フェティッシュの火曜日 2014年3月18日
 

その辺にある石仏の風化具合を愛でる

風に吹かれ、雨に打たれるがままの石仏を眺めよう
風に吹かれ、雨に打たれるがままの石仏を眺めよう
道を歩いていると、路肩に置かれた石仏に目が留まる。屋根も覆いもない場所にたたずむそれらの辻仏は、経年の風化によって痛んでいる事が多い。

形を失いつつある石仏は儚く、切ない風情がある。今回は、そんな傷みの激しい野良石仏を鑑賞してみたい。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。

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保護された石仏にはない魅力

ご存じの通り、石材に神仏を刻んだ石仏は、日本全土に広く分布している。

中には平安時代や鎌倉時代などといった古い時代のものもあり、特に学術的、美術的に価値の高いものは、重要文化財や国宝などとして保護されていたりもする。

そういった保護されている石仏は、偉い人が築いたものである事が多い。
大分県にある臼杵磨崖仏。平安時代から鎌倉時代のもので、国宝&特別史跡のダブル指定。覆屋も備わり、バッチリ保護
大分県にある臼杵磨崖仏。平安時代から鎌倉時代のもので、国宝&特別史跡のダブル指定。覆屋も備わり、バッチリ保護
だがしかし、数ある石仏の大抵は、庶民が築いたささやかなものである事を忘れてはならない。文化財として保護される程に立派な石仏など、全体からすれば極々少数なのだ。

野ざらしで置かれた石仏は雨風によって徐々に形を失い行く。人々が想いを篭めて刻んだ石仏が時代と共に溶けて消える、その儚い輝きを括目せよ。
というワケで、近所のお寺に来たのだが……
というワケで、近所のお寺に来たのだが……
門前に並ぶ六地蔵は新しいものばかりであった
門前に並ぶ六地蔵は新しいものばかりであった
お寺にあった石仏は、どれも新品のようにぴかぴか。風化とは無縁の状態である。

まぁ、それはそうか。お寺の管理のもと、大事にされている仏様なのだから。今後たとえ時間が経ったとしても、良好な状態で維持されていくに違いない。

それはそれで大変良い事ではあるが、今の私が求めているものとは違う。やはりもっとこう、辻角に立つような石仏でないとダメなのだ。
そんな時、ふと道路沿いの墓地に目をやったら……
そんな時、ふと道路沿いの墓地に目をやったら……
うぉ、なんか古そうな石仏が並んでいるではないか!
うぉ、なんか古そうな石仏が並んでいるではないか!
柔らかい石材のようで、割れていたり、剥がれていたり
柔らかい石材のようで、割れていたり、剥がれていたり
これは嘉永元年(1848年)の建立であった
これは嘉永元年(1848年)の建立であった
石仏というか墓石だが、石造という点では変わりない。江戸時代のものという事で、かなりの風化っぷりである。

それにしても、江戸時代のものが残っているとは少し驚いた。この辺りは比較的新興な地域。古いものが残っているとしても、せいぜい明治以降だろうと踏んでいたのだが、全然そんなことはなかった。

自分が住んでいる場所にも、ちゃんと昔から住んでいた人々の歴史がある。そんな事を実感できて、ちょっと嬉しかった。

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