特集 2014年1月10日

書き出し小説大賞・第39回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第三十九回目、新年一発目である。 元旦から10日が過ぎたものの、私の中ではいまだ正月が持続してる。正月三が日とは意志なき者の詭弁に過ぎない。ひとり、またひとりと日常へ帰還するなか、最後の正月者として孤独な戦いは続く。あきらめたらそこで正月終了だよ! それでは今回も、新年の滑り出しにふさわしい書き出し小説を紹介する。

書き出し自由部門

あの車はどうやってあそこにとめたんだろう。
xissa
二階と三階の踊り場に?!
テレポーテーションに成功したと同時に見知らぬおっさんとキスを交わした。
大伴
シンプルな笑作。
父がクォーターであることを犯人の脅迫状で知った。
野村バンダム
曾祖父がモンゴル。
長すぎる沈黙を破ったのは、理恵子の空腹だった。
早百合
腹の音ではなく「空腹」にとどめたのがいい。
見たことのない単位の数値を突きつけられ、そこそこの剣幕で抗議された。
紀野珍
手抜きの加減を数値化された?
ビール泡のような雲間からエイヒレのごとき光が降りそそいだ。
大伴
一杯いきたい。
ハサミの側面が冷たく瞼に触れ、ジョキリ、ハラハラと視界を広げてゆく。
merumo
無痛な描写が逆に怖い。
喫茶店の中までガムを噛んでいると、マスターの友達が懐紙を呉れた。よく晴れた日であった。
ボーフラ
ラストは澄んだ空が浮かぶ。
母さんからの手紙は読み進むにつれインクが擦れ、唐突に毛筆書きに変わった。
TOKUNAGA
寝オチの瞬間ビクッ!となるのに似た感覚。
釈迦はそっと目を瞑り、キャッチャーミットを右から左に動かすと、マウンドには沙羅双樹の花が咲き乱れた。
トニヲ
仏教野球小説という新ジャンル。
それは、何も悪くないし、誰も傷つけてないけど、ただただ気持ち悪かった。
おどげっつぁん
鏡を見ての感想?
布巾は最後に言った、「あなたは最後までドジね」。牛乳のにおいが目に染みた。
ウウタルレロ
乾くと臭い。
窓にへばりついた甥の白い腹を、硝子越しにコツコツと擽れば、ぺらり剥がれて雪に落ちた。「入れてあげればいいのに。」後ろで妻が愚痴と正論を同時に吐く。
義ん母
奇妙で隙のない世界観。

xissa氏の作品、読後と同時にあらゆる隙間に縦横ナナメと収納された車が浮かぶ。早百合氏、言い回しひとつでキャラや情景が立ち上がる。小説文体の見本的手法。紀野珍氏の単位、想像が広がる。大伴氏のアルコール依存的情景、merumo氏のシニカルホラー、トニヲ氏の宗教野球、どれも短い文章の中でオリジナルな世界観を出している。義ん母氏の異世界日常描写、今回も隙のない完成度である。ネタ系は言うまでもなく高水準。新年好調な滑り出しを見せた自由部門であった。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「年末年始」であった。さて書き出し作家たちの年末年始いかがであったか、時系列で並べてみた。

規定部門 モチーフ「年末年始」

「この時期は忙しくってやあね」と言うと、母は「忙しいうちが花よ」と炬燵のスイッチを切った。
sou
気持ちいい日常感。
自室の床の冷たさで、階下の住人の帰省に気付く。
大伴
無料の床暖としばしの別れ。
日めくりカレンダーの最後の一枚をめくると、そこには幸恵の顔があった。
80
妻そっくりの壁のシミ。
大掃除はルンバが一手に引き受けてくれた。
nipponia
仕上げはファブリーズで。
歌留多の絵札が大掃除でやっと見つかった。
よしおう
押入の壁に刺さってた。
網戸についたホコリをひと目ずつ爪楊枝で押し出して取り除いていると、いつのまにか夕方になっていた。
おかめちゃん
続きは来年。
僕は固唾を飲んで紅白の結果を待っていた。明かりもなく、物音一つしない静かな部屋でだ。
かぼちゃ
「でだ。」がいい。
最後のサンタの口を、ハンケチで塞ぐ。断末魔を闇に殺す。腕時計が示しているのは23時45分。今年は大分、時間がかかった。
うみ
ぎりぎり年内に。
夜行バスで隣り合わせた女が突然泣き出した。遠くで除夜の鐘が鳴っている。
よしおう
年越しバスは悲喜こもごも。
年末から剥がし始めたかさぶたが新年に剥がれた。
TOKUNAGA
新学期友達に自慢しよう。
三十分ほど遅れて始まった隣町の除夜の鐘は、ちょうど七十発目で近所の寺の鐘に追いついた。
紀野珍
算数の応用問題的な。
ほかのありとあらゆるものに追い越されながら、年だけは越した。
紀野珍
ゴールは平等。
元カレからの指輪を投げ捨て二拝二拍手一拝。
unnnunn
最後にオマケの舌打ち一つ。
獅子舞に噛まれてからの記憶が無い。
もんぜん
気がつきゃ2月。
「一富士二鷹三茄子」とは淫夢のことではないだろうか。
おかめちゃん
加藤鷹が茄子を持って……
お母さんに預けたお年玉くらいに複雑な思いなんです。
トミ子
お前のモノは俺のモノ。お母さんジャイアン説。
駅伝も琴の音もけだるい。祖母は花嫁姿を見せろとうるさい。スマホで検索した。「二泊三日 ハワイ」。あのときなぜ、ハワイには救いがあるなんて思ったんだろう。
ひめ草
アラサーリアル正月。
だから鏡餅の近くに加湿器を置くなとあれほど言ったのに。
司窓
餅がジャバザハットに!?
曜日感覚がだんだん消え、ゆっくりと戻ってきた。
司窓
日常フェードイン。

年末編はやはり大掃除ネタ、大晦日ネタが多かった。大伴氏はその中でするどい足裏感覚で年末の一瞬を切り取った。かぼちゃ氏の文末「でだ。」に凝縮された心情なんとも言えない。うみ氏のサンタ狩り、ダークなSF映画のようでかっこいい。年越し編ではよしおう氏の夜行バスが印象に残った。紀野珍氏の2作はどちらも上手い。新年編。もんぜん氏の作品で初ガッカリ。ひめ草氏はリズミカルに女子のリアルを描いた。司窓氏の2作品でゆっくり日常に帰還する。時系列で読むと、書き出し作家たちの年末年始群像劇を読んでるようで楽しめた。書き出し作家のみなさま、今年もよろしくお願いします!

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
地獄
正月気分をリセットするべく、今回は奈落のモチーフを選んでみた。日常に潜む地獄、地獄的なシチュエーション、本当にあった地獄なエピソード、あなたの考えたオリジナル地獄、架空の地獄体験談など、地獄にまるわるエトセトラをあなたなりに綴って欲しい。締め切りは1月18日、発表は1月20日を予定している。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択して応募して欲しい。力作待ってます!

最終選考通過者

あやかん/勝新/鯖みそ/イセグチ/にょんさん/ババア伝説/ひろく/あさかわ/大倉野のりゆき/megahiro/sou/TL125/東雲長閑/horikirix/じゃいこっち/suzukishika/くろいさん/社交ダンク/縄のれん/ハラセン/kgk/吉蔵
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