フェティッシュの火曜日 2013年12月3日
 

長くつづいた水戸納豆の会社

納豆といえば水戸な理由
納豆といえば水戸な理由
長くつづいた小さな会社の話がおもしろいなと思う。業界の歴史をよく知っていて、ざっくばらんに話してくれるからだ。

そんな会社はないかなと探していると水戸納豆の老舗が見つかった。そういえばなぜ納豆といえば水戸なんだろう。

老舗の歴史をきかせてもらって、納豆業界全体を知ろう。
1980年生。明日のアーというコントのユニットをはじめました。動画コーナープープーテレビも担当。記事はまじめに書いてます

前の記事:「博物館の人にどこがおもしろいのかきいてみる」
人気記事:「リカちゃん人形をダンボールで作ると泣けます」

> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

天狗納豆の笹沼五郎商店さん
天狗納豆の笹沼五郎商店さん

水戸納豆でいちばんの老舗、天狗納豆

水戸駅のほどちかくにある天狗納豆の直売所と工場。ちかづくと蒸し上げた大豆の匂いがする。

「明治22年創業で来年125年になります。初代の笹沼清左衛門さんが納豆づくりをはじめて、三代目の五郎さんで法人化、私の代で六代目ですね」

水戸納豆でも一番古いのがこの笹沼五郎商店さん。しかもよくきけば水戸納豆自体、ここの初代がはじめたそうだ。
天狗納豆の笹沼五郎商店六代目、笹沼寛さん。25のときに入って今は15年の若い社長さん。
天狗納豆の笹沼五郎商店六代目、笹沼寛さん。25歳のときに入って今は15年目の若い社長さん。

本で読んで作りたくなったそうだ

――そもそも水戸は納豆作りがさかんだったんですか?

「いや、商売としてはなかったでしょうね。農家さんでは作ってたんでしょうが。うちの清左衛門さんが最初ですね」

――清左衛門さんはなぜ納豆製造をはじめたんですか?

「初代が江戸時代の文献を読んでたらしいんですよ、そこに納豆のことが出てたんですね。これを作ってみたいと思ったのが最初のようですね」

昔の本見て「これ作りたい」と思ってやったのか。今だとYouTube見てコーラにメントス入れるようなものなのかな。

――文献で!? 当時は普及してたんでしょう?

「う〜ん、東北の方は納豆作りがさかんですし、どこも作ってたとは思うんですが、商売はなかったんでしょう」

――そうか、情報がまわらないんだ

「インターネットとかないですからね(笑)

それで仙台で作られてることを知って、修行に行ったり技術者を呼んだりして明治22年に販売がはじまりました」
やっぱりひげがすごい。明治の偉い人の特徴はひげだ。
やっぱりひげがすごい。明治の偉い人の特徴はひげだ。

完熟で小さいのが好評だった

――水戸納豆が有名になったのはなぜですか?

「茨城には那珂川という川が流れていてその辺りは大豆栽培に適した砂っぽい土なんですよ。枯れてるっていうかね。

秋口、台風がきますよね。台風がきて川があふれるまえに、早生で収穫できる大豆というのが作られていたんですね。しかも水戸近郊は大豆が元々小粒だった。

清左衛門さんの時代の一般的な納豆は今より大きかったから小粒でたべやすいってんで喜ばれたんですね。基本的に大豆ってみんな大きいですから。

たべやすく、秋には安定的に手に入る。商売するには非常に好都合だったんですよね」

うちの家では「納豆はふつう小粒だけど、大粒がゴロッとしてていいな」とブームになっていたのだが、まったく逆のことが水戸納豆人気の発端だったのか。

今納豆が小粒なのもここがスタートだったのだ。
納豆の歴史の展示館も併設されている。旅行の団体客が来て、歴史見て工場見ておみやげを買っていくそうだ。なるほど。
納豆の歴史の展示館も併設されている。旅行の団体客が来て、歴史見て工場見ておみやげを買っていくそうだ。なるほど。

SLが水戸納豆を流行らせた

「販売を開始した明治22年は市制誕生、水戸市ができた年です。

同時に水戸と栃木の小山にSLが開通しました、水戸線っていってね。小山経由で水戸へ訪れる観光客が増えたんですね。

そこで納豆を水戸駅で売ったところ評判を呼んだ。当時は駅弁売りのスタイルで売ってたんですね。それで水戸納豆が流行ったんです」

水戸納豆、水戸納豆とよくきくが、じつは何にも知らなかった。あれは当時のご当地グルメであり。みやげ物として有名になったのだ。

そしてこのみやげ物というもの自体、今とはすこし価値がちがうようだ。
駅では弁当売りスタイルで納豆が売られていた
駅では弁当売りスタイルで納豆が売られていた

みやげものの価値がものすごく高い

「東京には一日ではいけないような時代ですからね、水戸に行って買ってきたものって相当貴重な品になったと思うんですよね。それでおいしかったなんていったら評判になりますよね。

そんないろんな条件がかさなりスタートダッシュになって水戸納豆が大ブレイクしたんです」

なんか考えさせられるのは、今ネットでおいしいものとりよせても手軽すぎてあんまり評判にはならないだろうなと。

「当時は旅行自体がぜいたくで、ご近所さんにお土産くばるのが当然だったので、まあ売れましたよね。旅行業界が右肩上がりのバブルの時代くらいまでずっと売れましたね」

以降、天狗納豆はおみやげ用の納豆を中心に作りつづける。

ここは納豆メーカーといってもスーパーにならべてたわけではなく、名産品としての水戸納豆を伝統的に作る会社だったようだ。
今では高級スーパーなどにもあるそうだが、天狗納豆はそもそもおみやげ用の商品が多い
今では高級スーパーなどにもあるそうだが、天狗納豆はそもそもおみやげ用の商品が多い

 ▽デイリーポータルZトップへ つぎへ>

 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ
↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓