特集 2014年1月14日

ある意味究極のカニ料理「かにこ汁(がん汁)」

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小学生の頃、房総の食文化について書かれた本の中で不思議な料理の写真を見かけた。見た目はけんちん汁に似た澄まし汁で、具は砕いた豆腐のようなものだけであった。
だが説明文を読んで驚愕した。その料理はモクズガニというカニを丸ごと砕いてエキスだけを抽出し、煮込んだものだという。豆腐のように見えたものは熱で固まったカニエキスだったのだ。
なんだそれ。絶対うまいだろう。試す。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

前の記事:ハリセンボンの皮は針を全部引っこ抜いて食べるとけっこう美味い

> 個人サイト 平坂寛のフィールドノート

房総では「かにこ汁」大分では「がん汁」

カニは美味しい生き物だ。だが同時になかなかフラストレーションの溜まる食材でもある。
身をほじくるのは手間がかかるし、手が汚れて食べづらい。小さめのカニだとイライラも一際で、どうしても身が脚の先などに残ってしまい後ろ髪を引かれる。だが、件の調理法ならば殻以外を余すところなく食べることができるのだ。
材料となるモクズガニ
材料となるモクズガニ
房総の一部で「かにこ汁」と呼ばれ親しまれていると聞いていたが、よくよく調べてみると同様の料理が各地に存在しているようだ。たとえば大分県には「がん汁」という名で伝わっているのだが、やはり調理法はほぼ共通で、材料も同じモクズガニである。
モクズガニのハサミには柔らかい毛がモサモサ生えていて熊のよう
モクズガニのハサミには柔らかい毛がモサモサ生えていて熊のよう

カニ採りは楽しい

かにこ汁を自作するにあたって、兎にも角にもまずはモクズガニを入手しなければならない。地方によっては魚屋などで販売されていることもあるようだが、残念ながら僕の住む町やその周辺では見たことがない。となれば自ら採りに行くしかない。
水がきれいで岩の多い川が狙い目
水がきれいで岩の多い川が狙い目
モクズガニは海と川を行き来するカニで、港や河口から山の中の渓流にまで幅広く生息している。今回はできるだけ水がきれいな川の上流域で捕まえることにした。
見つけてもすぐに石の隙間に潜り込む…。
見つけてもすぐに石の隙間に潜り込む…。
モクズガニはいる場所にはまとまった数がいるのだが、けっこう臆病な性格ですぐに物陰に逃げ込んでしまう。だが、そんなカニを捕まえるためのちょっとコツがある。
まず捕まえたのはテナガエビ。これもおいしいがエビだが今回はあえて食べない。
まず捕まえたのはテナガエビ。これもおいしいがエビだが今回はあえて食べない。
適当なエサを草の切れ端に結んでおびき出すのだ。今回は現地で捕まえたテナガエビを使ったが、魚の皮でもつぶしたタニシでもスルメでもよっちゃんイカでも、頑丈なものなら何でもいい。
こんな感じで草きれに結ぶ。
こんな感じで草きれに結ぶ。
しかし、こちらを警戒して隠れているカニが果たしてこんなものにつられて出てくるのだろうか?答えはイエスだ。
石の隙間に差し出した瞬間にダッシュで掴みに来る
石の隙間に差し出した瞬間にダッシュで掴みに来る
モクズガニは目の前にエサがあればとりあえず食べずにはおれないらしく、条件反射のように素早くがっちりと掴んでくる。あとは外へジリジリと少しずつ引っ張り出してやればいい。
まんまとおびき出せた。
まんまとおびき出せた。
この時、あまり強く引っ張るとやはりさすがに警戒されてしまう。じっくり時間をかけて引きずり出す。
確保!!
確保!!
手ごろな位置までおびき出せたら、甲羅を両脇からを掴んで捕獲完了だ。簡単だし楽しい。
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次々に獲れる

餌につられて次から次に
餌につられて次から次に
思うがままに
思うがままに
おびき出される純真なカニ達。知らない人について行ってはいけない。
おびき出される純真なカニ達。知らない人について行ってはいけない。
この方法で中型のモクズガニを8パイ捕まえた。丸茹ででもいけるが、ちょっと食べづらいサイズだ。だが、かにこ汁にするのに大きさは関係ない
初めて作る料理なので、どれくらいの量が必要かわからない。でもこれだけあれば足りるはず。
初めて作る料理なので、どれくらいの量が必要かわからない。でもこれだけあれば足りるはず。
特大サイズもゲット!これは丸茹でで食べたいという知人にプレゼントした。
特大サイズもゲット!これは丸茹でで食べたいという知人にプレゼントした。
持ち帰ったカニは2日間ほど水を替えながら泥を吐かさせておく。その間の注意点としては、カニに対してうっかり愛着がわかぬよう心を鬼にして接することが挙げられる。

いざ調理!

さあ、ここまで来たらようやく料理に取り掛かれる。
この料理の存在を知るきっかけとなった本はもう手元にないのだが、おおまかな作り方は覚えている。というか忘れようがないほどシンプルなのだ。
「ふんどし」を外して胴体と甲羅の隙間に箸を差し込み、てこの原理で甲羅をはがす。
「ふんどし」を外して胴体と甲羅の隙間に箸を差し込み、てこの原理で甲羅をはがす。
まず甲羅を外してカニミソを取り分ける。続いてエラを取り除けば下ごしらえは終了である。甲羅とエラは捨ててしまうが、それ以外はすべて利用する。これほど無駄のないカニ料理もそうあるまい。
黄色いのがミソ。甲羅や小皿に取り分けておく。
黄色いのがミソ。甲羅や小皿に取り分けておく。
また、今回は一度冷凍してシメておいたので問題なかったが、モクズガニはハサミの力が強いので扱いには注意が必要だ。
ミソだけは仕上げで使うが、取り分けるのが面倒ならいっしょくたにしてしまってもいいらしい。
ミソだけは仕上げで使うが、取り分けるのが面倒ならいっしょくたにしてしまってもいいらしい。
この灰色のビロビロがカニのエラ。一応取り去るが、この料理では多少残っていても問題ないかもしれない。そんな大雑把な料理なのだ。
この灰色のビロビロがカニのエラ。一応取り去るが、この料理では多少残っていても問題ないかもしれない。そんな大雑把な料理なのだ。
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ひたすらすり潰せ!ひたすら濾せ!

そしてここからの過程がこの料理の要であり正念場である。カニをフードプロセッサーですり潰し、エキスだけを濾し採るのだ。
今回はハンドミキサーを使用。前もって包丁で適当なサイズにぶつ切りにしておくと楽。
今回はハンドミキサーを使用。前もって包丁で適当なサイズにぶつ切りにしておくと楽。
硬いカニを殻ごと粉砕するのはなかなか骨が折れる。しかし昔はこの作業をすり鉢とすりこぎでこなしていたというから先人には恐れ入る。また、大型個体のハサミは硬すぎてフードプロセッサーが痛む恐れがあるので注意したい。
ねっとりした泥のようなモノになる。正直に言うと、まずそう。
ねっとりした泥のようなモノになる。正直に言うと、まずそう。
あまり細かくすり潰しすぎてもエグみが出ると聞いたので、ほどほどで止めておいた。
すり潰したブツは、「カニの香りがする泥」としか言いようがない見た目である。モクズガニの外見からある程度予想がついていたが、やはり黒っぽい。
これに水を加えて目の細かいザルで一度、さらに布巾でもう一度、搾るように濾す。
ザルで濾したもの。パッと見はなめらかだが、まだ砂粒のような殻の破片が混じっている。
ザルで濾したもの。パッと見はなめらかだが、まだ砂粒のような殻の破片が混じっている。
さらに目の細かい木綿の布巾で濾したもの。ここまでやってようやく火にかけられる。
さらに目の細かい木綿の布巾で濾したもの。ここまでやってようやく火にかけられる。
取り除いた殻の破片。洗うようにしっかり濾すとまったく身は残らず、砂のようにさらさらに。
取り除いた殻の破片。洗うようにしっかり濾すとまったく身は残らず、砂のようにさらさらに。

加熱すると大きな変化が

この段階でもまだ泥水のような見た目だが、カニエキスはばっちり抽出できている。…らしい。これにさらに適量の水を加え、弱火にかける。
このカニくさい泥水が本で見たあの料理になるのか…?
このカニくさい泥水が本で見たあの料理になるのか…?
かなり不安だが、これをかき混ぜながら少しずつ加熱していくとカニエキスに含まれるたんぱく質が豆腐のように固まり、汁が澄んでくるという。やってみよう。
何やらアクのようなものが…
何やらアクのようなものが…
時間が経つにつれ、鍋の中にアクのようなものが浮き始めた。これがタンパク質の塊なのか…?
煮立つ前に塩を加える。
煮立つ前に塩を加える。
さらに塩を加えると一気に凝固が進む…と聞いていたのだが、依然としてアクだらけの泥水である。本当にやり方これで合ってるのか?というかこれ食べられるのか?

アクにしか見えないよなぁ?
アクにしか見えないよなぁ?
が、汁が煮立った瞬間に大きな変化が。アクのような物体が一気にまとまって固まり、濁っていた汁が澄み切ったのだ。
あの泥水が透き通った!?
あの泥水が透き通った!?
アクのように見えたモヤモヤもいつの間にか沖縄のゆし豆腐か鶏そぼろのような塊になっている。先ほどまでとは打って変わって食欲をそそる姿になった。醜いアヒルの子を彷彿とさせる変貌ぶりだ。
仕上げにカニミソを落としてまたひと煮たち。
仕上げにカニミソを落としてまたひと煮たち。
分けておいたカニミソは仕上げに好みで加える。個人的には好物であるが、今回は比較のために入れたものとそうでないものと2通り用意した。
また、味付けについても塩のみ、しょうゆ仕立て、味噌仕立てと地域や家庭によってバリエーションがあるようなので色々試してみた。
どれが一番おいしいだろう
どれが一番おいしいだろう
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凝縮されたカニの旨み

さあ、いよいよ試食の時が来た。このかにこ汁、なかなか手間のかかる料理だったが、果たしてそれに見合う味だろうか。
まずは一番シンプルに塩だけで味付けしたもの。カニミソも無し。見た目も味もはすっきりしていて上品。
まずは一番シンプルに塩だけで味付けしたもの。カニミソも無し。見た目も味もはすっきりしていて上品。
しょうゆ仕立て、カニミソ入り。カニミソが加わると見た目も黄色く華やぐが、何より味にコクが出る。
しょうゆ仕立て、カニミソ入り。カニミソが加わると見た目も黄色く華やぐが、何より味にコクが出る。
味噌仕立て、カニミソ入り。一番こってりしていて白いご飯に合う。すり潰せなかったツメもなんとなくトッピング。
味噌仕立て、カニミソ入り。一番こってりしていて白いご飯に合う。すり潰せなかったツメもなんとなくトッピング。
どれも美味い!!
どれも美味い!!
一口すすると、これ以上ないほど濃厚なカニの味が広がる。「カニそのものを飲んでいる」のだから当たり前か。特にふわふわのカニそぼろが以前に当サイトの企画で作った「リアルカニかまぼこ」に近い味でクセになりそうだ。まあ一言で表すと、超美味い。
尋常でなく濃厚なカニ出汁が出ているので、麺料理に応用しても美味しいだろう。
尋常でなく濃厚なカニ出汁が出ているので、麺料理に応用しても美味しいだろう。
いずれの味付けも一通り食べ比べたが、いずれも甲乙つけがたい味わいだった。
塩やしょうゆで味付けしたものは料亭で出てきそうな上品さだったし、味噌こってりと仕立てたものはご飯がとても進んだ。一つ欠点を上げると、少しでも冷めると一気に味が落ちて食べられたものでなくなる点だ。熱いうちに食べよう。
また、にゅうめんのスープにしてもおいしかったので、ラーメンやうどんなどの麺料理にも活用できそうだと感じた。

調理時の注意点

初めて食べたかにこ汁は思った通り、とてもおいしかった。手間こそ掛かるものの、自信をもって他人にお奨めできる料理だ。ただ一点注意したいのは材料であるモクズガニの扱いである。モクズガニは肺吸虫という寄生虫の宿主となっている場合があるので、調理後は使用した道具や手をよく洗わなければならない。また、房総の一部地域にはかにこ汁を提供するお店もあるそうなので、食べたいけれど自作は面倒だという方は出向いてみるといいだろう。
ちなみに材料は別にモクズガニにこだわらなくても食用のカニなら何でもいいらしい。次はイシガニで試してみよう。
ちなみに材料は別にモクズガニにこだわらなくても食用のカニなら何でもいいらしい。次はイシガニで試してみよう。
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