はっけんの水曜日 2013年11月20日
 

魔法びんはかつてなぜ花柄だったのか?

テレビのせいで魔法びんの形が変わった

花柄の魔法びんが発売された昭和42年の翌年、もう一つの重要な機能が魔法びんについた。「回転台」である。

お茶の間のテーブルの上に置いてある魔法びんをいちいち持ち上げ向きを変えてお湯を注ぐのは面倒くさい。じゃあ、底に回転台をつけて魔法びん自体を回転させたらいい。という逆転の発想だ。
回転台をつけた魔法びん
回転台をつけた魔法びん
花柄と回転台の相乗効果でさらに魔法びんは売れる。

しかし、人間の横着はとどまることを知らない。卓上に置いた魔法びんをいちいち持ち上げてお湯を注ぐのも面倒くさい。という話になってきた。
最初はポットを逆さまにしたような形が考えられたが、不安定で危ないので商品化には至らなかった。
最初はポットを逆さまにしたような形が考えられたが、不安定で危ないので商品化には至らなかった。

そういうわがままに「どこまでめんどくさがりなんだ!」と逆ギレすることなく、メーカーは魔法びんを持ち上げずにお湯を注ぐ方法を一生懸命考える。そして、いくつかの試行錯誤を経て、登場したのがエアーポットだ。
上のボタンを押すだけで、お湯が出る「エアー式卓上用魔法びん」である。
三枝(文枝)も驚くエアーポット。押すだけでお湯がでるなんて画期的だったのだ
三枝(文枝)も驚くエアーポット。押すだけでお湯がでるなんて画期的だったのだ
花柄の華やかさもあり、回転台が付いて向きが容易に変えられる上に、軽く押すだけでお湯が出る魔法びん。これで万事解決……と思いきや、またさらにクレームが出てきた。
花柄、回転台、エアー式ポット……これ以上なにが不満なのか
花柄、回転台、エアー式ポット……これ以上なにが不満なのか
山口さんはいう「当時の社長が問屋さんと話をしててこんなことを言われたんです。『魔法びんテーブルの上の置いといたら邪魔でテレビが見られへん』って」もう、子供の駄々と同じレベルだ。
しかし、メーカーは「邪魔ならテーブルからおろせばいいだろうが!」というふうには絶対言わない。

邪魔にならない魔法びんを直ちに考える。

その結果、卓上用の魔法びんは、横方向に膨らませてお湯の用量はそのままで、どんどん背が低くなっていく。
従来のものより背が低くなった魔法びん
従来のものより背が低くなった魔法びん
それ以降、卓上用魔法びんの高さは背の低いものが主流になっていく。テレビと魔法びんのあるお茶の間の風景にはそんなひみつがあった。

もともと電球を作っていた工場が魔法びんを作り始めた

魔法びんのルーツは、イギリスで発明されたデュワー瓶だ。フラスコを二つ重ね、間の空気を抜くことにより保温力を高めたものだ。

小・中学校の理科室ではあまり見かけない実験器具かもしれないが、液体窒素の実験をする場合、液体窒素を入れておく瓶がまさに「デュワー瓶」である。
魔法瓶の原型、デュワー瓶の復元モデル
魔法瓶の原型、デュワー瓶の復元モデル
二重になったフラスコの間の空気を抜いて真空にすると熱が外にもれないので保温力が高くなる
二重になったフラスコの間の空気を抜いて真空にすると熱が外にもれないので保温力が高くなる
1904年、ドイツでデュワー瓶に金属製のケースをつけることにより、家庭用で使える保温瓶として作られ販売された「テルモス」という商品が現在の魔法びんの原型である。
寒暖瓶という呼び名が風流でいい
寒暖瓶という呼び名が風流でいい
1908年、魔法びんは「寒暖瓶」の名で日本に輸入される。今、便宜的に魔法びんと呼んでいるけれど、この頃はまだ「魔法びん」という呼び方はない。
こちらがその「寒暖瓶」の実物。花柄なんてかけらも見えない
こちらがその「寒暖瓶」の実物。花柄なんてかけらも見えない
1912年、日本電球に勤めていた八木亭二郎が魔法びんの国産化に成功する。電球のガラス製造技術や真空の技術がそのまま魔法びん製造の技術に応用できたためだ。
日本で造られた魔法びん
日本で造られた魔法びん
その後、ガラス製造の本場であった大阪で、魔法びんを作る業者が続々と現れる。日本の魔法びんメーカーのほぼすべては大阪に存在するのはそのせいなのだ。

象印マホービンをはじめ、タイガー魔法瓶、ピーコック魔法瓶など、すべて大阪の会社だ。

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