はっけんの水曜日 2013年9月11日
 

過去を思い出して「ああ…」それが思い出しアーだ!

景色の良い吊り橋でアー
吊り橋からのアー。渓谷になってて音の反響は心地よいが……
吊り橋からのアー。渓谷になってて音の反響は心地よいが……

自然とアーの相容れなさ

吊り橋から再びアー。渓谷の反響がきもちいい。しかし自然とアーはいまだ折り合いがつかない。

たとえば吊り橋の下には倒れて何年も経った大木があり、苔がむして草も生い茂っている。だれが考えたのだろうと思うほど細かい造形をしていて、それでいて全体は一枚の絵のようだ。

小さな命と大きな世界。そう、世界。世界といえば世界の北野監督である……あ、あ、ああ〜!

こういうことにはならないだろう。自然とアーはまったくの別物だと思える。
森の中のアー
森の中のアー
アーのあとにすぐ癒しがくるサウナ方式
アーのあとにすぐ癒しがくるサウナ方式

自然とアーの調和はサウナ方式だ

ところが自然とアーが調和するケースがあった。

ベンチに座ってアーを出し、見上げると大自然。火照った体を水風呂でさますサウナのような感覚できもちいい。

あの日の知ったかぶりも、いってはいけなかった三文字も、木の牧師さんに許してもらうような大自然の懺悔室だ。

「思い出して、はずかしかったら、ああ……っていっていいんだよ みつを」

ああ、みつを先生……山でアーを繰り返すうち、だんだん自然のよさがわかってきた。家にかえったら木をうえよう。そしていつか大きな森にして『おいでよ!思い出しアーの森』というゲームにしよう。
もろに癒やされていてはずかしい
誰もいない見晴らしの良いところで最後に大声を出してみた
誰もいない見晴らしの良いところで最後に大声を出してみた
大きな声を出すと気持ちがよい。これがリア充ってやつじゃないのか

これが最高の思い出しアーか!

展望もよく人もいない場所があったので、ここが最後とばかりに大声のアーを出してみた。出た。大きな声が出た。

山あいの反響がきもちいい。周囲に人がいないのも大きい。どんどん大きな声が出る。"リア充"ってこのことじゃないのか。

海へ山へみんな行ってたのはこういうことだったのか。これがスノボか。これがスキューバか。みんなアーしてたのか。

いや、まてよ。これはアーの効果なのか。山が気持ちいいだけなんじゃないだろうか……

たとえば下着泥棒が「やっぱり海にしずむ夕日見ながらの下着鑑賞はたまらないな〜」というだろうか。

これがアーのせいか山のおかげかわからないが、とにかくケーブルカーを降りた私たち二人の顔は晴れやかだった。
登山したものにもアーしたものにもケーブルカーは平等にある
登山したものにもアーしたものにもケーブルカーは平等にある
この達成感、アーのせいか登山のせいか……
この達成感、アーのせいか登山のせいか……
アーしたなという達成感はないが、アー登山したなという達成感なら
登山かもしんないな

そして人生はつづく

これから秋がきて夏のうかれを思い出す。

秋は一年でもっとも思い出しアーしやすい季節だ。たとえばTUBEの『あー夏休み』あれももちろん思い出しアーである。

きっとあなたの今年の秋は去年よりアーが多いことだろう。アーは年々増えていくのだから仕方ない。どううまく付き合っていくかを考えるしかない。

山頂でアーの試みは大きな成功とはいえなかったかもしれない。しかしこの反省をふまえ、人もいなくて内省的になれる洞穴やトンネルでやってみてもいいだろう。

穴掘ってアー、穴に自分も入っての即身仏アー、民間初の宇宙旅行アーもいい。アーの未来は今開かれたばかりだ。

アーとどうやって付き合っていくか。考えているあいだにもアーは増える。この原稿も明日にはまたアーしたくなっていることだろう。

そして恥ずかしい人生はつづく。
アーをしらないこどもたち。先生をお母さんと呼んだ瞬間に大人の階段がやってくるのだよ。
アーをしらないこどもたち。先生をお母さんと呼んだ瞬間に大人の階段がやってくるのだよ。

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