特集 2013年9月20日

書き出し小説大賞・第31回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表、第三十一回目である。

最近はすっかり秋めき、秋と言えば芸術の秋というくらいで創作にはもってこいの時期。実際、朝の冷気や先週までとは違う午後の光を感じるとどことなくセンチメンタルにもなり、本来なら書き出しだけのつもりがつい続きまで書いてしまいたくなる。では今回もそんな誘惑をぐっとこらえて筆を止めた書き出し作家たちの秀作をご紹介しよう。

書き出し自由部門

袋とじの開き具合で父の容態を確認した。
TOKUNAGA
手刀が震えて……
静かな湖を望む霊園に小さなFM局が開局した。
TOKUNAGA
選曲が気になる。
台風のあと。澄みきった空と散らかった地面。その間にいる私は、どちらなのだろうか。
赤嶺総理
空、ゴミ、人が遠景で浮かぶ秀逸描写。
自信たっぷりに手渡されたバルーンアートが何の形なのかさっぱりわからなかった。
大伴
クラインの壺?
弟の寝言がいちいち古傷をえぐる。
蜜の国
黒歴史の生証人。
最近の辻斬りは問答無用と言いつつも少し話を聞いてくれる。
不眠
命乞いのみ。
引き戸を開けると夜の匂いがした。綾子は吊るされたままの風鈴を外に投げる。硝子の砕ける音は、虫の音にかき消された。
夏猫
乱暴な抒情。
あんなにぶかぶかだったどんぐりが、いつの間に鼻の穴にぴったり合うようになっていた。
おかめちゃん
これでパーティーに行ける。
並走する電車に乗った女が、にらめっこをしかけてきた。
おかめちゃん
これは萌え。
ムアンチャイは夜のトキオを駆ける。ムアンチャイは今宵中にココナッツミルクを手にいれなければならないのだ。
鯖みそ
ムアンチャイの焦燥が伝わる。
西でインコに論破され、東でオウムに慰められた。
義ん母
バカな宮沢賢治って感じ。
ティッシュ箱はもう空だった。宇宙もこんな形なのだろうか。
中目黒
超はこ理論。

TOKUNAGA氏の2作目、湖、霊園、ミニFMの組み合わせから斬新かつ絶妙な情景を浮かび上がらせた。赤嶺総理氏の作品も台風一過の青空と残骸が同居する不思議な情景。それがそのまま語り手の心象にもつながっている。夏猫氏の作品も然り、風鈴という繊細なアイテムをあえて乱暴に扱いことでギリギリの共感を呼ぶ。鯖みそ氏のムアンチャイ、二度目を「彼」でなくもう一回ムアンチャイにしたところが味噌。義ん母氏の作品、インコに論破された時点でキャラクターの為す術ない立ち位置が伝わる。中目黒氏の作品、そういうパラレルな宇宙も存在するかも……妙に納得させられる思弁。今回はシュールかつ切れ味のいい作品が光った。

続いては規定部門、今回のモチーフは2020年東京での開催が決まったオリンピック。滝川クリステル氏に朗読して欲しい作品が集まった。

規定部門 モチーフ「オリンピック」

メダルを奪い合うだけの競技がある。
TOKUNAGA
椅子取りゲームっぽく曲が止まったら奪い合う。
チャッカマンで聖火台に火を灯した。
アイアイ
いっそガス点火にすれば……
ハンマーを無言で投げると、代わりに審判が叫んでくれた。
アイアイ
好きな女性の名前を。
シンクロの監督が、我慢できずにとうとうリモコンを取り出した。
アイアイ
いまんとこ巻き戻し!
2020の形をした眼鏡をかけたまま、係長が棺桶に入っている。
ねもっ血風クン
ご臨(五輪)終です。
「これ、かけっこきょうそう?」息子の精一杯の語彙を使った質問にも胸が熱くなった。
ぽこあぽこ
ボルトかけっこ早え~。
選手村に四度目の春が訪れた。共に闘った各国のライバル達は今や家族をも超えた盟友となり、度重なる国からの立ち退き要求に真っ向から対立していた。
g-udon
所さんのダーツが刺さるまでは!
バトンを受け取る人と渡す人の追いかけっこは、とうとう二周目に突入した。
もんぜん
差は徐々に開いている。
「決まったってよ!公式飲料に!」その日以来、おしるこ工場は昼夜を問わず生産ラインがフル稼働していた。
イワモト
甘酒に勝った!
選手村で出会った青い瞳の青年は、夜中まで柔道着のたたみ方を何度も練習していた。
おかめちゃん
窓からのシルエットが見える様。
トイレに行っていたその選手は、濡れた手をユニフォームで拭いつつスタジアムに駆け込み、そのまま三段跳の助走路へ進入した。
紀野珍
ホップ時に少量の尿モレ。
朝7時頃家を出て、昼過ぎに金メダルを獲得し、夜6時半頃、帰宅した。
哲ロマ
「あまちゃん」は録画した。
あ、と。ここで出ますかね、大岡裁き。
xissa
柔道の「両者に指導」とか大岡裁きっぽい。
疑惑のドーピング判定によって金メダルを剥奪された重量挙げ選手は、世界中から非難を浴びつつけたまま帰国し、家に着くなりまだ小さな息子を高く抱き上げ、泣いた。
Yves Saint Lauにゃん
いつもの「高い高い」に無邪気に笑う息子……泣ける。
「漁師という種目はございません」男の対応は、非常に丁寧なものだった。
夜は知ったかぶり
ギョリンピックではない。
IOCの会長は、しっかりとした口調で「高田馬場」と確かに言った。
こめ
新大久保ノ次デスネ。
居酒屋で、私が五輪のマークに並べたイカリングに、女が大量のレモン汁と醤油をかけ、ビショビショにしてゆく。
ねもっ血風クン
溶けた衣から白い五輪が!
自宅に送っておいたはずのメダルがまだ届かない。
Yves Saint Lauにゃん
家で噛もうと思ってたのに。
表彰台が木綿豆腐だったとは、選手が登壇するまで誰一人として気がつかなかった。
野村バンダム
一位は胸まで埋まる。
十八位のメダルは、帰りの雨に溶けた。
義ん母
素材気になるーっ!

今回のモチーフはネタの宝庫だけにどのシーン、どのアイテムにフォーカスするかが難しかったと思う。アイアイ氏のネタものはどれも高レヴェルであった。ねもっ血風クン氏は2020年のメガネを思いついたのが勝因。g-udon氏、選手村ネタは多かったが自治権にまで踏み込んだのはこの作品のみ。おかめちゃん氏の作品はオリンピックという晴れの舞台とその舞台裏の落差が際立つ味わい深い一文。Yves Saint Lauにゃん氏の作品、おそらくこのドーピング事件は選手の意志ではなく背後にもっと大きな組織的な強制があったのかもしれない。その葛藤を思うとさら泣ける作品である。こめ氏の作品は理屈を越えた妙なおかしさがある。義ん母氏の作品、素材を言うのではなく「雨に溶けた」にすることで妄想がふくらむ。今回は予想通り、秀逸なネタものが目立った。

それでは次回、規定部門のテーマを発表する。
次回モチーフ
昨日は中秋の名月で広い範囲に渡ってきれいな満月が見られた。また昨日だけではなく空の澄んだこの時期は月が美しく見える。そこで今回のモチーフは月。昔から月はあらゆる芸術家にとってインスピレーションの源となっている。夏目漱石が「愛している」を「月がきれいですね」と訳した逸話は有名である。抒情的な作品はもちろんのこと、SF、オオカミ男に代表されるホラー、ファンターなどなど、あらゆるジャンルからのアプローチが可能だと思う。諸君らのルナティックな一面を見せてほしい。

書き出し小説 8月月間賞
続いては前回お伝えできなかった8月の月間賞を発表する。ゲスト審査員はおなじみ林雄司氏、今回は寸評のみとなったことをご了承ください。 では月間賞3本と天久賞、林賞を発表する。
8月月間賞
部長がネクタイを緩める。僕は心を締めつけられる。
おかめちゃん(規定部門『ボーイズラブ』)
ボーイズラブの回はいい作品が多かったんだけど、中でもこれは繊細さとガチさがいいバランスで入ってて本当に続きをよみたくなる。妄想キャストは上司・田山涼成、部下・林遣都。(天久)
ボーイズラブというと若者を想像するけどこの部長というリアリティ。かっこいい部長じゃなくてちょっと小太りの部長を想像してしまいました。
もしかしたら情事のあと、シャツを着てネクタイ締めてるところかな。(林)
目薬の粒が夏を通過する。その距離は、とても短い。
紀野珍
夏の情景を凝縮したような作品。一滴のしずくに太陽の光がキラっと反射するような。出来のいいコピーのような切れ味もある。句点ってやりすぎるとあざとくなるけど、これはここしかないという打ち方。(天久)
夏に一瞬涼しくなって、そのときに情緒あふれる作品が集まったんだけど、そのなかの秀作。 こういう作品もありだと書き出し小説の幅広さを感じました。
これ、プールを出たあとの目薬ですよね、きっと。(林)
知らない女の脚を払いのけ、ラジオ体操へと急いだ。
Yve Saint Lauにゃん (規定部門『夏休み』)
朝ホテルで起きたら見知らぬ女が寝てたんだろうね。その脚をはらいのけてのラジオ体操(笑)男は出席カードをくわえながら身支度を整え、一方女はまだシーツの中っていう。トレンディさと童心の融合。(天久)
トレンディードラマ(ってもう死語ですが)のようなシチュエーションもラジオ体操で蘇りますね。知らない女が横に寝ているような生活をしているにもかかわらず、律儀にラジオ体操に向かう男。そのアンビバレンツさにも惹かれます。(林)
天久賞
かろうじてしがみついているような俺のアイスを取り上げて、「はずれ!」だってさ。こっちにしたら当たりだよ。
松っこ 「ボーイズラブ」
ボーイズラブの回から。何度読んでも体がむずがゆくなる。「なにこっそり勃ってんだよ!」っていう。(笑)相手がノンケだってのは了解済みで、その上でこの愉しみ方ができるんだから上級者だよね。深読みすれば「かろうじてしがみついているような俺のアイス」ってのもなにかのメタファーに思えてくる。念のこもった作品だと思います。
林賞
深夜のコンビニの窓ガラスにびっしりつくバッタを見て、ああ、帰ってきたんだな、と思った
みつる
書き出し私小説ともいえる作品ですよね。シュールでもネタでもなくて、夏の田舎のリアリティを感じます。このコンビニはセブンイレブンとかメジャーな店じゃなくて、スパーとかポプラみたいなチェーンだといいですよね。
あの田舎のあんまり明るくないコンビニのどろっとした空気まで一気に想像しました。ここから始まる物語は帰省中の1週間ぐらいのできごとでしょうね。読みたい。

月間賞の発表は以上である。

さて、では最後に唐突ではあるが、個人的な告知をねじ込ませていただきたい。 実はわたくし天久聖一の小説単行本が来週発売となる。本来なら当企画の主宰者らしく書き出しのみにとどめておくべきであったが、つい一冊分の長編を書き上げてしまった。そのあたりは平にご容赦いただきつつ、ご興味を持たれた方はぜひご一読いただきたい。
今年の春から夏に掛けて文學界に連載したものをまとめたものです。タイトルは「少し不思議。」文藝春秋より発売です。よろしくお願いします!

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次回の締め切りは9月28日正午、発表は同月30日を予定している。自由部門、規定部門を選択し、以下の投稿フォームで応募されてし!力作待ってます!

最終選考通過者

賢/りんこぽん/Perry The Punch/けーと/イワモト/よしおう
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