時は、ものすごくのびたスパゲティサラダとか、ローテンションなお惣菜が充実していた(今回覗いたら、そういうのはもう売ってなかった)。

本当に10年ぶりに来た。二度と来ないかと思ってた。
私の部屋にはいま、別の誰かが住んでいて、別の人生をおくっている。
若いのかな、そうでもないのかな、男かな、女かな。
とりあえずモンマートは利用しているだろうな、ということしか分からない。

いろいろあったけど、私はこのアパートが好きだったんだな、と思い出した。
あの中であったいろいろな事は、過ぎて、終わってしまったことだけど、全て私の中に存在している。

初めて住んだアパートというのは、特別な場所だ。多分、一人暮らしをしたことがある、誰にとっても。
だから、ふと思い立ったら、行ってみるのも……いいかもしれませんよ?
モンマートと記念写真。
モンマートと記念写真。
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