はっけんの水曜日 2013年11月20日
 

落語ならぬ「泣語」を聞いて泣けたのか

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「泣語(なくご)」。思わず泣ける噺を聞かせる話芸らしい。僕は映画を見ても小説を読んでも、あまり泣かない。イチローのバックホームなど、球技の超ファインプレー映像では泣く。10月下旬、その「泣語」イベントが新宿で開かれると聞いて行ってみた。果たして泣けるのか。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!

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「体験泣語」と「創作泣語がある

新宿はいつも賑やかである。しかし、泣いている人はいない。
新宿西口駅の前
新宿西口駅の前
会場に着くと、入り口にオープン待ちの行列ができていた。比較的女性が多いようだ。
これから泣く人々
これから泣く人々
「泣語」の発案者は、泣くことで日頃のストレスを解消しようとする涙活(るいかつ)などで知られる寺井広樹さんだ。高齢者施設に「出張涙活」をした際に、泣ける動画を見せても泣かなかったお年寄りたちが、噺に切り替えた瞬間に泣いてくれたのを見て閃いたという。
「離婚式プランナー」でもある寺井さん
「離婚式プランナー」でもある寺井さん
彼いわく、「泣語」には自身の体験に基づいた「体験泣語」と、見聞きした話を元に作る「創作泣語」に分けられるそうだ。

「最近では涙活の輪も広まってきて、松竹芸能所属の芸人さんが大阪で涙活を開催したりしています。笑わせるよりも感涙させるほうが得意な芸人さんもいるはずなので、これからは泣語家に転身する落語家さんや芸人さんも出てくるのではないでしょうか」
「個人的には、お祖母ちゃんモノの噺に弱いです」
過去の泣語イベントの模様
彼自身、初代泣語家として「泣石家たきび」という名前を持っているという。えっ、「たきび」?

「そうなんですよ。涙活のテーマが『涙で心に火を灯そう』なので、そこから取りました」

「泣語」のルールは以下の4つだ。
1)5分以内の分量にまとめる
2)ブータンの民族衣装をモチーフにした「泣き装束」を着用
3)終盤には泣語家自身が目に涙を貯めて袖で涙をぬぐうのが作法
4)締めの言葉は「今日の私の噺は涙と共に水に流していただければ幸いです」
ブータンの民族衣装を着る理由は、「国民総幸福量」を提唱した国だから。「国民総幸福量」とは、国民一人当たりの幸福を最大化することによって、社会全体の幸福量を最大化するという考え方だ。
これがブータンの民族衣装
これがブータンの民族衣装
上の写真は、今日「泣語」を披露する泣石家霊照(なかしや・れいしょう)さん。本業は会社員である。涙活イベントに客として通っているうちに、寺井さんからスカウトされたそうだ。

「最近では、映画『インポッシブル』を観て泣きました。離ればなれだった家族が再会するシーンですね」

離婚したばかりの男性から返事が届く

さて、そろそろ始まる。狭い会場は人でぎっしりだ。
早く泣きたい
早く泣きたい
霊照さんが高座に上がった。演題は「神様からの手紙」。寺井さんの実体験をもとに作られた噺だ。
ちなみに、「霊照」は本名とのこと。すごい
ちなみに、「霊照」は本名とのこと。すごい
噺の概要は以下の通り。
小学校2年のとき、創立記念イベントで学校の屋上から「これをひろった人はおへんじください」という手紙付きの風船を一斉に飛ばした。すると1カ月後に学校から約20km離れた町に住む男性から返事が届く。

添えてあった電話番号にかけて「おれいをいいにいきたいです」と伝えると、「君が僕の年になったらぜひ会いに来てください」とのこと。当時、男性は28歳だった。
これがその手紙だ
これがその手紙だ
20年が経ち、封筒に書かれた住所を頼りに男性の家を訪ねる。玄関先で事情を話すと覚えていてくれたうえに、「君の手紙は僕の人生を支える手紙だったんだよ」と言われる。

いわく、彼が手紙付きの風船を拾ったのは、家業の農業をこころよく思わない奥さんと離婚したばかりで落ち込んでいた時期。これはきっと神様からの手紙に違いないと思い、返事を書いた。

文面には「自分は勉強をろくにしてこなかったから、ろくに漢字も知らない。君にはしっかり勉強をしっかりして立派な大人になってほしい」という思いが込められていた。
落語家っぽい動き
落語家っぽい動き
20年間、自分の人生に目的を与えてくれた手紙は、偶然受け取った男性にも大きな影響を与えていた。彼は今、再婚をして幸せな家庭を築いている。

出会いと偶然を大切にすることで、 私たちはまだまだ幸せになれると気づいた。男性からの手紙は常に手元に置いて、時々読み返している。

スカイツリーの展望台で撮った“記念写真”

続いて登場したのが、泣石家芭蕉(なかしや・ばしょう)さん。演題は「スカイツリー」。できたてほやほやの「体験泣語」だそうだ。
オモテの顔は葬儀社の若旦那
オモテの顔は葬儀社の若旦那
今年の3月、祖父が亡くなった。生前は「スカイツリーに昇ってみたい」と何度も言っており、孫としてはそれを実現させてあげられなかったことをずっと悔やんでいた。

すると先日、弟から携帯電話に「今スカイツリーに来てるよ」というメールが届く。添付ファイルを開いてみると、そこには祖母、母、弟がスカイツリーの展望台で撮った記念写真があった。
この後、目に涙を貯めて袖で涙をぬぐう
この後、目に涙を貯めて袖で涙をぬぐう
しかし、文面には「お祖父ちゃんと一緒だよ」とある。再度、写真をよく見ると祖母の手には祖父の遺影がしっかりと握られていた。

ちょうど老人ホームで「泣語」を披露する直前だったにもかかわらず、万感の思いが込み上げて泣いてしまった。
たしかにこれは泣ける
たしかにこれは泣ける
結論から言えば、「スカイツリー」を聞いた後に芭蕉さんに見せてもらった“記念写真”でうるっと来た。あれはずるい。

13年間一度も泣いたことがない男も泣く

寺井さんによれば、不幸から幸せに移行する過程での落差が大きければ大きいほど泣ける噺になるとのこと。「そういえば、『13年間一度も泣いたことがない。泣き方も忘れた』という男性がイベントに来て、しっかりと泣いて帰っていったこともあります」。愛猫をテーマにした動画がツボだったそうだ。
こちらもブータンの民族衣装
こちらもブータンの民族衣装
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