そもそもですよ
「ミルカツ」という名称は省略が多すぎる。いや、「ミルフィーユカツ」という正式名称からして、言わんとしていることが全く伝わってこない。
本来ならば「ミルフィーユ状の肉のカツ」、つまり「ミル状肉カツ」が正解であろうに、それを「ミルカツ」て。縮めりゃいいってもんでもなかろう。
この際、文字通りの「これぞミルカツ!」という物を作ってみようじゃないか。
なんだかんだ言いましたが、要は薄いカツを重ねてみたかったんです。
というわけで、しゃぶしゃぶ用の薄い豚肉を用意
ひとくちに「薄いカツを重ねる」といっても事は簡単ではない。
揚げた後のカツを重ねて接着させるのは困難極まりないし、パン粉をまぶした肉を重ねて揚げたところで、油に触れない部分のパン粉は白いままだろう。そんなカツ、食べたいと思うか? 答えは全力でノーだ。
最初から茶色くしてやろう
考えに考えた挙げ句、生み出したのがこの案である。
やはりパン粉は細かい種類の物を選択。
これをフライパンにドサーッと投入し、
乾煎りすることしばし。
溶き卵も用意して、準備完了。
そう、パン粉を乾煎りして、実際に揚げた時の色に近づけてみたのだ。
ん? まだイメージが伝わりませんか? まあ見ててくださいよ。
まずは肉に粉をはたきます。
しかしまあ、薄い肉を扱うのがここまで大変だとは思わなかった。
ちょっとでも力が加わると、肉はあっけなく破損してしまうのだ。
あくまでそーっと、そーっと…。
パン粉も優しく、そーっと、そーっと…。
思った以上に繊細な作業であったが、なんとか全ての肉に衣を付けることが出来た。
衣に色が付いてますが、あくまで生肉です。
7枚を重ねたところ、かなりの厚みに。
これをまとめて揚げたら、その断面図は…と想像しただけでわくわくが止まらない。
予想外に巨大化してた
どうにか形にはなったが、問題はどうやって揚げるかだ。言うまでもないが、このまま揚げてしまっては肉がバラけてしまう。
肉バラバラ問題は、竹串でどうにか解決。
ここへ接着剤代わりの溶き卵をぶっかける。
串を打ったことにより肉の層に隙間が生じ、多少の損傷が見られたものの、薄切り肉たちはなんとか「一塊の肉」へと変貌しつつある。
これにパン粉をまぶしたら、スタンバイOKとなるが…。
うん、なんとかなったと思う。
あっという間に揚がるであろう薄切り肉だが、重ねてあるだけに中まで火が通るのにどれくらいの時間がかかるのか、さっぱり分からない。
まあ160℃くらいからじわじわ揚げていくか…とコンロに近づいて、思わず「げえ」と声がでた。
鍋に肉が入りきらない!
急遽、一番大きな鍋に油を移し替えた。
ふだん揚げ油の温度を測ったことなどないが、失敗の許されない一発勝負だけに、ここは慎重を期して計測したみた。油の温度は160℃強。うん、いいだろう。
いざ、油の海へダイブ…!
ジョワー!
「いくらなんでも火が通ったよな」と思った時点で取り出すことにした。表面の衣は箸で叩くとカチカチと音がする。うん。いい感じじゃないか?
…と箸で持ち上げてみて驚いた。
な、なに、この重さ…。
なかに挟んだパン粉が油を吸ったせいなのか、えらい重さのカツが誕生していた。
一枚一枚はそれこそ木の葉のように軽かっただけに、これはこれで嬉しい誤算である。
手のひらより大きくて厚いんだもの、そりゃ重いよな。
ああ、早く切って中がどんな風になっているのか確かめたい、なにより切り口が見たい…と気は急くが、まずは揚がったカツをしげしげと眺めまわした。
いい層が出来てる!
ところどころ衣で覆いきれなかった部分に穴が空いているが、おおむね密着しているようである。
知らない人に見せたら「なんだか妙な厚さのトンカツだな。…ん、これ穴?」と二度見しそうなカツと言えよう。
見た目のことはまあいい。問題は中だ。
件の空洞部分。さほど影響はないとみた。
いざ入刀。
断面を見て、思わず「うわー!」と声が出て、そして「わははは」と笑っていた。
これこれ! こういうのを目指してたんですよー!
通常のミルカツと違い、それぞれ肉の層にパン粉が密着している。そう、カツがミル状になっているのだ!
とにかくニヤニヤが止まらなかった。
「こうだったらいいなぁ」 と想像していたものが実際に目の前に現れたとき、人はこういう反応をしてしまうのだろうか。
夢のような景色が眼前にひろがる喜びたるや。
もう、ここでおしまいにしてもいいくらい満足だが、やはり食べねばなるまい。
食べた後の感想がどうであっても「許す!」という気分になっているので、正直、味にさほどの期待はしていない。
だって、しゃぶしゃぶ用の肉だぜ? ぺらっぺらの、それこそ葉っぱみたいな肉なんだぜ?
ここはひとつ、真ん中から食べてみよう。
ああ、やっぱりついしげしげと眺めてしまう…。
これほど「早く食べてみたい!」と思わない肉料理ってのも初めてだ。このまま樹脂で固めて保存しておきたいくらい、外見がパーフェクトすぎる。
なにより揚げ物が好きな私には身悶えするほどの見た目。たまらん。
なぜかお菓子っぽい
どこまでもパリッパリのサックサクである。表面は上顎の皮を傷めかねないほどザクザクしているが、中に挟んだパン粉が肉汁と揚げ油を適度に吸っており、なんだろう、こう…カツというより「肉のエキスを吸い込んだフライ」とでも呼びたくなる物となった。
そもそも、肉を食べている食感ではないのだ。肉が「柔らかい」とか「固い」という次元の話でもなく、ひたすら「噛み応えがない」という新感覚。
ウマいかマズいかで言えば、決してマズくはない。ただ「おもしろい」とだけ言いたい。
ああ、この噛んだあとの断面もステキだ…
間違いない。この料理において肉は主役ではなく、あくまで脇役にすぎない。たとえ7枚重ねであっても、だ。
主役? そんなのパン粉と油に決まっているではないですか!
ボロボロになりがちだった脂身の多い部分。
味で言えば、ここが一番おいしかった。
このパリパリサクサクとした食感は、なぜだかお菓子を連想させた。とても肉料理とは思えないクリスピーな食感ゆえ、なのかもしれない。
単体をまとめたらいいのでは
しかしこの新ミルカツ、また食べてみたいが再度作るには手間がかかりすぎる。
薄切り肉をカツにして、重ねて食べてみたらどういうことになるだろう。新ミルカツほどの衝撃はないだろうが、試しにやってみた。
今度は普通のパン粉を付けて、
一枚ずつ揚げてみる。
しゃぶしゃぶ用の肉はあっという間に火が通る。ほどなく大量のカツが積み上がった。
シャブカツ(しゃぶしゃぶ用の薄切り肉のカツ)
言葉の意味を重視すれば、これこそがミルフィーユカツであろう。料理名を「シャブカツのミルフィーユ仕立て」とし、サブタイトルを「晩秋の公園」にでもすれば完璧だ。
カラッと揚がった落ち葉…いや、カツを2枚だけだが重ねて食べてみた。
もう上顎が痛い。これ以上枚数を重ねるのは無理。
…ああ、これは新ミルカツとはまったく違う。完全に別物だ。食感がパリパリでもサクサクではなく「バリバリ」なのだ。なんなら「ザクザク」でもいい。
そしてやっぱり、なぜかお菓子みたいだ。カツなのにパキン!と割れるし、どこか全体的におせんべいっぽいのだ。
「こういう駄菓子あったよな…」と思いながら、肉の味が微かにするカツを、おせんべいのように食べ続けた。これはいいおつまみになる。とまらない。
本物ってどんなんだっけ
独自の解釈でミルカツを揚げまくり、何がなにやら分からなくなってきた。えーと、世間でいうところのミルカツってどういうのなんだっけ?
近所の弁当屋がミルカツを売っていたので、単品で買ってきた。
ああそうだ、こういうのだった。
中に肉しか入ってないなんて! と憤慨しかけたが、本来はそういうものだった。
実際に食べてみると、揚げ物なのにやけにアッサリしている。
さもありなん。肉とパン粉の割合が「9:1」程度なのに比べ、自作の新ミルカツは「4:6」くらいあったのだ。これほどパン粉の主張が激しいカツが他にあろうか。
市販のミルカツを食べながら「肉ってさっぱりした食べ物なんだなー」と認識を新たにした。
揚げ物が大好きな人にだけオススメしたい
手間はかかるが、かけた手間が確実に反映されるのが我流ミルカツの良さである。
包丁を入れるまで中の様子が分からないのも楽しいし、間にチーズの層や青紫蘇の層、ごはんの層、梅や明太子の層なんかを挟んだら…と想像しただけでニヤニヤしっぱなしになる。
もしも二度目があるとするならば欲張って7層などにせず、せいぜい4層程度に収めようと思った。
言うまでもないが、胃弱の方にはオススメできない一品です。