特集 2014年4月27日

書き出し小説大賞・第47回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第四十七回目である。

さて、ついに今月5月24日土曜日、第二回書き出し小説大賞授賞式が、お台場CULTURE CULTUREにて開催される。今回も選りすぐりのノミネート作にうっとり耳を傾けながら、知的でエキサイティングな文学議論に花を咲かせようではありませんか!

ゲスト審査員には芥川賞作家であり、大江健三郎賞作家であり、また書き出し小説入選作家としても名高い長嶋有先生をはじめ、各界の著名人が集結。文壇の最新情報のみならず、STAP細胞の有無、秒速で億単位の金が稼げるお得情報も聴けるやも知れない。
日頃投稿に励む書き出し作家のみなさんは無論、熱心な読者諸氏、ただの物好き、ヒマ人の方々も、是非お誘い合わせのうえ、優雅な文学の夕べにご参加いただきたい。それでは今回の秀作を発表する。

書き出し自由部門

自分の涙の塩分で溶けながら、ナメクジは思う。
うをりんぐ
風景もにじむ。自らもにじむ。
半年ぶりにクーラーをつけると、半年前の匂いがした。
ウチボリ
熟成された加齢臭が。
「誤解を恐れずに言えば……」彼のこの言葉のあとにくるのは、決まって陳腐な一般論だ。
紀野珍
恐れまくってるじゃん!
雪の女王が演歌歌手のように両腕を広げると、観客はみな楽しそうな笑顔のまま凍りついた。
よしおう
帰宅は明日の昼過ぎとなるだろう。
師匠の陶芸にラインストーンが使われはじめた。
大伴
デコ芸。
ひらきすぎたチューリップが異星人のように並び揺れた。
大伴
たしかにあの動きは不穏。
夕焼けが僕の身長を伸ばして暮れた。また小さくなった。
ハラセン
ジャングルジムの影に囚われたこともある。
私の母方はみんな、磁石を近づけると黒目がずれる体質だ。
おかめちゃん
外側に?内側に?
僕は目の前の課長を小オバマと名付けた。
おかゆと高校生
瞬時に顔が浮かぶ(笑)
「あんたと付き合っててプラスだったことは、これだけだよ」と言って、彼女は妊娠検査薬を差し出した。
おかめちゃん
プラスに罪はない。
一日の終わり。慎重に、細かく、微調整を繰り返し、今の気分にぴったりと合ったメトロノームのテンポで、僕はボックスを踏む。
哲ロマ
太極拳の創始者もこんな人だったのかもしれない。
山中で電波調査をしていると、子供の売り子が寄ってきた。良い砂時計があるから買わないか、と云う。
ボーフラ
夢の世界観。
鱗雲は神の点描画であり、妻は岐阜の女だ。
義ん母
油絵の具で描いた日本画のような情景が浮かびました。
娘からの「なんで」攻撃は延々と続きやがて嫁もコーラスで参加し、ポチは高速回転を始めた。
粉すけ
最期はミュージカルに。
浴槽から溢れ出た湯が、ソープボトルたちの秩序を乱した。
TOKUNAGA
ブラウン運動っぽい動きで。
男は、死体を埋める為の大きなショベルを求め、近所のホームセンターへ向かう道すがら、ガーデニングを始めようと思い立ち、「ショベル、苗、プランター」と、買い忘れない様に繰り返した。
TOKUNAGA
落語風サイコホラー。
家の造りの関係で、彼をニ階に呼ぶことができなかった。
ウウタルレロ
増築の果てにエッシャーみたいな家に。
暴力はショートケーキに似ている。意味は君が考えてくれ。
ミミズグチュグチュ
イチゴはたんこぶ。

小説の人称は特殊な二人称をのぞいて、一人称と三人称に分けられる。しかし書き出し小説の場合、その設定はあいまいな場合が多い。明確に一人称だと分かる作品もあるが、たとえばウチボリ氏の作品は、この後に「僕は~」ときてもいいし、「彼は~」と来てもよい。またミミズグチュグチュ氏の作品は二人称的であるが、これも後につづく文章によってはどちらの人称にもなり得る。今回の秀作のなかで唯一はっきりと三人称だと分かるのはTOKUNAGA氏の二作目くらいであろうか。

しかしこのあいまい性こそが、書き出し小説の特徴であり、強みとも言えるのではないだろうか。書き手はこの特性を利用し、まだ視点の定まらない世界の様相を提することができるし、読者もその後の物語を自由な視点で読み解くことができる。たとえば大伴氏のチューリップの作品の場合、読者は一人称と仮定して、目の前の揺れるチューリップを想像することができるし、三人称と仮定して、そのチューリップを眺める主人公を想像することもできる。

そう考えると書き出し小説は歌におけるイントロのようだとも言える。無論、歌い出しからはじめてもよいが、その前奏部分を表すことで、ボーカルを読者に委ねるという方法もある。未完成を前提にした書き出し小説は、未完成であるがゆえに、このようなさまざまは「見立て」も可能だ。書き手も読み手もそうした遊び心で、書き出し小説をより楽しんでいただければと思う。

つづいては規定部門。今回のモチーフは「地元」であった。全国から寄せられたローカル臭漂う作品に、束の間の郷愁を感じて欲しい。

規定部門・モチーフ「地元」

今日も爺ちゃんが庭で何かを燃やしている。
悠里の父
焦げたなにかが宙を舞っている。
第二のふるさとです。ブラウン管の向こうで、アイツがまた言ってる。
らい麦。
そういう人に限って絶対思ってない。
方言を二言三言つぶやいてから、ドアを開けて「ただいま」と言う。
もんぜん
イントネーション調整。
サプライズ帰省を試みても、前もって親戚と幼馴染が母に通報する。お土産までばれている。
ウチボリ
田舎の伝達力は光回線並み。
加藤の表札しかない町で五十嵐は浮いていた。
流し目髑髏
髪も俺だけ天パだし。
ダム底の故郷は今もそのままで、とりこみ忘れた洗濯物たちが、ゆらゆらと水流に揺らめいていた。
TOKUNAGA
地上が滅んだ後も……。
帰省中、一週間遅れで放送されるクイズ番組を家族と観ているあいだ、僕は未来人の気分を味わっていた。
紀野珍
どの色が勝つかも分かっている。
なにもないのが嫌で出て来たって言ったら、じゃあ今なにがあるのって返された。なんでもあるはずなんだけど、なんだろう。
おとめ
公共CM的文体。
山の上のラブホテルの看板が傾いている。それだけが時間の経過を示していた。
もんぜん
水垢で汚れた宮殿風ラブホ。
誰も、いない。15年ぶりに小学校へ向かう道すがら、誰ともすれ違わなかった。遠くで、どこかのチャイムが鳴っている。生暖かい風が、頬を撫でた。
みつる
諸星大二郎タッチの情景で想像しました。
馬糞が積まれている、その繊維が舞っている。鉄工場は健在で、16まで住んでいた茶色い家が見える。
merumo
馬糞の繊維にくらっとしました。
七年ぶりに帰ったら、私にだけ吠えて、私だけを噛む隣の家の犬がまだ生きていた。
悠里の父
蘇る思い出とトラウマ。
年寄りが土地の言葉をそのまま変換しようとする、と地元でパソコン教室をやっている友人が愚痴る。
xissa
「言った」を「ゆーた」「買った」を「こーた」と。
春の夜は暴走族の音を聴きながらチャーリーズエンジェルを観る。
ババア伝説
たまに聞こえるオヤジの痰切り音。
町は変わっていたが、駅のフェンスに張り付いたプロレスのポスターは、僕が出て行った年を刻んだままだ。
人が生きてる
馬場が現役時代の全日ポスター。
裁判長は同郷らしく、最終陳述での私の地元トークを食い入るように聴いていたが、死刑判決は覆らなかった。
イワモト
懐かしけど死刑は死刑。
国元に帰らん。国元にて身罷らん。
よしおう
荘厳な決意。
もうなくなった商店街の金券が、今も財布にはいっている。
xissa
もはや御守り代わり。
ギシミの水揚げが始まる時期になると地元へ帰ることにしている。ギシミはぎょろついた目の恐ろしい魚だが、佃煮にすると非常に旨い。
小岩井祝
ただ旅行者は大層気味悪がる。
彼の産まれた町がこれから私の地元になるのだ、とまだ馴染まない薬指の指輪を撫でながらぼんやりと思っていた。
なつをっさん
それにしてもすげえ盆地。
帰郷に遅れ、祭りの後は、誰もいなかった。夜風の中、ウイスキーの瓶を、野牛が咥えていた。
ボーフラ
牛追い祭りは一年お預け。
「確かここだった気がする」思い出そうと側溝に挟まってみた。
粉すけ
やはりここだった。(側溝に横たわって)

地元をモチーフにした場合、大別すると「ずっといる派」と「帰ってきた派」に分けられる。もちろん「帰ってきた派」の方がドラマはつくりやすい。しかし「ずっといる派」の素直な日常描写が、帰ってきた派以上の郷愁を感じさせることもある。冒頭の悠里の父氏、またババア伝説氏の作品がそうであろうか。TOKUNAGA氏の作品はいくつかあったダム底ネタの中でも白眉。海底遺跡のような情景を成立させさすが常連の手腕を見せられた。紀野珍氏もただの共感ネタが一周して違和感ネタなっている見事。おとめ氏の作品は以前話題になった公共CM「こだまでしょうか」を思い出させる詩的な文体。調べるとあのCMは金子みすず作らしい。そうすると書き出しポエムと言ったところか。

もんぜん氏、merumo氏、人が生きてる氏らの作品は、帰郷の際の懐かしくも、少し不安定な心境がリアルに描写されている。イワモト氏「地元」をつかってこれだけのブラックジョークはなかなかできない。よしおう氏、実はこの作品「身罷らん」を「身籠もらん」と読み違えてしまったが、意味的には「死」と「生」で真逆だが、どちらでも成立するところがまた面白い。小岩井祝氏、架空の地産品ギシミの解説。ほかの名物にも妄想が広がる。ふるさとは遠きにありて思ふもの、並んだ秀作に束の間の帰郷気分を味わわせてもらった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「鬱」
今回は聞くだけで気が滅入るモチーフだと思うが、日本の近代文学は夏目漱石しかり、芥川龍之介しかり、太宰治しかり、つねにこのモチーフが重大な位置を占めてきたともいえる。ならば一度は向き合わなければならないテーマではないかと考え、あえて取り上げてみた。ゴールデンウィーク明けは五月病に陥りやすいと言われている。タイミング的にもいいのではないだろうか。

なにをもって鬱とするかに各自の作家性が現れるだろう。またその度合い、プチ鬱か深刻かでも作風が選べる。直球の鬱作品でもいいが、鬱がテーマだからこそ、それを逆手にとった希望やユーモアを表現できそうな気がする。おそらく鬱な表現をできる人間はそれだけ強靱な精神を持っているか、自分を健全に客観視できる人間だろう。読者をさらに滅入らす作品、もしくは逆に励ます作品どちらでも構わない。モチーフは鬱だが、作品には「明るく」取り組んで欲しい。締め切りは5月9日正午、発表は同月11日を予定している。以下の投稿フォームで自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。力作待ってます。
最終選考通過者
たかはしよしぴろ/g-udon/m_k/suzukishika/菅原 aka $UZY/NCハマー/七天抜刀/ぺい/岩間よいこ/eat_sushi/retsuto/友達以上変人未満/なつをっさん/トモカ/あつ子/みつばち社長/わつ/社交ダンク/小夜子/不眠/右フックおじさん/かきお/
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