特集 2014年7月13日

書き出し小説大賞・第52回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第五十二回目である。

号泣議員。はじめのインパクトが凄すぎて、よく分からなかったけれど、真相が判明するにつれて、あれほどみっともない大人がいるのかと空怖ろしくなる。それにしても今年はキャラの当たり年である。今年後半のゆるキャラ(許されざるキャラ)に注目したい。それでは今回も号泣会見なみのインパクトを誇る書き出しの数々をご覧頂こう。

書き出し自由部門

息子の読書感想文が濡れ場に突入した。
大伴
固唾を飲む父兄参観。
二駅ほど寝ようとファミレスで目を瞑る。
義ん母
すでに寝惚けてる?!
手を伸ばせば届く距離に彼がいるのに、近くに置いてあるラー油ばかり手に取ってしまう。
もんぜん
小皿に垂らすラー油と涙。
丹念に化粧を直しながら「恵まれてんのよ、あんた」と谷崎は言った。
小夜子
平安眉のお局に鏡越しに睨まれる。
はみ出したピラルクの尾鰭が、ホームで俯く寝不足たちの頬を叩きながら、遠くなっていく。
義ん母
ほっぺにウロコが。
6本脚の量産機が市街地を通過するころ、少年は高台で最後の流れ星を待っていた。
Mch
願い事はない。
妖精のイヤリングはとても壊れやすく、直すことができるのは透明な指を持つ職人だけだという。
Mch
深爪毛むくじゃらの指では直せない。
最初、彼のその動きは「シャンプーの泡立ちの悪さ」を表現したジェスチャーなのかと思った。
紀野珍
間違えてリンスを泡立ててるジェスチャーかもしれない。
曲のサビのところに町内放送がかぶさる。
xissa
B'zの♪ウルトラソウル!のとこ。
好きなアイドルのライブのチケットを手に入れるために、殺人以外の29の方法を考えた。常識的な21の方法は既に失敗したけど、ここからが私の真骨頂。
うにねこ
とりあえず鷹を使った方法から……。
窓の外を二往復した猫が、見せつけるみたいに同じ色した友達を連れてきた。
小夜子
歩調も揃えてきた。
小顔で目が大きくて顎がしゅっとしているのがかわいい顔ならば、カマキリはかわいいことになる。
おかめちゃん
交尾のあと食べられたい願望。
高層ビルのてっぺんから見る夜景を見る。車のヘッドライトを追いかけていると、物流をコントロールするコンピューターになった気分だ。
ふじーよしたか
関係ないけど靴流通センター見るたびに、透明のチューブを流通する靴を想像する。
喫煙所のシスターは何もしない。何も聞かない。目尻の皺で、新卒を慰め、ライターを借りて、十字を切る。
義ん母
紫煙の中に主の姿。
「お別れの花火だ」そう言って、ばあちゃんはポンと屁をした。
えむ毛
どこが花火だw
酸欠の単語が出るまで、彼はお菓子の話だと思っていた。
らい麦。
すべらない話でもなかった。
彼女の「部屋」に忍び込み、鍵を外した。彼女になりきってキーボードを叩き、タイムラインにつぎつぎと文字を流す。
紀野珍
みつをっぽい詩を。
その男は喪主の前に焼香を終え、喪主の後に挨拶を始めた。
TOKUNAGA
そして棺に戻った。
「ずりおちたタンクトップが他人の肩にかかるような人だけにはなるな」という先生の教えが忘れられない。
松っこ
なぜか新加勢大周のことを思い出しました。
脳博物館は脳にちなみ「右脳棟」、「左脳棟」と銘打たれた二棟が屹立する。その二棟に架かる連絡通路、「脳梁」には脳博物館限定のガチャガチャが設置されてある。
人が生きてる
カプセルの中にはハズレの雑念が。
おしまいだなぁって何回も思ったけど意外とおしまいにならなかったと、おしまいの世界の真ん中で彼女は少し笑った。
夏猫
つづく。

短期決戦の書き出し小説の場合、作品の中の印象的な語句は強い武器になる。今回の自由部門はそんなキラーフレーズを含んだ秀作が多かった。義ん母氏の作品では「喫煙所のシスター」Mch氏の作品では「6本脚の量産機」「妖精のイヤリング」うにねこ氏の「殺人以外の29の方法」人が生きてる氏の「脳博物館限定のガチャガチャ」夏猫氏の「おしまいの世界の真ん中」などは、その語句があるだけで、作品世界がパッと立ち現れる。こういうキラリとした言い回しを見つけたら、あとはそれを壊さないように前後を綴るだけで秀作になる。
また今回は「脳がもつれる系」の作品に収穫があった。冒頭の義ん母氏の作品、TOKUNAGA氏、らい麦。氏、夏猫氏の作品は読み終わったあとにはがゆい疑問符を残す。このような敢えて「落とさない」作品にはアイデアとテクニックの両方が必要だろう。パズル的な要素もあるし作り手側からしても楽しいのではないだろうか。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「文房具」であった。モノ言わぬ小物たちから立ち上がる小さなドラマをお楽しみください。

規定部門・モチーフ「文房具」

筆ペン売場の試し書きで文通は続く。
suzukishika
店員も楽しみにしてる。
朝目覚めたら鏡にはスティックのりで書いたI love you
中村
読みづれえ~~っ!
『りょうめん』派と『りゃんめん』派の主張は平行線のまま図工の授業が始まった。
流し目髑髏
りゃんめんの方が「本場」って感じがする。中華料理じゃないけど。
あの子が引っ越す前の日、みんなには内緒で、ロケットえんぴつの芯を一個ずつ交換したんだ。
美人妻
交換したのは、どれだっけ?
鉛筆を奥歯で噛むと、言い知れぬ6時間目の味がした。
merumo
ぬるく、気怠い。
誰にでも優しいが、決して深入りしない。そんなポストイット女子の態度を決して勘違いしてはいけない。
Mch
くっつきやすくはがれやすい。
ホチキス針を側転でかわし分度器を構える。方眼紙のような壁に刺客の姿は見えない。
大伴
アクション文具SF。
えんぴつを転がすと「2」の数字が出た。俺は4だと思ったんだけど、と思いつつマークシートを塗りつぶす。結局、こいつには従うしかないのだ。
フーキ
従っといた方がいい。
青いアイツの腹の中から出てくるパンがあれば暗記カードも赤シートも要らなくなるのに、世の中は不便極まりない。期末考査が憎い。裏写りする緑マーカーが憎い。
つぐる
絞めの緑マーカーが上手い。
「塾の先生の元で働きたいんだ!」と夢を語っていた赤ペンが、日曜の朝、買われていった。場外馬券場に速足で歩く初老の老人に。
ダルマ落とし
採点もいいけど予想もロマン。
乱れの無い美しい輪は、一点の犠牲の上に成立する。
えむ毛
なるほど、以外ない秀作。
ホチキスの芯で作られたネックレスをして娘が帰ってきた。肩こりに効くのだという。
よしおう
念じれば効く。
「あなたも弟が欲しいでしょ」唐突にママが言った。パパは黙々と鉛筆削りを捻っている。
シエラ
のたくる削りカス。
パチンコ屋でメモを取りながら遊戯する女が握る鉛筆は、両端どちらからでも書けるように削られていた。
島崎三男
個人的には萌えです。
ねえ、わかる?墨が固形の場合は完全に墨。でもね、これが墨汁となると筆が攻になる場合があるの。彼女は隣の席に決まったばかりの俺にこう切り出した。
うにねこ
書道BL。
好き。嫌い。好き。嫌い。好き。嫌い。好き、あっ、‥芯、落ちた。
わっち
芯の長さが思いの丈。
まるで消しゴムのように透き通る肌にコンパスのようなすらりとした脚の女は、ホッチキスのようなくしゃみをした。
粉すけ
ホッチキスのようなくしゃみ、イイ!
万引きした文房具たちが浴衣のたもとを揺らしている。
TOKUNAGA
粋だけど罪。
消しゴムの落下角度と落下地点からのバウンドの回数。そこから導き出される着地点。それらを検証し改良を加えた消しゴム。行け消しゴム。あの娘の足元へ!
みをる
弄んでいたゼムクリップが力なく折れた直後、会議が終わった。
紀野珍
乳歯いじる感覚と似てるよね。
穴空けパンチに挟んだ17枚のザラ紙。穴を空けそこなった最後の1枚のような私である。中途半端に付けられたまるい跡。いっそ貫通してしまえばよかったのに。
ほっぺたには袖ボタンの跡。
先輩のパソコンには「風呂の蓋」と書かれた付箋が半年くらい貼られている。
山本ゆうご
なぞなぞの答えだろうか。
使い方は解らないが、とにかく便利らしい。
TOKUNAGA
文具を包括したコピー。

ドラマに出てくる小道具、アイテムはときとして全体のテーマを象徴する。まさに神は細部に宿るといったことろ。今回のモチーフはそういう細部へのこだわりに満ちた作品が集まった。suzukishika氏、直球で決めた書き出し小説らしい秀作。中村氏、これを読み取った恋人の心情を想像すると笑えるw

Mch氏、ポストイット女子、すでにあっておかしくない言葉。大伴氏、映画「トロン」っぽくビジュアル化希望。えむ毛氏、有無を言わさぬ説得力。よしおう氏、異常にほのぼの。わっち氏、これは誰もがキュンとするはず。粉すけ氏、最後のキラーフレーズが決まった。みをる氏、固唾を飲んで見守りたい。TOKUNAGA氏、両作ともバカ過ぎて、なんだかもうかっこいい。

ノスタルジックな教室感、リアルはオフィス感、またはファンシー系、さまざまな味わいの作品が揃い楽しい回となった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「弁当」
久しぶりの食べ物モチーフ。今回は比較的つくりやすいテーマではないだろうか。家でつくる弁当以外にも、駅弁、コンビニ弁当など、いろいろある。渡す人、渡される人にまつわるドラマ、具材から生まれるネタはいくらでもある。SF、ミステリ、ハードボイルドなど、ジャンルものとの相性も良さそうだ。あなたなりのオリジナル弁当小説をつくってみてください。締め切りは7月25日正午、発表は27日を予定してます。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し投稿ください。力作待ってます!
最終選考通過者

茂具田/カミハリコ/ウチボリ/早百合/カエルクチビル/ねもっ血風クン/g-udon/シファカ/百万円ライター/ippo/まっさん/イセグチ/えむけい/バニラモカ/みつる/真夏のコタツ/sou/すごい汁/僕の隣にはロック/きたそん/はにぃ/あらかわ りょう/CHIEF/水曜日の最終兵器/枯れ木/柴咲ハコ/しどろもどろ/紙製梱包具/tkq/ゴロ/KESHI/HSKN/ぴすとる
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