特集 2013年7月30日

書き出し小説大賞・第26回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第二十六回目である。

この時期、書店には各出版社の推す夏のおすすめ文庫が並ぶ。昔から夏と言えば文庫本と言うことになっているが果たしてそうだろうか?こんな暑い日に長時間細かい字なんて読んでいられない、書き出しだけで充分ではないだろうか。そう、夏こそ書き出し小説なのである。今回も充実の作品が集まった。

書き出し自由部門

進化するほど生物はつまんなくなる。
xissa
ツッコミどころが減っていく。
先程メールで人間性まで否定されてしまったけど、私は元気です。
トミ子
そんな返信メールが来た。
一人暮らしの最初の悩みは、タイ米を研ぐべきかどうかだった。
ウウタルレロ
思わずググりました。研がなくてもいいようです。
パンツに足の指を引っ掛かりケンケンで跳ねている最中、親父が死んだ歳を越えたことに気づいた。
ファームかずと
直後に顔面からコケた。
涙が枯れて、ポップコーンが弾けた。
TOKUNAGA
ネガポジ逆転。
ちらつく雪のなか、彼女の長い睫毛が白く花を咲かせている。
小夜子
真夏に読むと涼しい。
猫が、なあ、と食事をねだるので、男は十字懸垂を中断した。
suzukishika
男のキャラが秀逸。
別れた妻を町で見かけた。思わずブレーキを踏んだ。犬の鼻が車の窓ガラスにつつーっと線を描いた。
xissa
人間ドラマに間抜けなスパイス。
まさかあのオプションをつける客がいるとは。披露宴会場のスタッフ達は、式を直前に控え、かつてない高揚感に包まれていた。
ジャイアン
どんなオプションだろうか。流鏑馬とか?
早百合の成長を綴った披露宴のスライドには、例外なく福田が見切れていた。
TOKUNAGA
ここにはいない福田が。
電車待ちの駅のホームで視線を感じてうつ向くと、Tシャツに二匹の蛾がとまっていた。私がとっさに服をはたくと一匹は飛んでいき、一匹はホームに落ちた。私の白いTシャツには驚くほどの鱗粉がくっついていた。
うーろん
言い得ぬ余韻。
銀行員、ニキビ、電話、イソギンチャク、ねじ、カレーライス……このオリジナルタロットカードは死んだ親父が作ったものだ。
ほりあき
隅にはジャンケンマークも。

常連xissa氏の作品、だからこそ人間(もっともつまらない生物)は想像力を持つ。深い。トミ子氏の「私は元気です」オチはいろんな文章に応用できそう。小夜子氏の作品はこの時期に一瞬の「涼」を与えてくれる。suzukishika氏の作品は猫と男の関係性も含めて想像が広がる。猫の鳴き声「なあ」もいい。ジャイアン氏の披露宴オプション、気になる…。うーろん氏の作品、この読後感は言葉にできない。だが小説とはそんな言葉にできない感情を伝えるための手段と言えるのではないだろうか。今回は地味ながらも豊かな物語性を持った秀作が集まったように思う。

続いては規定部門、モチーフは「怪談」であった。 怖い話が苦手な人も書き出しだけなら大丈夫。怖がるまでもない怪談20連発をどうぞ。

規定部門 モチーフ「怪談」

おどけながら近づいて来たその着ぐるみには、首のつなぎ目も背中のファスナーも見当たらなかった。
おかめちゃん
ゆるキャラホラー。
今度の持ち主は美容師だそうで、私の髪の毛が伸びるのをむしろ喜んでくれる。
よしおう
タモリが人形に「髪切った?」
「目玉焼きを作ってみたのよ」「もう見えないよ」
TOKUNAGA
アメリカンジョーク風の怪談。
百物語も終盤にさしかかった頃、師匠が序盤に演じた話をもういちど語りはじめた。
大伴
まさかのネタ切れ。
コノサキ、1kmヒダリホウコウ、アナタガウマッテイマス。峠に差し掛かった所で、ナビが急におかしな案内を始めた。
yas2%
技術と共に怪談も進化。
ヘリから降りてきた男は、駆け足で怪談を披露すると、またヘリに飛び乗った。
おどげっつぁん
この時期の稲川さんは多忙。
おばあちゃんが話してくれる怪談はとびきり怖くて為になる。
トニヲ
本当にあった知恵袋。
玄関のドアを開けると、人感センサーで照明が付いた。廊下の明かりも次々と灯り、トイレの自動ドアはスライドし、便座の蓋が上がり、ノズル洗浄が始まる。僕はまだ玄関にいるのに。
鉄人28ミリ
怖いと同時に世の中便利になったなあと思う。
彼が気づくと副操縦席はビッショリと濡れていた。
概念覆す
怪談からのパニック展開。
皆さん数年前流行った「千の風になって」って曲、御存知でしょうか。あの歌詞、少しおかしいなって思った事ありませんか?
ケケス
改めて考えると死者目線のヒット曲ってすごい。
あなたと私のエクトプラズムが交わり始めた。
おかめちゃん
官能怪談。
鬼婆は包丁を捨て、鋭く研いだナタを鏡餅に何度も振り下ろす。
TOKUNAGA
鏡餅、固いから…
「うちの子は本当に手の掛からない子で…」加藤さんはそう言いロッカーの鍵を回した。
ゴマパワー
箱の中身はなんだろな系の怖さ。
「もーいーかい。」
五時間が経った。
「まーだだよ。」
渡篠那間江
五時間待ってたという点も怖い。
「イチマーイ!」「ニマーイ!」皿を数える合唱が墓場に響く。紅組の皿が先になくなった。
ヨーヨー大会
♪夜は墓場で運動会。
その日、長年悪霊を封印してきたビックリマンシールが、母ちゃんの手によって無造作に剥がされた。
井上だいすけ
スーパーゼウスの霊験が…
もう会えない人にあやまりたいときは、どうしたらいいんだろう。
xissa
怪談には収まらないストーリー性を感じる。
キャンプの夜、クラス一目立たなかったあいつが琵琶を弾きながらゆっくりと語り始めた。
トニヲ
意外なキャラを発揮。
「お客さんにだけ話すんだけど、実はこの部屋ね…」不動産屋は、少し言いにくそうに話し始めた。
「昔、吉幾三が住んでたんだよ…」何故か異常に押入れが多い物件だった。
菅原 aka $.U.Z.Y.
どう怖がればいいのか?
「このポーズ、ちゃんとこわいです?」
たまりんど
手首をだら~んとさせたジョジョ立ち。

怪談と言いつつ見事にネタものが集まった。もっとも恐怖と笑いは表裏一体であり、落としどころをどこにするかで怪談も小話に、小話も怪談になる。常連おかめちゃんの作品はチャイルドプレイ系の、かわいいものに潜む恐怖。同じく常連TOKUNAGA氏の作品はたった二言でぞっとする怖さを出した。会話がどことなくジョークっぽいのも逆にドライな怪談という新しさを出している。yas2%氏の作品はよくできた都市伝説風。ケケス氏の作品。このパターンの語り口はどうしても引き込まれてしまう。思わずネットで歌詞を読み返してしまった。(とくにおかしいところはありませんでした)ゴマパワー氏の作品、これが本来の書き出し怪談。不穏な空気が後の恐怖を想像させる。常連xissa氏も書き出しだけで勝負した。怖さだけでなく、おそらくラストは泣ける展開になりそうだ。とは言いつつ、採用作はみんな短い文章で怪談、怪談パロディを成立させた。その手腕とアイデアは見事である。

それでは次回規定部門のモチーフを発表する。
次回モチーフ
夏休み
今回のモチーフはズバリ夏休み。プール、宿題、自由研究、家族旅行、ひと夏の恋、そして二学期に物議を醸すヤンキー化した同級生と、夏休みにまつわる思い出は枚挙にいとまがない。また自分の年齢によっても夏休みに対する想いはさまざまだろう。歳を重ねるにつれ夏休みはノスタルジックになる。今回は幅広い年齢層からさまざまな夏の思い出が寄せられることを期待したい。

6月月間賞
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続いては前回、授賞式の報告で先送りになった6月月間賞の発表に移る。今回は久しぶりに林雄司氏との対談審査、以下がその模様である。


天久「6月は規定部門が充実してたよね」
林「ええ、モチーフは『雨』『アイドル』『サル』でした」
天久「『雨』のときはいつもの書き出し小説とは違うシリアスなのが集まった」
「とくにこのふたつですね。おかめちゃんのと東雲長閑さん」
この雨は、めぐりめぐっていつか私の涙を構成する。
おかめちゃん
唇が離れると同時に雨音が戻ってきた。
東雲長閑
「めぐりめぐっては、からだ巡茶を連想する(笑)」
「はは、たしかに文体にも広末涼子っぽい透明感がありますね」
「あとほら学習マンガとかでよくある雨粒くんの冒険的な、蒸発した水が雨になって川になってみたいな」
「その循環の中に『私の涙』が入っているんですね。その涙も下水道に流れ浄水場へ…」
「なんか学習マンガのそこだけ全然タッチの違う恋愛マンガって感じ(笑)」
「唇が離れるはもう映画の世界ですね」
「雨音が戻ってきてよかったよ、これ田んぼのカエルの声とかだったらヤだもん」
「隣りの部屋から漏れてるアメトーークの音とかね(笑)」
「続いては『アイドル』だけど、こっちなほとんどネタ系」
「ピックアップはこの3本ですね」
あの娘が一日署長になるという記事は、僕に自首を決意させた。
TOKUNAGA
倒産寸前で、もう何も売るものが無い我が社。今日の株主総会で、取締役五人をアイドルグループとして売り出す事が決まった。
イワモト
アリの巣からやってきたという設定は無理があると、前から思っていた。
かりを
「TOKUNAGAくんはいつものクオリティですね」
「もうね、TOKUNAGAくんはちょっとTOKUNAGAハンデつけないとね、ふつうに選べば月間賞だけど」
「取締役のヤツはデビューシングル出すとしたらなんでしょうね」
「『暦の上ではディセンバー』っぽいのがいいね」
「アメ横女学院ですね。『あまちゃん』の」
「『帳簿の上ではデインジャー』とか(笑)」
「振り付けにも土下座の要素を(笑)」
「アリの巣はこりん星的な売り出し方したんだろうね」
「たしかに無理ありますね。前は昆虫の死骸運んでましたって、イヤですよそんなアイドル」
「次は『サル』ね。この回は笑ったね~」
「選ぶの難しいですけど、とりあえずこの3本を」
初めての混浴に足を踏み入れた。サルがいた。
三食豆子
このバーボンに入っている丸氷、あきらかにさっきそこにいたチンパンジーが素手でこねくり回して作ったやつではないのか?
トニヲ
メガネザルにめがねをかけたら死んだ。
おかめちゃん
「混浴はシンプルなだけに強いですね」
「気持ちよくコケられるね。まさにギャフン!」
「でもこのサルが美人だったらややこしい。黄桜のいろっぽいカッパみたいなサル」
「小島功先生のタッチね。ギャフン、いや待て!になる」
「チンパンジーの氷は爆笑です」
「チンパンジー自身はただ氷こねくり回すのが楽しくてやってんだよ。それでちょうどいい感じになったのを見計らってバーテンが取り上げるの(笑)」
「チンバンジーは『ウキ~?』って(笑)メガネザルは小学生の考えた嘘って感じですね」
「こども信じそうだよね。メガネザルにとっては二重のメガネだから、掛けた途端にモノがクリアに見えすぎてショック死するっていう」
「麻薬の過剰摂取に近い死に方ですね」
「自由部門も相変わらずレベルが高い。どんどん小説っぽい格が出てきてる感じがする。これと好き」
魂の質量は存在する。それは屁の半分だ。バイトに行きたくない。
g-udon
「バイト行きたくなさすぎるとこんな哲学的なことになってしまうんですね」
「哲学的とは違うと思うけど(笑)なんでそっちに行っちゃうの?って、それがまた逆にリアリティ感じるんだよね。若い頃のどんよりした心理状態というか、急にへんな覚醒しちゃう感覚とか」
「ボクはこれが好きですね」
プラネタリウムの偽物の夜で僕は本物の夢を見る。
トミ子
「これね、一読するとキレイな文章だけど実際ただの居眠りっていう」
「プラネタリュウムでうとうとしてるだけですもんね。キレイ系とネタ系どっちからのアプローチもできる上手い作品だなって思います」
「そうだね。書き出し小説の中でもだんだん自由部門と規定部門の役割って出来てきたような気がする。自由部門はどっちかっていうと作家性重視というか、文体も実験的なものが多いし、書き出しだけでなにを表現するか、っていう求道的な方向にまで行ってる」
「規定部門はやっぱりモチーフがありますからね。どうしてもウケを優先しがち。言い換えるとエンターテイメント重視とも言えますが。自由部門が芥川賞なら規定部門は直木賞っていう感じですね」
「それぴったりかもね(笑)」

というわけで、今回も厳正な審査の結果、受賞は以下の5作品となった。
書き出し文学
6月月間賞
この雨は、めぐりめぐっていつか私の涙を構成する。
おかめちゃん
倒産寸前で、もう何も売るものが無い我が社。今日の株主総会で、取締役五人をアイドルグループとして売り出す事が決まった。
イワモト
初めての混浴に足を踏み入れた。サルがいた。
三食豆子
天久賞
魂の質量は存在する。それは屁の半分だ。バイトに行きたくない。
g-udon
林賞
メガネザルにめがねをかけたら死んだ。
おかめちゃん
さて、次回の締め切りは8月8日正午、発表は8月10日を予定している。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。それではみなさまからの力作、お待ちしております。

さて、次回の締め切りは8月8日正午、発表は8月10日を予定している。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。それではみなさまからの力作、お待ちしております。
最終選考通過者

紀野珍/ねこじゅ/松っこ/まナツ/こめ/七天抜刀/御馳走夏(サマー)/イコウ様/鴻惠瑞/山田将軍/かるち/夜は知ったかぶり/921/白/ふみ/
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