はっけんの水曜日 2013年4月24日
 

「あの湯のみ」を族の名で

 いこうぜ!アガリの向こう側へ
いこうぜ!アガリの向こう側へ
寿司屋で定番のあの湯のみ。いいですよね。
魚へんの漢字たちが整然と敷き詰められた様は壮観の一言。 一文字一文字読んでいくのも楽しい。

そんな湯のみを見つめていたら、他にも難解な漢字を
並べて作られたかっこいいものがあるのではないかと思った。

そう、あれだ。昔、爆音を轟かせながら路上を疾走する姿を見て、 畏怖したあれである。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。 普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。 最近バレンチノ収集を始めました。

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人気記事:「女将と踊ろう!湯田温泉」

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これが寿司屋のあの湯のみ。
これが寿司屋のあの湯のみ。
「ぼら」の字とか得体がしれない感じでいい。
「ぼら」の字とか得体がしれない感じでいい。

あれとは”暴走族”

なんかイヤになっちゃうので、ジェネレーションギャップとか考えたくないのだが、年齢によってはなにそれ知らないという方もいるだろう、当の私も、最盛期はリアルタイムではない。
写真はイメージです。
写真はイメージです。
1960年代末に「カミナリ族」と呼ばれ、改造したバイクで爆音を鳴らして街中を走り回った若者達の集団は、1970年代になると大規模化が進み、社会問題となっていった。
1972年に起きた「富山事件」など、いくつかの大きな暴動事件を経て、「暴走族」という呼称がマスコミや警察によって用いられ、一般化してゆく。

1978年12月1日、新道路交通法が施行されてから、大規模な集団行動としての暴走族は衰退したが、局地的な活動は80年代から90年初頭にいたるまで旺盛で、私も人生の様々なポイントで暴走族と接点があった(入ってないですよ)
暴走族関連の愛読書。本題と外れるので解説は省くが、読み応え爆走級ですよ。
暴走族関連の愛読書。本題と外れるので解説は省くが、読み応え爆走級ですよ。
中でも息を飲んだのは大学生の頃。
下宿したボロアパートの隣は広大な駐車場だったが、夜になると、暴走族が侵入して爆音でバイクを乗り回したり、たむろしたりして、とにかくうるさくて眠れなかった。

「もう我慢ならん、ふざけるな、学生なめんな、怒鳴りつけたる。すごまれたら通報したって言ったる」と、駐車場に面した窓を叩き付けるように開き、外をにらむと、日章旗や木刀などの喧嘩アイテムを持ち、特攻服に身を包んだ2チームの暴走族がにらみ合っていた。
まさに一触即発。今にも抗争の口火が切られそうな「埼玉の火薬庫」状態。

私は音を立てないようにやさしくそっと窓を閉め、「気づかれなくてよかった」と安堵したのだった。


そんな暴走族のイメージを象徴する記号として改造バイク、シャコタン、特攻服、ボンタンなどいろいろあげられるが、なにより印象的なのがチームの名前である。
難解な漢字を使用し、「悪」「力」「暴力」など、禍々しいイメージを持ってステッカーや旗に刻まれる名前。
決して洗練されてはいないが、見たものの心をつかんで離さない。
多蘭忠羅(たらんちゅら)
鬼夜珠琉(キャッスル)
魔風威悪(マフィア)
魔血呼(マチコ)
蛍紫蝶(けいしちょう)等…
参照:佐藤郁哉「暴走族のエスノグラフィー モードの叛乱と文化の呪縛」新曜社 1984年
中学生の頃、近所の国道の交差点をブォンブォン言わせながらゆっくり渡るバイクや特攻服、日章旗に刻まれていたあの漢字を見て畏怖をおぼえていた。

これで湯呑を作ったらワイルドな感じでさぞかしかっこいいに違いない。

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