ちしきの金曜日 2014年3月14日
 

遠恋中に書いていた手紙の中身

まったく覚えてないことが書いてある。
まったく覚えてないことが書いてある。
引っ越しをしてたら、押し入れから昔書いた恥ずかしい手紙がでてきた。

私が結婚前にかみさんに送っていたものだ。
そんなの絶対見たくない!

…でも捨てる前にちょっとだけ中身を見てみようかな…と思ってチラ見したら読みハマってしまい、これは意外と何かの参考になる人もいるかもしれないな…とも思ったので晒すことにしました。
長崎より九州のローカルネタを中心にリポートしてます。1971年生まれ。茨城県つくば市出身。2001年より長崎在住。ベルマークを捨てると罵声を浴びせられるという大変厳しい家庭環境で暮らしています。

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手紙って捨てずにとっておきがち。でも読み返したりもしない。
手紙って捨てずにとっておきがち。でも読み返したりもしない。

絶対恥ずかしいやつだ

 最近引っ越しをし、荷物を整理していたところ、結婚前に私がかみさん宛てに書いた手紙が入った箱が出てきた。

 我々は結婚前、いわゆる遠距離恋愛というやつを7年していた。最初が茨城=静岡。静岡と言っても伊豆半島の先端・下田で、車だと高速を使っても4時間以上、下道だと6時間はかかる距離だった。次に東京=静岡となり、その後茨城=長崎。飛行機を使っても4時間以上かかるというなかなか本格的な遠距離恋愛だった。

当時はまだ携帯電話がこれから普及せんとしていた頃で、お互い持って無く、それどころか彼女は寮のようなところに住んでいたので固定電話すらなかった。

その頃に書いた手紙だ。
何を書いたかまったく覚えてないが、これは絶対身悶えするくらい恥ずかしいやつに違いない。

今すぐ捨てよう!…と思ったものの、ちょっとだけ中身が気になり、恐る恐る読んでみた。
こんなことが書いてあった。
!
◯◯◯◯へ (※彼女の名前)
               1995.9.19(火)

 大学院合格おめでとう。一番望んでいたコースに行けてよかったよかった。ところで、最近の俺は実に荒んでいる。◯◯◯◯(※彼女の名前)に見られたらあきれられてしまいそうだ。しかしお陰で非常に面白い友人がまた何人かできた。

それにしても俺があきれるくらい毎晩「雀荘松見」(※当時行きつけだった雀荘)を訪れるのが、体専(※体育専門学部)3年の北口君と、哲学思想X年の尊氏(ソンシ)。尊氏も変わった人だ。現在30歳で、科学万博が開催された年(※1985年)から学生やってるという。しかも万博はみんな行ってるから自分は一回も行かなかったそうだ。車の灰皿には煙草の吸殻が山盛りになってあふれている。そこまでするには給油の度にスタンドで「そうじしましょうか」という誘いを断り続けなければならないが、好きであえてそうしているそうだ。煙草を切らしてる時はその中からシケモクを探して吸えるから便利らしい。尊氏はよく酒をおごってくるし性格も温和だしすごくいい人なんだが、麻雀が強いというただそれだけで敵が多い。「クソンシ」とか「下衆野郎」とか、ひどい言われようだ。
千葉(※友人の名前)なんかはなまじ言語センスがあるもんだからその能力をフル稼働させて罵る。「クソに一番近い男、クソンシ。」「お父さん、僕は初めて人を憎いと思いました。」など。北口君は頭がシンプルだから「このヤロ、テメッ!」と連発するだけ。体専3年の北口君は“これぞ体専”と言いたくなるくらい豪快で単純で頭悪そうで男くさい。アメフトをやっていて試合前日でも松見(※雀荘)で打っていて、試合が終わればまたすぐ戻って来て打つ。くいだおれ(※飲み屋街の名前)に行って知らない女の子に声を掛けるのも大好きで有名らしい。尊氏が「俺は今まで哲学をしながらいろいろな人間を見てきて、“人間は皆それほど違わない”という考えに至っていたが、北口を見てそれは間違いだったことに気付いた。」と言っていた。その他にもマスターとか穴プロとか、松見に集まって来るのはどうも変なのが多い。(特にマスターは世界一マナーの悪いマスターだ。)

ところで体調良くなったんだって?よかったよかった。
それでは体や交通事故に気をつけて。
俺のように乱れた生活をしたりしないように。

草々
雀荘で知り合ったヒドい友達について紹介する内容。
1995年はオウム事件があった年で、その影響が伺える。「ソンシ」とか「ポア」とか言った言葉が流行っていた。

彼女は麻雀とかしないし、雀荘の知らない人たちについての説明を長々と書かれたところで「だから何?」だと思うが、そういうことは気にせず、わりとノリノリで書いている。

最後は「俺のように乱れた生活をしたりしないように。」で結んでいるが、大学を2年留年した自分とは対照的に彼女は至ってまじめで、これもほぼジョークでしかない。

次の手紙にいこう。
◯◯◯◯へ(※彼女の名前)
               1995.10.28

前略
葉書どうもありがとう。
最近、電子メールでのやりとりが多いが、なんとなく手紙の方が温かみがあっていいな。
といっても別に書くこともないので俺の衝動買いについて書こうと思う。

俺は本当によくくだらないものを買ってしまう。
一番最近買ったくだらないものはサイコロの手品。
箱の中に入ったサイコロの目を当てるというもの。秋葉原の駅前に露天で手品を披露してくれるオッサンがいて、東京に行くとよくわざわざこのオッサンの華麗な技を見に行き、その度にひとつ手品の道具を買ってきてしまう。
で、帰って来てさっそく千葉(※友人)にその手品をやってみたら、「そんなの俺だってできるよ。」と言って、千葉がタネも知らずに真似をしだした。
この手品は相手にサイコロを箱に入れてもらったら、それを一瞬だけ背中に回して細工をする。で、サイコロの目を言い当てた後、フタを開けて確認する。が、千葉は箱を背中に回した時にフタを開けて親指でサイコロの目を読む、麻雀で言ういわゆる“盲牌”というやつをやって、しかもちゃんと言い当てた。
俺が「だけど俺のは後ろに回してる時間は一瞬だぞ。」と言ってやったら2秒で、その次に千葉も2秒で言い当てた。俺にはもう対抗する言葉がなかった。ちなみに俺はその手品を1500円で買ってきた。

ちなみに盲牌は麻雀をやってる奴なら誰でもできる。
知らない人は「なんでこんなのが識別できるんだろう?」と思うが、やってるうちに親指の感覚が鋭くなってきて、一瞬で識別できるようになる。大抵の雀士は牌を自摸(ツモ)ってくる時に盲牌を行うが、本当はこれはやらない方がいい。立直(リーチ)後に当たり牌を似た感覚の牌を自摸ってきた時、反応してしまったりして、待ちがバレてしまうからだ。

だんだん話が逸れてきてしまったが、この他にも俺が買った“くだらない物”は、この前見せたパズルやらシーモンキーやらローラーボールやら後を絶たない…。
…と、どうでもいい話をズラズラと書き連ねてみました。
今度は卒論についてでも書いてみようかな。それでは。

草々
冒頭、「電子メール」という表現が若干懐かしい。
メールは早い時期から使っていたが、大学の厳ついワークステーションで読み書きしてたせいか、メールは愛を育むのには向かないな、という感想を抱いていた。

衝動買いについて書いた内容。この「衝動買い癖」は今もまったく変わってないどころか、アマゾンの登場でよりヒドくなった。 そして麻雀をまったくしない彼女に対し「盲牌は待ちがバレるからしない方いい」とのアドバイス。

最後は「今度は卒論についてでも書いてみようかな。」で締めているが、卒論について記した手紙はみつからなかった。
これがそのサイコロ。今もまだ持ってる。(こちらの記事より)
これがそのサイコロ。今もまだ持ってる。(こちらの記事より)

次は、少しだけ恋愛的な話が出てくる手紙。
と言っても冒頭だけだが。
◯◯◯◯へ(※彼女の名前)
                1996.1.13

前略
 手紙ありがとう。恋愛について何か言いたそうで、特に何も言ってないような文だったんだけど、一体どんな話を聞いたのでしょうか? 「狭き門」の一節を引用してしまう程凄い内容だったんだろうか…?
 話は変わるけど、ドクター中松のおすすめ献立を同封しておきます。

 最近俺はビーワン(※近くにあった弁当屋)のサバの味噌煮弁当ばかり食っている。偏食は良くないのだが、これもひとつの癖である。そのうちビーワンの店員に覚えられ、俺が何も言わなくてもサバの味噌煮弁当を作ってくれる日が来るかもしれない(その前に飽きるかな?)。あと干し芋もよく食べている。癖になりそうなのがロッテリアの鳥ごぼうバーガーだ。ごぼうとのりに誘われてしまうが、まだ癖にはなってない。

「◯◯◯◯」と「△△△△」(※宗教誌の名前)はどうやら毎月俺んちに配達されることになったらしい。(金は払ってないのに)
前回来た時に、何か感想を聞かせてくれと言われたので、 ダーウィンの進化論を宗教家の立場から見る意見が面白いとかいろいろ言ったら、「また強烈な感想をお聞かせください。」と言って、今回も持って来た。今回のには「驚異的な宇宙、どのようにしてできたか」というサブタイトルがのっている。
うーん。何が狙いだ…?

 今、うちの猫は一匹がパソコン用モニタの上、一匹がCDプレイヤーの上に横になって寝ている。バカと猫は高い所が好きと言うが、以前はCDの上にまでは行かなかった。しかし一度、猫の鳴き声のCDを聞かせてしまってから、その上で寝るようになってしまった。まさに学習。 しかし時々CDのフタをパカっと開けてしまうので困る。(電話のボタンもよく勝手にいじっておかしくしてしまう。)

それではまた。そーそー、俺は申し訳ありませんとは言わないけど。わりーとかごめんとかソーリーなどはよく使う。すいませんは別に悪くない時でも使う。

草々
彼女の方が何か恋愛について手紙に書いて来て、それに対する返信として書いたと思しき手紙。が、遠回しな表現はよく理解できなかったようで、すかさず「ドクター中松のおすすめ献立を同封しておきます」と切り返している。その後、ツイッター(140字)程度の分量の話をとりとめなく3つほど。
最後は意味不明だが、彼女からの手紙に「申し訳ありません」と「すみません」の使い分けに関する質問が書いてあったのだろう。

最後はネコの出産に立ち会った時の手紙。
◯◯◯◯へ (※彼女の名前)
                   1995.5.26

前略
この前の電話の後の話を書こうと思う。(5/25木の夜)
と言っても忘れてるだろうから、はじめから書こう。

その日、俺は昼寝をしていて、起きたら辺りが血だらけでネコが俺の毛布の上に子供を産んでいた。「うお〜、ここで産むなー、外で産めー」と言って外に出したら、もうすでにおひたしみたいなのを2匹産んでいたので、そちらも外に追い出してドアの前のゴミの上にのせておいた。しばらして見に行くと、母ネコはどこかに行ってしまっていて、子ネコは外敵に襲われないようにと、ゴミの陰に隠されていた(この野生の知恵に感動した)。

しかし、それからしばらくしても母ネコは戻らず、放っぽらかしにしているので、とりあえず部屋の中に子ネコをかくまった。
押し入れから「生き物の飼い方」という本を引っ張り出してきて読んでいたら、ネコは一度に4匹くらい産むらしいので残りをどこかに産みに行って、そっちをかわいがっているのかも知れない。と、するとうちにいる2匹はもう見放されたのか!?などと考えていたら眠くなって、寝て、起きた頃に◯◯◯◯(※彼女の名前)から電話がかかってきた。

子ネコはキーキーうるさくて、母ネコを求めて動き回る。俺が代わりにミルクを与えようとしても飲んでくれないし、落ち着かせようと思っても不満らしい。赤ん坊にとっての母親の重大さをしみじみと感じた。乳、ぬくもり、心臓の鼓動……なにしろ、つい数時間前までは一心同体だったのだからなぁ。

雨が降ってきた。そして、どこからともなく聞き覚えのある鳴き声。母ネコが帰って来た。偉い!よくぞ帰ってきた。母ネコと子ネコの数時間ぶりの対面がスリリングだった。キーキー鳴く子ネコ、早くなんとかしてくれと望む俺、を尻目に、なんと母ネコはまず水を飲みに行った。それから箱に入れられている子ネコの首根っこをくわえて箱から外に出して、突っ立ったまま眺めている。母ネコも何をしてやったらいいかよく分かってないらしい。しかし子ネコの方が母ネコに向かってよちよちと歩み寄っていく。母ネコがペタッと座ると子ネコも安心しだした。
俺は母ネコが帰ってきたことですごく嬉しくなってしまい、思わず普段はあげない缶詰入りのエサを買ってあげた。しかしこの後、さらに俺を感動させるできごとが起きた。

 夜中になり(2時頃)、なんだか母ネコが落ち着かないそぶりを見せるので、「トイレかな?」と思って外に出した。するとなんと外に産み落とした子ネコを口にくわえて戻ってきたのである。もう一度出すと、さらにもう一匹連れて帰ってきた。これには感動というか、なぜか不思議な感じさえした。連れて帰ってきた子ネコはいずれも元気で、これで全部で4匹になった。
(もう一度出そうとしてももう出たがらなかったので、たぶんこれで全部なんだろう。)

動物の本能はすごい。教えられたわけでもないのに、いろんなことをやってくれる。久々に生命の神秘を思い知らされた。

 しかし子ネコはかわいい。生まれた時からけっこう毛がフサフサ生えている。まだ目が閉じている。でもこのまま育てていったら俺んちが猫屋敷になってしまいそうなのでそのうち外に出した方がいいのかな。

それではまた…。

草々
出産中のネコを外に追い出すなど、当時の自分の出産に対する理解の低さがなかなかヒドい。しかしその後の母猫の本能的行動に感動したことは今もよく覚えている。こうして読んでみると細かい部分などは意外と忘れているもので、手紙を読んで思い出すことができよかった。 記憶は実に曖昧なものなので、やはり何かに書き記しておくことは大事だと思った。

あと「生き物の飼い方」という本のタイトルがざっくりしてておかしい。
当時の写真。
当時の写真。

ロミオとジュリエットみたいなことは書いてなかった

自分が何を書いたかまったく覚えてなかったが、
「おお、君はまるで僕の心の太陽!」
みたいな恥ずかしい愛のセリフとかは書いてなく、わりとブログに書くようなコラム的な話が多かった。そしてわりと彼女に向けてというより、自分が書きたいことを書いてる感じだった。中には彼女がまったく知らないカードゲームの作戦について事細かに書いた手紙などもあって、「ハルマゲドンで必勝!」とか書いてあった。

こんな手紙をやりとりしてたんだなぁ…。

遠距離恋愛は一般的に“別れ率が非常に高い”と言われている。が、我々は奇跡的に7年も続いた末結婚に至ったので、一応これは「成功者の記録」と言えよう。 かみさんは「失敗事例だった方が記事として面白かったんじゃない?」とか言ってるが。
2001年長崎で結婚に至る。
2001年長崎で結婚に至る。
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