特集 2013年5月29日

谷間に目覚めました

谷間、いいよね
谷間、いいよね
すばらしい谷間を見つけてしまった。

こんなステキな谷間を目にすると、もう視線は釘付け。その奥がどんなふうになっているのか、どうしても見たくなってしまう。

これまでも谷間に興味はあった。だけど、じっくり眺めたりできる機会はほとんどなかった。そこで今回は、思うぞんぶん谷間を堪能しようと思った。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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谷間が気になってしょうがない

以前から、郊外の丘陵地を車で走っているときなどに、山あいに伸びる小さな谷間の中に畑や田んぼが連なっている光景を見かけることがあった。その小さな畑や田んぼは、谷間の傾斜に合わせて奥の方から段々になっている。
田んぼが続くこの谷間の奥はどうなっているのか
田んぼが続くこの谷間の奥はどうなっているのか
遠くから眺めて、そんな場所はなんとも神秘的な気がして、あそこに行ってみたい、あの奥はどうなっているんだろうと思っていた。見えない場所ほど気になる。ドラクエなどで、高い山に囲まれて行けない場所に何かありそうな気がするのと同じである。

そんな、丘陵地にある小さな谷間のことを、谷戸(やと)、谷津(やつ)、谷地(やち)などと呼ぶらしい。スカイツリーとかヒカリエの対極にある、恐ろしいほど地味な単語である。

特に東京と神奈川にまたがる多摩地区には多くの谷戸があると知って、どんなところか出かけてみた。

谷戸を目指して

まずやってきたのは神奈川県川崎市、小田急多摩線はるひ野駅近くにある谷間。ここが僕の見たい谷戸かどうかは分からないけど、グーグルマップで見たときにこれだと直感した。

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谷間に沿って田んぼが並ぶ、マイ・ファースト谷戸
天気もよくのどかな光景。「はるひ野」ってきっとここのことだ
天気もよくのどかな光景。「はるひ野」ってきっとここのことだ
上の写真、先の方を眺めると谷間が狭くなっている。ここはきっと谷戸だ!

きっと谷戸だ!なんて興奮がどのくらいの読者に伝わるか分からないけど、お構いなしに先に向かって歩き出す。
意図して市街地化を避けている地域らしい
意図して市街地化を避けている地域らしい
川というか用水路みたいなのが流れていた
川というか用水路みたいなのが流れていた

谷戸を歩く

ここまでの写真、ほとんど道路と田んぼしか写ってない同じアングルのものばかりだけど、先に白状してしまうと、このあともほとんど同じです。

が!なんとも言えずステキな景色なのでぜひ見ていただきたい。実際、この日はじめて谷戸散歩した僕は楽しくてこのあと続けて3ヶ所も谷戸をめぐってしまった。

上流に向かってずんずん歩いて行くと、両側の丘陵が徐々に迫ってきて、谷幅が狭くなってきた。
お!急に狭くなった!
お!急に狭くなった!
カーブしながら奥に続いている谷間に「いいね!」と言っています
カーブしながら奥に続いている谷間に「いいね!」と言っています
道はほとんど気づかないくらいなだらかに登り、横の田んぼも1枚ずつわずかに段になっている。

両側の尾根に茂っている木々の中ではいろんな鳥が鳴き声を上げていた。

まさか40歳を前にこういう散歩が楽しくなるとは思わなかった。
さらに狭くなってきた!
さらに狭くなってきた!
どうやらこの先で行き止まりのようだ
どうやらこの先で行き止まりのようだ
終点の先で斜面が急になっている
終点の先で斜面が急になっている
谷幅がさらに細くなってきたところで、カーブを抜けるとその先で道が途切れていた。

なだらかだった傾斜も急になって、ここから先は農地として使えないのだろう。

道が途切れた先にも行ってみたかったのだけど、私有地っぽいので引き返してきた。でも謎に包まれた(誰も包んでないけど)谷間の奥を覗き見るのは楽しいと思った。

その後、尾根を一本挟んだ隣の谷間にも行ってみた。

ほかの谷間も見たい!

初めて谷戸を歩いてみたら楽しかった。じゃあほかの谷戸も見てみたい、と思って隣の谷間に来てみた。

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ダムで言えば滝沢ダムに対する二瀬ダムの位置
尾根を乗り越えて隣の谷に降りた
尾根を乗り越えて隣の谷に降りた
さっきとは違う場所です念のため
さっきとは違う場所です念のため
こちらはさっきの谷間より幅が広く、端には川が流れていた。きっとこの川が長い年月をかけてこの谷を造り出し、その地形と水を使って人が農地に変えたんだと思う。
この谷を造った川もいまでは人の支配下
この谷を造った川もいまでは人の支配下
水門の跡があった
水門の跡があった
谷が合流しているところでは川も合流していた
谷が合流しているところでは川も合流していた
川から農業用水を取り入れている場所だ!
川から農業用水を取り入れている場所だ!
ちょろちょろと水が流れている川は、途中に水門の跡があったり、横から谷間が合流してくるところでは同じような小さな川が合流してきたり、農業用水を取り入れる分岐があったり、見どころが多かった。やっぱりこういう河川構造物は小さくても惹きつけられる。

その後上流に歩いて行くと、あっさり道は途切れてしまった。先の方に三方を斜面に囲まれた、この谷の始まりの部分が見えるけど、そこまで行くには誰かの畑の中のあぜ道を通らなければならないようだ。
とつぜん道が途切れた
とつぜん道が途切れた
うーん、谷間のいちばん奥まで行ってみたいなあ。

そこで、次にここから少し離れた、東京都町田市にある谷戸に行ってみた。
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これぞ谷間の中の谷間!

さっきの谷戸から数キロ離れた、東京都町田市の谷戸にやってきた。

ここはグーグルマップの航空写真でも素性の良さそうな感じがしたので期待していたのだけど、谷戸の入口は分かりにくく、そんな雰囲気はなかった。

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良家のお谷戸様
下から見るとふつうの農地
下から見るとふつうの農地
知らなかったらまず入ろうとは思わない道
知らなかったらまず入ろうとは思わない道
いい谷戸を示す看板も何もないので、本当にここでいいのか分からないまま、車通りの多い道から細い坂道に入って行く。

思えば当サイトの取材はこういう「取材がなければ絶対来ることがなかった」場所の連続である。幸いこれまであんまりひどい目に会ったことはないけど。

やや不安になりながら細い道を少し進むと、目の前にこんな景色が広がった。
おおお!これはいい谷戸!!
おおお!これはいい谷戸!!
なんだかかっこいい鳥がいた
なんだかかっこいい鳥がいた
これだよ!谷戸の良さってさ!

たった3ヶ所見ただけで、もうすべてを知り尽くしたような物言いが思わず頭の中に浮かぶほどのインパクトある谷戸。

なだらかに傾斜した谷の幅いっぱいに、わずかに段差のついた田んぼが奥の方まで連なっている。時期が少し早かったのか、使われていない田んぼがあるのか、いかにも水田!という感じではないけれど、もともとあった地形を生かしながら、その中で人が暮らすために手が入れてある。たぶんそういう環境が僕は好きなんだと思う。

農作業している人に会釈しながら奥に進んで行くと、谷間は2つに分かれていた。そして片方の谷はすぐ終わっていた。見たかった谷間の終点の光景である。
まあ、そうなってるよね、という景色
まあ、そうなってるよね、という景色
もう一方の谷間はさらに奥の方まで続いていたが...
もう一方の谷間はさらに奥の方まで続いていたが...
谷間の終点を実際に見てみると、まわりを急斜面の森に囲まれた、確かにそうとしかなりようがない地形だった。

でもきっと、初めてこの地に入った人があの部分まで木を切って平らに整地したのだ。こういう自然と人工部分の境界線がくっきりしているのもおもしろい。

分かれたもう一方の谷はもっと奥の方まで続いていたけど、環境保護のため一般の立ち入りが制限されている、という看板が立っていて、奥までは進めなかった。
あの奥の方、行ってみたかった!
あの奥の方、行ってみたかった!
なんだか微妙に消化不良なので、最後にもうひとつ、すぐ近くの谷戸に行った。

谷間のいちばん奥に到達!

上の谷戸のすぐ隣、歩いて5分くらいのところにもうひとつ谷戸があった。いい谷戸が立ち並ぶこの道、ファッション界で言えばまるで表参道である。

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ここも奥の方が分かれている。行かなかったけど右の谷戸もいい感じ!
この谷戸がまた、ものすごく分かりにくい入口をしていた。

だがカフェでも服屋でも、通好みのいい店は通りから細い路地に入った、分かりにくい場所にあるものだ(知らないけど)。きっとこの谷戸もいい物件に違いない。
入口は同じような細い道なのだが
入口は同じような細い道なのだが
左の道は民家に続いていて、右のけもの道みたいなところを進むのだ
左の道は民家に続いていて、右のけもの道みたいなところを進むのだ
ここ数年のキングオブ取材なければ来ることのなかった道
ここ数年のキングオブ取材なければ来ることのなかった道
身長より高い笹の生い茂る細い通路を抜けると目の前がぱあっと開けて、そこには手つかずの自然...ではなく、思いっきり人の手が入った、でも街中の喧噪からは別世界の空間が広がっていた。
東京ウォーカーには載ってない隠れ谷戸
東京ウォーカーには載ってない隠れ谷戸
ここも谷間が分かれている
ここも谷間が分かれている
かなり奥の方まで段になっていた
かなり奥の方まで段になっていた
いまは雑草が生えているけど、昔はここも農地だったのだろうか
いまは雑草が生えているけど、昔はここも農地だったのだろうか
ここは細い道がずっと先まで伸びていて、谷戸のいちばん奥まで歩いてくることができる。谷戸の奥の方は、いまは雑草が生えているけど、森が切り開かれて段がつけられた、人の手による産業の明らかな痕跡があった。
分かれたもう一方の谷は終点がばっちり見えた
分かれたもう一方の谷は終点がばっちり見えた
ついに谷間のいちばん奥を見た
ついに谷間のいちばん奥を見た
一日谷戸をめぐって、最後にようやくいちばん奥までたどり着くことができた。単なるハイキングと言えばそうなんだけど、谷戸にもいろいろ違いがあって、自分の中の新たな扉が開いた気がした。

ひとつ発見だったのは、谷戸というと都会に残る自然や貴重な生態系、みたいな捉え方をされていると思っていたけど、これぜんぜん自然じゃなくて人工物で、そこで生きている動物たちもその人工的な環境に適応しているのだ、ということ。

とは言え緑も多くて空気も良いので、谷戸散歩はこれから来る、と自信を持ってお勧めしたいと思う。
田植えが終わったらまた来たいな、蚊がすごそうだけど
田植えが終わったらまた来たいな、蚊がすごそうだけど

究極のじじい趣味

なぜ谷戸に惹かれたのか最初は分からなかったけど、実際に行ってみたら、人が暮らすためにそこにあった地形を生かしながら切り開いて新たな環境を造った、というのが見えるからなんだと思った。つまり大まかに言えば僕にとっては自分の趣味であるダムめぐりと同じなのだ。

根本的には野山を歩いて田んぼや水路や草花を愛でる、という究極のじじい趣味であることは否定しない。でもそれでもいいじゃん、と思えるようになった。みんなもじじいになろうぜ。
谷戸を愛でるいっぽうでダム好きとしてはこういう地形を見るとダムを造る想像をしてしまう
谷戸を愛でるいっぽうでダム好きとしてはこういう地形を見るとダムを造る想像をしてしまう
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