ちしきの金曜日 2013年11月15日
 

書き出し小説大賞・第36回秀作発表

!
書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。 著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。

前の記事:「書き出し小説大賞・第35回秀作発表」
人気記事:「書き出し小説大募集」

> 個人サイト バカドリルHP 天久聖一ツイッター

書き出し小説秀作発表第三十六回目である。

毎年11月に入ると心ここにあらずの状態でまったく仕事が手につかない。原因は無論ボジョレー解禁日である。日本は時差の関係から世界でもいち早くにこの瞬間を迎えることが出来る。無味乾燥な一年をどうにかやり過ごすことができるのも、遥かブルゴーニュの丘から届けられるこの美酒を、真っ先に賞味できる至福があってこそである。さあ、今年の出来やいかに!と、この時期になると決まって同じ嘘をついています。 それでは今回も、ボジョレーに負けない至上の書き出し小説をご紹介しよう。

書き出し自由部門

グラスの底についてくるコースターを剥がし続けるだけの飲み会だった。
大伴
実際、私語禁止でこの飲み会やってみたい。
お風呂上がりにヨーグルトを食べる事で、かろうじてOLの誇りを保てている。
もんぜん
アラフォーの農協職員だけど。
綿ごみが出来上がるまでの一部始終をずっと見ていた。
哲ロマ
星の誕生に似ている。
頭蓋骨にも美醜はある。
おかめちゃん
まっすぐ転がるのがいい頭蓋骨。
wのキー文字だけが擦れた、課長のパソコンを借りた。
TOKUNAGA
あの能面課長が?!
ハンモックが秋の夜風に揺れている。僕は彼女の白い足首が地面に下ろされる瞬間を待ち続けた。
夏猫
ハンモックの真下で……。
カレンは背中を向けていたが、泣いていた。無重力空間を漂う水の粒がそれを教えてくれた。
紀野珍
僕はそれをスポイトで吸った。>
バスを降りて雪道を歩き始めると、やっと溶けたと思った体がまた、タイツの足下から凍り始めた。
早百合
雪国の登校感覚。
加湿器のモヤの向こうで、父は薄いサンドウィッチを食べている。幼い私は体育座りの背をいっそう丸めた。父は私に謝ることがあるのだ。
縄のれん
弁当の偽装食材の件で。
小学校のときの清水先生の家を訪ねるのだが、いつも途中で道がわからなくなって目が覚める。
xissa
清水先生の安否が気になる。
「おかめインコ工場に勤めてたんですよ」
「え、工場?」
「ええ、工場」
菅原 aka $UZY
塗装担当でした。
弓子は全裸に近い色の服を纏い、鼻を「ぴぃ」と小さく鳴らして拙者を呼んだ。
ゆきいの
「全裸に近い色」がいい。弓子いいキャラ。
右、左、右、慎重な第一歩、左からのクラクション。思えば私の人生はこんなことの繰り返しだった。
司窓
結局人生渡れなかった。
手袋を外すと君は、慌てて両手をテーブルの下へ仕舞う。それを手探りに捕え、僕はあかぎれた十本の束を包んだ。
merumo
貧しくも美しい昭和設定。
「あの子は完全な概念になった。お前以外はあの子を覚えていない。あの子の姿は、ひと欠片も残っちゃいない。」あの子は、どこの誰でもなくなった。
Kurata
誰のものでもなくなった。

肌寒い季節になったからであろうか。どこかうら寂しい孤独感ただよう作品が並んだ。しかし内容は充実。大伴氏の作品、個人的には白木屋の会長のイラストが描かれた紙のコースターが浮かぶ。哲ロマ氏の作品、塵状のゴミが集まりひとつの球体を形成する過程は星の誕生を思わせる。早百合氏、吐く息白い雪国の登校風景が身体感覚で伝わる。縄のれん氏の作品は「加湿器のモヤ」「薄いサンドイッチ」などフックの効いた状況説明で、父と私の微妙な空気を見事に描写した。締め方も上手い。ゆきいの氏のキャラと世界観も気になり過ぎる。全裸に近い色の服? 語り手が拙者? パラレルな時代モノだろうか。この後どんなユニークなアイテムやキャラが登場するのか続きが気になる。merumo氏の作品から漂う昭和っぽい貧しさ。吉永小百合がヒロインの古い邦画を観ているようであった。唐突にこんな作品が現れるのも書き出し小説の面白さだと思った。

続いては規定部門、今回のモチーフは「理系」であった。理系の文学という相反する難題に挑んだ、書き出し作家たちのクールな解答をご覧いただこう。

規定部門 モチーフ「理系」

わかっていても、証明したい。
xissa
もうただの性癖。
保健体育の赤点を、数学と物理で取り返した。
紀野珍
実際の引力は苦手。
おにぎりを頬張る。3つの60度の味がする。
りっちゃんの恋人
おにぎりの角の和は180°
博士が投げた匙が触媒となって実験は成功した。
東雲長閑
いい菌ついてた。
気化熱について熱く語るあいつは、だいたい場の空気が冷えていくのに気付かない。
みつる
周囲の水滴にも気づかない。
彼は、初めてのお花見デートで、ひたすら桜の舞い落ちる速度を計算していた。
おかめちゃん
レジャーシートに数式びっしり。
妻の作る料理はいつも、おかわりがない。
xissa
理系嫁。
打ち上げられた花火に歓声が上がる中、一瞬照らし出された給水タンクの見事な設計に私は感嘆の声を上げた。
NCハマー
「玉屋ぁぁぁっ!」の中ひとりだけ施工会社の名を叫ぶ。
ピカッ!………ゴロゴロゴロ……。「2キロ…」と篤はつぶやき、グラスを泳ぐ氷に目を戻した。
ゆっぴ
石原良純のクールな一面?
カリスマラッパーは右手のマイクでメッセージを、左手のポーズでフレミングの法則を、雄弁に語った。
流し目髑髏
磁力・電流・電磁力・覚えて帰ってYO!
唾液中のリゾチームがもたらす殺菌作用を主軸に、隼人は優子の縦笛をしゃぶった理由について弁明した。とても丁寧で分かりやすい説明だった。
みそ
学会でも発表された。
女子の存在は絶対見逃さず、そしてみんな可愛く見える。理系アイは感度が高く、精度が低いのだ。
IT9
微小な差異は切り捨て。
生物室奥の標本棚に並んでいるカエルの標本は、時々ゆっくりとこちらを振り向くことがある……。まぁ、ホルマリン液の対流かなんかだろうけど。
とりあえずとうじゅ
オカルト科学。
君の土曜日を壊したウイルスをプレパラートに挟み、僕は顕微鏡を覗きこんだ。そいつらのことを、僕はけして許さないだろう。
りっちゃんの恋人
培養させた上で消毒してやる!
現在、平行線上の [ト][シ] と [エ][ミ] それぞれが、再び交わろうとするとき、原点の [ア][イ] は成立するか。ただし、割り切れない [カ][コ] の点は考えないものとする。
TOKUNAGA
[カ][コ] =「過去」が上手い。
気難しい彼が、私の前では白衣のボタンをひとつはずしていることに気づいた夜、私は淫夢をみた。
縄のれん
白衣の下は全裸の夢。
i は虚数だ。そんな数は実在しない。愛は虚言だ。そんな感情に根拠はない。I は私だ。それだけは確かに存在している。
春乃はじめ
デカルト恋愛観。
山荘のテラスで円周率を詠唱する貴顕紳士に、若さと香水が忍び寄る。伏し目がちな伯爵令嬢、ミス・ガウス曲線だった。
ボーフラ
理系擬人化。
告白さえしなければ僕はあの娘とある確率で付き合っていると言えたはずだ。この箱の中の猫のように。
よしおう
シュレーディンガーの恋。

理系、その言葉から連想されるさまざまなイメージをどう作品に落とし込むか。それぞれの苦労が見えて面白かった。 もっとも多かったのは理系キャラを立てる方法。冒頭のxissa氏の作品、紀野珍氏、りっちゃんの恋人氏、IT9氏、春乃はじめ氏、よしおう氏などの作品は語り手が理系キャラのパターン、この場合文体は極力感情を排し淡々とした口調で雰囲気を出している。つとめて客観的な視点、知的なアフォリズムなど、メガネのフレームがキラーンと光るような秀作が多かった。語り手から見た理系キャラのパターンは、観察対象への微妙な距離感に味があった。どれも理系っぽいクールさの中にほんのわずか愛嬌のようなものが感じられて、おそらくそこが理系萌えのポイントなのだろう。

TOKUNAGA氏は数学の問題文のような凝ったつくり。ボーフラ氏は清涼な世界観と上品な擬人化で理系ファンタジーをつくりあげた。文章で理系っぽさを出そうとするとどうしても専門用語を多用したり、論文のような文体でとなるところだが、採用作は巧妙に避けてそれぞれの味を出した。欲を言えば筆致そのものが鋭く切れるような、全体が数式のような出来に達すると更によかったように思う。そういう意味ではまだまだ伸びしろのあるモチーフと言えるかもしれない。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
昔話
今回は異例のモチーフ「昔話」を取り上げてみたい。昔話の書き出しと言えば「むかしむかし……」である。そのまま続けてオリジナルの昔話をつくってもよい。「むかしむかし……」を使わず別の文体で仕上げてもよい。ただ過去にあった話の伝承スタイルであれば、国の設定、スケールなどは自由。場合によってはSFになるだろうし、ホラーや伝説ものにもなるだろう。パロディものはありガチなので逆に難度が高いかもしれないが「これは!」と思うものが閃けばぜひ拝読したい。今回はネタ系に集中しそうだが、こちらもネタ系カモン!の姿勢でお待ちしております。締め切りは11月28日正午、発表は11月30日を予定している。。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。力作待ってます!

※10月月間賞は次回以降に持ち越します。ご了承ください。

最終選考通過者

赤嶺総理/紙製梱包具/suzukishika/m_k/おどげっつぁん/ヨ太郎/(たま)/ウチボリ/@悠弥/りっちゃん/実話/ザラメコガル/にーにる/大倉野のりゆき/けーと/明日の鯱/カタログギフト/Muse/SORA*/ババア伝説/caq/Kurata/もえぎぬ/鯖みそ/ヒロエトオル/ぽんたろう/にょんさん/まな/TL125/
 ▽デイリーポータルZトップへ  

 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ
↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓