特集 2014年10月5日

書き出し小説大賞・第58回秀作発表

!
書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


前の記事:書き出し小説大賞・第57回秀作発表

> 個人サイト バカドリルHP 天久聖一ツイッター

先日、自転車で近所を走っていたとき、ふいにキンモクセイの匂いが流れてきた。毎年この匂いを嗅ぐと言い得ぬデジャブのような感覚に、キュンと胸が痛むものだが、今年は昨年の書き出し小説の名作、義ん母氏の「キンモクセイだけを嗅ぎたいのに、銀杏が肩を組んでくる」を思い出してしまった。せっかくの胸キュンを台無しにされたようで悔しいが、書き出し選者としてはこれも嬉しい落胆というべきか。

それでは今回も嫌でも記憶に残ってしまう珠玉の書き出し小説をご紹介しよう。

書き出し自由部門

熊が冬支度をはじめ、僕は就活をやめた。
流し目髑髏
たぶん春は来ない。
路上でヨガをしていると、タクシーが止まった。
おかめちゃん
パトカーも止まった!
牛が円盤に吸い上げられたので、乳絞り中の私も宙に浮かんだ。
茂具田
これ、離れた場所から目撃したい(笑)
谷折り線、山折り線、池潜り線、宙駆け線、その通りに折っていくと、できあがる前に鶴は消えた。
松っこ
宙駆け線あたりで半透明に。
じゃんけんぽーん。目の前の現実をしっかり見ーて、ホイ!
弔辞ルーカス
あっち向くより現実を。
夕暮れの公営アパートは夕食の匂いを伴って化け物に見えた。
小夜子
腹をすかせたでいだらぼっち。
小学生の頃にセーブしたゲームを、教師になって再開した。
TOKUNAGA
30代以下の人にとってはふつうにリアリティのある作品。
逆再生で旅番組を観たので出発駅を知るのに90分近くかかった。
TOKUNAGA
旅先の名物をどんどん吐き出すシーンも見所。
長考のあと、ぼくは、ライブで手に入れた銀テープをゴミ箱へ投げ入れた。
りずむ原きざむ
ディズニーランドでつけた耳をどのへんで外すかとか、似た心理。
レモンをぎゅっと搾ったその下にあったのは、唐揚げではなかった。
ゆっきん
読者の妄想をかき立てる作品。個人的には「琴」。
この窓から隣の病棟が見える。自販機で、珈琲を買っている。
ボーフラ
不穏は静けさ。純文学のようでも、サスペンスのようでもある。
人類の愚かな歴史ばかりがまとめられた神動画が、雲のスクリーンに映し出された。
きのちん
合間に赤ちゃんと動物の動画も挟んで。
エレベーターで鉢合わせた陽気なテロリストは、32階に着くまでに私の白髪を2本抜いてくれた。
Mch
階数ランプを見ている間に。
団地の概念から淫猥な要素をすべて抜いたみすぼらしい場所に、8ヶ月前から囚われている。
不璽王
人妻要素ゼロ。
「たとえそれが他人のカルボナーラだったとしても、だ」警部は弾倉に9mm弾を込めながら言った。
砂砂砂
この台詞にたどり着くまでの下りが知りたい。
図らずもロールアップの谷に落ちていた砂丘の砂を、玄関の鉢植えに還す。
人が生きてる
宝塚舞台の裏方をしていた友人が、毎日靴下にラメをつけて帰り、気づくと自宅がキラキラしてたという話を思い出しました。
高校球児はおろか、今年吊るされた死刑囚もまた、年下だった。
義ん母
どっちも坊主頭。

創作の中に出てくる数字には作者の作品に対する細やかさが現れている。TOKUNAGA氏の作品に出てくる90分、Mch氏の作品に出てくる32階と2本。不璽王氏の8ヶ月、砂砂砂氏の9mm弾。おそらくこれが多すぎても少なすぎても作品の印象は変わる。作者は己の生理と直感でその世界観にもっともふさわしい数字をはじき出す。
さりげなく書かれているようだけど、この「丁度いい数」を決めるのは作者にとっても密かな愉しみに違いない。さらにこの気遣いは数字だけに限らないだろう。登場人物の名前をはじめそこの出てくる土地名、アイテム名、商品名などなど、書き出し小説という極端に短い創作においては、選ばれる単語ひとつひとつがその世界観を大きく左右する。秀作に選ばれる作品にはそういった細かい配慮が感じられる。

松っこ氏の「宙駆け線」弔辞ルーカス氏の「目の前の現実をしっかり見ーて」きのちん氏の「神動画」などには造語、言い換えの面白さがある。無論、全体の着想から書かれる作品もあるが、細部から発展する作品もある。神は細部に宿るというヤツである。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「相撲」であった。書き出し作家たちの秋場所をご覧頂きたい。

規定部門・モチーフ「相撲」

取組相手をいちいち好きになってしまう。
おかめちゃん
毎回共演者と付き合う女優的な。
「一人相撲、て知ってるか?」横綱の恋話が始まった。
アイアイ
これはいい話聞けそう(笑)
猫だましにびっくりして、その夜は朝まで眠れなかった。
アイアイ
うん。まだドキドキしてる。
最近の弟子はキラキラした四股名をせがんでくる。
(たま)
あと場所のことを1クール、部屋のことをラボとも言う。
髷が結えないほどのスピード出世だったが、禿げるのも早かった。
g-udon
「髷が結えないほどのスピード」ってフレーズ、いろんなシーンで使えそうです。
行司が、オレたちの過去をバラしはじめた。
TOKUNAGA
抑揚のついた裏声で。
デモ行進の後、皆でちゃんこをした。
TOKUNAGA
その様子をインスタにアップ。
シャワーカーテンに濡れた大銀杏の影が揺れた。
大伴
映画「サイコ」的なシーン?
まわしの隙間からレースのインナーがちらりとのぞいた。
大伴
と思ったら金玉袋。
力士が間接照明がある部屋でワイン片手にゴダール観ちゃいけないってんですか!?
大山倍達
大五郎片手に「ぴったんこカンカン」以外ダメです。
学生横綱は、かっこいいスニーカーを履いていた。
紀野珍
靴ヒモは後輩に結ばせて。
軍配のような傘の下に、二人の力士の名前を書いては消した。
柴咲ハコ
稽古場のテッポウ柱に。
待った連続3回はダ・イ・テのサイン。
Mch
時間いっぱい胸いっぱい?
おじいちゃんのおすもうが終わったら、やっとマンガが見られる。
xissa
これが理由で相撲を恨んだ子供の頃を思い出しました。
しょっちゅう母は「張り手をする方も手が痛いのよ」と言っていた。
unnnunn
それに心も痛いはず。
負け越した横綱は、池の鯉を、只、黙って眺めて居た。
ボーフラ
錦鯉じゃないヤツね。
20XX年、座布団はブーメラン式になっていた。
りずむ原きざむ
思わぬアイテムが進化。
理事長がボタンを押すと、土俵が下がり、力士二人と木村庄之助を配置した形でせりあがってきた。
ウチボリ
ボーリング場の裏側みたいな仕組み。
アウトローな力士が北から土俵入りした。
ぴすとる
土俵の上でもグラサンは取らない?!
「かわいがってやんよ」兄弟子が言った。ピンク色の照明の中、土俵が回り出した。
ファームかずと
真夜中のかわいがり。
これは一匹の迷い猫に端を発しためくるめくる冒険譚の末に、図らずも女性としてはじめて国技館の土俵に上がってしまった母の物語だ。
毒ひよこ
めくるめくくだりの詳細を知りたい。

やはりBLモノに秀作が多かった。おかめちゃん氏の作品はすでにそれを前提とした書き出し。取り組み相手ごとのシリーズものが書けそう。
アイアイ氏の「一人相撲」は上手すぎる。横綱という孤独なポジションがまたいい。(たま)氏、現実にもいまキラネームっぽい四股名が増えてそうな気がする。g-udon氏「髷が結えないほどのスピード」の「飛び級感」は聞く度にそそるものがある。大伴氏のインナー、それは黒ずんだ革製ではなかっただろうか? 大山倍達氏、デレクジャーマンの「BLUE」の感想をブログにアップしてもいいと思う。柴咲ハコ氏「軍配のような傘」に笑った。曇りガラスにも書いて欲しい。xissa氏、夕方のアニメの再放送、トムとジェリーあたりが浮かびました。unnnunn氏、こういうこと親は言いがち。お母さんあるあるにもなっている。ウチボリ氏、さらに土俵とまわしをブラックライトに浮かぶ蛍光色にすると、TRON的な絵面になるんじゃないだろうか。相撲ネタはマニアックに走ると際限がない。そのあたりの丁度いい距離感も問われたような気がする。今回の秀作はどれも好取組だった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「不倫」
最近は「昼顔」「同級生」と不倫ドラマがあたっているという。またブームの波こそあれ不倫ものはドラマの定番とも言える。そこで次回は書き出しだけの不倫小説。短い一文に禁じられた愛を書いて欲しい。これはどの視点を選ぶかがポイントとなるだろう。不倫してる側か、されてる側か、傍観者(たとえば子供とか社内の同僚)という視点もある。またどんな相関図を想定するかから考えても面白いだろう。W不倫の場合もあるし、不倫相手が異性ばかりとも限らない。注意点としては不倫は相手か自分、もしくはその両方が結婚している場合なので独身者同士の浮気は含まない。若い投稿者にとっては実感のわかないモチーフかもしれないが、この機会にアダルトな恋愛モノにチャレンジしてみるのもいいのではないだろうか。石田純一氏の名言「不倫は文化」の通り、挑みごたえのあるモチーフだと思う。
締め切りは10月17日正午、発表は10月19日を予定している。下の応募フォームから自由部門、規定部門を選んで送って欲しい。力作待っています!
最終選考通過者

もんぜん/よしおう/にゃーころ/山本ゆうご/やまなし/ウウタルレロ/俺スナ/新品の畳/えむ毛/jiji/スートラ/もろもろ/蜜虫/あつし/suzukishika/megahiro/odgtn/早百合/花子/らい麦。/夏猫

▽デイリーポータルZトップへ

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ