特集 2014年11月26日

さわり心地とにおいがいい辞書はどれか

手触りと匂いがいい国語辞典はどれ?
手触りと匂いがいい国語辞典はどれ?
国語辞典を選ぶ時、いちばん気になるのはやはり、あの「さわりごこち」と「におい」だろう。これは譲れない。

ページをひらくと、もわっと香り立つ紙とインクのにおい。

ページをめくる時のやわらかいさわり心地と「シャワッ」という気持ち良い音。

しょうじき内容はどうでもよくて、さわりごこちとにおいだけでうっとりできる辞書が好きだ。においとさわり心地を比べつつ、辞書の紙を作っているメーカーに話を聞いてきた。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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本のにおい好きの人にきてもらった

いや、内容がどうでもいいというのは言いすぎた。内容も重要です。重要だけど、本というモノとしての良さも国語辞典にはあるよねって話です。

というわけで、以前「本は匂いで選ぶ時代」という記事を書き、本のにおいについては一家言あるデイリーポータルZライターの地主くんに来て頂いて、ぼくの持っている国語辞典の中でいちばんいいにおいと、さわりごこちなのはどれか選んでもらった。
においを確認
においを確認
家にある国語辞典から適当にピックアップした
家にある国語辞典から適当にピックアップした

田舎の朝?

さっそく、本のさわりごこちとにおいが大好きなふたりでもって、いろんな辞典をにおってさわりまくりたい。
昭和13年の辞苑
昭和13年の辞苑
まずはむかしの「辭苑」という辞書。現在の「広辞苑」の元となった辞書である。
クンクン
クンクン
西村「これは古書だから、本ほんらいのにおいよりも、古くなった紙のにおいがつよいね、かびくささも入ってる」

地主「ぼくは好きです! 昭和の田舎の朝のにおい、田舎の少年のようなにおいがします!」

彼の言う「田舎」のイメージがよくつかめないけれど、まあ、言わんとしてることはわからなくもないようなきがしないでもない。(遠回しにわからないと言っている)
田舎の少年?
田舎の少年?
ちなみに、紙の薄さは0.06ミリメートル。
ちょっと厚みがあるさわりごこち
ちょっと厚みがあるさわりごこち
辞苑の紙は、辞書の紙の中で言えば若干厚い部類に入るだろうか? 紙が指から離れたとき、反発力で元に戻る復元力がある厚さである。ぼくの好みで言えば、もうすこし指にしなだれかかってくるぐらい薄い紙がすきなのだ。

地方の歴史資料館みたいな

続いては「広辞苑 第二版」だ。
ブックオフで108円で売ってた
ブックオフで108円で売ってた
食物の傷みを確認する縄文人
食物の傷みを確認する縄文人
西村「これも、古書のにおいだ」

地主「これ、きらいじゃないですね……そう、地方の歴史資料館のにおいです、これ」

たしかに、地方の歴史資料館こんなにおいだ。茨城あたりの、土器だとか食品サンプルで作った昔の人の食事、みたいなのが展示してある、ひなびた歴史資料館。

同じ古書のにおいでも最初にかいだ「辞苑」とは微妙に違う。辞苑は木造家屋だけど、広辞苑は鉄筋コンクリートなのだ。
古いにおいだけど、鉄筋コンクリート
古いにおいだけど、鉄筋コンクリート
紙の厚みはどうか?

「辞苑」より薄くなっているものの0.05である。
厚さは0.05
厚さは0.05
表面にツルッとしたさわり心地が出てきた。めくるときの音もキレがよくなってきた。ただ、もっと柔らかさがほしい。指に吸い付くような柔らかさがないのだ。

入学したての4月の感じ

次はおもしろ語釈で人気のある「新明解国語辞典」だが、においとさわりごこちはどうか?
箱のにおいもかぎはじめる
箱のにおいもかぎはじめる
地主「これは……強い意志を感じるにおい……特にノド(本のとじてあるところ)のところがにおいが濃い、4月、入学したばっかりのときのクラスの担任がいやだなって思う、そんなにおい」

西村「ごめんちょっとよくわからない」

地主「ほのかに石灰のにおいしません?」

西村「それはする、たしかに。ちょっと甘いにおいだ」

地主「ぼくはあまりすきじゃないな」

地主くんの比喩が迷走してきた。クラスの担任がいやだなって思うにおいってなんだ?
厚さは0.04ずいぶん薄くなってきた
厚さは0.04ずいぶん薄くなってきた
さわり心地は、先ほどの広辞苑にあったようなツルツル感はあまりなく、表面がすこしザラッとしている。指に吸い付く感じがするので、そんなに悪くはない。

結婚を視野にいれてお付き合いしたい

続いては「岩波国語辞典」辞書界の王道を行く一冊だ。
信頼の一冊
信頼の一冊
やはり縄文人にしかみえない
やはり縄文人にしかみえない
地主「これはいいにおい、古いのも捨てがたいけど、これもいいにおいだ……五平餅のにおい」

西村「ご、五平餅?」

地主くんのアバンギャルドな比喩を、好意的に解釈してみると、生の切り餅、あのにおいに近いといえばわからなくもない。しかし、なぜ五平餅なのか?

さわり心地のよさに女の幻想を見る

ところで、この岩波国語辞典は、表紙が高級感のある紫色で、肌触りがやわらかくてしっとりしている。これ、触っててものすごくきもちいい。
しっとりしたさわり心地がたまらない
しっとりしたさわり心地がたまらない
ハァ~、きもちいいー
ハァ~、きもちいいー
地主「この辞書、表紙のさわり心地たまらないですね……結婚を視野にいれてお付き合いしたいです、ぼくの中では完全にモデルの波瑠のイメージです」

思わず「なんだそれ」となったが、この表紙の肌触りの良さはそんな妄想をかき立てるほどに心地よい。岩波国語辞典は波瑠。これは残念ながら同意せざるをえない。ただ、中身のにおいは五平餅である。

国語辞典マニアの芸人、サンキュータツオさんが著作の中でさまざまな国語辞典を男性キャラクターにたとえていたけれど、たしかに国語辞典は人物にたとえるとわかりやすい。地方の歴史資料館とかじゃなくて。

表紙のさわりごこちのよさにかまけて中の紙のさわり心地をしらべるのを忘れていた。
厚みは0.04ミリメートル
厚みは0.04ミリメートル
表紙のしっとり感とはうってかわって、中身の紙は、つるっとしつつもめくりやすく、ページをめくったときの音がスマートでここちいい。
これが波瑠……なんかドキドキしてきた
これが波瑠……なんかドキドキしてきた
外見もきれいなら、中身のさわりごこちもたまらない。こりゃサイコーのスケじゃねぇか! と、山賊みたいな感想が漏れるほどいい。※においは五平餅。

0.03ミリきた!

続いて、ぼくが今、国語辞典の中でいちばん薄い紙を使ってるんじゃないかとにらんでいるのがこの「レインボー小学国語漢字辞典」である。
小学生用です
小学生用です
子供用国語辞典の紙は厚めなことが多いけれど、この辞典は国語辞典と漢字辞典を合体させた辞典のため、紙が非常に薄い。

本屋で触ったときに一目惚れし、3ヶ月逡巡してようやく購入した。

果たして厚さはどれほどなのか?
はい出ました! 0.03!
はい出ました! 0.03!
出た0.03!こりゃ薄い!

指に持つと、紙が指にしなだれかかってくる感覚がある。
これはいい! たまらない
これはいい! たまらない
そう、これ、この感覚なんですよ、ぼくがたまらなく好きなのは……。
ハァ~、申し分ない肌ざわり
ハァ~、申し分ない肌ざわり
さて、薄い紙を十分に堪能したあとは、においである。
さわやか?
さわやか?
地主「わりと好きなにおいですね、ミント系? さわやかさの中に深みがある」

ついに綾鷹を選んだ職人みたいなことを言い出す地主くん。

どれどれ、と、くんくんしてみると。たしかに紙のにおいの向こう側にさわやかさを感じないこともない気がする。イメージとしては、WindowsXPの草原。
こんなかんじかなあ
こんなかんじかなあ
地主くんの例えにちょっと納得してしまうのが、なんだかちょっとくやしい。

はたしてこれでいいのだろうか

さて、このまま男ふたりが辞典をなでたり、かいだりしながら「はー、いいにおい~」なんて言ってるだけで終わると、ふざけんなと石を投げられかねない。

石は投げられたくないので、われわれはある場所に向かった。
御茶ノ水の巨大なビルに向かう
御茶ノ水の巨大なビルに向かう
薄い辞書の紙について詳しいお話をききたくて、辞書の紙を取り扱っている会社にやってきた。
日本製紙パピリア株式会社の安藤さん(左)と吉村さん(右)
日本製紙パピリア株式会社の安藤さん(左)と吉村さん(右)
ぼくが愛してやまないあの薄い紙について、いろいろ聞き出したい。
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最初はタバコの巻紙を作っていた

ほとばしる緊張
ほとばしる緊張
ぼくは、打ち合わせスペースみたいなところで、薄い紙について話をちょこちょこっときこうかな? とおもっていたところ、でかい会議室に通されてしまい、いっきに緊張が高まった。

お話を伺いにおじゃました日本製紙パピリアは、もともと1918年(大正7年)に創立した三島製紙がルーツだ。

安藤さん「三島という名前からもご推察の通り、静岡で創業した会社です」

あ、ぼくはてっきり伊予三島の方かと思ってた、うっかり「愛媛ですか?」なんて言わなくてよかった。

もともと三島製紙はタバコの巻紙を作っていた会社だ。今でも富士市に工場があり、そこで辞書用の紙などを製造している。
たばこの巻紙を作っている
たばこの巻紙を作っている
その他にもお茶のパックや掃除機のゴミパックといったいわゆる「特殊紙」と呼ばれる紙をメインで製造している会社だ。
あー、これ家にもあるわーっていうものばっかり
あー、これ家にもあるわーっていうものばっかり
辞書のあの薄い紙も「特殊紙」という括りに入るわけだ。

「約款用紙」に大興奮する

見せていただいた商品で、思わず鼻息が荒くなったのがこれ。
約款用の紙
約款用の紙
自動車のダッシュボードとかによく入ってる、保険の約款の用紙。これがこちらの会社で作っている紙のうちでいちばん薄い部類に入る。

これ、本当に軽くてふわふわしてて柔らかい。

しかも、めくった時の「シャリシャリ」という音がまたいいのだ。
このしなだれ具合! こりゃいい!
このしなだれ具合! こりゃいい!
みんな今すぐ引き出しにしまいこんでる保険の約款ひっぱりだしてめくってみてほしい。ほんとにきもちいいから。

厚さではなく、重さで分類

ところで、なぜ保険の約款用紙はこんなに薄い紙を使うのか?

安藤さん「保険の約款を郵送するとき、軽くないと料金が高くなるからです」

紙は薄くすれば薄くするほど軽くなる、しかし、薄いと裏側に印刷したものが透けて文字が読みづらくなってしまうという弱点もある。

保険の約款は、読みやすさより料金の安さを優先した結果、この厚さなのである。

吉村さん「約款の見本の表に『18g/㎡(平方メートル)』って書いてあると思いますけど、われわれは、紙の種類を言う時、厚さでなく、1平方メートルあたりの重さで区別するんです、ですからその約款用紙は1平方メートルで18gということになりますね」
1平方メートルで18グラムか
1平方メートルで18グラムか
貸してもらった用紙の見本帳をみてみると、辞書用の「インディア紙」と呼ばれる辞書用の紙にも重さが書いてあった。
33g/㎡ 約款用紙のほぼ倍ぐらい
33g/㎡ 約款用紙のほぼ倍ぐらい
一般的な辞書に使われる紙はだいたい1平方メートルあたり30g前後の紙を使う。そう思うと、約款用の紙の18gというのは飛び抜けて薄いということがわかる。

見栄えをよくするため厚めにする

ほとんどの辞書は、出版社が紙を特注している。
国語辞典だけではなく、英和辞典の紙も多い
国語辞典だけではなく、英和辞典の紙も多い
――出版社は紙を注文するさい、どういうところにこだわるんでしょう?
吉村さん「そうですね、必ずしも薄くしてくださいっていうことはないんですよ」

――え、そうなんですか?
吉村さん「ものによってはページ数が少ないと、見栄えをよくするためにわざと厚めの紙を使うことなんかもありますね、あとは卓上版なんかだと、大きめに作るのでこれも厚めの紙をつかったりします」

吉村さん「我々の方では紙の『コシ』って言うんですけど、こうやって見るとわかりやすいでしょう」
これはわかりやすい
これはわかりやすい
吉村さん「厚めの紙は、ページをめくった時の指離れがいいんです、だからいちがいに薄ければいいというわけではないんですよ」

そういうと吉村さんは二つの辞書を机に広げてめくって見せてくれた。
たしかに厚めの辞書もめくりやすい
たしかに厚めの辞書もめくりやすい
たしかに、めくったあと、ページがすっと元に戻る感じ、これは厚めの紙をつかった大きい辞書のほうがいい。

これは目からウロコであった。

今までさんざん薄ければ薄いほどいいと薄い紙の辞書を礼賛してきたけれど、これは考えを改めなければなるまい。
蒙が啓けた
蒙が啓けた
ただ、ぼくはやっぱりコシのない薄い紙の辞書が好きである。うどんも辞書もコシのないのが個人的には好きなのだ。

日本の辞書はクリーム色が人気

辞書の紙で重要なのは、薄さだけではない。色も重要だ。

――辞書用の紙は薄いクリーム色なんですね
吉村さん「そうですね、辞書用の紙はクリーム色が多いです。ただ、欧米だと真っ白な紙が好まれる傾向があるんですよ、聖書なんかと比べてもらったらわかると思いますけど」

小型版の聖書と見比べさせてもらった。
奥が国語辞典で手前が聖書
奥が国語辞典で手前が聖書
写真の聖書は日本語版のものだけど、欧米の辞書などはこれぐらい白いものが好まれるらしい。

クリーム色だと目が疲れないなどの理由もあるらしいが、少し古い感じがするクリーム色は、古さにわびさびを感じる日本人の好みに合ってるのかもしれない。

においは特に気にしてない

ここで、におい担当の地主くんが、辞書のにおいに関して質問をくりだした。

地主「辞書にもそれぞれにおいがあると思うんですが、出版社によって、においに関するこだわりはありますか?」
においに関してはどうなんでしょうか?
においに関してはどうなんでしょうか?
「どうかな……においにかんしては特にないですねぇ」
「どうかな……においにかんしては特にないですねぇ」
!
!
吉村さん「……紙って呼吸してるんですよ」

――呼吸ですか?

吉村さん「えぇ、湿気を吸い込んだり、吐き出したりしてるんです。だからまわりの環境によってにおいがつきやすいんです」

ミント系とか五平餅とか言ってたのは一体なんだったのか。幻なのか、タヌキにばかされたのか、白昼夢なのか。なんにせよ、においにかんしてはそういうことらしい。

――新しい辞書のにおいってのは紙本来のにおいということですか?
「そうですね、木というかセルロースですね、あとはでんぷんのにおいや印刷インキと製本時の接着剤のにおいとか、そういうものではないでしょうか?」

――紙にでんぷん入ってるんですか?
「えぇ、ツヤを出したり、強度を増すためにでんぷんのりを表面に塗ってます」

――へぇー、じゃあ紙にヨウ素液たらしたら色が変わりますか?
「変わります、青紫色になると思いますよ」

――もしかして……食べられます?
「うーん、いちおう食べても害はないものですけど、推奨はしません」

「でんぷん」と聞いてすぐ「食べられますか?」と聞き返す貧乏くささ。どうにかしたい。

薄さにはこだわりがあるものの、においにはとくにない

この紙もこの会社の紙!
この紙もこの会社の紙!
さわり心地、紙の薄さに関してはさまざまな工夫が重ねられてることがわかったが、逆ににおいに関してはあまり気にされていないらしい。

紙にはにおいが染み込みやすいらしいので、最初からフルーツのにおいがついてる三省堂国語辞典とか、さんまが焼けるときのにおいがする広辞苑みたいなのがあってもいいと思います。

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