特集 2015年4月28日

競技人口1名!インドの柱の体操をただ一人日本でやる男

インドの柱の体操マラカーンブ、その冊子にも紹介された唯一の日本人及川さん
インドの柱の体操マラカーンブ、その冊子にも紹介された唯一の日本人及川さん
インドの人が柱の上でくるくる回っているのを見たことがあるだろうか。

マラカーンブという体操なのだが日本でもやる人が一人いた。たった一人、自宅に柱を立てちゃったそうだ。

一人でやるスポーツ。どういうものなのか見せてもらいに行ってきた。
2006年より参加。興味対象がユーモアにあり動画を作ったり明日のアーという舞台を作ったり。

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> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

検索をしていて見つかった日本の動画。これがマラカーンブ。しかも家でやってる。

マラカーンブというらしい

インドの柱の体操がおもしろいなと検索していると日本の動画もひとつ出てきた。しかも家だ。メールを送ってみると見に来てもいいそうだ。

場所は軽井沢。及川さんという方でふだんは針きゅうマッサージの仕事などをしているそうだ。
及川利晴さん(40)はふだん軽井沢で鍼きゅうマッサージの仕事をしている
及川利晴さん(40)はふだん軽井沢で鍼きゅうマッサージの仕事をしている

インドでもやってる人は多くない

――マラカーンブってどういうスポーツなんですか?

「『マラ』は力とか体操『カンブ』は柱なので『力の柱』という意味ですね。インドでの競技人口は1万5000人くらいといわれています。でもむこうは10億人いますから6万人に1人ですか」

むこうでもメジャースポーツというわけではないが、テレビなんかでよくやってるので知ってる人は多いという。

ちなみに日本で6万人に1人、競技人口2000人のスポーツはセパタクローや女子ラグビー。やってるという人に会ったことがない。

日本でやってる人は及川さんも知らないし、インドの先生たちも及川さん以外に日本人はいないという。今のところ競技人口1名の世界だ。
柱とロープの競技があるマラカーンブ。男は両方、女はロープの競技だけをやるらしい。水平に吊るされてるのはこれがスポーツなのかという感じがする。
柱とロープの競技があるマラカーンブ。男は両方、女はロープの競技だけをやるらしい。水平に吊るされてるのはこれがスポーツなのかという感じがする。
マラカーンブがあるのはインドでも一部の地域。マハラシュトラ州で発祥してそのあとベナレスにも
マラカーンブがあるのはインドでも一部の地域。マハラシュトラ州で発祥してそのあとベナレスにも

もともとはレスリングのトレーニング

「もともとはレスリングのトレーニングなんです。レスラーが柱を人間にみたてて組む練習なんですけどね、そこからちょっと競技化していったというか体操みたいになっていった。

競技自体も体操に似てますね。技の点数があって、失敗すると減点されたりする」


マラカーンブができたのには逸話があってそれがけっこうおもしろい。
この右の人がマラカーンブの始祖
この右の人がマラカーンブの始祖

マラカーンブ発祥の話

今のマハラシュトラ州にプネという国があった。そこに隣のパキスタンあたりから賞金稼ぎの二人組のレスラーが来ることになった。
こういうムキムキの大男レスラーがやってきたそうだ。(写真のこの人たちがレスラーなのかは知らない)
こういうムキムキの大男レスラーがやってきたそうだ。(写真のこの人たちがレスラーなのかは知らない)
二人が大男なのでおじけづいてだれも戦わなかった。王様に仕えていた一人のレスラーが「じゃあ私がやります。1ヶ月、時間をください」と見かねて名乗りでた。

その後、男は神様のいる山にこもる。猿が木で遊んでるのを見てこれだとひらめく。曲芸的なことを木に向かって練習することにした。
そのあと木を相手にマラカーンブをはじめる
そのあと木を相手にマラカーンブをはじめる
男はプネの国にもどり、最初の敵相手に宙返りして足で首と肩をキメて勝った。もう一人はそんなの見たことないから怖くなって帰っていった。マラカーンブの名声は高まった。
宙返りで首と肩をキメて勝利。マラカーンブ最強
宙返りで首と肩をキメて勝利。マラカーンブ最強

150年くらい前の話

その後イギリスが来てプネ国はなくなりみんなでベナレスに移っていった。なんとこれ昔話ではなく19世紀の話なのだ。これがマラカーンブの発祥だそうだ。
柱でぐるぐるまわる技。なるほど体操競技のようだ
柱でぐるぐるまわる技。なるほど体操競技のようだ
対して静止系の技の味わいよ
対して静止系の技の味わいよ
これなんかもうたまらんものがある、脇で人が止まるのだ。
これなんかもうたまらんものがある、脇で人が止まるのだ。

もともとはレスリングのトレーニング

――及川さんはどうしてマラカーンブをやろうと思ったんですか?

「中学3年生くらいのときテレビ番組で見て。柱で宙返りしたりして、ぼくも中学高校と体操してましたけどあんなことできないなと思って。でもそれがなにかはわからなくて。

その後インドの武道に興味があったのでインドまで習いに行ってたんですよ。最初やってた武道はわかってきたので、もうひとつのあれを調べてみたら先生と場所がわかって、習いにこいというので行った。

毎年ではないですけど20代後半はずっと続けてインドに行ってましたね」
むこうのマラカーンブの冊子に「日本人も習いに来てる」と及川さんが紹介されたらしい
むこうのマラカーンブの冊子に「日本人も習いに来てる」と及川さんが紹介されたらしい
マラカーンブ協会のえらい人。こういうタイプのえらい人も世の中にはいるのだなと思う
マラカーンブ協会のえらい人。こういうタイプのえらい人も世の中にはいるのだなと思う

インドに合わせた生活

「そのころ知り合いから6ヶ月働いて6ヶ月休むところあるよときいてそれで軽井沢にやってきました。観光シーズンの春から秋まで軽井沢で働いて秋から春まではインド行くって生活をやってましたね」

まずインド修行が先にあった及川さんの生活だが、30代に入り体にも瞬発力がなくなってきたりお金も貯まらないのでインドをやめたらしい。

しかしせっかく習ったマラカーンブなので日本でもつづけようとした及川さん。どうしたかというとマラカーンブ、あの柱を立てた。自分の家に。
及川さん、一人暮らししてる家にあげてくれた。ここが日本のマラカーンブの総本山である
及川さん、一人暮らししてる家にあげてくれた。ここが日本のマラカーンブの総本山である
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家にマラカーンブ立てたくて寮を出る

及川さんはもともと会社の寮にくらしていたそうだが、そこを出て自分で家を借りた。自分の部屋にマラカーンブを建てるためだ。

「モチベーションは高かったですね。日本でだれもやってなかったし。何かになるかなと思ってたんですけど。せっかく習ってたし、やんないと体錆びついちゃうし。

(マラカーンブの火をたやすな?)一応そんな感じですね。種火というか、燃えなくても(笑)」
一人暮らしの及川さん、新品のスリッパを出してくれた。申し訳ないっす
一人暮らしの及川さん、新品のスリッパを出してくれた。申し訳ないっす
そして奥の6畳間に…ブルーシートと布団という公園のダンボールの中でしか見ない組み合わせが!
そして奥の6畳間に…ブルーシートと布団という公園のダンボールの中でしか見ない組み合わせが!

その後自分の家でやる

「ここら辺は山なので家を建てるときに木を結構切るんですね。薪にするような木なんですけどくださいっていったらくれたので柱にしました。

カンナとノミをホームセンターで買ってきて、裸でやるの嫌なんでヨガマットみたいなのを買ってきて巻いて。

バットみたいな形ですよね。ノミとカンナで削りました。4日か5日くらいでできますよ。先はグリップの役割するんですね。あれの上に座ったり乗ったり立ったりありますけどぼくは怖いんでやらないですけど」


5日と2000円があればこうしてマラカーンブが家に立つ。インドでもだれも持ってないようなマイマラカーンブである。
出た、マイマラカーンブ
出た、マイマラカーンブ
「土台もこんな感じなんで。ホームセンターの一般的な木材と金具ですね。一応クッションがわりに布団も敷いて。手作り感ある? 危ないんですよ(笑)

柱の丸太がタダでここらへんちょこちょこしたのも合わせて材料費は2000円以内だと思います。これとあと6畳間があればマラカーンブができますね。

インドの先生もいいじゃないかと。むこうでもみんな自分では持ってないです」


5日と2000円があればこうしてマラカーンブが家に立つ。インドのだれも持ってないようなマイマラカーンブである。
ツーバイフォー材を十字に組んで金具をとりつけている。2000円以内でできる。クッション代わりにふとんが置かれている。
ツーバイフォー材を十字に組んで金具をとりつけている。2000円以内でできる。クッション代わりにふとんが置かれている。

6畳間でマラカーンブをやること

見ると障子がやぶれている。練習でやぶいてしまったという。やはり和室でのマラカーンブは大変そうだ。

ビニールシートも床の保護のために敷く。床を傷つけて大家さんに迷惑かけたくないと及川さんはいう。あれ? そもそも大家さんは知ってるんですか?

「大家さん、すごくいい人で分かってくれるとは思うんですが、柱を立てたいとかこういうスポーツがあってとか説明するのがまず不可能なんですよね」

たしかに。話せばわかるといった犬養毅も死んでしまった。日本の家でマラカーンブをやるのは大変だ。
障子がやぶれている。和室にはむいていないスポーツ
障子がやぶれている。和室にはむいていないスポーツ

本物のマラカーンブもここにはある

「本物の柱もあります。ふだんは寝かせてますけど。テレビ局から依頼があって用意したんです。貨物便でインドの仲間が送ってくれた。

『おれたちが子供の時から使ってるやつだから大丈夫だ』ってインドの彼らも言うんですけどね。こんなちっちゃいのに危ないな、倒れないかなと思ったら、撮影中に倒れちゃいましてね。大怪我しなかったからいいんですけど」


インドの人の調子のよさは人をかなしませたくないサービス精神からきているときいたことがある。そして今回の結果は事故。今はベニヤで補強して使ってるらしい。
ふだんは寝かせてあるという本物のマラカーンブも台所にベニヤを敷いて組み立ててくれた
ふだんは寝かせてあるという本物のマラカーンブも台所にベニヤを敷いて組み立ててくれた
ダイニングにそびえたつ本物のマラカーンブ。日本で唯一の柱である
ダイニングにそびえたつ本物のマラカーンブ。日本で唯一の柱である
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パンツ一丁でやるらしい

本来は裸にパンツ一丁でこのチークの柱にしがみつくらしいが、より簡単に服を着てできるようにしたという。

ボロボロになってもいい服とマスクという格好に着替えた及川さん。これから技を見せてくれるというが、格好は大そうじのそれだ。
ボロボロになっていい服を練習着として、ヨガマットからはカスが出るので口もとにはマスク、足は金具などにひっかけないよう二重にくつ下をはくという。はたしてこれがスポーツをする人なのか。大そうじじゃないのか。
ボロボロになっていい服を練習着として、ヨガマットからはカスが出るので口もとにはマスク、足は金具などにひっかけないよう二重にくつ下をはくという。はたしてこれがスポーツをする人なのか。大そうじじゃないのか。
やる前のお祈り。グラウンドに礼みたいなもの? ときいたら及川さんにとってはそんな感じだが、インドの人にとって柱は神様扱いらしい。本気のお祈りだそうだ
やる前のお祈り。グラウンドに礼みたいなもの? ときいたら及川さんにとってはそんな感じだが、インドの人にとって柱は神様扱いらしい。本気のお祈りだそうだ
ここから柱を投げるような力の入れ方で…
ここから柱を投げるような力の入れ方で…
自分がひっくりかえって挟む。これが基本形
自分がひっくりかえって挟む。これが基本形
もうひとつ、引っこ抜くような力の入れ方で…
もうひとつ、引っこ抜くような力の入れ方で…
ひっくり返って挟む。この2つの基本形で成り立ってるそうだ
ひっくり返って挟む。この2つの基本形で成り立ってるそうだ

簡単そうにやるけれど…

YouTubeで見た及川さんは簡単そうにくるくる回っていたが、間近で見ると息が切れる音や、服のすれる音から相当な重さが運動してるのがわかる。

競技では1分半これをやるらしいが、相当きつそうだ。

「ドイツのケルン大学のある先生がした調査で3ヶ月で筋肉を鍛えるのにもっとも効率的なトレーニング方法だとわかったと、そうインドできいたんですけど。

その調査があった証拠はどこですか?ときいたらそれは今なくしてしまってないんだというし、ネット上からケルン大学にその情報もないし…」


今はなくしてしまったというインドの先生の言葉に小学校時代の思い出がよぎる。
筆者も挑戦させてもらったがどう力を入れればいいのかまったくわからない
筆者も挑戦させてもらったがどう力を入れればいいのかまったくわからない
「でも体の負荷はかなり高いですけどね。相当力は強くなりますよ」

筆者もやらせてもらったが、むずかしくて何ひとつできない。力の入れ方がイメージできないし自分の体重を持ち上げる筋力もなかった。

――……これってスポーツとしての楽しさはどのあたりにあるんですか?

「楽しさは…やっぱり自己満足ですからね。あれできた、これできたっていう。(体操と同じ感覚?)ちょっとやっぱちがいますね、体操はこんなに痛くないですからね」

及川さんが語るマラカーンブの圧倒的なデメリット。それが痛みらしい。
手伝ってくれたができない。筋力も足らなければ動かし方もイメージできない。むずい。最初のハードルが高い。楽しさが全くわからない
手伝ってくれたができない。筋力も足らなければ動かし方もイメージできない。むずい。最初のハードルが高い。楽しさが全くわからない

痛いので人に勧めない

「これきついのが分かってるので人におすすめする気はないですね。痛いんです。

裸でやると、体と柱の摩擦だったり足のグリップが痛かったり。

身軽な人でいくらマラカーンブにむいてたとしてもやっぱり痛みがありますから、慣れが必要ですね。毎日やるような人は痛くなくなります。

ぼくも今は痛いのであんまりやってないんですけど。まあこういう風に服を着てやると痛くないですね」
最後にデモンストレーションを及川さんがしてくれた。一度柱を持ってみるとこれはできないと実感できるが、(和室に柱を立ててこの人はなんでクルクル回ってるんだろう…?)と思う人の気持ちもわかる

今は一人、今後も広めていかない

――競技人口は1人なんですね

「そこになんというか絶望感みたいなもの漂ってますかね(笑)

(張り合いは?)あ、ないですね。張り合う相手はいないですから。インドの先生とか仲間の反応は励ましになりますけど日本にはいないですから。

それでもやっぱり人にすすめようとは思わないですけどね。

この柱は持ち運びも大変なので。スペースも必要ですしね。 外でできればいいんですけど、外でやってたら相当な変人ですよね。

(教室を開いて普及?)若いころとちがってあれこれできないし、人を募ろうとも思わない。日本人の情報提供者としては機能するかなと思いますけど。拡げるならインドの人に拡げてもらいたいですね」


教えてほしいとかやりたいという人がいれば拒否はしないですけど、という及川さん。

マラカーンブすごいなと思ってたけど、この覚悟の要りよう、相当大変なスポーツなんだな。
きついので人にはお勧めしないという及川さん。これは今後も競技人口1人の可能性出てきた。すごいスポーツだ
きついので人にはお勧めしないという及川さん。これは今後も競技人口1人の可能性出てきた。すごいスポーツだ

そもそも裸なうえに痛い

パンツ一丁になって柱の上でくるくる回って変だなあと軽い気持ちで見ていたマラカーンブであったが、間近で見たそれは決して軽いものではなく、重くうけとめたうえで変だった。

体が痛い、相当な運動負荷、日本の住宅事情、危険だし、パンツ一丁だ。だからこそ「変だ、変だ」とさわいでいたものが非常にありがたみのある「変だ」になってきた。これは大変な思いをして獲得してきた変さだ。

海外から大変な苦労をして文化や商品を持ち帰ってきて、そして広めない。そういうケースもあるのだ。

(※及川さんにマラカーンブについて教えてほしいという人がいたら冒頭のYouTube動画のアカウントからコンタクトをとってみるといいと思います)
柱に組体操するものもマラカーンブ。インドの人、こういうのよくやってるよな…
柱に組体操するものもマラカーンブ。インドの人、こういうのよくやってるよな…
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