特集 2013年9月30日

店頭のぼりには野心がある

これは意識の高くないノーマルのぼり
これは意識の高くないノーマルのぼり
蕎麦屋や定食屋の店頭によくある「のぼり」。L字型のポールについてはためいているアレである。
ふだんあんまり気に留めていなかったのだが、一度意識して見てみると思いのほか数がある。街中のぼりだらけなのである。
その中に、一部とても野心的な、意識の高いのぼりが混じっている。
今日はそんなのぼり界の出世争いについてレポートしていきたい。
インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

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この世には二種類のののぼりがいる

そう、街にはためくのぼりには、2種類ある。
店のオリジナルのぼりと、既製品のぼりだ。

まずはオリジナルのぼりの例を見てもらおう。
店名が入っていて、商品のアピールポイントに加え、値段なんかの付随情報も入っている。
店名が入っていて、商品のアピールポイントに加え、値段なんかの付随情報も入っている。
こちらも店名入り。値段は入ってないがキャッチコピーがついて、ウリの部分が前面に押し出されている
こちらも店名入り。値段は入ってないがキャッチコピーがついて、ウリの部分が前面に押し出されている
一方で、既製品のぼりである。特定の店に向けたものではなく、のぼり屋さんがデザインして、問屋街やホームセンターなどで広く市販しているのぼりである。
たとえばこの、うなぎ蒲焼
たとえばこの、うなぎ蒲焼
ラーメン
ラーメン
どんな店でも使えるようにデザインされているので、シンプルである。情報も最低限のものしか入っていない。

オリジナルのぼりと既製品のぼり、この2種類の違いを、まずは頭に入れて読み進めてください。

既製品のぼりが好きだ

2種類のうち、僕が好きなのは断然後者、既製品のぼりのほうである。なぜなら、そこに野心と迷い、もっというと人間味が透けて見えるからだ。どういうことかは、これから順に説明していこう。

隙間ノイローゼ

先ほど既製品のぼりの例として紹介したのぼりは、最もシンプルな、いわば朴訥タイプののぼりである。もう少し続けてみよう。
やきとん
やきとん
右のは店名入りでオリジナルのぼりだけど、ひだりの「しゃぶしゃぶ食べ放題」は既製品っぽい気がする
右のは店名入りでオリジナルのぼりだけど、ひだりの「しゃぶしゃぶ食べ放題」は既製品っぽい気がする
こう比べてみると、既製品のぼりはオリジナルのぼりに比べて圧倒的に情報が少ない。けっこう大きな旗なのに、情報が「ラーメン」「やきとん」だけでいいのだろうか……?

実際のところ、それでいいのである。遠目から見て何屋か判別できれば、客寄せには十分なのだ。でも、いったん考えだすとどんどん不安になってくるのが人間というもの。

「もっと、隙間を埋めなければ……」。

抽象的なひと言

そこでとられる方法が、「ぼんやりしたキャッチコピーを入れる」である。
味自慢
味自慢
思い出してほしい。既製品のぼりはお店がデザインしているのではなく、のぼりのメーカーが「いろんなお店で使いまわせるように」デザインしている。その性質上、たとえば「産地直送」みたいなコピーを入れてしまうと産地直送じゃない店で使えなくなってしまい、のぼりが売れない。したがって、あくまでぼんやりした、情報のない一言を入れることになる。
お得満足!
お得満足!
美味しい!
美味しい!
こだわり
こだわり
ほかほかご飯に旨いおかず
ほかほかご飯に旨いおかず
あっつあつ!
あっつあつ!
ランチメニューが通常よりお得なのはあたりまえだ。定食がごはん+おかずなのもあたりまえ。鉄板で作るもんじゃがあっつあつなのも、よく考えたら当たり前なのだ。

このように、追加の文言に情報はない。冷静に考えると何も言ってないのがこの埋め草コピーの特徴だ。

読書感想文で原稿用紙埋めるために「おもしろかったです。」って何回も書くのと同じ感じである。
この「大小」の部分もその手の埋め草的フレーズなのではという気がしている
この「大小」の部分もその手の埋め草的フレーズなのではという気がしている
ただ、何も言ってないからといって書く意味がないかといわれると、そんなこともない気もする。「うまい!」と味に言及することによって、見た人の味覚を刺激する。それが「あ、とんかつたべたいかも」という気分を喚起することはあるかもしれない。
「とんかつ」と
「とんかつ」と
「うまい!」とんかつ
「うまい!」とんかつ
ほら、「うまい!」って書いてあった方がいいでしょ?

……と思ったけど、冷静に見てみるとどっちでもいいような気もする。でも、僕はこのひと工夫を買っていきたいのだ。
奥のそば、「華やかな味わい」。埋め草コピーは凝りすぎると急に難解になる
奥のそば、「華やかな味わい」。埋め草コピーは凝りすぎると急に難解になる
こののぼりはイラストも凝っていてよかった
こののぼりはイラストも凝っていてよかった
そして、既製品のぼりはこのあと更なる高みを目指す。
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夢はオリジナルのぼり

彼ら既製品のぼりの夢は、オリジナルのぼりになることなのかもしれない。のぼり界にはオリジナルのぼりを頂点とした明確なヒエラルキーがあり、既製品のぼりは虎視眈々とオリジナルのぼりの座を狙っているのだ。

急に何を、と思われたかもしれないが、観察しているとそうとしか思えない事例があるのだ。
デザイン的にチェーン店でよく見るタイプのテイストで、左上に店名らしきものが書いてある。これはオリジナルのぼりだろう、と思ってよく見ると
デザイン的にチェーン店でよく見るタイプのテイストだし、左上に店名らしきものが書いてある。これはオリジナルのぼりだろう、と思ってよく見ると
店名ではなく「KAKIGOHRI」、かき氷なのである。
店名ではなく「KAKIGOHRI」、かき氷なのである。
この手のフェイクを使いだすに至っては、もう明白に、既製品のぼりはオリジナルのぼりを目指しているとしか思えない。これが記事タイトルにある、野心的で意識の高いのぼりである。

よく見ると「暑い夏はやっぱりこれ!」「つめたくておいしい」も、前ページのセオリーどおり何も言ってないコピーである。
ちなみに本物のオリジナルのぼり。たいていすみっこに店名が入っている。
ちなみに本物のオリジナルのぼり。たいていすみっこに店名が入っている。
つづいてこちら。これも「す」の左下に店舗印っぽいものが入っていてオリジナルかと思わせるのだが……
つづいてこちら。これも「す」の左下に店舗印っぽいものが入っていてオリジナルかと思わせるのだが……
よく見ると「旨」。
よく見ると「旨」。
これも左上にロゴっぽいものがあり、店名かソフトクリームのブランド名と思いきや
これも左上にロゴっぽいものがあり、店名かソフトクリームのブランド名と思いきや
「ソフトクリーム」
「ソフトクリーム」
全く同じパターンで、右上に
全く同じパターンで、右上に
「ワイン」
「ワイン」
店名あるいはブランド名っぽく見せておいて、実は一般名詞。これが意識高い系の既製品のぼりの常套手段である。

つぎは僕のお気に入りののぼり。意識の高さがトリッキーな形で表れた、ビールののぼりだ。
「ビール冷えてます」の文字に加え、一番上に何やらドイツ語っぽいものが見える。きっとビールの銘柄が書いてあるのだろう。
「ビール冷えてます」の文字に加え、一番上に何やらドイツ語っぽいものが見える。きっとビールの銘柄が書いてあるのだろう。
「オイシイ ビール ヒエテマス」
「オイシイ ビール ヒエテマス」
まさかのローマ字。しかも下に同じことが日本語で書いてあるのに!「同じこと2回書いていいんだ」というのは意識高い系のぼり界でもブレイクスルーなのではないかと思う。

ちなみにこののぼり、のぼりの右下が丸く切り取られており、ちょっとヨーロピアンな形状になっているのもいい。

最終形態

そんな流れを踏まえたうえで、これがきっと究極進化、進化の最終形態なんだろうな、という既製品のぼりを発見した。
パスタののぼり
パスタののぼり
上に店舗ロゴっぽいものがあるし、なんか細かい文字もいっぱい書いてある。

この文字量、どう見てもオリジナルのぼりだろう。当たり障りのないことしか書けない宿命の既製品のぼりで、これだけのボリュームを捻出できるとは到底思えない。

と思ってよく見てみると…。
まず一番上の店名っぽいところには「PASTA PASTA PASTA」、つづいて「おいしいものは魅力的」という趣旨の文章が書いてあり、その下の店印っぽいところも「PaSTa」
まず一番上の店名っぽいところには「PASTA PASTA PASTA」、つづいて「おいしいものは魅力的」という趣旨の文章が書いてあり、その下の店印っぽいところも「PaSTa」
下にも上と同じ文章。そして見出しは「パスタ大好き!」
下にも上と同じ文章。そして見出しは「パスタ大好き!」
これだけの文字量がありながら、その大半はただのパスタ連呼。驚くほど情報がない。

しかし逆に考えてみよう。「書ける情報がない」という制約がありながら、ここまでの文字量を書き上げたのだ。その技法こそ発明なのである。こののぼりはそんな発明の集大成と言ってもいいだろう。

最終形態と呼ぶにふさわしい一枚。
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のぼりあれこれ

さて、前ページまでに僕が言いたいことはだいたい言い尽くした。ここからはおまけです。

まずは僕が好きなのぼりを掲載しておきたい。
「食べようよ」「大好き」
「食べようよ」「大好き」
メッセージの意味のなさは既製品のぼりっぽいが、ちゃんと店名が入っておりオリジナルのぼりなのだ。
それにしてもこんなにワクワクするのぼりはない。「食べようよ」「大好き」。多くは語られていないのに、思い浮かぶシチュエーションは確実にデートである。セリフは頭の中で彼女の(いない場合は仮想彼女の)声で再生される。それでいて鴨せいろという渋めのメニューなのもギャップ萌えだ。

ワクワク感でいえばこっちのなか卯ののぼりもいいと思う。
こちらは数で勝負。通路の両側に整列
こちらは数で勝負。通路の両側に整列
入店しようとするとかなりのお出迎え感
入店しようとするとかなりのお出迎え感
情報という観点でいえばのぼり1本で事足りるのだが、両側に3本おいての体制は「おもてなし」というほかない。

次のはもしかしたら前ページで紹介すべき既製品のぼりなのかもしれないが、本当に既製品かちょっと判断がつかなかったのでここで改めて紹介する。
氷ののぼり。これがあったのがもんじゃ焼き屋の店頭だったのもちょっと謎なのだが
氷ののぼり。これがあったのがもんじゃ焼き屋の店頭だったのもちょっと謎なのだが
ロゴは小粋なセイウチ。これが氷屋なり製氷機メーカーのロゴなのか、はたまたとってつけたロゴ風イラストなのか、謎
ロゴは小粋なセイウチ。これが氷屋なり製氷機メーカーのロゴなのか、はたまた意識高いロゴ風イラストなのか、謎
以上、気になったのぼり集でした。

のぼらせない

のぼりといえばL字状になった専用の竿を通して設置するのが一般的だが、設置場所によっては特殊な貼り方をしている場合がある。
ロープで縛りつける
ロープで縛りつける
画鋲でとめる
画鋲でとめる
穴が広がってしまい留め直した跡が
穴が広がってしまい留め直した跡が
手作りの竿だろうか
手作りの竿だろうか
カラビナで留まっている。かっこいい
カラビナで留まっている。かっこいい
ガラスに直貼り
ガラスに直貼り
しかもテープで
しかもテープで

中でも今回特筆したいのはこちらの物件。
宝くじ販売の売店に直貼り。
宝くじ販売の売店に直貼り。
これ一見ガムテープでくしゃっと貼ってるように見えるのですが
これ一見ガムテープでくしゃっと貼ってるように見えるのですが
よく見るとガムテープを切って、丁寧にわっかを作りこんでいる。技が細かい
よく見るとガムテープを切って、丁寧にわっかを作りこんでいる。技が細かい
のぼりのデザインが工夫なら、掲示方法も工夫。両者の二人三脚により、のぼりは成り立っているのである。
一方普通のポールを使っていてもこんな工夫も。ランチタイムではないのでランチののぼりを見えなくしてある
一方普通のポールを使っていてもこんな工夫も。ランチタイムではないのでランチののぼりを見えなくしてある
わざわざ洗濯ばさみで。
わざわざ洗濯ばさみで。

いいメニュー

ほんとに取り留めがなくて恐縮だが、のぼりめぐり中にいい手書きメニューのお店を発見したので最後にご報告したい。
「品」とかすごい
「品」とかすごい
むかしの丸文字っぽい雰囲気はあるんだけど、それにとどまらない凝った書体。
全体的に丸っとしてるんだけどボトムのラインだけ妙に直線的なのがかっこいい
全体的に丸っとしてるんだけどボトムのラインだけ妙に直線的なのがかっこいい
鉛筆の手書きメニューもあったりしてこれがまた可愛い
鉛筆の手書きメニューもあったりしてこれがまた可愛い
新橋のちょっとはずれ、「まる徳」というお店。地下のお店に行く階段の途中にメニューがずらっと貼られている。興味があったら調べて見に行ってみてください。

なんかわからないけど独自に進化しているのがいい

「うまい!」とか「大好評」はまだしも、「oishii beer hietemasu.」にどれだけの集客効果があるのか、正直よくわからない。ただ何かしらの基準に基づいて、デザイナーが「よかれ」と思ってやってるのは伝わってくるわけで、そうやって謎な方向に進化を続けていく現象というのはとてもおもしろいなあと思うわけです。
こういうのぼりが一番切ない
こういうのぼりが一番切ない
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