特集 2013年10月20日

書き出し小説大賞・第34回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第三十四回目である。

秋も深まってきた。毎年限界までサンダル履きを続ける私も、ついに靴を履いた。
そんなどうでもいい個人情報はともかく、今回も物語の扉を開ける素晴らしい書き出し作品が集まったのでご紹介します。

書き出し自由部門

「そん話、ちっとおがしぐねえが?」
声のしたほうを見上げると、祖父が逆さの状態で木を滑りおりてきた。
紀野珍
華麗な登場。
わたしはタネであり仕掛けであり、鳩だ。
紀野珍
非常食でもある。
価格にひかれて手に取った商品は100gあたりの値段であった。
大伴
思わず肉に謝りそうになる。
部屋、廊下、キッチン、とあかりをつける。水道の水を飲む。キッチン、廊下、部屋と順に消してゆく。
xissa
光と闇の文学。
三角公園の角は日毎に丸みをおびてくる。
TOKUNAGA
守れ鋭角!
今晩も天体観測と称し、あの柔い脇腹へ冷えた右手を突っ込んでやる。
merumo
人体の宇宙。
猫がリモコンに乗って、知らなかったテレビの機能を引き出した。
ハラセン
これ、赤ちゃんでもありがち。
いっせいに稲刈りの済んだ水田に、ぽつんと手つかずの一角がある。その上には無数のカラスが飛び交い、鈍色の空を掻きまわしている。 来た。彼だ。
じゃいこっち
子泣き爺っぽい妖怪?
数年ぶりに会った彼は隻腕になっていた。聞けば、どこぞの戦地で失ったのだという。わたしはと言えば、背が4センチ伸び、猫毛に少しこしが出た。
clara-co
「彼」の扱いが完全に出汁。
実家の物置に置かれた机の引き出しにしまわれたセーラー服の美少女の写真に恋をしたのは、僕で三代目だった。
早百合
先祖萌え。
三年間マラソンの授業の度に痰を吐き捨て続けた空き地には、現在、宗教団体の巨大な建物が鎮座している。
prefab
痰を奉ってるのかもしれない。
ガラスの靴に足を入れると、肌色になった。
おかめちゃん
外反母趾が透けて見える。

印象に残る登場シーンは、作家にとって腐心のしどころであるが、紀野珍氏の作品は見事な例を言えよう。大伴氏、ハラセン氏の作品は日常あるあるだが、てらいのない文体で素直に笑える。xissa氏はきわめてシンプルな描写で読み手の脳のスイッチを入れる。merumo氏、意外な語句の組み合わせでぞわぞわする読後感。じゃいこっち氏の「彼」は各自の想像に委ねよう。clara-co氏、後半の自己申告で腰がくだけた……。早百合氏の作品は王道の書き出し作品である。今回も粒ぞろいの秀作であった。

つづいては規定部門、モチーフは「記念日」であった。書き出し作家たちによるサプライズ作品をご紹介しよう。

規定部門 モチーフ「記念日」

赤飯は炊けたが、娘は部屋から出て来ない。
おかめちゃん
クラスメイトも全員呼んだのに。
花束を買って帰りたい、その口実を探している。
merumo
ちなみにひとり暮らしだ。
君は、記念日をつくるのがとても上手だったね。
カダヤシ
過去形がポイント。
夫は記念日を忘れているフリをしている。妻はそれに気が付かないフリをしている。
もんぜん
そのまま12時を回った。
25歳の誕生日は、くす玉に入れられたまま終わった。
夏猫
くす玉を取り外す作業が切ない。
人々が消えた。暗雲が垂れ込め、半壊した街は徐々に闇に閉ざされていく。大地に再び光りが射した時、眼前には美しい草原が広がっていた。今日は結婚記念日だ。
TOKUNAGA
超サプライズ!
「僕と一緒に記念日をつくろう」
「あんたと作ったらマジでカレンダーに載っちゃうじゃん」
二年前に公園で知り合ったセドメヴァ公国の王子は、その言葉にはにかんで私の手を握った。
小岩井祝
女性のはすっぱな感じがいい。
デパ地下で3割引きになった惣菜を買う。ワインを試飲し、少し迷って高いチョコレートを2粒買う。東京に来て1年たった。
xissa
自分宛にメールでも出すか。
君と出会ってから特別じゃない日なんてなかったけど、今日はちょうど100日目だったし、僕たちの目と目が初めて合った超特別な日だ。ファインダー越しだったけど、君は恥ずかしがってあわててカーテンを閉めちゃったね。
よしおう
通報しました。
飯の上にのせたかつおぶしが踊り出す。ああ、祝ってくれるのは君だけだ、と茶碗を持って掻き込む夜に、サカリのついた猫たちは、記念日づくりに忙しい。
丸山交通公園
視点がロングになっていく感じがいい。
ようやくどちらにも実がなった、ポマト記念日だ。
菅原 aka $UZY
今夜はポマトサラダだ。
初めての結婚記念日を旧姓で迎えた。
おかめちゃん
旧姓安らぐ~。
刀のようなチューリップを一本、もらった。誕生日に。
xissa
秀逸な比喩。
僕はやさしく妻の左手を取り、そっと指輪を外した。そして元妻の額のベールを下げる。
ぽこあぽこ
ブーケは持ち帰り。
うれしいきもちをわすれないように、僕は犬小屋の入り口に噛み傷を刻む。
xissa
犬の新築祝い。
いつの頃からか私は記念日を集めている。今も一つある男の記念日を教えてもらったところだ。記念日というやつは中々奥が深いもので同じタイトルがついても人によって全く異なる物語がついてくるものだ。
兎は月を見てぴょんと跳ねた
オムニバスができそう。
今日は何かの記念日らしい。その証拠に、白いタイツをはかされた。タイツは嫌いだが、楽しいことがありそうなのはイイ。
横山小観
鼻メガネも。
両親の結婚記念日は七夕だった。ある日、父がそれが刻まれた指輪を失くした。満天の星空の下、牛の放牧地へそれを探しに出て行く父を、母は醒めた目で見ていた。
にゃー美
雄大なスケールと静かな怒り。
薄いカーテンの向こうの暗闇がロイヤルブルーに染まるころ、眠りを忘れて物思いにふけっていた。右耳と左耳と延髄のバミューダが「今日は記念日だよ」とささやいた。
在郷妹子
バミューダの構成がいい。
ヤンママ・カップのトロフィーがロバートの試金石となったその日、マリーは飼い犬と共に三つ子を生んだ。
ボーフラ
シュールな文体、不思議な余韻。
百人目の標的を殺った直後、男の背後でサイレンサーを装着したクラッカーが微かな音を発した。
実話
ゴルゴ記念日。
今日なのは確実だが、何の日だか忘れた。
大伴
ま、いいか。

ひとくちに記念日といっても、誕生日から結婚記念日、またさらには公的、私的にさまざまな種類がある。今回はどの記念日にフォーカスを当てるかがポイントになったと思う。おかめちゃん氏の二本はどちらも簡潔で切れ味のいい作品。カダヤシ氏の作品は過去形にすることで物語に膨らみを与える。TOKUNAGA氏の作品、こういうテーマだとささやかないい話に持っていきがちなところ、逆をつくスケール感で一本取った。小岩井祝氏の作品、1ターンの会話でふたりのキャラを立てた。菅原 aka
$UZY氏、前ふりの言葉が効いている。抜けのいいギャグ。xissa氏の「刀のようなチューリップ」は秀逸な比喩表現。兎は月を見てぴょんと跳ねた氏の作品は、さまざまな記念日にまつわるオムニバスが編めそう。ボーフラ氏の作品には紹介できなかったものにも独特の世界があり今後どう伸びるか楽しみ。在郷妹子氏の作品にも不思議な世界観がある。実話氏、こういう記念日を思いつき、それをまた秀逸なネタものに昇華させた手腕は見事。考えてみると広範囲で難しいモチーフだったが、そのぶんバラエティに富んだ秀作が集まった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
鉄道
今回はもっとも身近な交通機関、鉄道をモチーフにした。通勤通学に使う電車をイメージすれば、日常のドラマが浮かぶだろうし、新幹線なら旅行、出張、また鉄オタのマニアックなネタ、時刻表トリックなど推理モノ(そのパロディも含め)など、取っ掛かりは非常に多いモチーフだと思う。鉄道に関するものなら、駅、駅弁などでもかまわない。書き出し小説を電車のなかで考えるという人も多いだろう。目に映る光景、人物から発想するのも面白いかもしれない。今回はもっとも身近な交通機関、鉄道をモチーフにした。通勤通学に使う電車をイメージすれば、日常のドラマが浮かぶだろうし、新幹線なら旅行、出張、また鉄オタのマニアックなネタ、時刻表トリックなど推理モノ(そのパロディも含め)など、取っ掛かりは非常に多いモチーフだと思う。鉄道に関するものなら、駅、駅弁などでもかまわない。書き出し小説を電車のなかで考えるという人も多いだろう。目に映る光景、人物から発想するのも面白いかもしれない。

さて、それでは前回発表できなかった9月の月間賞を発表する。いつも通り審査員は私、天久聖一とウェブマスター林雄司氏である。

9月月間賞
金色のクレパスに最も近い色は梨だ。
TOKUNAGA(規定部門『秋の味覚』)
かつて梨の色をここまで正確にいい当てた文章はなかった、と思う。それだけでこの作品は後世に残す価値がある。それにしても正確な描写はそれだけで、さまざまな情景や気配を誘発する。この作品の場合だと梨のビジュアルだけでなく、その味や秋空の高さまで感じられるから不思議。(天久)
画像検索して調べてしまいました。たしかに梨だ。梨の表面のざらつきも再現されている。えのぐやクレパスで金や銀を表現することに無理を感じていたけど、それを絵が見える文章で表現したのがすばらしい。梨を触ったときのざらっとした触感まで閉じ込められている書き出しだと思います。(林)
どうしてそう簡単にはんこ、押すかねえ。母はぶつぶつ言いながらフライパンを振っている。銀杏が一つ、ぱん、とこちらに飛んできた。
xissa(規定部門『秋の味覚』)
文脈や状況は分からないのに、一読するだけでそこにはたしかな作品世界が感じられる。すごい。台所に立つ母の背中、窓の外の光りの加減などが勝手に頭に浮かんでくる。xissa氏の作品はいつも渋いけどこの作品はなんか別格のような気がする。(天久)
実家の台所の匂い、湿気を思い出させてくれました。この数日後に英会話のカセットテープが届いて、ビニールのクロスがひいてある実家のテーブルに置かれ、カセットテープのケースをもちあげるときにビニールが少し持ち上がる風景まで広がりますね。その世界に意識が持って行かれそうになりました。(林)
西でインコに論破され、東でオウムに慰められた。
義ん母(自由部門)
いつもアクロバティックで、意外な語句を組み合わせながらもしっかりした世界観を立ち上げる義ん母氏らしい作品。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を彷彿とさせるけど、それとはまったく別モノの世界をつくっている。インコに論破されオウムに慰められる男……弱すぎる!(笑)(天久)
これ大好きな作品です。雨ニモ負ケズの格調高い格言フォーマットなのに鳥といい勝負をしている男になっている。鳥といい勝負という低レベルさははじめて見る低レベルさですよね。しかも猛禽類とか強そうな鳥じゃなくてインコとオウムというカラフルな鳥。(林)
天久賞
ティッシュ箱はもう空だった。宇宙もこんな形なのだろうか。
中目黒
宇宙はひも状という「超ひも理論」というのがあるけれど、これはさしずめ「超ハコ理論」。ティッシュ箱に手を伸ばすということは、おそらく性的な行為のあとだと思うけど、そういうときのちょっと哲学的な精神状態も感じられて、知性とアホさ加減がいい具合に混じったお気に入りの作品です。(天久)
林賞
朝7時頃家を出て、昼過ぎに金メダルを獲得し、夜6時半頃、帰宅した。
哲ロマ
東京でオリンピックが開催されるとそういうことがあるんですよね。オリンピックが語られる感動とか熱いテンションを一切なくしているのが新鮮でした。休日の部活に行って帰ってきたかのようなローテンション。熱く語られるオリンピックにアンチじゃなくてさらっとずらして見せたところが粋です。学びたい。(林)

月間賞は以上である。 さて、次回の締め切りは10月28日正午、発表は11月1日を予定している。以下の投稿フォームから、自由部門、規定部門を選択し送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者

あだんそん/ぬけさく/まっさかげー/りっちゃん/ウウタルレロ/ZERU/旅人3号/網野/サンフラワー/ぽんたろう/ヤッス/こめこ/大倉野のりゆき/m_k/とよ/イーヨ/ブナ林/紙製梱包具/もりた/あずき/(たま)/アイアイ/ババア伝説
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