ひらめきの月曜日 2013年7月15日
 

1970年の東京の風景を探しに行く

東京、変わりすぎ

というわけで、母が持ってきた地方編以外に、古本屋をあたって昭和45年(1970年)刊新版の関東編を手に入れた。
ばばーん関東編(1)東京
ばばーん関東編(1)東京
どこの地方都市の駅前だろうか、という風景であるが、左上に国会議事堂が映っているのがおわかりいただけるだろうか。霞ヶ関なのである。
中央にどーんとかまえるのは、日本最初の超高層ビルとして知られた、霞ヶ関ビルディング。東京タワーをさしおいて東京編トップを飾るほどか?とまず思うが、霞ヶ関ビルディングは1968年オープン(東京タワーは1958年)。このシリーズ、どうもできたばっかりのものを嬉々として紹介する傾向にあるようだ。
現在、上の写真の左側、現在の国会議事堂前はこんな感じ。霞ヶ関ビルディングなどすっかり埋もれてしまう立ち並びっぷりなのだが
現在、上の写真の左側、現在の国会議事堂前はこんな感じ。霞ヶ関ビルディングなどすっかり埋もれてしまう立ち並びっぷりなのだが
1970年の東京の全景はこれ。
1970年の東京の全景はこれ。
このくらいの高さのビルが霞ヶ関ビルディング(36階建て)と世界貿易センタービル(40階建て、1970年竣工)しかないのだ。
このくらいの高さのビルが霞ヶ関ビルディング(36階建て)と世界貿易センタービル(40階建て、1970年竣工)しかないのだ。
空撮と思われる写真が多いが、なんとか同じ景色が比較できないものだろうかと、企画が「東京高いところめぐり」になりそうなくらいいろんなビルの最上階にのぼった。
トイレの窓やら、会員制囲碁クラブの窓からやら(ダメ元でお願いしてみたらこころよく撮影させてくれた)、なるべく同じ方向が見られる場所をねらってみたのだが。
1970年、芝浦運河周辺の工場群。
1970年、芝浦運河周辺の工場群。
上の写真手前の倉庫のあたりにできた展望レストランから、現在の芝浦運河周辺。
上の写真手前の倉庫のあたりにできた展望レストランから、現在の芝浦運河周辺。
うーんと…?
もう1箇所行ってみよう。今度は品川から、東の湾岸地域を眺める。

大きな地図で見る
地図で見るとこのあたり。プリンスホテルから見られるかなと行ってみる。
1970年、品川埠頭の火力発電所を中心に、見渡す限り工業地域。
1970年、品川埠頭の火力発電所を中心に、見渡す限り工業地域。
ええっと…?
ええっと…?
うん、高さがぜんぜん足りないのもあるのだが、湾岸、変わりすぎ。本を持っていって同じものが映ってないかなーなんて見比べてみたけどもう全然わからなかった。
同じ場所から、現在の東京都心方面を眺める。東京タワーを隠さんばかりの高さのビルがにょきにょき。もう同じものって東京タワーぐらいしかないんじゃないのか。
同じ場所から、現在の東京都心方面を眺める。東京タワーを隠さんばかりの高さのビルがにょきにょき。もう同じものって東京タワーぐらいしかないんじゃないのか。

変わる東京湾岸

特に一番変わったのは東京湾岸だ。読んでいくと、東京都の東側から、工場地域がどんどん排除されゆく40年であった、ということがわかる。
豊洲には東京ガスの工場と
豊洲には東京ガスの工場と
石川島播磨重工の造船所
石川島播磨重工の造船所
いまは上を高速道路が通る竪川の周辺も水路を活かして工業地帯
いまは上を高速道路が通る竪川の周辺も水路を活かして工業地帯
木場にはその名のとおりの貯木場
木場にはその名のとおりの貯木場
東京に長い方には当たり前の光景かもしれないが、21世紀に上京してきて住宅街としての豊洲しか知らない私にはかなり新鮮。そして自分もその元工業地域であった江東区に住んでいるのだが
工業用水くみ上げによる地盤沈下で大変なことになってたり
工業用水くみ上げによる地盤沈下で大変なことになってたり
隅田川もドブ川よばわり
隅田川もドブ川よばわり
スモッグもすごい。
スモッグもすごい。
63年九州編の工場礼賛の雰囲気と比べると、70年東京編は公害という言葉も登場し、「そろそろ都心に工場があるとちょっとヤバいよね」という雰囲気のことも書いてあった。
まるで予言のようである。
まるで予言のようである。
なるほど、それでその後、芝浦、豊洲から工場が姿を消し、再開発のタワーマンションが並び立つようになったというわけなのかー。知らなかったなーほへー。
と、ついおのぼりさん全開で感慨にふけってしまったが、空から同じ景色を観るのは諦めて、地道に本の中に映っていて現存するものを探してみよう。

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