はっけんの水曜日 2013年10月9日
 

活版印刷と三軒茶屋の夫婦の物語

年代物の印刷機とともに
年代物の印刷機とともに
約10年前、フリーランスになるにあたって名刺を作る必要があった。同じタイミングで、知り合いのデザイナーから「活版印刷の味わい深さ」についても聞き及んでいた。その流れで紹介されたのが、三軒茶屋の露木印刷だ。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!

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結婚と同時に印刷会社を辞めて独立

以来、名刺のストックがなくなるたびに追加発注し、「できました」と連絡があると受け取りに行く。これが、年に一度の恒例行事のようになっている。
印字面に凹凸ができるのが特徴
印字面に凹凸ができるのが特徴
ちなみに、活版印刷とは金属などの活字を組み合わせて作った版で印刷する技術。DTPに押されて、今でもこの機械を使っている印刷屋は都内に数軒しかないという。
こちらでございます!
こちらでございます!
扉を開けると、満面の笑みを浮かべた夫妻が出てきて、挨拶を交わすのが通例だ。そして、お茶を飲みながら近況報告をする。僕にとってその空間と時間は何とも説明がしづらい、特別なものだ。
ご主人の露木大三さん
ご主人の露木大三さん
──お久しぶりです。
ああ、よく来たね。どうぞどうぞ。
──取材となると、へんなかんじですね。
そうそう、こないだもNHKから何か頼まれたんだけど、断ったんだよ。
──えっ、何でですか?
だって、時間ばっかりかかるでしょ。ちょうど忙しい時期だったし。
「あら、いらっしゃい」と奥様の和代さん
「あら、いらっしゃい」と奥様の和代さん
──ここって、いつできたんですか?
昭和35年だっけ。結婚と同時にそれまで勤めた印刷会社を辞めて独立したんだよ。たしか、28歳ぐらいかな。
──若いですね。
少しずつお金を貯めてたんだもん。たばこも、みんながピース吸ってるときに安いヒカリで我慢して。

うちは活版にこだわったから、逆に生き残れてる

活版印刷機は全部で3台
活版印刷機は全部で3台
──お見合い結婚ですか?
そういう時代だからね。人に紹介されて。
(ここで和代さんが)お父さん、昔は無口で何にもしゃべらなかったのよ。回覧板の人も、お父さんしかいないと怖いからそのまま持って帰ったぐらいで。
──今とずいぶん違いますね。
何十年かかけて私がやわらかくしたのよ。
昭和30年代に新品で購入。「500万円ぐらいだったかな」
昭和30年代に新品で購入。「500万円ぐらいだったかな」
──運び込むのが大変そうですね。
これなんかは床のコンクリートに穴を掘って固定してるからね。稼働させる前に機械屋さんが御神酒と塩で儀式みたいなやつを始めて。「君も拝みなさい」って言われたな。
──ここは活版だけなんですよね?
一時期、オフセットの機械も入れたけど、あれは水を使うから色が薄くなるんだよ。それが気に入らなくてすぐにやめちゃった。でも、小さい印刷会社は軒並みつぶれたけど、うちは活版にこだわったから、逆に生き残れてる。
最近交換したハンドルの真鍮部分。修理業者もかろうじて残っている
最近交換したハンドルの真鍮部分。修理業者もかろうじて残っている
古文書のような説明書
古文書のような説明書

並び方は「いろはにほへと」順

──そうだ、活字も見せてください。
あの棚にいっぱい入ってるよ。
ぎっしりと
ぎっしりと
この1箱分でだいたい20万円ぐらい
この1箱分でだいたい20万円ぐらい
アルファベットもあります
アルファベットもあります
並び方は「いろはにほへと」順なんだとか
並び方は「いろはにほへと」順なんだとか
左下に日立のロゴ!
左下に日立のロゴ!
「ほら、たきびさんのもあるよ」
「ほら、たきびさんのもあるよ」

初めての名刺交換

和代さんが「せっかくだから、上がってお茶でも」と言うので、お言葉に甘えることに。10年間通って、ここに上がるのは初めてだ。
実家にいるような面持ち
実家にいるような面持ち
「昔の店の写真とかはないんですか?」と聞くと「すぐには出てこないけど、あ、お父さんの昔のなら」と言いつつ、秘蔵のアルバムを持ってきてくれた。
登山が趣味だったご主人
登山が趣味だったご主人
和代さんいわく、「お見合いの時に登山が趣味だっていうから、山登りが好きな人に悪い人はいないと思って結婚したのよ。こんどの11月30日が結婚記念日だから、どっかに行こうって話をさっきもしてたの」。
初めての名刺交換
初めての名刺交換

というわけで、味わい深い活版印刷(と仲むつまじい夫妻)の世界をご紹介しました。冒頭で「その空間と時間は何とも説明がしづらい、特別なもの」と書いた意味が、多少なりともわかってもらえただろうか。露木さん、引き続きお世話になります。
いつもこちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれる二人なのでした
いつもこちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれる二人なのでした
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