ちしきの金曜日 2014年9月12日
 

路面電車の線路跡めぐり

ここ、線路跡です。
ここ、線路跡です。
長崎電気軌道のホームページに、「線路および停留所変遷図」という気になるファイルがあるのを見つけた。さっそくダウンロードして見ると、実に自分の足で確かめたくなる中身だった。
長崎より九州のローカルネタを中心にリポートしてます。1971年生まれ。茨城県つくば市出身。2001年より長崎在住。ベルマークを捨てると罵声を浴びせられるという大変厳しい家庭環境で暮らしています。
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路面電車の変遷を記した図

長崎のビール電車にはだいたい毎年、チケットが取れる限り乗るようにしている。今年も乗ってきた。チケットは長崎電気軌道のWEBサイトから情報を得て予約する。

ある時、ビ電情報はないかと見に行き、そのまま隈なくサイトを見ていたところ、「線路および停留所変遷図」というファイルがあるのに気づいた。
印刷。これを持って街を歩いてみよう。
印刷。これを持って街を歩いてみよう。
電車の線路は最初から今のカタチだったわけではなく、様々な変遷を得ている。その詳細を記した地図である。

元々、長崎西洋館にある「路面電車資料館」に飾るパネルとして作られたもののようで、それがダウンロードしてWEB上で見られるようになっている。
長崎は西洋館内にある路面電車資料館。
長崎は西洋館内にある路面電車資料館。
入場無料。あまり知られてないマイナースポットだが、鉄好きは行くとよい。
入場無料。あまり知られてないマイナースポットだが、鉄好きは行くとよい。
コレだ。これが自宅で印刷して持ち運べるとは有り難い。
コレだ。これが自宅で印刷して持ち運べるとは有り難い。
というわけで、出発は西洋館から。
というわけで、出発は西洋館から。
青い線がかつての線路跡。
現在国道沿いに右へ曲がっているが、かつては左だった。先には長崎大学病院がある。
現在国道沿いに右へ曲がっているが、かつては左だった。先には長崎大学病院がある。
建物の中に線路。
建物の中に線路。
ちなみにこの西洋館、線路が建物の中を通っている。

建物の中に電停を作る計画もあったそうだが、お役所の許可が下りず断念した、という話を聞いたことがある。その名残りらしきもの(?)が通過する時に車窓から確認できる。
これは電停を予定していた跡なのか?
これは電停を予定していた跡なのか?
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この辺りに「病院下」という電停があったらしい。
この辺りに「病院下」という電停があったらしい。

ここから始まった

変遷図によると、大正4年に病院下〜築町の区間が開通したのが長崎の路面電車の始まりらしい。病院下というのは現在で言う長崎大学病院の下のことである。

廃止は昭和20年。原爆によって(!)。昭和22年には現在の国道沿いに電停が作られてる。
原爆遺構である片足鳥居の前も通る。
原爆遺構である片足鳥居の前も通る。
変遷図によると片足鳥居から先は緩やかなカーブを描きながらまっすぐ浦上駅へと向かうのだが、線路が通っていたような面影はまったく無い。
ここに線路が通っていた?
ここに線路が通っていた?
おそらく、この辺りは原爆の被害が激しかったため、リセットされたのだろう。(原爆投下前の航空写真を見ると道路の形も今とは若干違うように見えた。)
かつてはこんな感じで線路が来ていたのだろうか。
かつてはこんな感じで線路が来ていたのだろうか。
浦上駅。JRの駅の位置は昔からあまり変わってないようだ。
浦上駅。JRの駅の位置は昔からあまり変わってないようだ。

その先、浦上駅=長崎駅あたりは、現在は国道の真ん中を走っているが、かつてはJRの線路沿いだった。変遷図によると切り替わったのは昭和32年とのこと。
現在は国道沿いだがかつてはJR線沿いを走っていた。
こっち。
こっち。
不思議なショートカットのような道として残っている。
不思議なショートカットのような道として残っている。

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