特集 2013年8月30日

書き出し小説大賞・第29回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第二十九回目である。

最近は朝夕に秋の気配が混じる。面白いもので連載を続けていると投稿作品にも自然と季節感を感じる。ここ数ヶ月はやはり夏らしい、言い換えれば暑苦しい作品があったが、今回はなぜか微かにセンチメンタルの混じる叙情的な作品が多かった。それでは今回も、そんな感性豊かな書き出し作家たちの秀作をご覧いただこう。

書き出し自由部門

母が持ち歩いているのは子機だ。
おかめちゃん
母と子の物語。
昔の彼女に作った歌を、見知らぬ子供が口ずさんでいる。
TOKUNAGA
昔の彼女の子供では?
ひと月に一度か二度、わたしはいつもの駅を乗り過ごす。街を飛ばす窓、誰かの寝息、平たい画面で踊る指。わたしはどこにもいなくなる。
新品の畳
窓に映る半透明の自分。
友人がそろばん教室に通っていた頃、私はビームを出す練習ばかりしていた。
野村バンダム
そういう子供の方が好き。
みんな早い者勝ちで好きな色のクレヨンを選んでいって、最後に残ったのが黒だった。きみはそれを手に取り、目に見えるものの影だけを画用紙に写し取っていったらしい。そう聞いている。
紀野珍
締め方が秀逸。
桜より紫陽花が好きだと言った彼女は、椿の季節に姿を消した。
夏猫
花と散る。
夕日に映えるエアーズロックを眺めながら、人生初の野糞をした。
g-udon
大地に伸びる野糞の影。
真夏の夕暮れの日差しと彼女の熱を背に感じながら、僕はキィキィ鳴く自転車でアスファルトの道を一気に駆け抜ける。ふと、影の中で遊ぶ子供達が目に飛び込んできて、ああ、僕たちも大人になったのかと柄にもなく考えた。
柊一花
「影の中で遊ぶ子供達」がいい。
照明がピンク色に変わり、蝉の羽化が始まった。
大伴
BGMは「taboo」で。
鉄仮面が、裏面(つまり顔をあてがう側だ)を上にして道端に落ちていた。
紀野珍
太陽熱帯びてるから被る際は火傷の注意。
どこかでピーと音がする。ポンという爆発音と同時に甘い匂いのする風が吹いた。朝もやがスーッと晴れ、大きな影が近づいてきた。
ウチボリ
ゆるキャラ的なヤツだと思う。
ター坊は毎日誰かと話している。ター坊の紙袋には古い携帯電話が沢山入っていて、毎日違う機種を使っている。ター坊がこの街に来てから、ボクはしばしば流れ星を目にするようになった。
TOKUNAGA
ター坊エイリアン説。
こいつはいったいいつになったら本気を出すんだろう。今日も春は眠い、鳥も啼いてるし夜の嵐で花も散っちゃったし、と口ずさんではひらひら踊っている。張九齢は大きくため息をついた。
谷丸
張九齢~中国唐時代の政治家・詩人(wikiより)
夜は明け方。右足から左足へ、ストロークはたっぷりと。
おっぽ
夜明けの岸まで。

今回はなぜか長文作品に秀作が集まった。新品の畳氏が描く静かでささやかな逃避、紀野珍氏は珍しい二人称、ラストにも技巧が光る。柊一花氏、一瞬視界を横切る光景(影の中の子供達)が印象的。ウチボリ氏の作品は単純な擬音が逆に面白い効果を生んでいる。TOKUNAGA氏は今回もひとつの物語世界を立ち上げている。谷丸氏の作品は漢詩をいま風に現代語訳したのだろうか。不勉強で申し訳ないが張九齢の詩にはそういうものがあるのかもしれない。
これだけの長文(と言っても書き出しだけど)になるとアイデアだけではなく確かな描写力と構成が必要となる。そうした作品がこれだけ集まるということは、やはり書き出し小説のレヴェルは確実に上がっているのだろう。いつもと比べても今回の自由部門は秀作がひしめき選考は難渋した。うれしい悲鳴である。

続いては規定部門、今回のモチーフは「コンビニ」であった。24時間創作に励む作家たちの秀作をご覧いただこう。

規定部門 モチーフ「コンビニ」

「あ、箸いらないっす。」 そう言って大統領は微笑んだ。
大伴
SPに囲まれて。
あの娘が温めてくれた弁当とあの娘が取り出してくれた唐揚げ。これはもうあの娘の手料理という事でいいんじゃないか。
伊東和彦
いいっ!(断言)
そのコンビニは、夜、BARになる。
おどげっつぁん
看板もネオンサインに。
飼い主を待つ犬が自転車のスポークに顔を突っ込んで店内を覗いている。
xissa
顔が抜けない……。
「ねぇ、この紅茶、冷めるまで見ていてくださらない?」午後の紅茶の缶を持った美女が微笑んだ。
煉瓦
「畏まりました(水平の腕を胸に当てて)」
コピー待ちの行列が店の外まで伸び、昼時のラーメン屋の行列と交わっていた。
紀野珍
コピーも取りたいラーメンも食べたい。
スープはるさめを買ったら、ストローをつけられた。
おかめちゃん
ん?んん~~~っ!?
強盗の目を盗みボタンを押すと、天井のミラーボールがゆっくりと回り始めた。
アイアイ
ムーディ警報。
パート店員幸子(48)が投げたカラーボールは、無回転のままゆらゆら揺れながら強盗役の警察官に命中した。
イワモト
まさかのナックル!
昼時のレジで長い黙祷の鐘が鳴った。
TOKUNAGA
カップ麺の蓋を指で抑えながら黙祷。
入口にレッドカーペットを敷いて以来、タキシードばかり入店する。
ウチボリ
駐車場リムジンだらけ。
「不要なレツート入れ」何度見ても、心を乱される。
レモン牛乳
「ツ」と「シ」
深夜のコンビニの窓ガラスにびっしりつくバッタを見て、ああ、帰ってきたんだな、と思った。
みつる
カエルもうるせえ!
「私の夢はね、このコンビニ丸ごと、国に持って帰ることよ」そう言って微笑むジャネットの後ろに、夕焼けに染まるサバンナが見えたような気がした。
ちかぞお
サバンナ1号店。
「パーティーなのに黄色が足りない!」私はコンビニに駆け込みヤングコーンを買い占めた。
洋子
黄色は必要。
このコンビニに俺が教えることは、もうないな。と、缶ビールと暖めた弁当の二つの袋を夜空に浮かべた。
れのん
次からはひとりの客として。
ウェディングドレス姿の花嫁が駆け込んできたかと思うと、息を切らしながらブーケはあるかと聞いてきた。
g-udon
香典袋の隣りにあったかも。
レジにいるおばさんが、肉まんの保温器から取り出した膝パットを装着しバックルームに消えていった。
トニヲ
ピ……否、ヒザマン?
コンビニのレジで老人が困り果てた顔でスピードくじの箱に手を入れていた。店員が笑顔で「あと28枚です」と言うと、老人はさらにこの世の終わりのような顔になった。
勘定奉行
なぜ残り数を……?
これほど暑い時ばかりは飼われている同胞が羨ましくもなるものだ。コンビニの真横に位置する僕の家。涼しい店内には入れてもらえない、しがない野良猫の唯一の楽しみは、人間の子供たちが落としていく棒アイスのひとかけらである。
kiho
冷房か自由か。

コンビニにまつわる定番ネタを鮮やかに、あるいは意外なひねりで料理した作品が目立った。大伴氏の作品はコンビニ=庶民のイメージを見事に逆手に取った。そういう意味ではウチボリ氏、煉瓦氏も同系統。とくに煉瓦氏の作品に登場する美女の行動には金持ちなのかなんなのか、常人には出ない台詞など独特のおかしみがある。おどげっつぁん氏、イワモト氏の作品はコンビニ=日常のイメージを瞬時にひっくり返す。ちかぞお氏の作品に登場するジャネットは心から応援したい。洋子氏の作品はなにか前提としている常識がズレているようだがそこに疑いのない「私」が気持ちいい。みつる氏、kiho氏の作品にはコンビニの持つ現代の抒情性を感じる。ネタ系のレヴェルも高く、今回も充実したラインナップとなった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
秋の味覚
スーパーにも梨、ブドウ、ナス、秋刀魚など秋の味覚が並び出す時期になった。そこで今回のモチーフは秋の味覚、扱う食材は秋を代表するものに限る。食卓の風景、商店、食品売り場、農村など、シチュエーションはさまざまであろう。また味覚表現にチャレンジしたグルメ作品にも期待したい。食材そのものをひとつオブジェとして扱うのも面白いだろう。ある程度の季節感も欲しい。みなさんからの美味しい作品を期待する。

次回締め切りは9月8日正午、発表は9月10日を予定している。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門いずれかを選択して応募して欲しい。力作待っています。
最終選考通過者

こめ/みう/きたくま/(たま)/いまきよ/anco/頭浮/哲ロマ/よっしー/山本ゆうご/よしよし子/めがねぷらす/王里中一貝/鯖みそ/御馳走夏(サマー)/けーと/じゃん/13時の母//ぽこあぽこ/ちゃりんこママ/ささいな/紙製梱包具/トミ子/よしおう/救援/夜は知ったかぶり/
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